99. 不眠解消枕
「んーと、ティースプーン1杯分ならこっちはその半分くらいでいいかな?いやでも効力が強すぎるらしいし、もう少し多めに……うーん、同じ量にしたら効力を消し飛ばしちゃうよな……」
ティースプーンに乗った粉末状のコリカルシの実とラファ草をすり潰したものを見比べて唸る。
この2つの素材はファラダスの国王から送られてきたものだ。
コリカルシの実は食べるとよく眠れる効果がある。食べて数秒で夢の中という速効性もある。
これだけ聞くと不眠症の人に最適な果物として広く知られていそうなものだが、実際は各国の上層部くらいしか知られていない。しかも原産国のリンドネル帝国では食べることを禁止している。
何故こんな魅力的な果物を口にするのを禁じられているのか、その理由は単純。危険だからだ。
コリカルシの実は一粒だけなら深い眠りに落ちるだけだが、二粒目を口にすると永遠の眠り……即ち死に直結してしまう。
噂ではこの世のものとは思えぬ至高の甘さが特徴で、一度食べてしまえばやみつきになってしまう中毒性がある。
こんな危険なブツを流通させたら世界の人口が激減してしまうので、どこの国も国民に知られないように根回ししてるんだとか。リンドネル帝国では処刑や暗殺に使われることもあるらしいけど。
乾燥させて粉末にしたものを結構な量送ってきたけど、さてはファラダス王、扱いに困る物の在庫処理もまとめてやったな?ちゃっかりしてるなぁ。
「ラファ草は半分でいいと思うぞ。あまり効力を抑えすぎたら魔道具にした意味がないだろう」
離れたところで本のページを捲りながらアドバイスしてくれるルファウスにそれもそうかと頷き、すり潰したラファ草を粉末状のコリカルシの実の半分ほど混ぜる。ドロッとした感じの液体ができた。
ラファ草は単体だと何の効果もないが、他の素材と混ぜて使うと他の素材の効力を抑える性質を持っている。
今回はこれでコリカルシの実の睡眠効果を抑えるのだ。
水を加えて、今度は伸ばすように混ぜる。
混ぜるのそろそろキツくなってきたなぁと思いはじめたところで、後ろからぬっと手が伸びてきた。
「どのくらい混ぜればいい?」
「感触が柔らかくなるまで」
いつの間にか読書を終えたルファウスが手伝いを申し出てくれたので有り難くお願いする。
むぅ。力仕事となると、このヒヨコの身体が若干恨めしい。
手に伝わる感触が柔らかくなったら止めてもらい、収納からホワイトシープの毛を取り出す。それをたった今混ぜてもらったものの中に投入した。
しっかり浸透するまで混ぜてもらったら、あとは魔法で乾燥させる。
ほんのり若草色に染まったホワイトシープの毛を、今度は長方形の布袋の中にせっせと入れた。
中にはすでに魔力回路を刻んだ魔石が2つ、上の角に取り付けてある。
ホワイトシープの毛を入れ終えたら縁を魔糸で縫い付ける。魔力で針を操る光景には特に何も言われない。
宮廷の針子も同じように魔力で針を操るらしいので見慣れたものなのだろう。
「そういや、レルム達の服の進捗はどうだ?」
「作業部屋から出てこない。時々奇声が聞こえる。進んでない証拠だろう」
「大分煮詰まってるっぽいよー?あの天下の針子リン・ワルズ様を手こずらせるなんて、フィードったら罪なヒヨコだねぇ」
ちくちくちくと地味な作業をこなしながら話を振ったら、手持ち無沙汰で何気なく作業を眺めていたルファウスと壁際で静観していた護衛のレストからそんな返事が。
リン・ワルズとは宮廷に仕える針子のひとりで、白いハリネズミ獣人だ。レルム達の服を注文した際に対面したが、なかなか強烈なひとだった。
注文したとき「うっひょー!鳥類獣人の服!未知の領域開拓や!腕が鳴るでぇ!!」と獰猛な獣の如く目をギラつかせて作業部屋にすっ飛んでいったのを昨日のことのように思い出せる。
「人型の獣人とは身体の構造が違うから調整が難しいんだろう。翼の動きを阻害せず、いかに自然に身体を動かせるかが重要だからな」
「お手数お掛けして申し訳ない」
「別に頭下げなくてもいんじゃなーい?あの針狂いの針子はむしろ喜んでるしー」
会話をしてる間にも着々と作業は進む。
最後に余分な魔糸を切って形を整えてっと。
「よし、出来上がりだ」
もうお分かり頂けただろう。今作っていたのは枕である。
先日国王が寝付けないとぼやいていたのをしっかり覚えていた俺は、早速その悩みを解決しようと動いたのだ。
身内共々お世話になっているので少しでも恩返しできたらなぁと思った次第。
「父上のためにわざわざすまないな」
父親を弄ぶ腹黒王子でも身内の不調は心配だったようで素直に頭を下げる。王子がそんな簡単に頭下げるなよ……
完成した魔道具の使い心地を確かめたいが、俺の場合枕ではなくデカイ抱き枕か小動物用の敷布団みたくなってしまうのでルファウスにお願いする。
しかしレストから待ったがかけられた。
「ちょい待ち。俺が試運転するわ。ルファウス様に何かあったら俺の首が飛んじゃうからねー」
言われてみれば、危険物を素材に使った魔道具だ。警戒するなという方が無理だろう。
ベッドまで移動して寄越せとばかりに手を差し出したレストに大人しく手渡す。
帯剣を一度壁に立て掛けて、今作った枕を置いてその上に頭を乗せるレスト。
「魔力は少量でいいぞ」
「ヘイヘイりょーかーい」
俺に言われた通り微量の魔力を流すと、すぐに変化が訪れた。
魔力に揺れてコリカルシの実独特の甘い香りがほんの一瞬鼻腔を擽り、瞬く間に寝息が聞こえてきた。
ふむ。きちんと呼吸はしてるし、脈も正常。一歩間違えばあの世逝きな危険物を使ったけど、問題なく作用してると分かって一安心。
一定時間経つと自動で切れる仕組みにした。それをしないとずっと眠りっぱなしになってしまうので当然である。
一度レストを起こすと、職務中にも関わらず秒で寝入ったことに少し驚いた様子だったものの、すぐにへらっと笑って「いぇーい☆賢者様の新作魔道具一番乗りー」とおちゃらけた。
その後諸々調査した結果、なんと約7時間も眠れることが判明。まぁこれは個人差があるだろうけど、少なくとも不眠症は改善されるだろう。
不眠解消枕は侍女に持っていってもらった。
「直接渡せばいいだろうに」
「……ルファウス。一応相手国王だから。国で一番忙殺される方だから……」
「その国で一番忙殺されるヒト、結構な頻度で遊びに来るけどなー」
「そうだ、たまにはこっちから突撃するか。隠れたまま耳元で本人の黒歴史を囁いたらどんな反応するかな……」
「ルファウス様サイコー!じゃあついでに側近のジジィのカツラ奪ってこよーぜ!公衆の面前でツルッパゲ晒したらどうなるかねぇ?ひひっ」
「なんて陰険な嫌がらせ!」
悪ノリする二人を宥めるのに苦労した。似た者主従だなこの二人!
後日、不眠から解放されて上機嫌に突撃してきた国王に感謝されまくる俺であった。
尚、仕事が捗るのと同じくらい俺達の元に通う頻度も増えて、今度はケイオス宰相が不眠に悩まされるようになったと知るのは3日後のことである。




