祈祷神と九尾と契約せし少年
僕達死神は時折、悪しき妖怪の退治も行う。
今回は、戦国時代から逃げ延びていたという九尾の情報を得て現場へ向かった。
山奥の古びた寺へ行くと、1人の少年が出てきた。
一見すると普通の人間の様だが、うっすらと邪気を放っている。
男は僕に気づく様子も無く、ただ一点、遠くを見つめていた。
「何をなさっているのです?」
人にも姿を見せる様にし、声をかける。
少年は、一瞬、びくりと肩を震わせ、何事も無かったかのように案内を始めた。
「こんな山奥の古びた寺に参拝客がいらっしゃるとは、ずいぶん珍しい」少年は、茶を入れながら、こちらを向いてにっこりと目を細めた。少しばかり恐ろしさを感じるような、貼り付けたような笑みだ。
僕はすうっと目を見開き「そちらこそ、ずいぶんお若い。こ・ん・な・山奥に、おひとりですか?」そう言うと、少し表情が曇る。「なっ、なんのことです?」「僕は、その中の方に申しております。しばし、眠っておいてくださいませ。御免!」手裏で少年を気絶させ、「破邪」
破魔の札を貼り少年から九尾を追い出す。
「良くぞ見破ったな死神よ、しかし、この妾を追い出すという事は、この者にとって酷ではないかのう?」
けらけらと面白がるように九尾は告げた。
「何を言う!お前は戦国の世で悪さを繰り返し、僕らの祖先から魂のみの姿で封印されたのではなかったのか!?その者に何の影響があるというのです?」冷静さを保ちつつ、真っ直ぐに九尾を見据える。
「こやつはのう、許嫁を戦で失い、藁にもすがる思いで妾の封印を解き、以来ずっと妾の魂の器として生きておるのじゃ。即ち、妾が憑いておらねば、たちまち年をとり、死んでしまうが良いのか?」九尾は少年の体から抜けるすれすれで挑発を繰り返す。
「今年は、この者が許嫁の生まれ変わりに出会い、妾が完全にこの者を妖怪化できる良い年だったのだが、残念よのう。妾は、また何百年待っても良いが、やはり少し面倒じゃ」そう呟き、九尾は少年に妖力を注ぎ始めた。
「いけない!このまま、半人半妖の者を生み出しては!」ガシッ咄嗟に九尾に伸ばした手を、少年に捕まれる。(自分の意思で妖怪になりたがっている。)「なぜだ!生まれ変わりは前世の記憶を持っていない者が多い。だから、もう一度一緒には…」(なれないんだ。)少年に言い聞かせながら、己の胸もずきりと痛むのを感じた。
「「うるさい!!」」九尾と少年の声が重なる。禍々しい気配から守護の結界で身を守り、説得を始める。
「君は元から人間だったんだ、九尾となど契約せねば、人間として再開できる事もあったろうに…」その哀れむな目に少年は腹を立てたが、「黙れ!俺の気持ちなんてっ」「わかるよ」遮る声の切なさと、憂いを帯びた表情に、少年は金縛のように動けなくなり、目の前の彼の琴線に触れてしまったような気がして、何も言えなくなった。
「僕は、少し特殊な死神でね。君は罪を犯しているから、生まれ変わるまでには時間がかかるかもしれないが、また人間に生まれ変われるように祈る事はできる。その許嫁殿の生まれ変わりと同時期に生まれ、巡り合う事ができるかはわからんが、何度でも生きて、巡り合う可能性をつかむ事はできる。いいね。」優しく、諭すように手を握られ、少年からは温かい涙が溢れ出した。
涙と共に、少年の体から清らかな光が溢れ、九尾はたまらず逃げ出した。「逃すか!」捕縛の結界を施し、九尾は五芒星の光の中心に捕らえられた。
「すまない、お鈴…」(お鈴、おそらく女の名だろう
この者が最初に生まれ変わるまで、ずいぶん時間がかかるだろう。少しばかり術を使うか…)「時に、その娘御の形見を持ってはいないか?」
少年は、不思議そうに僕を見上げて大切そうに一つの櫛を取り出した。「少々、お借りするよ。」(生まれ変わりの者には少し負担になるが…)
「我、櫛を持ってして、櫛に宿し汝の魂を呼び戻す。今一度姿を現し給え」ざわざわと空気がざわめき、ぼんやりと美しい娘の姿となる。「お鈴!!すまなかった、守る事ができなくて、あの戦が終わったら、祝言をあげようと言っていたというのに‼︎」たまらず少年は声を上げ、魂の作り出す幻影にすがりつく。「許嫁殿ったら、情けない!お鈴はいつだって、なんだって覚悟の上でございますよ‼︎」「あぁ、そうだな…」「でも、待っていてくださったのでしょう?お鈴は、幸せものにございますねぇ。」空を見上げてから、「さぁ、共に参りましょうか。」少年は、お鈴の手を取り、霊魂となって、二人は自分達であの世への道を進み、わずかながらも二人きりの時間を楽しむのだった。
(生まれ変わっていたというのに、お鈴殿の魂も強かったのだな。願わくば、またいつかあの二人が…)ぼんやりとそう考えて、僕が九尾を少年の体から引き離すと、少年の体がみるみる老いて、朽ち果て、灰となり舞い上がった。
彼を丁重に弔い、そして僕は…
「きゅうっ〜」九尾をぶん殴り、あの世へと引きずってゆくのだった。