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93. 騎士団長グラジオスの悶絶

 俺はグラジオス・フォン・ライオネット。


 ライオネット子爵家出身で、青い獅子獣人の血を色濃く受け継いでいるのが特徴だ。

 父譲りの立派な鬣と精悍な顔付き、それと筋肉質な身体のおかげで、同じ獅子系の女獣人に度々言い寄られるくらいにはモテている。女に現を抜かすよりも鍛練している方がずっと有意義なのでどうでもいいが。


 我が家は騎士の家系で、武力にはかなり自信がある。しかしそれ一辺倒というか、頭を使うことに慣れていないというか……包み隠さず言ってしまえば、脳筋一族なのだ。

 小さいながらも領地はあるが経営はからっきしで代官に任せきり。政治にもほとんど関与せず、そちらは他家に任せて武術を磨くぜ!という姿勢を崩さない。

 有り難いことに王家もそれを承知して下さった。有能な騎士を多く輩出してきた功績を讃え、爵位は低いものの公爵相当の権限を与えられている。


 父から騎士団長の座を引き継いだ俺も、例に漏れず日々鍛練に勤しみながら役目を全うしてきた。

 だがそんなある日、陛下から呼び出しがあった。


 何事かと急ぎ陛下の執務室に足を運べば、そこには陛下の他にアイリーン殿とケイオス殿がいた。

 魔導師団長と宰相が深刻そうな顔で揃い踏みとなると、ただ事ではなさそうだな。

 俺のその予感は的中し、アイリーン殿の口からスタンピードの予知の件を告げられた。的中なんてもんじゃない。最悪の事態じゃないか。

 いや、予知魔法は外れることもある。最悪の事態にならぬよう最善を尽くすのが先か。


 それ以降、魔導師団と連携しながら警戒体制に当たるようになった。情報漏洩を防ぐため、部下には詳細を伏せている。

 万が一スタンピードが起こる可能性があると国民に知られたらパニックになるからな。それだけは避けたい。

 結局、俺の懸念は杞憂に終わった訳だが……その代わり辺境の街でトラブルが相次いだとのことだ。

 隣国が絡んでいるらしいが、まぁ何とかなるだろう。今までもちょっかいかけられることは度々あったが、本気で我が国を害そうなどとは考えんだろうしな。もし仮に本気だとしても、俺がその企みごと潰してみせる。


 隣国も馬鹿なことをしよる。なんでも、辺境にいるという賢者にケンカを吹っ掛けたらしい。そのせいで賢者が関わった便利な魔道具が他国に流出しなくなり、周辺国との貿易問題もちらほら出ているのだとか。

 とはいえ、そこら辺はさすが貿易の国。上手くやりくりしている。大きな赤字にはなっていない。


 騎士団内でも話題に上がっていたので俺も買ってみたのだが、あのクッションは実に使い心地が良かった。今まで使っていた暖房魔道具は使用し続けていると火傷したり持続時間が極端に短かったりして使い勝手が悪かったのだが、あのクッションのおかげで冬が過ごしやすくなった。

 他の魔道具も気になるところだが、数が少ないうえにどこの商会も予約が殺到していて買うのが非常に困難なのが現状だ。


 魔法に傾倒しているアイリーン殿ならすでに手元にあるだろうと践んでいたが、魔道具は専門外らしく、それなりに興味を示しはしたがそれだけだった。魔法と魔道具では興味の度合いがかなり違うらしい。


 他国でも飛ぶように売れていたから余計にファラダスへの風当たりは強くなったが、自業自得だな。

 頭の弱い貴族が勝手にやっただけで国王は完全にとばっちりだから少しばかり可哀想に思うが……臣下の尻拭いも国主の務めだ。


 この件が片付いたら再度魔道具を輸入できるように働きかけるんだろうなぁ。利益大きいし。

 あ、でもその前にファラダスに送り込んだっていう魔物避けの魔道具を撤去してもらうのが先か。


 全く、賢者も恐ろしいことを考えるなぁ。経済の要である魔物を国から追い出すなんて、経済制裁どころじゃない。下手したら国が滅ぶ案件じゃないか。


「まさかとは思うが、破滅の賢者じゃないよな?」


「それはあり得ないわ。報告によれば、身内を溺愛してるって話だもの。賢者の怒りを買ったのもそれが起因してるみたいだし」


 そんなおぞましいことを考え付くなんて、破滅の賢者じゃあるまいな?と思い予算会議の後アイリーン殿に問いかけたらそんな返答が。

 賢者の監視役に向かったのはルファウス殿下と聞く。何事にも公平なあの方の報告ならば信用できるだろう。


「ああ、どんな方だろう……ノンバード族のヒヨコって聞いたけど、魔法が使えない種族に生まれたことで弊害があったりするのかしら?いえ、愚問ね。普通に魔法を使えるみたいだし……」


「何?ノンバード族のヒヨコだと!?」


 彼女の独り言に思わず反応してしまった。

 アイリーン殿はきょとんとして目を瞬かせる。


「あらやだ怖い顔。グラジオス殿は差別意識なんてないと認識していたのだけど?」


「あ、いや、違う。そういうのではない」


 表情を崩さぬよう力を入れたせいで顔が強張り、そのせいで世間的に差別対象のノンバード族に反応したと勘違いされたので慌てて誤解を解いたが、内心では心踊った。


 モフモフで愛くるしいヒヨコ……!最高にちっちゃくて最強に可愛い子供代表じゃないか!

 金色に近い輝く体毛、つぶらで大きな瞳、掌にすっぽり収まってしまうほどの小さな身体、触れただけで壊れてしまいそうな小さな両翼、少し突っついたら折れてしまいそうな小枝のような足。その全ての、なんと愛らしいことか!


 俺は昔から可愛いものに目がない。特に小動物は最高だ。見てるだけで癒される。モフり甲斐のある小動物なら尚良し。

 言っておくが、ただのモフモフでは駄目だ。フサフサした俺の鬣やモフっとしたアイリーン殿の尻尾では駄目なのだ。

 小動物なんだ。愛らしい小動物のモフモフこそが正義なんだ。


 特にその中でもノンバード族のヒヨコは格別だ。何度か接触する機会があったが、あの手触りはなんとも言えない。

 あんなに可愛いらしい種族を苛めるなんて酷い話だ。だが表立って庇ったら有力貴族を味方につけたと差別がエスカレートしてしまうので何もできない。歯痒いことに。


 騎士団長としての威厳を保つためにもこの趣味は秘密にしている。筋骨隆々で厳つい顔のいい年したオッサンが小動物を愛でるのが趣味とか、色んな意味で終わる。

 それに獅子の獣人ってことも相まって怖がられることも多々あるからおいそれと近付けない。悲しい。


 その後再び陛下に呼び出され、賢者を王宮に招いたと聞かされたときは歓喜した。

 ノンバード族のヒヨコを!あの神のごときモフモフを!間近で見られるなんてっ!


 人前では平静を装っていたが、内心浮かれていた。

 そして謁見の間でいざその姿を見てみたが……もう、可愛すぎて……天使だ……天使がいる……っ!

 しかも俺にとっては幸運なことに、賢者フィード殿は転生ガチャ効果で大人に成長しないらしい。俺を悶死させる気か?


「にいにー、寒いよぅ」


「ふふ、兄さんあったかーい」


「お兄ちゃん、ぎゅーっ」


「フィード兄あっためてー」


「しょうがないな。ほら、皆集まれ。兄ちゃんがあっためてやる」


 賢者一家が過ごしている区画を通りかかったとき、賢者フィード殿とご兄弟が仲睦まじくわちゃわちゃしているのを見かけた。


 うああああっ可愛いいいいい!!

 なんだあの可愛い生き物は!?あの空間だけ別世界だぞ!可愛いにも程があるだろう!!このままでは俺はキュン死してしまうううう!!


「あの、団長?聞いてます?」


「………っ!!」


 ゴッ!!と勢いよく頭を壁に打ち付けて意識を現実へと引き戻す。

 いかん。今は巡回中。仕事に集中しろ自分。


 書類片手に何やら相談しにきたらしい副団長のカレッジが、至極冷静な顔で問うた。


「頭、大丈夫ですか?」


 カレッジよ。それは怪我のことか?それとも頭の中身を心配してるのか?


「あ、ああ。問題ない」


「本当ですか?賢者様のいらっしゃる方を見てたと思うのですが」


「いや、その……いい、壁だなぁ、と思って……」


「……そうですか(絶対賢者の可愛さにノックアウトされてただろ。これで本人は隠してるつもりなんだよなぁ……)」


 その場はどうにか誤魔化したものの、賢者殿が気になって仕方なかった。

 一般的に賢者とは畏怖の対象。そんな存在をモフモフしたいと思う俺は異常だろうか。


 賢者殿を視界に入れる度に沸き上がる撫で繰り回したい衝動を抑えながら過ごしていたある日、突然転機が訪れた。

 アイリーン殿に用事があって鍛練場を尋ねたとき、ちょうど賢者フィード殿と鉢合わせたのだ。


 いきなりのことでつい我を忘れて抱き締めた上に撫で繰り回してしまった……

 アイリーン殿のおかげでどうにか正気を取り戻し、話を聞いてみると魔導師団を見学していたとのこと。ならばついでにと騎士団の見学にも来てもらえることになり内心ガッツポーズ。


 若干賢者フィード殿の視線が突き刺さったが隙あらばモフった。他の者にはバレないようにさりげなくやったので気付かれてないはず。ルファウス殿下とレストが温い笑みを浮かべていたのが気になるが、まぁいいだろう。


 その後は衝撃の連続だった。

 見た目か弱いヒヨコなのに武術の指導をおっ始めるわ、掃除専用のスライムが平然と魔法をぶっ放すわ、もう色々と凄かった。

 突っ込みどころ満載な出来事は多々あったが、それよりも何よりも。


「モフモフ天国……幸せ……」


 ああ、またあの毛並みを堪能したい。




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