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『神様との対話』

 俺が目を覚ますと、そこは明らかに地球とは違う場所だった。

 床以外のところはすべて白一色。ずっと見ていると目がチカチカしてきそうだ。

 

 ただ、白い太陽なんかが浮かんでいるのはちょっと面白いかも。

 床は水のように透明で、動くと波紋が広がる。

 最も、寝っ転がっても濡れたり溺れたりはしないけど。


「お目覚めになられましたか。絹川空さん」


 顔を上げると、二十代前半くらいの若い女性が俺を見下ろすように立っている。

 慌てて立ち上がって女性と正対した。

 そこで俺は女性について少しの違和感を覚えた。


 この女性、恐らく人間ではない。

 顔があまりにも整いすぎていて、俺から見たら逆に気持ち悪いくらいだ。

 いわゆる、左右対称というやつである。

 若い女性はなぜか露骨に顔を歪め、ゆっくりと口を開いた。


「まあ、言いたいことはいくつもありますが今はいいでしょう。私はあなたの推測通り人外ですね。女神というやつです。最も、地球の女神ではありませんがね」

「はあ、そうなんですか」


 いきなりカミングアウトをされても、反応に困るのでやめてほしい。

 というかさりげなく心を読まれているのだが。

 ちなみに俺はここに来てから女神に話しかけられるまで一言も喋っていない。

 “あなたの推測通り”という言葉が出るためには、俺の心を読まなければいけないのだ。


「絹川空さんは今回、特別に異世界にいける権利を獲得できたんですよ」

「どうしてですか? 俺、何かしましたっけ?」

「理由は物凄く単純。この神界に来る死者の中でもかなり未練が強かったからです」


 未練ってもしかして……死ぬ直前まで考えていた『指示する側になれたらなー』みたいなもの?

 あれが原因で俺は異世界に行ける権利を獲得することが出来たのか。

 まあ、今はそれよりも気になるワードが出てきていたが。


「今、死者って言いましたよね? やっぱり俺、バイクに轢かれて死んだんですか?」

「ええ。死なないと神界にはこれませんから」


 女神が鷹揚に頷いた。

 まあここに来た時から感づいてはいたけど、やっぱり死んじまったのか。

 それにしても未練が強かったって言ってたっけ?

 意外とみんな未練を持っていないんだな。


「この神界は出来たばかりで現れる死者も少ないんです。だけど……」

「何です?」

「未練にも様々なものがありますから、私たちが叶えられない望みも当然あります」

「それはそうでしょうね」


 いくら神様だといっても出来ないことくらいはあるだろう。

 例えば、神になりたいとかいうのが未練だったとしたら、それは叶えられそうにない。


「そういうことです。そしてあなたは私たちが叶えられる未練を持っていた」

「なるほど。あなたたちが叶えられる未練を持った人の中でも、それがかなり強かったと」

「ええ。あなたは理解が早くて助かります」


 笑いながら女神が言う。

 しかし、次の瞬間には真剣な表情になった女神が手のひらの上に水晶を出した。

 何もない空間から水晶が現れたぞ!?

 あれが魔法か?

 女神は俺の疑問には答えずに、水晶を覗き込みながらこんなことを言った。


「まあ、あなたの人生が今までここに来た人の中で一番不憫だったからっていう理由もありますがね。むしろそっちの方がメインかもしれません」


 俺は苦笑いするしかない。

 バッサリと言い切りやがったぞこの女神。そんなに俺の人生は不憫だったか?

 だが、お世辞にもいいとはいえない人生だったのも事実だ。

 十七年間生きてきて、楽しさを感じられたのはたったの三年間だけだったのだから。


 両親は早くに交通事故が原因で亡くなり、俺は孤児院に預けられた。

 賠償金で費用は賄えるとか何とか聞いた覚えがある。

 そこで受けたのは陰湿なイジメで、ハッキリ言って人生に絶望させられた。

 その時はまだ三歳くらいだったはずなのにね。

 四年間も、年上からのイジメに耐えた俺を褒めてほしい。


 七歳の時に引き取られ、やっと地獄の生活から抜け出せたと思ったら、引き取ってくれた叔父は借金に追われ、俺を残して蒸発。

 もともとギャンブル好きな人だったと後から聞いたので、別におかしなことでもない。

 再び孤児となってしまった俺は保護され、別の孤児院に入れられた。


 ところが新しい孤児院は上下関係が激しく、その関係は主人と奴隷のような感じである。

 実際に主人側、奴隷側と呼ばれていたしね。

 当時九歳だった俺は主人側にあたる年齢だったから、やっと希望が見えてきた。

 しかし、そんな甘い希望はすぐに打ち砕かれることとなる。


 八歳の主人側もいたのにもかかわらず、新人ということで奴隷側になってしまったのだ。

 そしてこの奴隷生活、果てしないキツさがある。

 料理、配膳、洗濯などの家事という家事は全て奴隷側の仕事。

 主人側はそれを使うだけ、食べるだけ。

 俺はいつしか笑顔を忘れていた。


 そんな生活が一年ほど続いた後、やっと人生の絶頂期を迎える。

 主人側で最年長になったばかりの悠という少年が俺を配下に加えたのだ。

 普通であれば、配下に加えられるのは奴隷側にとって最も避けたい事態になる。


 配下に加えられたら、他の人間には手出し無用となるのが最大の理由。

 酷い扱いを受けようが、その人と主人以外は誰もそのことを知れない。

 俺も加えられた当初は抜け殻のような表情をしていたことだろう。


 だが、予想に反してこの悠という少年は僕にとても良くしてくれた。

 まるで友達のように接してくれて、仕事も激減。


 俺にとっては最高の人物であり、彼と過ごす時間は最高の時間だった。

 一回、俺はそんな扱いでいいのかという疑問をぶつけたことがある。

 悠は、最年長になったんだから誰にも文句は言わせないと胸を叩いて言ってくれた。

 その答えを聞いて、悠が神様に思えたよ。


 そんな感じで五年間を過ごし、十四歳の時に二回目の引き取りを迎える。

 悠との別れは俺の人生の中で一番辛かったし、悲しさと寂しさで胸が張り裂けそうだった。


 そして、俺を引き取った伯母はご存知の通り束縛が激しい人だった。

 門限から生活のルールに至るまで、厳しく管理される生活。

 だが、学費は十分に出してくれるようだったので、受験をして高校に進学。

 頭を何度も下げて、ようやく図書委員になることを許してもらったのは記憶に新しい。


 そして絹川空は今日、交通事故で十七年の生涯に幕を下ろしたのだ。

 再開を誓った悠との永遠の別れという手土産も付けて。

 ――うん。回想しても悲しくなるだけだったな。


「話を戻しましょう。転生するにあたり、何か所望することはありますか?」

「所望することですか……。逆に尋ねますが、俺は何を所望できるんですか?」


 例えがないと分かりにくい。

 美少年にしてくれとかそういうのも所望できるのだろうか。


「そうですね……例えば貴族になりたいとか、商人になりたいとかですね。後は、冒険者になりたいというのでしたら、どこかの次男とか三男に転生させてあげることもできますよ」


 立場を好きにいじれるといったところだろう。

 あとは、また聞き捨てならないワードが一つあったな。


「冒険者? もしかして冒険者ギルドがあったり、ドラゴンみたいな魔物がいたりします?」

「ええ、バッチリと。ギルドもありますし、ドラゴンなどもいますよ」


 ドラゴンは見てみたい気がする。

 そんなの、完全にライトノベルの世界やん。

 前世で、剣と魔法と貴族の世界の物語は何回も読んだよ。

 中世ヨーロッパくらいの時代の世界に転生しちゃうやつじゃん!


 女神などという存在が目の前にいる時点でファンタジーの世界なのかもしれないが。

 冒険者とか魔物とか聞くと、よりワクワクしてくるのは何でだろう。

 異世界っぽさが色濃く出るからだろうか?


「じゃあ……家族が欲しいです。もちろん仲がいい家族にしてくださいよ」


 目の前で頬を膨らませている女神に希望を伝える。

 せっかく異世界で再び生を受けられるのに、また冷え切った家庭になるのは嫌だ。

 俺は家族の温かみを知りたいんだっ!


「承りました。他にも何やら希望がありそうですね。具体的に言えば未練関係の希望が」

「そうですね。あとは指示する人になりたいですかね。指示しても誰も文句を言わない、TOPの座についてみたいんです」


 せっかく異世界で生を受けられるのだ。また指示されるだけの人生は勘弁願いたい。

 二回目というボーナスステージだし……多少はいいよね?

 転生先によっては簡単になれるかもしれないが、少しでもリスクは減らしておきたい。


「それでは最後の質問です。剣と魔法、どちらの方をより使いたいですか?」


 なぜか、何かを諦めたように女神が尋ねてきた。

 やっぱり剣も魔法も使えるのか。


「それはもちろん、魔法でお願いします!」


 魔法はファンタジー小説を読んでいる人なら誰もが憧れるじゃん。

 まさか自分が使えるようになるとは思わなかった。


「了解です。それでは、絹川空さん。二回目の人生を存分にお楽しみください」

「あっ、ちょっと待って。前世の記憶って残してもらえますよね?」

「可能です。前世の記憶は残しておきますわ」


 突然、女神が貴族令嬢のような言葉遣いになってしまった。

 どうしたのだろうか。


「何でもありませんわ。それでは改めて。二回目の人生を存分にお楽しみください」


 その言葉を最後に、俺の意識はゆっくりと深いところに沈んでいった。

 さあ、目が覚めたらどんな光景が広がっているのだろうか。

 第二の人生を楽しみにしていたその時、まるで深い眠りから覚めたような感覚があった。



 だが……この時、俺は最大の失言をしていたのである。

 中世ヨーロッパのような世界で、指示しても誰も文句を言わない立場は何なのか。

 それを考えていなかったのだ。


「絹川空さん……。良い“国王”になることを願ってますよ」


 誰もいなくなった神界で、女神は一人呟いた。


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