再会と選択の時
美琴が亡くなってから、49日が過ぎ、僕は、今までと変わりなく浄霊をした。
(考えてみると、今、僕と美琴が再会すれば、最後は必ず、この手であの世へ送り、転生させねばならない、だから彼女は、僕を避けているのだろうか?
しかし、このままこちらの世を彷徨い続けたら、悪霊化や魂の消滅が起こってしまう。何としてでも、この手で…)
彼女と出会った病院の前を通ろうとすると、中庭に佇む女性の霊が見えた。
声をかけようと近づこうとするも、その姿に、まさかと鼓動が早まっていき、完全にその姿を捉えた時、電撃が走ったかのような衝撃を受け、体が動かなくなる。
(紛れもない、僕と出会った頃の美琴の姿だ…強い念からか、その姿で霊体となったのだろうか?)
「美…琴…」わずかに動く手を伸ばすも、美琴はこちらに手を伸ばそうとして、ためらい、困ったように笑って後ろを向いて走りだし、儚く消えていった。
(美琴と同じ時を重ねていたはずなのに…)美琴の遺体を見た時よりも、更に強く死を実感して、頭が真っ白く、心が空っぽになり、喪失感とやり場のない怒りが込み上げて、とめどなく涙が溢れ出てくる。
(僕が美琴と共に生きたのは、ただの自己満足であり、美琴にとっては最善ではなかったのかもしれない。連れ添ってくれたのは、別れたいと僕には言えなかっただけであって…)そんな思考が渦巻いて、自分が嫌になる。
(美琴がそんな子じゃないのは、僕が1番良くわかっているはずなのに…)
「美琴!」揺らぐ背中を見つけ、咄嗟に後ろから抱きしめようとするも、するりとかわし、またも逃げられてしまう。
こんな事が何日も繰り返された。
ついには、条件はなかった事にして、美琴の浄霊は他の死神に依頼するとの意見まで出てくる始末だ。
タイムリミットはあと数回だろう。
「彷徨える者達の未練を断ち切り、輪廻の輪へ導きます。貴女の未練をお話頂けませんか?」
美琴の霊は悲しそうな笑みを浮かべて、ふわりと消えてしまう。
リミットは、後、数回…
「頼む、美琴!話だけでも!」普段は冷静な彼の、取り乱したような懇願に、美琴は霊となってから初めて口を開く。
「朔…」今にも消え入りそうな声と泣き出しそうな表情で。
返事が貰えた事に、朔は安堵の表情を浮かべて、「なんで、今まで口、聞いてくれなかった?」心配そうに尋ねる。
「そっ、それは、朔が、絶対、輪廻の輪に送ろうとすると、思っだ、がらっ、」ひっくひっくと泣きながら言葉を繋いでいく。
僕はハッとして、「すまなかった。」壊れないように、そっと肩を抱いた。
もう触れる事はできないと思っていた美琴は、「なんっ…で、触れるのよっ!」と朔の胸に顔を埋めた。
「霊体同士は触れられるんだ。」さらっと言う、そのあっさりしている態度に(そういう大事な事はもっと早く言ってよ)とほんの少し腹を立て、軽く朔の頬を叩いた。
「痛い…」(なぜ?)叩かれなければいけなかったのかと見下ろすと苦笑いを浮かべながら、「痛かった?」と心配そうに横目でチラリと見られ、目が合う。
すまなそうにされて、(本当はそんなに痛くもなかったのだが、その痛みさえ)「愛おしかった」ポロリと本音が漏れてしまうが、朔はそれに気がつかず、美琴の頭を撫でた。かつて義祖母が美琴にしていたように…
美琴は、それが嬉しかったが、それと同時に別れの合図の様にも感じて、自分も愛を伝えたい気持ちをぐっと押さえ込んだ。
「このまま、ずっとこうしていたい」美琴の小さな呟きを朔は確実に拾い「僕もだ…」(本当は、ずっとそう思って…)と抱きとめる腕に力を込めた。
霊体のまま、また一緒に暮らし、そうすることはできないのかとでも言いたげな美琴の瞳に、腕の力を緩め、決意がゆらがぬうちに、すうっと一呼吸おき口を開いた。
美琴の両肩をつかみ、「いいかい?美琴、」目をそらすことなく、このままだと起こり得ることを彼女に告げた。
美琴は、動揺しているようだった。「だから…」掴もうとした手を美琴に振り払われた。
一瞬、何が起きたか分からないでいると、また彼女は姿を消してしまった。
振り払われた手だけが熱を持っている。
それから、また更に美琴は僕を避けるようになった。
そして、最悪の形での再会をする事となる。
「きゃあーっ!!」「悪霊だ〜!!」「強制除霊しろ!!」「これでもくらえっ!!」若手死神数名が、なにやら騒がしい、
「何があった?」嫌な予感を感じながら、その中の1人に尋ねる。
「きっ、祈祷神様!!たっ助かった〜」己の身の安全だけを考えている若手に、焦りから「なにがあったと聞いている!」と苛立ちを表に出してしまう。
「おっ、女の悪霊がぁっ〜!!」ガタガタと震えながら指を指す。
いてもたってもいられず、その方向へ行ってみると、やはり、「美琴っ!!」若手死神達と美琴の間に割り込み、「ここから先は、僕の仕事だ、この場から離れてくれるか?」無意識にきっと睨みつけると、若手達は「「「はいっ!ひゃい!はひぃ〜っ!」」」と声を揃えて一目散に逃げ出した。
美琴は朔の事もわかっていないようだった。しかし、朔はあろう事か持っていた死神の鎌を手放し、両腕を広げ、真っ黒な邪気を放つ美琴に歩み寄り、「元に戻ってくれ…」(なるべく術は使いたくない)目を閉じて、祈るようにそっと口付けた。最初こそは策を振り払おうと攻撃をされたが、いくら己が傷つこうとも、美琴を離すことなく、耳元で本音を、愛を囁き続けた。そうしているうちに、邪気は収まり、美琴の瞳には光が戻った。
「ありがとう。ごめんねっ…」「謝るな。」そしてもう一度口付けた。
「私、行くよ、連れてって!」思い切ったような口調に、僕の決心の方が揺らいでしまいそうになるが、「行こうか」美琴の手を握り、強く頷いた。美琴も強く握り返し、時が戻ったかのように、美琴は昔のような曇りなき笑顔を浮かべ、2人で思い出を語り合って、懐かしい記憶の欠片を、1つ1つ、丁寧に、大切に、また組み合わせて行った。
輪廻の輪の前で、「ねぇ…また会える?」涙が滲み、それを振り払うようにして、そう尋ねた。
(祈祷の力は美琴には使えない、たとえ会えずとも、生まれ変わった時に君が幸せでいてくれれば、俺は満足だ。それに再会できたとしても、美琴が僕を覚えているかも分からない、しかし、確かでなくても)「ずっと、いつまでも待ってるさ。」(僕が覚えていればいい、美琴が僕を忘れていたら忘れていたで、その時の彼女の生き方を陰ながら応援できたのなら、それでいい。)
「私、朔の事、絶対に忘れないから!」力強く、そう宣言する美琴に、(共に過ごした時間とその気持ちだけで、もう充分幸せだ。でも、信じてみてもいいかもしれない。でも、もしも、また望んでくれるのならば…)朔は、どこか吹っ切れたように、
「僕も、忘れないよ。忘れられるはずもないさ。
良き来世を、幸せにな。」心からの笑みを浮かべた。
「あのさ、最後に、1度だけ…」恥ずかしそうに見上げられ、(そうしたらお互いにまた未練が残るのでは?)と思ったが、互いに耐えきれずにもう一度だけ、名残りおしそうに唇を重ねた。
彼女が乗ったであろう輪廻の輪に小さく手を振っていると、
あの時の若手死神達が、何故かお礼を言ってきた。
「礼など言われる筋合いはない」と言うと、更に懐いてきた。(どうやら、この者達を助けるために怒ったと思っているらしい)本当の事を説明しようとすると、
「いいんじゃない?そういうことにしておいて。」どこからか美琴の声が聞こえたような気がした。
(美琴がそう言うのなら、仕方あるまい)
目元が細められ頬が緩み、口元は穏やかな笑みを称えている。
風になびく髪、遠くを見つめる優しく澄んだ眼差しに、後輩達は、彼にさらなる憧れを抱いたようだった。
(ありがとう、美琴…)
朔は、しっかりと若手死神達を振り返り、「浄霊について聞きたいことがある人は、僕でよければ教えるよ。」何気ないつぶやきに、若手達は歓喜の声を上げる。
その声の主たちを微笑ましく見守り、朔は、再び新たな時を刻んで行くのだった。