『7、初めてのお茶会②』
俺が紙を受け取ってポケットにしまったところで、こちらに向かう足音が聞こえてくる。
ふと目の前を見ると、イグルはさっきまでとは違って無表情を貫いていた。
全く表情筋が動いてないその様子は蝋人形を彷彿とさせる。
「いやはや、申し訳ない。うちのメイドが皿をひっくり返したようだ」
「リレン様を放置してしまって申し訳ございません」
テラスに戻ってきたのは、ラオン公爵とキトだ。
数分後にアスネお姉さまたち三人も戻ってきたため、再び全員がテラスに集合した。
全員いることを確認したアスネお姉さまが口を開く。
「こちら側の紹介がまだ済んでいませんでしたね。私は第一王女のアスネ=グラッザドよ」
「よろしくお願いします。アスネ様」
マリサさんが優雅に一礼した。アスネお姉さまは絶えず微笑を浮かべている。
これが貴族界の女性同士か……。
雰囲気が冷えているわけではないのだろうが、こちらから見ると腹の探り合いである。
「次は私ですね。私はアリナ=グラッザド。第二王女ですわ」
「確かお二人は十歳と六歳だったかな?本当にしっかりしておりますな・・・」
ラオン公爵が驚きの表情を浮かべる。
マリサさんも同意するようにコクコクと頷き、イグルくんは無表情のまま微動だにしない。
相変わらず考えが読みにくい少年だなと思いながら、俺はフォルス家の面々を見回す。
「最後は自分ですね。第一王子のリレン=グラッザドです。以後お見知りおきを」
「「よろしくお願いします。リレン様!」」
ラオン公爵とマリサさんがピシッと一礼。敬礼でもしそうな勢いである。
キャラが変わりすぎていて普通に怖い。
俺が引いていると、涼しい風がテラスを吹き抜ける。
「そういえば、ここはどうして涼しいんですか?もう八月なのに……」
「僕も気になっていました」
夏とは思えない涼しい風に驚いていると、アスネお姉さまが問いかけた。
皆がいるテラスは、八月とは思えないほど涼しい。
テラスだけ十月になってしまったと言われても納得してしまいそうだ。
「庭に氷魔法を司る魔導具を置いているんです」
「風が吹くと、庭を通る間に氷魔法で冷やされて涼しい風になるという仕組みですね」
イグルくんがサラッと説明してくれて、ようやく理解が追いつく。
しばらく涼しい風を堪能していると、メイドさんの手によってお茶が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。王香草のハーブティーでございます」
「嘘でしょ・・・王香草だって!?」
使われているハーブを聞いたとき、俺は思わず叫んでしまった。
王香草は香りがとても良く、リラックス効果があると言われているハーブだ。
希少で価値も高く、王都の市場では百グラムで金貨一枚の値が付いているという。
王城にもこの草は無く、一度は飲んでみたいと思っていたのだ。
まさかこんなところでお目にかかれるとは!
「やっぱり、王城の皆さまも王香草のお茶は飲んだことがなかったようですね」
イグルが微笑を浮かべてカップを手に持った。
みんなの前で初めて無表情以外の表情をしたのだが、俺以外誰も気づいていない。
あるいは気づいていても指摘しないのか。
「ええ、王城にも無かったんです。まさか飲める機会があるとは思いませんでした」
「はい。正直に言ってビックリしましたわ」
アスネお姉さまとアリナお姉さまも突然の王香草に驚きを隠せない様子。
アリナお姉さまに至っては、目を大きく見開いてしまっている。
すると、その様子を見ていたラオン公爵が驚いたように呟いた。
「イグルの提案で用意したのですが、まさかこんなに驚いていただけるとは」
「良かったんですか?相当値が張ったはずですが……」
「王族の方々に喜んで頂けただけで十分ですわ。是非味わってください」
「ありがとうございます。それではありがたくいただきます」
それならば言葉に甘えて、味わわせてもらうとしましょう。
机の上に置かれたカップを手に取り、教わった作法通りにフォルス家の面々を観察する。
当主であるラオン公爵以下、フォルス家の面々が全員飲んだのをしっかりと確認。
香りを楽しみながら、ゆっくりと一口飲む。
「ホントに美味しい……。心の底からリラックスできる香りですわ」
「本当だよね! すっごく美味しいわ!」
「お、美味しい! こんなお茶、飲んだことないよ!」
アスネお姉さま、アリナお姉さま、俺が続けて歓喜する。
これは美味しいという言葉をもってしても、賞賛がまだまだ不足しているかもしれない。
口に含むと優しく漂ってくる王香草の香りに、まろやかな口当たり。
やや温めに設定されたお湯の温度が、このお茶の深い味わいを引き立てている。
この世界では、お茶はリラックスしたい時に飲むものだ。
そのため、リラックス効果のあるお茶は非常に重宝されるのである。
これは……まさに最強のリラックス効果が期待できるお茶だろう。
前世にもこんな美味しくてリラックス出来るお茶は無かったんじゃないか?
ふと隣を見れば、アスネお姉さまとアリナお姉さまも恍惚の表情を浮かべている。
というかアリナお姉さまは、地の喋り方が出ちゃっていたけどいいのかな……。
「美味しい……噂には聞いていたが、やっぱり香りがいいな」
「そうね。この香りはすごいわ。それに飲みやすい味わいもさすがね」
「リラックスできるなんてもんじゃないね。凄いよこのお茶……」
フォルス家の面々もその美味しさに驚いている様子。
しばし、テラスにはお茶を楽しむ音と、涼しいそよ風の音だけが響いていた。
数刻後、幾人かは二杯目のお茶に突入し、お茶会も中盤に差し掛かる。
俺が二杯目のお茶を注いでもらっていると、不意にラオン公爵が尋ねてきた。
「そういえば、二ヶ月後にお披露目パーティーがあるんですよね?」
「はい。父上からはそう伺っております」
「そうですか……。実は不穏な噂を耳にしましてね」
「不穏な噂とは?」
アスネお姉さまが話に割り込んできた。
姉弟の中で最年長ということもあり、そういうことは気になるのだろうか。
「お披露目パーティーで、何者かがリレン王子を亡き者にしようとしているという噂です」
「え!?」
ラオン公爵の衝撃的な言葉に、一瞬で場の空気が凍り付く。
アスネお姉さまはカップを手に取ったまま固まってしまった。
ちょっと! 前世の記憶を取り戻してから一ヶ月ほどで命を狙われるってどういうこと?
王子ってそんなに身の危険があるの?
「リレン王子の命を狙っているのは、恐らく他国の者ではないかと私は推測しています。王子を亡き者にすれば、この国は後継ぎを失うことになりますから」
「なるほど。その混乱に乗じて国を乗っ取ろうと画策していると?」
アスネお姉さまが低い声で言った。カップを持つ手は小刻みに震えている。
身内が狙われているかもしれないと知り、怒りがこみ上げてきているようだ。
はぁ……他国の足の引っ張り合いに俺を巻き込まないで欲しい。
「ええ。考えられるのは東西南北の四国ですな」
「その四国はこのグラッザド王国を目の敵にしていますからね。嘆かわしいことですわ」
この国の北に位置するアラッサム王国、東に位置するイワレス王国、西に位置するウダハル王国、南に位置するエルハス王国の四国は同盟を結び、協力してグラッザド王国を滅亡させようと何度も兵を送り込んできている。
二年前にも大きな戦があったらしいが、その時に二国の敵兵と対決。
三倍の兵力差を覆し、見事に撤退させたのが目の前にいるラオン公爵だったという。
「ええ。先の合戦で大敗した腹いせにってことなのでしょうけれど……」
「分かりました。当日は最大限の注意を払うことにします。あと、無茶なお願いで申し訳ないのですが、僕付きの執事であるカルスを呼んでいいですか?」
執事長であるカルスにもこの事態は知らせておきたい。
今回の問題はまだ確定ではないものの、最悪の場合は国際問題にまで発展するだろう。
主催者側である王城内で今回の問題を知っているのが俺たちだけというのはマズイ。
そんな気持ちを察してくれたわけではないのだろうが、ラオン公爵は小さく頷いた。
「いいですよ。我がフォルス家としても、王子が亡き者にされるのは絶対に阻止したい」
「お心遣い感謝します。それで、カルスはどこに?」
「隣の別館にいるはずです。君、ちょっとカルス殿を呼んでくれ」
「承知いたしました。カルス様がいらっしゃる場所は待機所で合っていますよね?」
「ああ、そのはずだ。大至急頼む」
壁際に待機していた執事は鷹揚に頷いた後、カルスを呼びに部屋を退出していった。
俺はお茶を飲みながら頭を抱える。
転生して早々、厄介な問題になりそうだ。
謎解きは嫌いではないが……狙われているのが自分だと考えるとゾッとする。
「リレンは安心してパーティーに参加しなさい。私が何とかするから」
「お姉さま……」
「分かりました。アスネお姉さまも命を落とさないように注意してくださいね」
少なくとも、パーティーの間はアスネお姉さまに任せたほうがいいだろう。
みんなに笑顔で対応しながら、周囲を警戒するなんて出来やしない。
俺は険しい顔をするアスネお姉さまを見ながら、カルスを待つのだった。
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