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16.獣との遭遇

 何の前触れもなく突如出現した狼似の生き物。

 やや黄色がかった灰色の双眸を爛々と輝かせ、獲物を狙うようにこちらを見ている。


「こ、来ないで……」


 振り返るべきではなかったかもしれない。気づかぬふりをしておく方が利口な選択だった気がする。けれど、目と目は既に合ってしまった。視線が重なってしまった。もはや気づかないふりでやり過ごすことはできない。


 狼似の生き物は、優雅な足取りで寄ってくる。


 足音なしで近寄ってくるから、余計に恐怖感を覚えてしまう。

 うなじが粟立つ。額には無数の汗の粒。静寂のただ中にいて、体は冷えているにもかかわらず、心臓だけは強く激しく拍動する。


 狼似の生き物が、ついに駆け出す。


 一直線に向かってくる。


 私は咄嗟にその場から飛び退く。狼似の生き物の動きは単調で、真っ直ぐ突っ込んでくるだけだったため、素人の私でも何とかかわすことができた。もし複雑な動きをされていたとしたら、多分、無傷とはいかなかっただろう。それほどに凄まじい勢いがあった。


 傷を負わずに済みはしたものの、転倒してしまう。


「……っ」


 砂利で擦ってしまった膝と手のひらが滲むような痛みを放つ。

 刹那、道の脇から、またしても音が聞こえてきた。幹が軋むような響き。


「な、なに……? ……きゃ!」


 樹木が並んでいる方からの音に意識を奪われていた。が、数秒後には、それどころではないことに気がついた。狼に似の生き物が再び迫ってきていたのだ。しかも、単に迫ってきているだけではない。以前よりも獰猛な顔つきになっている。


「寄ってこないで!」


 迫り来る獣に、本を投げつけた。


 すると、運良く、本のかどが命中。

 脳天に本のかどをぶつけられた狼のような生き物は、暫し狼狽える。痛みに意識が向いているのか、今はこちらを見ていない。


 その時。

 狼似の生き物の後ろから、大きな木が倒れ込んできた。


「え」


 太く、背の高さもある、そんな木。

 一本だけであっても、あんなものが倒れてきたらひとたまりもないーーそんな風に思うほど、大きく貫禄のある樹木だ。


 凸凹のある太い幹を持つ木が倒れる。


 私には、スローモーションのようにも見えた。


 舗装されていない地面に崩れ落ちた一本の大樹は、大地を揺らす。そしてさらに、周囲に風を巻き起こす。それも、かなり大規模に。そして、それらとほぼ同時に響いた音は低く、鼓膜を痛めそうになるほどだ。


 狼のような生き物は間一髪のところで木を避けていた。

 しかし、生命の危機を感じたのか、そそくさとその場を離れていく。


 一人のところを獣に襲われ、危機的状況に陥っていた私だったが、幸い怪我もなく済んだ。これはかなり幸運であったと言えるだろう。


 密かに安堵の溜め息をついた、直後。


「ははは!」


 多くの樹木が集合している方向から、聞き慣れた大声が聞こえてきた。


「えっ……。どうして……?」


 視線の先にいたのはジルカス。彼は、一本ののこぎりを両手で大事そうに抱えながら、私の方へと歩いてきている。


「見事だっただろう! 我が伐採術は!」

「ジルカスさん……」


 彼が現れることは想定していなかった。

 私は彼に何も言わずにこっそり家を出ていった。だから、彼は私がどこへ行ったのかなんて、まったく知らなかったはず。しかし、それにしては良いタイミングで助けに来てくれた。これもまた奇跡だろうか。


「木材も入手できて、一石二鳥!」


 その言葉を聞いた時、私は「今それ言う?」と思わず呟きたくなってしまった。

 せっかく良い雰囲気だったのだ。木材がどうのこうのなどという話で、せっかくの雰囲気をぶち壊すなんて、残念としか言い様がない。


「……それにしても」


 ジルカスが珍しく真剣な顔つきになる。


「突然いなくなったと思ったら! こんな危険なことをしていたとは!」

「す、すみません」

「無茶なことをするものじゃない!」

「はい……ごめんなさい」


 私はただジルカスの力になりたかっただけーーなんて言っても、意味がないだろう。

 いくら野草を集めても、夜道で獣に襲われて何もできなくなっているようでは、ジルカスの力になんてなれるわけがない。そんな弱い心と頭で他人の役に立とうなど、考えが甘すぎるというものだろう。


「なぜこんな危険なことをした!?」

「……野草を集めようと思っただけです」

「馬鹿なことを言うな! 夜の外出は危険なんだ!」


 ジルカスに叱られ、私はただがっかりすることしかできない。

 喜んでもらおうと思ってしたことが逆効果だったなんて、正直ショックだ。

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『奇跡の歌姫』連載中です。
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