72. 調査の依頼
俺は今、ギルマスと共にアネスタ辺境伯の屋敷にいた。
街外れとはいっても一応アネスタ領内で起こった事件なので、領主に報告しなくてはいけないからだ。
アントの死骸の山は冒険者ギルドに一任した。
アントの素材はそこまで使わないし、ある程度確保しておけば充分なので、さっさと売り払うことにしたのだ。
収納魔法が使えるレインにギルドまで運ばせようとしたのだがギルマスに断られた。「俺の苦労を少しは思い知ればいい」と実に爽やかな笑顔を返された。組織のトップは大変だな。
「人為的に作られたアントの巣、ですか……」
俺の説明に眉を潜め、難しい顔で唸るアネスタ辺境伯。
賢者様が会いに来て下さった……!と、つい先程まで歓喜に打ち震えていたとは思えぬ反応である。
「これが証拠です」
2人の前に小さな箱型の魔道具と筒状の魔道具を置く。
「これは……?」
「アントの巣の近くに埋まっていたものです。魔法で隠蔽されていました」
「なんだとっ!?」
驚愕に目を見開く2人。
これは特定の物を隠蔽する魔道具と魔素を狂わせる魔道具だ。魔力を魔素に近いエネルギーに無理矢理変換して魔素に溶け込ませ、その近くに生息する魔物に影響を与えるもの。
具体的には魔物の繁殖力が増す。この手の魔道具は希少な魔物の個体数を増やす目的で使われることもあるのだが……
「確定だな。レイ、心当たりあるか?」
苦い表情でアネスタ辺境伯に目配せするギルマス。
「……ファラダス王国だろうな」
眉間のシワを解しながら、どこか疲れたように言葉を吐き出すアネスタ辺境伯。
ファラダス王国……レアポーク男爵のとこのエマルスがキナ臭いって言ってた隣国か。
そういえば、森の調査はどうなったんだろう?あれからファラダス王国の人間が森に潜伏してた痕跡は見つからなかったって話だけど、もしや今回の件と関連性が?
「げっ、またいつもの嫌がらせかよ」
うわぁ……という顔のギルマス。
なんでも、ファラダス王国には度々ちょっかいかけられてかなり迷惑しているとのこと。
獣人が造り上げた、獣人のための王国が心底気にくわないらしい。表向きは友好的だが、例に洩れず隣国も獣人嫌いだからな。
戦争を吹っ掛けても世界屈指の軍事力を誇るエルヴィン王国には敵わないが、戦争に発展しないギリギリのラインで嫌がらせをしてくる。その辺の見極めが絶妙に上手いので表立って文句も言えないらしい。
「今回は些か度が過ぎると思うが」
「随分前のことだが、レアポーク男爵領近くの森でファラダス王国の人間が潜伏していた。こちらでも探りを入れているがなかなか尻尾を掴ません」
「オークの群れ、レッドドラゴンときて、今度は隣国かよ……ん?オークの群れ……まさか、森にも同じ魔道具が隠されてたりするんじゃねぇのか?」
言われてから気付いた。
ファラダス王国の人間が潜伏してたのも、魔道具の痕跡を隠蔽していたのだと考えれば辻褄が合う。
魔道具の効果が発揮されるのはそれなりに時間が経ってから。魔物を誘き寄せるんじゃなく繁殖力の増加なので効果が分かりづらいのだ。
隣国の人間が森で潜伏していた時期と照らし合わせると、オークの群れも自然発生でない可能性が出てくる。
「賢者様。大変申し訳ないのですが、森へ調査に行って頂けないでしょうか?」
小動物の愛らしさが半減するであろう表情で唸る俺にアネスタ辺境伯が眉尻を下げながらお願いしてきた。
「何故俺に?」
「隠蔽魔法を解くには高密度の魔力をぶつけるしかありません。しかし我が領内では隠蔽魔法を解ける者はいないのです。この魔道具がここにあるということは賢者様自ら解いたのでしょう?なので、賢者様に調査の依頼をお願いしたいのです」
確かに、隠蔽魔法を破れるほど魔力が多いやつは見掛けなかったな。そもそもそんなやつがいたらこんな田舎街から飛び出してどこかで活躍してるだろう。
調査か。森には何度も行ってるけど、素材集めに奔走してたから魔道具に宿る魔力を探ったりはしたことなかったな。
万が一に備えて調査はしておくべきか。
「分かりました。その依頼、引き受けましょう」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるアネスタ辺境伯。
貴族がそんな簡単に頭下げて良いのか?
「おいおい、貴族がんな簡単に頭下げちゃいかんだろ」
ギルマスも同じことを思ったようで、苦笑混じりに釘を刺す。
「賢者様のお手を煩わせてしまうのだぞ!?誠意を伝えるのは当然だろう!」
何を当たり前のことを、と言わんばかりのアネスタ辺境伯に俺も苦笑を溢す。
前から思ってたが、賢者をリスペクトしすぎじゃないか?称号に賢者と書かれてはいるが、俺自身、研究が好きなだけのただのヒヨコだぞ?
魔力は少しばかり多いが、それだけだ。技術は魔法の師匠に比べたら天と地ほど差があるので自慢にもならないし、魔法以外に関してはできないことの方が多い。これで賢者とか、いい笑い者だ。
魔力量以外にほとんど魅力のない俺を崇拝するアネスタ辺境伯が他の貴族に白い目で見られないか少し心配。期待に添えるよう努力しないと。
「陛下にも報告しなければな……」
たまに発生するオークの群れだけならまだしも、数万匹のアントの巣、それも他国の思惑が絡んで意図的につくられたものだ。
幸いにも被害は出なかったが、さすがに国王に報告しないといけないだろう。
国のトップとのやりとりはアネスタ辺境伯に任せて、明日は森の調査だ。
低級の魔物しかいないし魔法以外での戦い方も慣らしていこうかと考えているところに、緊急連絡が入った。
「何っ!?ウルティア男爵領にグレートボアが出現しただと!?」
グレートボアはBランクの魔物。
エルヴィン王国の東にある魔の森に生息していて、間違っても国の端っこで見つかるような魔物じゃない。
グレートボアは実家の家族が倒したそうなので差程問題は起きてないが、これはまずいな。
「ついでにそちらも探りを入れてみます」
あの子達なら下位の竜種でも倒せるが、やっぱり心配だ。早急に原因を見つけないと。
こうして急遽里帰りが決まった。




