『5、家族とお茶会練習』
「いいですか、私達がやってきたことは間違っていません。自信をもって参加してきてください」
「分かっています。ミラさんと二人三脚でやってきた成果を見せてあげますよ」
訓練を開始してから三週間が経った。
今日はこれから父上、母上、アリナお姉さま、俺の四人でお茶会の訓練があるのだ。
アスネお姉さまはどうやら王城に不在らしい。一体どこに行っているのやら。
図書館で気合の入れ直しと最終チェックを済ました俺はゆっくりと応接間へ向かう。
普段、応接間を王城の人間が使うことはないが、雰囲気だけでも味わっとこうという思惑のもと、ここでの開催が決まったのだ。
ちなみに本番はテラスで行うらしいが、大丈夫なのだろうか。
俺は言いようのない不安に刈られていたが、今は割り切ろう。
扉の前で深呼吸。ゆっくりと、扉を2回ノックした。
「グラッザド家のリレン=グラッザドです。只今到着いたしました」
出来るだけ凛々しい口調で伝えた。モデルは前世のテレビで見た騎士である。
凛々しさでいえば彼らに勝てるものはいないだろう。
そんなことを考えていると、ドアがゆっくりと音を立てて開きだした。
「リレン様、どうぞ。お入りください」
「ありがとうございます。失礼します」
ドアを開けてくれたのはアリナお姉さまの教育係を務めているメイド長のジャネ。
ジャネにお礼を言った後で再び一礼。応接間に足を踏み入れた。
「こちらへどうぞ。既にアリナ様はお着きになっておられます」
ジャネの誘導で、やや緊張した面持ちのアリナお姉さまの横に座る。
彼女も現在進行形で今回の試験を受けているのだ。緊張してしかりだろう。
ましてや自身の教育係が目の前で仁王立ちしていれば緊張しないほうがおかしい。
「それでは、各家の友好を祝って、乾杯」
「「「乾杯」」」
父上の言葉で全員がカップを持ち上げた。日本のようにカップをぶつけたりはしない。
原因は、貴族が使うコップが割れやすいことにある。
もしぶつけようものなら一週間も経たないうちにアウト。危ないことこの上ない。
主催者役である父上が飲んだのを確認してから俺とアリナお姉さまも口をつける。
どうやら毒が混入されている可能性を考慮してのことらしい。随分と物騒な事だ。
「とても美味しいです。茶葉の香りが引き立っていますね」
「完全に苦みが抑えられていて飲みやすいですわ」
俺とアリナお姉さまが感想を口にする。
ミラさんと二人でお茶の味も研究済みだし、今日のリレン=グラッザドに抜かりはないぜ。
「そうですか。ありがとうございます」
父上が満足そうに頷く。銘柄や感想については及第点をもらえたようだ。
ひとまずホッとしたところで、母上がわずかに顔を歪めた。
「じゃあ、このお茶の銘柄は分かるかしら?」
身構えた俺たちに飛んできたのは不意打ちの質問。
アリナお姉さまがビクッと肩を震わした。顔に浮かべた笑顔は明らかに引きつっている。
時折、助けを求めるようにこちらに視線を向けてくるので分からないのだろう。
「ダリマ郡の特産品にもなっている、ダージリンティーですね」
俺が答えると母上は軽く頷いた。正解ということだろう。
視界の端では、アリナお姉さまもホッと胸をなで下ろしている。
「これはゴールド級だから、一袋大銀貨五枚くらいはするわね」
この世界で一袋といえば五百グラムくらいを示す。
その量で五万円ということから、この国の最高級品に指定されているそうだ。
それにしても、お茶の銘柄を覚えるために一日に何杯違うお茶を飲んだことか。
五歳児の体にとっては、カフェインの過剰摂取じゃない?
すごく今更な気がするけど心配になってきたわ。
「それでは、このカップは見たことはありますか?」
再びホッと一息ついた俺たちを嘲笑うかのように質問が重ねられる。
今度はカップかよ。こちらは想定外すぎる。全く知らないぞ?
どう答えようか思案していると、こちらをチラッと一瞥してからアリナお姉さまが口を開いた。
さっきまでとは完全に形勢が逆転している。
「デナム郡で有名な焼き物ですね。このサイズだと、かなり値が張るのでは?」
「ええ。銀貨三枚は下らない品ですわ。使いこごちはいかがかしら?」
「すごく使いやすいですわ。さすがケイネ様がお選びになった品だと思います」
俺の不利を悟った途端に豹変し、女性特有の話し方で完璧に立ち回るアリナお姉さま。
普段、天真爛漫と言った感じで喋っている人と同一人物とは思えない。
応接間には張り詰めた空気が流れ、父上が居心地が悪そうにカップをいじっていた。
俺は女性二人のバトルをチラチラと眺めながらゆっくりとお茶を味わう。
このお茶、本当に美味しいな。大銀貨五枚の価値は十分にある。
本来であればクッキーなどと一緒に楽しむのが王道なのだろうな。
切実にクッキーが欲しい。
その後、父上が女性二人を宥めたことでお茶会の訓練は終了した。
一回退出した後で、再び応接間に舞い戻る俺たち。
先ほどまでと同じ席に座るのを見届けてから、父上が口を開いた。
「じゃあジャネ、今回の評価をしてもらおうか」
その言葉を聞くと無意識に背筋が伸びる。評価というワードは不思議なものだ。
「分かりました。じゃあアリナ様から行きましょうか」
「はい。お願いします」
緊張で肩を強張らせるアリナお姉さま。その表情も硬い。
母上と貴族令嬢的な会話もしていたし、そんなに悪い評価ではないと思うがね。
「まず、想定外の事態が起こった際に、視線を泳がせるのはいけませんね」
お茶の銘柄を聞かれた時の事だろう。確かにあれはね。
知らないというのがバレバレだったし。
「次に、一部の作法がたどたどしいですね。これからも練習が必要と考えます」
「はい……頑張りたいと思いますわ……」
今にも消え入りそうな声で返事をするアリナお姉さま。
普段の元気そうな姿とのギャップがすごい。
「次にリレン様」
「はい。よろしくお願いいたします」
ピシッと一礼。これだけやっているからか、騎士の真似も大分板についてきた。
だが……俺も一度やらかしてるからな。
評価は微妙だろう。
「次期国王として、王国の特産品は覚えておいた方がよろしいかと」
半ば呆れたように言うジャネさん。
やっぱりカップのことを突っ込まれたか。まさか聞かれるとは思っていなかったしな。
実践練習は大事だということを改めて感じたよ。
しかし、ジャネさんがフッと表情を緩めた。
「ですが、作法は完璧だと思います。この分なら大丈夫そうですね」
「ありがとうございます!」
なかなか嬉しいな。作法は難しくて、大半の時間を練習に当ててたからね。
隣では、アリナお姉さまが愕然としていた。
「うっ……。やっぱりリレンはすごいね! ジャネさんに褒めてもらえるなんて」
「どういうこと?」
思わず聞き返すと、母上が口を開いた。
「ジャネさんはベテランマナー講師でもあって、貴族たちからの信頼も厚いのよ」
「その分すごく厳しいの! 私は褒められたことなんか一度も無いわ」
アリナお姉さまが口を尖らせて、退出していくジャネさんを見やる。
だから二人を同時に教えているということなのだろう。
ミラさんもきっと素人ではないのだろうが……そういえばあの人の素性を聞いたことがなかったな。
もしかしたら有名な人なのかもしれない。
「あ、そうなんだ。認めてもらえて良かった」
俺はアリナお姉さまにジト目で見つめられ、そう返すしかない。
ジットリ度が増した視線から逃れようと必死になっていると、突然ドアが開いた。
「どうでした? 完璧に出来ました?」
いつものようにフレンドリーな立ち振る舞いでミラさんが入ってくる。
だが、ここには両親や姉がいるわけで……。
「あっ……申し訳ありません!国王夫妻の御前で無礼な真似を……」
「父上、いいからね。僕はこういうフレンドリーな感じが好きだから」
顔を青ざめさせて平伏するミラさんを立たせながら、父上にしっかりと釘を刺す。
ミラさんとは3週間、必死に作法などを訓練してきた仲だ。
今さら処罰されて教育係を変えられたら、それこそ困る。
「分かっている。それよりもミラがそんなに笑顔になるとはな……」
「ええ。リレン様との訓練が楽しくて……」
「そうか。それは良かった。ジャネも作法は完璧だと言っていたぞ」
確かにそう言われたことは事実だ。
とはいえ、やっぱり退出の作法なんかは訓練の甘さが出て失敗してしまった。
もっと練習しなきゃな……と俺は思ったよ。
ちなみにミラさんはいくつもの公爵家でマナー講師を務めてきたベテランだが、そのフレンドリーさが祟って、ここ数年ほど思うような成果が出ていなかったのだとか。
そして、落ち込んでいたミラさんを王城にスカウトしたのが母上である。
母上はどうやらミラさんの幼馴染みだったらしく、昔はよく一緒に遊んだらしい。
ミラさん曰く、『遊んだといっても噴水広場でボードゲームをしただけだし、今になって考えてみると、周りからいつも視線を感じていた気がする」だと。
まあ……何はともあれ、俺はミラさんと仲良くなったってことで万時オッケーでしょう。
もちろん訓練が優しくなったりはしないけど。
そして、ついにその時を迎えることになる。
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