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異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。  作者: ヨルベス
第3章 水の街

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第92話 お嬢様、またまた会う


 ホールを後にして、ロザリーヌのいる控室を目指す。

 廊下は人沢山だったホールと違い、人に会う機会は指折り数えられる程。ふっかふかのカーペットが足音を吸収してることもあり静かだ。


 先頭を歩くトゥールは何も言わない。後ろを歩いては表情は窺えない。

 歩いているのに時が止まってる感覚。しかし、訊かずにはいられなかった。


「あ、あのさ、訊いてもいいか?」

「なんじゃ、やりにくそうにしおってからに。我に訊きたい事とは?」

「フランヴェオから聞いた話なんだが……」

「おお、我のいない間に話していたことか? 我がマグノリオンの子かどうとか……」

「なっ!?」


 言葉を失った。

 知らないはずの話の内容に、トゥールはごく自然に尋ね返す。二人と一人の間で温度差が生まれた。


 知っているはずがない。話したのは彼女がバルガーネに挨拶に行っていた時。つまりトゥールは離れていてそこにいなかった。

 三人でしか話していないのに、何故それ知っているのかと驚かされた。


「知っているのか!? どうやって……!」

「シンジの服のポケットに(ふだ)を忍ばせておいたんじゃよ」

「あっ、ホントだ! いつの間に! いや、着替える前から入れてたな?」


 タネ明かしにポケットから出てくるトゥールの札。ロザリーヌ邸に会った時の物とほとんど同じで、盗聴器の代わりとして機能していた。

 抜け目のないロリっ娘だ。挨拶に行ってる間にこれで盗み聞きしていたのか。


「この際に言っておくが、我はマグノリオン家の血筋を一滴も有しておらん。正真正銘の孤児じゃ」


 意図を見抜いていたトゥールは、自分と当主(ちちおや)の関係を明かした。


「そんな……っ」

「マグノリオンの子供じゃないのか……」

「我は王都から東にある地域の生まれ。故あって一人になってな」

「何があったか聞かせてくれるか?」

「……」


 口が閉ざされ、背に沈黙を語る。淑やかに歩くだけの間が後を繋ぐ。


 無言からくる否の圧力。それ以上は踏み入れるなってことか?

 孤児になった理由を教えてはくれないが、言わないなりに推し量ることはできる。追求するのは傷を触るようで気が阻んだ。


 その代わりに紡いだのは、


「一人になった後は紆余曲折あったが……当主(ジジイ)に素質を見出されて引き取られての。マグノリオンの魔術を引き継がされたんじゃよ」

「魔術を……引き継がせる?」

「トゥールさんと家族になりたいのではなかったのですか?」

「お主らが考えているとおりじゃ。あのジジイはそういう人間なんじゃよ。身寄りの無い子供を救おうなどど健気な心掛けは持っておらぬ。いや、そうではなくては我を拾おうと物好きな事はせぬ」


 マグノリオン家当主は変わった一面があるようだ。

 魔術の使い手としてのトゥールの養父は、魔術を引き継がせることを家督の後継よりも重要で優先していた。


「道に足を踏み込んでいる者の一部は……王家に仕えている者がほとんどなのじゃが、万人が知れ渡る詠唱魔術とは異なる──例えば、これとかの」


 トゥールの手から一枚の札が空中に浮遊して、くるりと一回転する。


「そうか、これがマグノリオンの家特有の魔術か」


 この魔術を引き継がせる為にトゥールは拾われたんだな。

 ただ、それだけで。されど、それだけでトゥールは孤児達の中から一人選ばれた。


 引き継ぎ相手を探していた変人に見出され、養子となったトゥールは彼の家でマグノリオン家の魔術を引き継ぐ訓練を受けて育ってきた。

 ただし──


「術の行使、感覚共有……それらを扱いこなすよう、身体を弄られてのう」

「弄られるって、引き継ぐのにそこまでするのかよ?」

「素質があると言っても、我は血筋を持たん外部の人間じゃ。習得するには相当苦労したもんじゃ」


 その瞳がやや下に傾く。間を置いて「ふう」と息が落とされる。


「他は二の次。兎にも角にも魔術が最優先。早く確実に身に着ける為、毎日この可愛らしい肉体に刻み込まれた。もはや虐待じゃなあ」


 肩を竦めながらあっけらかんに言う。ハッ、と言いたげな顔が、自分を引き取り育ててくれた養父への、娘としての情を物語っていた。


 魔術の引き継ぎをなによりも優先とし、貴族としての礼儀作法、常識や知識等を後にする……虐待と呼ぶほどの行為を行い、トゥールはそれに耐えてきたのか。


 マグノリオン家当主の変わった人物性は、全貌見ずとも彼女の証言でなんとなく分かった。

 貴族の娘といっても華ばかりじゃねえってことか。


「じゃが、拾われて得たモノもある。我はマグノリオンの娘として有効活用させてもらうだけじゃ」

「有効活用? 何をする気だ?」

「我は……真実(、、)を知りたいのじゃ」

「真実?」

「そうじゃ、真実じゃ」


 ()を含んだ口調からは、真剣な雰囲気を感じ取れる。その小さな身体には決意とも取れる熱量が潜み、少女が違う人物に見えた。


 真実とはいったいどんな事だろうか? トゥールは何を知りたがっているんだ?


「それって……」

「およ? あそこでなにやら騒いでおるのう。はて、不祥事でも起きたかの」


 訊く前に事態が動いた。

 張りつめた空気が泡となって弾ける。トゥールが前方で何かが起きているのを発見した。


 廊下の奥に、あたふたとする落ち着きの無い者達。面々からトラブルに遭っているのはロリっ娘に同感だ。


「どうした? 何があったんじゃ?」


 集団の一人に問い掛ける。内容はこうだ。






「新婦がいないぃ?」


 そういう事じゃ、とトゥールが頷いた。


 騒動の原因はロザリーヌ。いなくなったのは彼女だ。

 誰もが目を離していた間に控室から忽然と姿を消したという。


「隙を見て逃げたんじゃなあ。余程あの男が嫌なんじゃろうて。バルガーネも新婦との仲は言葉を濁しておった」

「同情するぜ」


 あんな男との結婚を受け入れる女はいないだろうし、あの女なら尚更だ。

 だが、いなくなっては困る。レト捜しにはロザリーヌが必要だからな。


「で、どうするんだよ? 早く見つけないと困るんだが」

「捜さなくていいんじゃないんですか?」


 捜索に消極的なのはテレサ。冷たい一言にココルでの恨みが乗っかっている。


「おっとっと? テレサさーん? どうしたんです? 一片足りとも感情がないですが?」

「会う必要はありません。あの人に行くのは諦めましょう」

「そう言うなって。レトはあの女の家にいるんだからさ。それじゃ良くないんだって」

「はっ! そうでした。レトさんのことを失念していました」

「テレサ、お前……」


 わざとらしさのない素の反応。本当にロザリーヌが嫌いですっかり忘れていたな……。


「では人捜しに興じるとしようかの。シンジはそっちに行くのじゃ。我はテレサと二人で反対側を捜す」

「えぇー、一人かよ」

「二手に分かれて捜すのが効率いいじゃろ。お主は一人で十分じゃ。見つけたら、(それ)で伝えてくれ」


 連絡としてポケットに仕込まれていた札を使うようにと念を押し、トゥールはテレサを連れて反対側に行った。

 後で会いましょう、とテレサの言葉を最後に二人はいなくなった。


「……効率いいといってもなあ」


 寂しく取り残された後、独り言ちながら周囲の世界を見渡す。

 そこは貴族が足を踏み入れている建物の内部。初めて来た場所だ。


 何処に行けば何があるのか分からない状態。それでロザリーヌが見つかるとも思えんが……とりあえず適当に捜すとしますか。他に捜している人がいるんだし、そのうち見つかるだろう。


「いや、あいつらよりも早くお嬢様を見つけないと話ができなくなるな」


 呑気に捜す余裕は無い。最悪の場合、連れていかれてレトを連れ戻せなくなる。そんな事態は避けねばと、気を引き締めて捜索に掛かった。


「お嬢様ー、ロザリーヌお嬢様ー」


 躍起になって、いなくなったロザリーヌの行方を捜す。誰よりも早くだ。

 迷宮のような通路を駆け抜けて捜索をする……が、ロザリーヌは一向に見つからない。


「全然見つかんねえ……」


 居そうな場所は手当たり次第調べた。部屋の中も確認した。だけど手掛かりすら無い有り様だ。


 あの女、意外に隠れんぼが上手だな。屋敷から抜け出した逃走力は確かなようだ。

 どうする? ここは一旦トゥール達と合流するか?


「ん──?」


 そんな時、妙な音を捉える。

 タッタッタと床を連続で蹴る軽快な音。少しずつ大きくなっていて、迫っているのがわかる。


「この音は……」


 生き物の走る足音と分かった時、それはやって来たのだった。


「キュッ!!」

「ぶふおぉっ!?」


 場に似つかわしくない、懐かしい鳴き声が聞こえた瞬間、小さな影が急速に迫り、加速をもってドボッと腹部にめり込んだ。

 突進からの体当たり。ダイレクトアタックを受け、女シンジは撃沈して床を這うのだった。


「ぐっ、あがっ……」


 は、腹が痛いぃ。ゲロ吐きそう……!

 誰だ、体当たりしてきたのは!?


「キュッキュ」

「あ、ああっ! レト……!」


 周りを駆け回るのは、数日前に行方の途絶えた獣──レトだった。


「キュッ、キュッ」


 レトが顔面の前に止まって様子を見てくる。腹を押さえて倒れてる女が俺だと既に見抜いている。でなきゃ体当たりなんてしてこない。


「おぉーまぁーえぇー」


 腹部の痛みは、小さな仲間によって何処かへ消えていた。


 やっと会えた……。

 ロザリーヌ邸への侵入からいなくなっていたレトが確かに存在している。


「し、心配なんかしてないんだからねっ!」

「キュオォ……ッ」


 ツンデレかましたらキモいと言われた気がしたが、再会の感動で聞き流そう。

 特に変わった様子は……派手な服を着せられてるが至って健康なようで大事なかった。ロザリーヌに変な事されたりストレス抱えているんじゃないかと心配した。


 此処で会えるとは意外。お前も此処に連れてこられたのか。はは、なんだなんだその格好は。ペットのクセにオシャレな服を着やがって。ロザリーヌに着せられたのか?


「見つかってよかったぜ。テレサも心配してたんだ。早く行こうぜ」


 この建物に、貴族街にいる理由も無い。ついでに言えばロザリーヌを捜す必要も無くなった。テレサ達に会ってさっさと出て行こう。


「キュッ」

「ん? どうかしたのか?」

「キュッキュキュッキュ」


 合流に行こうとした矢先、レトが仕草でこっちこっちと誘う。

 この動き、どこかに連れて行きたがっている?


「そっちに何かあるのか?」


 ある場所を目指して四本の脚が駆け出す。ここではない場所に向かおうとして。

 どうしたんだレトは。何処に行く気だ?


 先を行くレトを追いかけて廊下を進んでいく。

 右へ左へ行き、やっとレトが止まったのは一部屋のドアの前だ。


「キュー」


 そこでもう一鳴き。部屋の中に入ってみろ、という意思が伝わってくる。それは同時に何かがあるという意味もあった。


「この部屋がなんだって言うんだ……?」


 鳴き声では何があるか分からない。危険なものがあるとは思えないが。

 慎重にドアを開ける。その向こうには──


「んー? 何もねえじゃんか」


 部屋の中は誰もいない。しんと静まっていて、もぬけの殻だ。

 部屋は綺麗で高そうな調度品や家具はあるが、おかしな箇所は見当たらない。レトは何を見せたかったんだ?


「ひっ……」

「えっ?」


 意図が分からず退室しようとした時、かすかに短い悲鳴が誰もいないはずの部屋に差す。


 女の声だった。

 周りに人はいない。姿の見えない誰かがこの部屋のどこかに隠れている。


「誰かいるのか?」

「だ、誰もいませんわっ」


 いるじゃねえか。今日日、子供すら言わねえぞ。誰だ隠れているのは?


 いないと自己申告するアホな人物の正体を確かめに行く。待ち伏せを考慮して慎重に進む。

 途端、死角から気配を感じた。


「ふぅんっ!」

「わっ!?」


 物陰から人影が躍り出る。

 ブンッと鳴る空気。急襲してきた相手の手には鈍器のような物が握られていた。


 あ、危ねえ……!


 鈍器に纏わりつく風が、顔のすぐ近くを横切る。

 慣れない服装、慣れない靴を履いているせいで自由に動けない。だが、相手は力が弱いのか荒事になれていないのか、ぎこちない動き。モンスターとの戦闘と比べて容易に躱すことができた。


「はぁっ、はぁっ、くっ……!」


 空振りが続きに続く。稚拙な行動の連続は確実な仕留めに繋がっていかない。相手を倒そうというより、自分に近づかせない自暴自棄的なものだ。

 時間が過ぎるに比例してただ消耗していき、ついには相手が体力切れを起こして攻撃を止めてしまった。


「くるし……です、わ……っ」

「あれ? お前……」


 襲撃者にしてはあまりに綺麗な格好。少なくとも暗殺者や酔狂な暴れ者には見えなかった。

 よく確かめると襲ってきた人物が判明した。


 格好や髪型が変わっているのが手伝ってすぐに気が付かなったが、相手は俺たちが捜していたロザリーヌだった。


「なんだ、こんな所にいたのか」


 まさかロザリーヌに会うとは思わなかった。レトが連れてきたかったのはこういう事だったか。


「ようやく見つけたぜ。おいレト、テレサ達を呼んできてくれ」

「キュッキュ」


 動物ながらジャンプで器用にドアを開けて退室するレト。居なくなった後、荒い息を抑えようとするロザリーヌが顔を上げて睨んできた。


「ハァ、ハァ……ワタクシは絶対にあの男と結婚しませんわよ。絶対にぃ!」

「おい? 何か勘違いしていないか?」


 彼女から見れば、俺は連れ戻しに来た者だと思われている。

 そうはさせてならないと、ロザリーヌはもう一度鈍器──置物の像を持ち上げて襲いかかってくる。


 とはいえ、さっき体力を消耗したばかりなんで相変わらず空振りが続く。


「だーかーらー、やめろって」


 どうにもならない、無駄で面白くもない寸劇(こうぼう)。これ以上続けても何の面白みも無いので、振り下ろした置物を容易に受け止めてやった。

 置物を奪って投げ捨てた後、ロザリーヌの身動きを封じる。


「離しなさいっ! 離しなさいぃっ!!」

「暴れんなって。落ち着けよ。大人しくしたら離してやるからさ」

「あ、あら? その顔は……」


 顔を見てロザリーヌが気付く。見たことのある顔つきと記憶が訴えているらしい。


「覚えているか? お前の家で顔を合わせただろ。乳揉んできたし」

「貴方は……ワタクシの屋敷に侵入した不審者! どうして貴方が此処に来ているんですの?」

「まあ、それはだな……」


 せっかくだ。ココルでの事は終わったんだし、正体を明かしてやろう。


「実はな──ほら、俺だよ俺」 

「いやあぁぁぁぁっ!! 女装の変態ですわあぁぁぁぁ!!」


 性別を男に戻した瞬間、顔を見たロザリーヌが恐怖を帯びた悲鳴を上げた。


 ……ああ、そうだった。女装してるんだった。


 着ているのは、トゥールに与えられた女物の服。性別を戻したから男が女物を着ていることに。自分のことながらキショい姿になっているだろう。


 とはいえ悲鳴を上げられちゃ困る。ロザリーヌにしてもだ。

 なので彼女の口を手で塞ぐ。


「もがっ!? むぐーっ!」

「静かにしろ。声を出したら他のモンに見つかるだろうが」

「むぐぐっ……」

「バルガーネから逃げてたんだろ? 隠れていたんなら黙っていたほうがいいんじゃないか? だったら落ち着け」


 そう宥めると、ロザリーヌの抵抗が止んだ。

 見つかったら捕らえられバルガーネのところへ連行される。それは何としても避けたいだろう。

 静かになったところで解放してやると、その場にへたり込んだ。


「はあ、不幸ですわ。こんな時にヘンタイ女装ブ男に遭遇するなんて……」

「口が減らねえな、まったく……こんな所に隠れていたんだな。皆お前を捜してたんだぞ」


 お嬢様の身がビクッと震える。いつもに増して綺麗な顔に青みが増した。


「そそそうでしたわ。早く隠れないと……ワタクシは結婚したくありませんのっ」

「そりゃお前の勝手だが、どうするよ? ずっと隠れていられるのか?」

「勿論ですわっ!! 貴方、私の居場所を告発したら末代まで呪いますわよ!」

「人に向かって指差すんじゃねえ。言わねえよ。もう興味無いしな」

「はい?」


 興味無いと予想を超えた回答に、落ち着きのなかったロザリーヌはきょとんとする。


「俺はある奴を捜しているんだ。そいつ取り戻すためにこんな所まで遊びに来たんだよ」

「ある、奴……? 誰ですの?」

「さっきいた動物だ。分かるだろ? お前がココルを出た時に連れていったやつだ」


 そこまで言って、捜している相手がレトだと理解するお嬢様。悲壮を漂わせて顔の色がまた悪くなる。


「そっ、そんなっ、あの子が……!」

「あんな男と結婚なんてご愁傷様だが幸せになれよ。それじゃ、そろそろ帰らせていただくぜ」

「あ、あ……お待ちなさいっ。くききっ」


 聞くに気持ちの良い、悔しそうな声が耳朶を撫でる。これはこれは愉快爽快だ。

 もっと拝んでいきたいところだが、余興に時間を割くのは止めておこう。


 じゃあな、と最後の言葉を送る。これでお別れ──のはずだった。


「逃しませんわっ!!」

「ぬあっ!?」


 ガクンと身動きが封じられる。柔らかい何かに身体が拘束されている。

 後ろからロザリーヌがしがみついてきて動けない。


「何をするっ! この……離せぇっ!」

「あの子だけは絶対に渡しませんわよっ!! ワタクシの大事な友人ですのよ! 連れて行きはしませんわっ!」

「ふざけんなっ!! あいつの飼い主は俺だ! 連れて行くに決まってんだろっ!」

「だーめーでーすーのー!!」


 ロザリーヌは折れない。意思の固さは腕力に現れていて拘束が解けなかった。

 本当にワガママな奴だ。お嬢様のクセに結構な力を出しやがる。


「離せえぇ……!!」


 一匹の獣を巡って取り合い合戦が始まる。

 ロザリーヌがレトを取り戻そうとし、俺はそれに抵抗。その間、温室で育ってきたであろう令嬢の肉体が触れてきた。


 ぽよん、ぎゅっ、と音のない柔らかい感触に、男の性がぐんと熱を帯びる。

 くぅ……胸が当たってる。触らなくとも分かる育ちの良さだ。今にも服から溢れそうな格好でよく動けるな。


「ラトナリアーノはワタクシの友ですわ! 連れていかせはしませんわよっ!!」

「勝手に変な名前付けんな!」


 あーもー、面倒だ。こうなったら……!


「あっ、テレサが後ろにいる!」

「なんですって! テレーゼがいるん──」

「当て身っ!」

「ひぐっ!?」


 いるはずもないテレサを餌にして油断を誘う。まんまと引っ掛かって他所見をしたロザリーヌの首元に手刀を落とした。

 気絶状態になり、ロザリーヌの身体が力を失う。


「わっ、しまっ……!」


 気を失った彼女を支えようとして、その直前に足を捻ってしまった。

 ココルの時と同様に慣れない靴を履いたのが原因。ロザリーヌ共々地面に崩れ倒れた。

 またお嬢様を守ることはできたのだが、


「あ、う……」


 まず目を引いたのは、形を変えた大振りの果実。ロザリーヌの自前の胸部が、胴体と胴体の間に挟まっている状態になっていた。


 どう足掻いても喉が鳴らざるを得なかった。


 む、胸が……ロザリーヌのたわわとしたモノが乗っかっている。なんて素晴らし、いや、けしからん事だ。ずっとこうしていたい。


『──ほぉ、これはまた……』


 などと、能天気な反応をする目撃者。トゥールの札が頭上で素晴らしい惨状を観察していた。

 見られていた。なんて嬉しくないタイミングで出てくるんだ。


「トゥール!? これは違うんだ」

『わかっておるとも。男ならやる事は一つ。強姦じゃあっ!!』

「ぶふっ! やらねえよ!! これは事故だ。わざとじゃない!」

『わかっとる、わかっとるとも』


 そう言いつつも札から、くっくっくとトゥールの笑い声が漏れていた。

 このロリっ娘め。わかってて愉しんでやがる。後でデコピンかまそうか。


『じゃがなあ……』

「なんだよ? その言い振りは何かあったのかよ?」

『この有様をテレサに伝えたら、我がチビりそうなまでの形相を浮かべて脱兎の如く走り出しおったぞ。小さき獣の後を追いかけて行っての』

「は?」

『我もすぐに合流する』


 直後、部屋の外からダッダッダッダッと、ひと際大きな足音が近付いてきた。

 誰かが物凄い勢いで近付いている。まさに鬼気迫るというやつだ。


「ま、さ、か……」


 命の危険を感じる。なんとなくではあるが、早く逃げろと本能が警告してくる。これから来る危機から逃げようと慌てて動く。


 ヤバいヤバいヤバいっ! ロザリーヌをどけないと……!


 逃げようとして、身体の上に乗っかっている恵体を退けようと動く……が、その行動は無駄となった。

 バタンッ! とドアが壊れそうなほどに勢いよく開く。その奥に恐ろしい気が立ち込めていた。


「あっ、あぁ……っ!」

「シンジさーん?」


 一人の少女が廊下から現れて、おどろおどろしい気を放って入室する。


 間に……合わなかった……。


 扉の向こう側から冷たく、戦慄を与えてくる氷の視線。恐ろしい眼光を放ったテレサ──その後ろにはレトもいる──がゆっくりと部屋に入ってくる。


「何をしているんですかぁ?」

「あぁ、いや、これはそのぉ……転んだんだよ」

「転ん……だ? じゃあどうして抱き合っているんですかぁ?」

「抱き合っていないっ!!」

「嘘ですよね。嘘に決まっています。シンジさんは女の子に目がありませんから」


 ダメだあ、信じてくれねえよ。

 非常に落ち着いてるようであるが、俺の言い分を聞いてくれる耳を持っててくれなかった。


 こんな状態のテレサが何を始めるか……ああ、恐ろしい。どうにかこうにか早く落ちつかせてやろう。


「あのなっ、これは事故なんだ。だから誤解をしないでくれ。ほらっ、深呼吸をしろって」

「良くないですねえ。目を離したらすぐこれです。こうなったら……シンジさんの頭、思いっきり叩いてあげましょうか」

「ひっ、ひいぃぃぃぃっ」


 訴えは全て捨て置かれ、即折檻(しけい)となった。


 テレサが地面に転がっていた、ロザリーヌが使用していた置物を拾って握り締める。それが何を意味するかは、スキルを見たことのある俺が何よりも分かっていた。


 やばいぃぃぃぃ。テレサは鈍器で攻撃するとランダムでとんでもねえ一撃を出すスキルを持ってる。その威力は身をもって保証できる。

 殴打をまともに受けたら……ほぼ死。デッドエンドだ。ライフのストックはほぼ無限であるが。


「女の子に手を出す悪いシンジさんはぁー、叩いて叩いて治しましょうね~」

「あ、あぁ、やめっ……レト、助けてくれぇ!」

「キュ、キュ~……」


 レトはテレサの見上げながらうろうろとしていて、止めるべきか迷っていた。

 イコール、オワタである。


 ぶんっ、ぶんっ、と置物を振り、テレサの足が間を縮める。いやに足音が怖く聞こえた。

 頭を叩かれたら中身が破裂してスプラッタの現場になる。だ、誰かっ、ヘルプミー!


「そこまでにせい」


 あと少しのところでテレサの背後から制止の声が来る。

 入り口にトゥールが身を預けて立っていた。


「トゥールさん、少し待っていてくださいね。シンジさんを今から矯正しますから」

「観賞していきたいところじゃが、そうもいかぬ。此度は諦めるがいい」


 あれ? このロリっ娘、観賞って言わなかったか?


「そうはいきません! すぐにでもこの人を……!」

「放っておいたら人が来るやもしれん。この有り様を他の者が見たら、あらぬ誤解を広めて騒ぎになる。其方の勝手で我に、ひいてはマグノリオンの名に汚名を着せるつもりか?」


 小さな身体に矛盾する、高貴な貴族として相応しい口言の制圧。それにテレサは怯み、置物を握った手が下がった。


「わ、わかりました……すみません、勝手なことをしてしまいました」

「よいよい。それで良いのじゃ。脅かしてすまんの」


 トゥールの説得で負の気は鎮まり、場は凄惨なことにならずに収まった。

 よ、良かった。助かったあ。


「でも、シンジさん……」

「は、はい?」

「逃がしませんから、()っっっ? 必ず報いを受けてもらいますから」

「違うんだってえ!!」


 ぎろりとテレサが冷たく凝視して理不尽な約束を理不尽に取り付けた。

 ねっ、に途轍もない重みを感じる、俺の命はどうあっても一個減る予定だ。


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