未来
手当てが早かったせいで、レオは大事に至らなかった。
けれど、「一命をとりとめていてほしい」という願いも虚しく、レオと私を守った班長は死んだ。班長の遺体が王宮に運ばれてきて、それでも「何かの間違いかも」という望みを捨てきれずに、そっと班長の手に触れた。あまりに冷たくて、思わず手を引っ込める。希望が打ち砕かれて、堪えていた涙が溢れ出した。
冷静で、勇敢で、忠実で、見ていないようでいつも見てくれていた人。これからもずっとそばにいてくれると思っていたのに、私が王妃になった日に、こんなかたちでお別れをすることになるなんて。
「班長…うう…」
ベル様が、私の両手を温かい手でそっと包んでくれる。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
「王妃様が謝ることはございません。覚悟しておりました。騎士の妻ですもの」
「ベル様…」
「王妃様、ネイトはいつも”二人を守るためなら命も惜しくない”と申しておりました。その言葉通り、彼はお二人を守って死んだ。悲しんで泣くよりも、ネイトが立派に職務と信念を全うしたことを讃えてくださいませ」
「ええ…ええ、ベル様」
「そこまでしてお二人を守る理由も、教えてくれました」とベル様は私の目を覗き込む。
「お二人の描く未来が実現することを、ネイトも心から願っていたからでございます。戦争も犯罪もない世界。お二人ならできると申しておりました」
「ネイトのためにも、絶対に諦めないでくださいませ」という言葉に、コクコク頷く。
レオが進み出て、「ベル、心から礼を言う」とベル様に感謝の言葉を伝える。紫の瞳には深い悲しみが宿っている。
「陛下。ネイトもそれを聞いたら喜びます」
「ああ」
班長とレオを射た犯人たちは、建物から逃げ出てきたところを治安部隊と群衆に取り押さえられ、全員が武器商人に雇われて犯行に及んだと自供した。指示した武器商人も逮捕した。彼らが生きて牢から出てくることはない。
けれど、犯人を逮捕しても、彼らを死刑にしても、班長が帰ってくることはない。寝室から続くテラスで星を眺めながら、また涙が溢れてくる。
「悲しい。班長に会いたい」
「そうだな」
「無理やりにでもパレードを中止していたら」という「たられば」の話は禁句だ。そんな話をしても班長は帰ってこないし、辛くなるだけ。今は前を向かなければ立ってすらいられない。
「班長に恥ずかしくないように生きなきゃ。班長が守ってくれた私の目標に向かって、や…」
最後まで言葉が続かない。気持ち悪い。強烈な吐き気と目眩。
「メグ!?どうした、メグ!?」
「う…」
「医者を呼べ!早く!」
きっと、毒を吸い出したときに身体に入ったんだ。班長、ごめんなさい。せっかく守ってもらったのに、私、死ぬのかもしれません…
「ご懐妊なさっておいでです」
「か…?」
吐き気も目眩も悪阻のせいだった。妊娠三ヶ月。戴冠式の準備や仕事で忙しすぎて、月のものが遅れていることを気にもとめていなかった。
安堵と喜びが一緒になった顔のレオが私に抱きついてくる。人前でこんなに感情を露わにしているレオを見るのは初めてかもしれない。
「陛下、少し痛いですわ」
「すまない」
「触ってもいいか?」とレオが聞くので、私は思わず笑いながら「まだ胎動はございませんわよ。こんなに小さいのですから」と手で今の赤ちゃんの大きさを示して見せる。
「わかってるが、触りたい」
「ええ、どうぞ」
レオがそっと私のお腹を撫でる。愛おしそうに、大事そうに、ゆっくりと優しく。温かい大きな手で触れられて、それだけで涙が出そう。
「ネイトは私たちの子どものことも守ってくれたのですね」
「そうだな」
また班長のことを思い出して泣きそうになる。私たちの未来を守ってくれた。
「…陛下。少し気が早すぎるのですが、相談がございます」
「賛成だ」
「まだ何も言っておりませんが…」
「何を言いたいのか、だいたいわかる。賛成だよ」
「ありがとうございます」
約七か月後、丸一日苦しんだ末に私は長男を出産した。金髪に紫の目で、生まれたばっかりだけどすでにレオそっくり。王家の皆様にも、王宮で働く騎士や侍女たちにも溺愛されてすくすくと育っている。
今日はベル様、ロナルド様、カレンドラ様、シュミール様、ギルバート様、リロイ、ポピーがお見舞いに来てくれる。元ネイト班とその家族が勢ぞろいだ。
「ベル、私たちの息子の名前はユリウス・ネイトだ」
「ネイト…?王太子殿下のお名前が、ユリウス・ネイト…?」
「そうだ」
レオからユリウスの名前を聞いて、「ネイトも喜んでおりますわ」とベル様が涙ぐむ。
シュミール様が「でも班長のことですから、本当は嬉しいくせに、口では”そんな気遣いは不要だ”なんて言いそうですけれどね」と冗談を言って、みんな「その通り」と穏やかに笑う。班長のことを話題にして笑える日が来るなんて、あの時は思いもしなかった。こうやってみんなで話せるようになって心から嬉しい。
ロナルド様がいたずらっぽく笑いながら「ご出産のお祝いを」と包みを渡してくれる。開けてみたら、小さな剣。班長がブロッサムちゃんに贈ったのと同じものだ。私もリロイもギルバート様も、あの時の得意げな班長の顔を思い出して、笑ってしまう。不思議そうな顔をしているレオに、理由を説明する。
剣に願いを込めるように「班長のように勇敢に育ちますように」と呟くと、みんなが口々に続けてくれる。
「そして国王陛下のように聡明に、高潔に」
「王妃様のように優しく、前向きに」
「私たちみんなで守っていきますよ。王太子殿下も、お二人のことも」
「ええ、お願いしますね」
「頼む」
眠っていたユリウスが目を覚ましてむずかる。レオがユリウスを抱き上げて、そっと彼の頬にキスをした。
「なんか違う」「なんか違う」ってなって更新が休み休みになってしまった中、最後まで読んでいただき本当に本当に本当にありがとうございます。ここで完結のつもりです。今まで書いた中で一番長いお話になりました。ゼェハァしております。




