転生したら水が芋焼酎だった件
ここはどこにでもあるようなチェーンの居酒屋の一室。もう何杯目かもわからないジョッキを傾けてると、俺の大嫌いな上司が声をかけてきた。
「おい、山口!おまえの大好きな芋焼酎たっぷりそそいでやったぞ!飲め飲め!水みたいなもんだから!それともおまえ、水も飲めねえとかぬかさねえだろうなぁ!?」
また絡んできたよ。うっとうしいな。でも、まあここで断ったら空気を悪くしちゃうかな。
そう思って俺は奴の手から芋焼酎を引ったくり、思いっきり飲み干した。
「上出来だ、おめえは聞き分けがいいな。」
奴は満足げに頷くと、女性社員をセクハラしにふらふらと消えていった。
最悪な気分だ。俺は酒はそんなに嫌いではないが、芋焼酎だけは大嫌いなのだ。それこそアルハラしてくる上司と同じくらいにな。そう思いながら、口直しにポテトをつまんでいると俺の隣に座っている後輩が声をかけてきた。
「いっつも大変っすね、山口さん。あの人も山口さんが芋焼酎嫌いなの知ってるだろうに。」
「だからこそなんだよ、竹鶴。あいつは人の嫌がることが大好きなんだ。」
いやな人っすね、と呟いて竹鶴は女性社員をセクハラしにふらふらと消えていった。こいつもこいつで嫌なことを人にしているのは気づかないんだろうか。まあ無自覚だからこそセクハラなんかに勤しんでしまうのかもしれないな。なんだか無性にイライラしてポテトをつまむ手が加速する。ほんとになんでこんな会社に入っちまったかな。
俺の名前は山口獺祭。2年前まではいわゆる引きこもりだったが、叔父の紹介で今の会社に就職することになった。入社してからわかったことだが、この会社とんでもなくブラックである。飲み会は毎週強制参加なのがほんとに前時代的だ。酒は一人でゆっくり上手いものを少量。これがわからん連中の多いこと。
これ以上この場にいると酔っ払った連中の介抱をしなくてはならなくなる。そうなる前に退散するとしようか。そう思いすっと立ち上がると、背後に嫌な気配を感じる。なんだ?
「山口く~ん、君の大好きな芋焼酎いっぱい持ってきたよ~!!!」
刹那、俺の頭に大量の水が降り注ぐ!水?違う、これは、このにおいはっ!!!
芋 焼 酎 だ
「ぐぼぼぼびゅあぼゅっっっ!おぼぉれぇりゅっ!!!」
やばい、息ができない。苦しい。あ、だめだ。意識が飛ぶっ!!!!!!!!!
俺の意識は黒い闇の中へと沈んでいった。
暗い深い闇の中から、俺は一筋の光を見る。ここはどこだ?あの光は何だ?
俺はゆっくりと目を開けた。
「あ!お目覚めになられましたか!」
俺の目の前には金髪の女の子がいた。こんな子、うちの会社にいたっけか?まあ何にせよ、おそらくこの子が倒れた俺の面倒を見てくれていたのだろう。礼を言っておかなくては。
「ありがとう、俺はあのあとどうなったのかな?」
「あのあと、ですか?申し訳ありませんが、つい先ほど倒れているあなた様を見かけたもので。わたくしにはわかりません。」
申し訳なさそうな顔をして女の子は答えた。ん?どういうことだ?俺は飲み会で頭から酒をかけられて倒れたんじゃないのか?
「えーと、ここは新宿だよね?」
「新宿?ですか?いえ、ここはモルツ村ですけど。」
彼女は不思議そうな顔でそう答えた。なんだモルツ村って。倒れてる間に運ばれたのだろうか。にしても日本にそんな名前の村があるのか?
わからないことだらけで、頭がガンガンする。ふと、自分が猛烈にのどが渇いていることに気づいた。
「すまないけど、水を頂けないかな。とてものどが渇いていて。」
俺がそう尋ねると、女の子は懐から植物でできた水筒のようなものを取り出した。
「こんなものでよければ!」
どうやら飲んでよいらしい。ありがたく、俺は水筒に口を付けた。勢い良く飲み干す。
っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
これは、この味は
芋 焼 酎 だ
「なんてもん飲ませやがる、この野郎!」
俺は女に食って掛かった。
「み、水です。お口に合わなかったでしょうか?」
女は取り乱しながらそう答えた。これが水?ふざけるな、においから風味まで全部芋焼酎そのものじゃないか。
「じゃああんたが飲んでみるんだな」
そう言うと女はくぴくぴと『水』を飲み始めた。ふん、すぐに間違いに気づけばいいさ。
「普通の水、ですけど。」
「は?」
今なんて言ったこいつ?普通の水?
そんなわけあるか、どう考えてもこれは芋焼酎だ。もっとマシそうなやつで確かめてやれ。
そう思って、俺はその辺を歩いていた民族風の衣装をまとった男を呼び止めた。
「おい、そこの。この水筒の中身はなんだと思う?」
男は怪訝そうな顔で近寄ってきたが、俺が一睨みすると慌てて水筒に口をつけた。
「水、ですかな。ただの。」
男はそう答えた。
水?これが?このくっさいくっさいクサレ液体がか?俺は頭がおかしくなりそうだ。
ここの村の連中は全員味覚が狂っているのだろうか?そう思って俺は立ち上がり女を一瞥した。
「世話になったな。俺はもう大丈夫だ。お前の舌と違ってな。」
女は恐怖を湛えた顔で俺を見送ってくれた。
しばらく歩いていると、ここはまったく新宿などではないことに気づいた。というか田舎だ。なんなんだろうか、俺になにが起きたのだろう。ふと、同僚がハマっている小説を思い出した。
「異世界転生、だっけな。」
そう、異世界転生。死んだ後、剣と魔法の世界へと生まれ変わり無双するジャンルのことだ。無双かどうかは置いといて、今の自分の状況は少しそれに似ているかもしれない。
なんて、酔狂な考えに至ってしまうくらいには今の自分は動揺しているのだろう。ひょっとしたら酒が残っているのかもな。
自嘲気味に笑っていると、俺の頭の中に声が響いた。
(おい。聞こえてるか?聞こえてたら返事をしてくれ~。)
俺はびっくりして辺りを見渡す。
(違う違う、お前の中だよ。俺がいるのは。)
また聞こえた。幻聴か?
(幻聴じゃないよ、ぼくは神さまだ。君をこの世界に転生させたね。)
は?とうとう俺も狂ったか。いくらなんでも神さまはないだろう。そう思って無視することに決めた。
(無視かい。じゃあこっちも勝手にしゃべらせてもらうよ。君が生まれ変わったのは剣と魔法の世界ではなく、芋と発酵の世界ジョーチュウさ。ここは君のもといた世界とほとんど変わらない。まあやや文明は遅れているが。)
芋と発酵の世界?ジョーチュウ?ふざけやがって。無視し続けることにする。
(大きな違いが一つだけあってね。ここでは水の味が芋焼酎の味なのさ。他の飲み物は全部もといた世界と変わらないよ。でも水だけが、君のもといた世界で言う芋焼酎の味になっているのさ。)
俺は凍りついた。つまり、この世界ではチェイサーとしての水などないのだ。否、より正確に言うならば、チェイサーが芋焼酎ということか。
この話がほんとだったらとんでもないことになるな。俺は震える。
(まあそれ以外は普通だし、魔王もモンスターもいないから安心して過ごしてくれ。)
ふざけるな。俺にとっては魔王みたいなもんだ、芋焼酎は。
俺の脳裏にクソ上司の顔が浮かぶ。あいつ、俺を殺しただけじゃなくとんでもない世界に送りやがった。許さねえ。
(許さねえ?じゃあどうするんだい?)
挑発するような神の声。うるせえそんなの決まっている。
「証明してやるのさ」
(何を?)
「芋焼酎は水じゃねえって」
こうして俺の戦いが始まった。