甲斐國
・甲斐國
甲斐の国の風俗は人の気質尖に片くえなり。
(甲斐の国の人は血の気が多く激情的である)
意地余国を五ヶ国合わせたる程不好国にして、死することを不厭して、傍若無人の事多し。
(意地の悪さは他の国を5つ合わせたほどで、死ぬことを厭わず傍若無人になることが多い)
因玆上は下を苦め、下は上を不敬して、下臈に少しの過ちあれば、主則これを罰し、主として下への非道あれば大身は忠信を専として諫をなして本意と云う二字を忘却して恨みを含み、小身下々は則憤を発して害近く設け
(だから、上は下を苦しめ、下は上を敬らず、主人は下働きの者が少しでも過ったら即座に罰を与え、主君から家臣に対して無茶な振る舞いがあっても、重臣は忠義から諌言を行うものの、本心からではなく恨みが含まれており、身分の低い者は即座に憤り出して、仇成す計画を練る。)
都而道理を不弁して無道なれども、その勇気甚た切にして、死を事ともせずして健気なる事
(全て道理を弁えず道から外れているが、その勇気は確かなもので、死ぬ事を何ともしない見事なものである。)
喩ば於軍陣親眼前に討れぬれば、子これを見てその死骸を踏越てともに討死をとげ、子亦討れぬれば、親亦如斯。
(例えば、軍陣において、親が目の前で討たれても、子はその死骸を踏み越えて共に討ち死にを遂げ、また子が討たれれば親も同じ事をする。)
されば人の本は勇を以て初とし、勇を以て後とす。
(後にも先にも勇ましさが人としての本性である。)
然ればその機に当る人を遣して、厳と威を正しくしてその正政を教えるものならば、自然と道理に帰服することもあるべきか。
(だとすれば、大事に応じられる人を向かわせて、威厳を以て正しい政を教えたら、自然と道理を弁えるようになることもあるだろうか?)
その善一にその悪十なり。
(善いところが一なら、悪いところは十である。)
この国生沢の鮎、題目石は名高し。
(この国は生沢の鮎と題目石が有名である。)
・超意訳
甲斐の国の人は血の気が多く傍若無人で死を恐れない。
だが底意地が悪く、主人は下に辛く当たり、家臣は形ばかりの諫言か主人に仇成す腹積りである。
全く道理を外れているが、その勇気は見事なもので賞賛に値する。
戦いで親が死ねば子が進み、子が死ねば親が進んで、共に死ぬまで戦うほどである。
もう後にも先にも勇ましさしかない。
もしも、洞察に優れた人物なら、威厳を持って治世を成すかもしれない。
だが、この国は善いところが1なら悪いところは10はあるほどだから難しいだろう。
生沢の鮎と題目石が有名である。
・私評
取り敢えず甲斐の人は勇ましいらしい。
もしも、道理に外れた勇気ならば蛮勇・無謀と書くところ、偏にその勇気を褒め称えている。
実は他の事は取って付けた言いがかりに近いのではないだろうか?
・一言要約
兎にも角にも勇ましい