隣同士
「すぅー、はぁぁぁー」
家を勢いよく飛び出し、愛花の家に向かった俺は、いざ目の前まで来ると途端に緊張してしまった。
門の前に立ち何度も深呼吸をしている。
ご近所さんからしてみれば何とも怪しく見えてしまっているだろう。
「すぅーー、はぁぁぁーー……よし」
もういい加減覚悟を決めよう、決意のままに俺はインターホンを押そうとする。
すると、それよりも一瞬早く家の扉が開いた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい~」
そんなやり取りが聞こえてくる。その声からして愛花と愛花のお母さんだろう。
「って……え? 何でいるの?」
「……よう、おはよう」
自分の家の前に、自分が振った男が立っている。これほど恐怖的なことはないだろう。
俺は内心やっちまったと思いながらも、これは話をするチャンスだと捉える。
「あら、てんちゃんじゃない、久しぶりね~」
「あ、おはようございます礼花おばさん。お久しぶりです」
呆然と立ち尽くしている愛花よりも先に、玄関にいた愛花のお母さんである、一鈴礼花さんが俺に気付き、声をかけてきた。
「いつぶりかしら、中学の卒業式以来? てんちゃん、最近全然顔見せに来てくれなかったから寂しかったのよ~」
そう言われ、卒業式以来、愛花の家に来ていなかったのか思った。確かに高校生になってからは愛花と距離を取っていた。だから愛花の家にも遊びに行かなくなった。
隣同士だというのに、なんだかとても遠い存在に感じてしまって、勝手に行きづらく感じてしまっていた。
「あまり顔を見せずにいてすいませんでした」
「いいのよ、てんちゃんにも色々あるものね」
優しくそう言ってくれる礼花おばさん。いつもと変わらずに接してくれるおばさんは本当に優しくて、俺もかなりお世話になっていることもあり、余計に申し訳なさを感じてしまう。
あと、出来ればてんちゃんは止めていただきたい。高校生の男子にとって、そのあだ名はかなりの恥ずかしさを伴うものだ。気づいてくれよ礼花おばさん。
「今日はどうしたの? あっ、もしかして愛花を迎えに来てくれたのかしら? 二人で登校なんて良いわねぇ~、私も学生時代はよくお父さんと一緒に登校したものだわ」
「えっ、ちょっとお母さん勝手に話進めないでよ!?」
「なぁに~嫌なの?」
「別に嫌って訳じゃないけど、でも……ほら、天成だって嫌かも知れないし」
俯きながらゴニョゴニョと喋る愛花。ここからだと何を言っているのか全然聞こえないが、俺はここがチャンスだと感じ、たたみかけることにする。
「俺は愛花と話しがしたくて来ました。すまん愛花、少しだけ俺に時間をくれないか?」
「えっ?」
「まあ!」
愛花と礼花おばさんはそれぞれ違った反応を見せる。愛花は困惑した表情を見せ、礼花おばさんはニマニマとした表情を浮かべている。
「あらあら、若いって良いわねぇ。ほらっ、返事してあげなさいよ愛花」
そう礼花おばさんに促され、愛花は少し考えるように黙ると、意を決したようにこちらの方に向かってきた。
「分かった。私も話したいことあるし、一緒に学校行こ」
愛花の返事はイエスだった。正直、断られることを覚悟していたこともあり、俺はそっと胸をなで下ろした。
「っじゃあ、行こうか」
「うん」
「行ってらっしゃい~愛花、てんちゃん」
門を出た愛花は俺の隣に並んだ。告白したとき以来の距離感に鼓動が早くなる。
やっぱり俺は愛花のことを好きなんだな。
そう確信するには十分なほど俺の鼓動は早まり、本来苦しいはずのその鼓動が、とても心地よいと感じたのは、俺がそれを望んでいたからなんだと、そう思った。
あと、お願いだからてんちゃんは止めてください……




