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『死亡』

「――行ってきます」


 俺は誰もいない玄関に向かって一人で呟いた。

 どうして、誰もいないのにわざわざ挨拶するのかは自分でもよく分からない。

 この家に対しての最低限の敬意というやつだろうか。


 俺、絹川空はゆっくりとドアを開けて学校に向けて歩いていく。

 登校中にいつも考えるのは、親の代わりとなってくれている人のことである。


 というのも、両親を早くに亡くした俺は、叔父&孤児院経由で伯母のもとに預けられた。

 俺を養うために夜の仕事をしている伯母は帰ってくるのがとっても遅い。

 そして俺が学校から帰ってくるのとほぼ同時に仕事へと向かってしまう。


 だから伯母の顔はほとんど見たことがない。


 彼女が俺に何かをしてくれたこともないし、俺からも必要以外の干渉はしない。

 家庭環境は完全に冷え切っている。

 他の人が家の状態を見たら、そんなことを言うのだろうか。


 最も、俺にとってその生活はもう四年目だ。

 最初こそ不愛想ともいえる伯母の対応に戸惑ったが、さすがに慣れるというものだ。


 そんな毎日が続くと思っていた昼休み。

 ポケットに入れてあるスマホが、メッセージの着信があったことを知らせた。


 はぁ……またいつものメッセージだろうな。

 俺は内心うんざりしながらチャットアプリを開くと、やはり伯母からのメッセージがある。

 毎日毎日嫌味みたいに送りつけやがって。


 伯母は何かの嫌がらせのつもりなのか、毎日同じメッセージを送りつけてくるのだ。

 予想通りというべきか、送られてきたメッセージはそれだった。


『しっかりと門限までに帰ってくること。破ったら……分かっているね?』


 昨日と一字一句違わない文面。

 そしてもう四年間、暗唱できるほど見ている文面。


『分かってます』


 返信の文面も当然ながら変わらない。

 伯母にとってもこの六文字は見慣れているのだろうな。

 そんな事を考えながら午後の授業をこなし、やがて放課後を迎えた俺は、高校の図書室で思わず素っ頓狂な声を上げる。


「え、二人とも欠席!? つまり、俺一人ですべての本棚を整理しろという事ですか?」

「うるさい。図書室で騒ぐな。みんなお前に注目しているぞ」


 図書委員長の言葉に辺りを見回すと、ほとんどの人が俺の方を向いていた。

 まあ、普段は静かな図書室で騒ぐ奴がいれば注目もされるわな。


「それで質問の答えだが、もちろんだ。僕はカウンターにいなきゃいけないからね」


 やたら恰好をつけて喋る図書委員長の松村陸先輩。

 だが、カウンターには新田朱莉という副委員長の先輩もいる。

 何も、わざわざ松村先輩がカウンターに陣取っている必要はないのだ。


「そんなの、朱莉先輩に任せればいいじゃないですか」

「僕は図書委員長。これは委員長命令だ。一人で整理しろ。いいね?」

「僕もさすがに女子に本棚を整理してくれとは言えませんしね。分かりましたよ」


 俺の指摘を完全に無視し、委員長権限を行使した松村先輩に嫌味をぶつける。

 こうなれば俺に勝ち目はない。

 嫌味も、もはや負け惜しみのレベルである。


 俺はいつも指示される側だったから、こういうやり取りも慣れてしまった。

 昔の友人みたいに指示する側でも優しければいいのだが、この人は全然優しくない。

 自分も指示される側に回ってみればいいんだよ。


 湧き上がる不満を何とか抑えながら、俺は二十個以上ある本棚に向かうのだった。

 しかし、全くといっていいほど作業は進まない。

 このペースだと整理が終わるころには、先輩の怒りが爆発して……。


「動きが遅い! お前はもう二年目なんだから、本棚の整理くらいちゃっちゃと終わらせてくれないと。おかげで僕も最終下校時刻まで残らなきゃいけなくなったじゃないか。今日は久しぶりに塾が休みだったのに……」


 はい、やっぱりこうなりました。本当にありがとうございます。

 文句を延々と垂れ流されているはずなのに、一周回って笑えてきちゃった。


 すっかり辺りは闇に染まった帰り道。

 朱莉先輩と別れるや否や、松村先輩は俺への不満をこれでもかとぶちまけている。

 一応、目の前に本人いるんですけど。


「だったら手伝ってくださいよ……。こっちは一人でやってたんです! 二十個以上ある本棚を一人で整理しろなんて、それだけでも無茶振りなんですから」


 普段は二年生が三人がかりで行うのだが、今日は生憎、他のメンバーは欠席。

 俺が一人で整理することになってしまったのだ。


「何だ、随分と貧弱だな。俺ならそんな程度、二時間もあれば出来るぞ」

「そうですか。凄いですね」

「あ、信じてないだろ」


 言っちゃ悪いが、松村先輩が本棚整理をしているところなんて見たことがないぞ。

 ジットリとした視線を先輩に送っていた時、門限の存在を思い出した。

 慌てて時計を見ると一時間以上もオーバーしている。

 これはこってり絞られた後、図書委員の辞職をキツく迫られそうだな……。

 というか百パーセント迫られる。


「ん、どうした?もしかして門限が過ぎていたか?」

「ええ。完全オーバーですね。図書委員を辞めろと言われるかもしれません」

「おおっ……親はそんなに厳しい人なのか。一人で整理させてすまなかったな」

「いいですよ別に。あと俺の親はすでに亡くなっていますが」


 無意識に自虐的な言葉が漏れる。

 その声は自分でもビックリするほど冷たかった。

 普段の俺の声色とは明らかに違っていたからか、松村先輩がビクッと肩を震わせた。


「すまなかった。迂闊な言葉だったな」

「いえいえ、言っていなかったからしょうがないですよ。でも時々思っちゃいます」

「何をだ?」

「家族がいたら、今ごろ俺はどんな人生を歩んでいたんだろうっていうことです」


 俺は一人っ子だった。

 ゆえに両親が死んだ三歳の時点で天涯孤独の身となってしまったのである。


 でも、もし。

 今の時点で両親が生きていれば。

 あるいは両親は生きていないまでも、兄弟のような血が繋がっている家族がいれば。

 俺はどうなっていたのだろうか。


「松村先輩が羨ましいですよ。先輩には両親もちゃんといるし、可愛い弟もいるじゃないですか。それと……指示する側って、指示するだけで後はドンと構えていればOKなので羨ましいですね。俺はいつでも指示される側ですから」


 本当にこれである。

 門限も、この時間までに帰ってこいと指示されているようなものだしな。

 図書委員でも松村先輩に逐一指示されているし。


「……そう思うのなら、スキルを磨けばいいんじゃないか。あと、弟がいるということはそんなにいいことばかりじゃないぞ。むしろ活動を制限されることだってあるしな」


 何故か複雑そうな声で答える松村先輩。

 裏の事情がありそうな口調である。一体何なのだろうか?


 しかし、尋ねようと思った時には、既に歩みを進めている松村先輩。

 既に先輩と別れるT字路に到着していたようだ。

 次の委員会の時にでも聞けばいいか。どうせ次の委員会にも来るだろ。


 それにしても、スキルを磨いて指示する側に回れか……。

 俺が指示する方に回ろうとすると、なぜか敵が現れるんだよな。

  “僕もやりたいから、じゃんけんで決めません?”とか、“空くんじゃ不適任だと思います!”

 とかいう奴が必ず一人は現れる。松村先輩のように満場一致とはいかない。


 ……何でそんなに俺がリーダになることを阻止しようとするんだろう?

 友達にも分かりやすい性格だって言われるから、そのせいかな?

 指示する側が乗り気じゃなかったりしたら士気が下がるもんね。

 だったらその性格を直さなきゃリーダになれないのか。


「おい、お前! 危ないぞ! おい! 聞いているのか?」


 そんな事を考えながらしばらく歩いていると、後方から男の人の怒鳴り声が聞こえた。

 何だ? 住宅街で叫びやがって……などと思いながら顔を上げる。


 すると、そこは俺が住む街でもダントツで交通量が多い交差点のど真ん中であった。

 さらに、信号無視のバイクが横から迫ってきている。


「おっとヤベェ……早く渡っちゃお」


 あんなのに轢かれたら俺は一発でお陀仏だぞ。

 まだ死にたくないわ!

 勢いよく走り出した俺の目に映ったのは、信じられない光景だった。


 それは、他の車に衝突した衝撃でこちらに突っ込んでくる先ほどのバイクである。

 典型的な交通事故の現場だ。


 詳しく見れば、車体だけがやけにスローモーションで近づいてくる。

 運転手はどこかで振り落とされたようだ。

 その場で体を投げ出そうにも、体は接着剤で固められたように動かなかった。

「おいおい、よりにもよってここで死ぬのかよ!」


 迫りくるバイクを横目で見ながら大声で叫び、俺は勢いよく地面に叩きつけられる。

 最後に脳裏に浮かんだのは、四年前に別れた大切な親友の姿だった。


「もう二度と会えなくなっちゃうのか」


 俺の目から一筋の涙が零れ落ちたところで、俺の意識はプツンと途切れた。


初めまして。銀雪と申します。

全くの処女作なので、色々おかしな点などあると思いますが、温かい目で見守って下さると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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