第81話 お嬢様、退散する
ココルのある場所で、俺とテレサは時を待っていた。
見守っていたのは、目の前の病床に眠る少女。半ば包帯ぐるぐる巻きのミイラを彷彿させる状態の女──ミリアムだ。
その身は、シュヴェルタル……テレサの親父が与えた重い傷が蝕み、彼女を生死の境で彷徨わせていた。
襲われた後は見るもはばかる酷い容態だったが、それも昔の話。今は順調に回復してきていた。
「あ……シンジさん!」
そして、待ち望んでいた時がやってくる。
ずっと閉じていた目蓋がぴくりと動き、開く。瀕死から峠を越えたミリアムは光を捉え、数日ぶりに目覚めた。
「…………アタシ、生きてる?」
まだ生きていることに驚き、ミリアムは身体をあちこちと観察する。
全身の至るところに浅深さまざまな傷が残っている。シュヴェルタルに刺されたり斬られたりしたんだ。死んでないほうがおかしいもんだ。
でもミリアムは生きている。新しい一日と健やかな日の光を拝めている。それらは全て俺が命懸けで助けたから。
生きているほうが何重の意味でありがたい。
じゃあ、色々と知りたいことがあるから話を始めるとしますか。
「まーだ生きてるよ。天国じゃないぜ?」
「っ……アンタ……!」
ベッドの横で見守っていた俺達に気付き、ミリアムはハッと驚いた。
特に俺に向けた反応が大きい。「なんで生きてんの?」って状態だ。まあ、ロザリーヌの頼みで始末しに近付いてきたのだから当たり前だが。
「良かったな、目が覚めて。その感じだと大事なさそうだな。傷跡もそのうち消えるだろ」
「まさか……仕返しに来たの?」
「しねーよ。でなきゃお前を助けねえし」
「助ける? アタシを? あ……」
「ほら、そこを見ろ。金が置いてあるじゃろ? それはお前のものだ」
脇にある机に置かれたものを指す。
この金は謂わば退職金のようなもの。元は治療費のお釣りに俺らのパーティの資金から額を足したもので、ミリアムへの餞別だ。
「い、いいの? 貰っちゃって……」
「事情があるんだろうが、後ろからボコられるなんて体験は御免だからな。二度とすんじゃないぞ」
訝しみつつ、ミリアムは取ろうとする。
その前に「まだだ」と、手で金を抑えつけた。
「お前のものとは言ったが、これは情報料も入っている。ちょっと訊きたいことがあるんだ」
「な、なによ……」
「既に知ってるんだ。お前がロザリーヌってお嬢様に雇われて近付いてきたのは。おっと、逃げようとするなよ?」
引き下がる傷身。しかし、逃げようと動けば傷が開いてしまいそうな状態では逃げられないことは誰もが分かっていた。
わかりやすい反応を……日記に書かれているとおり、やはりロザリーヌとミリアムは裏で繋がっていたか。お嬢様はお前のこと覚えていないようだったが。
「……だから?」
「開き直るなよ。別に罰を与えようとはしない。縄にもつかせんよ」
「は? なにそれ? 太っ腹じゃん。アンタ何がしたいの?」
「テレサを助けたいだけさ」
質問に答えてくれればいい。十分な情報が手に入れば、この金は全てミリアムのものだ。
完治した後は何処へ行ってもいい。好きなようにしろ、と説明してやる。
自分の狼藉を見逃して、金も貰える。そんな美味しい取引を信じてもいいのか迷うミリアム。裏があるんじゃないかと疑っている様子だ。
だがそれも長くは続かない。
不利益の無い話に、彼女は時間を掛けずに選択した。
──そして日は巡り、運命の日。
テレサと一緒にロザリーヌ邸を訪れる。
足を踏み入れば、玄関の前でお嬢様が腕を組んで偉そうに立っていた。
「待っていましたわ」
値踏みするような視線と、どこかウキウキとした期待を抱えた態度。
待ってくれた割には、あまり気持ち良い──といっても俺だけだが──ものとは言えない歓迎ムードだ。
二度目の訪問。つっても一度は不法侵入だから、これが一度目だが。
案内されて中に入ると、何処か雰囲気が違うのを感じた。
「なあ、何かあったのか?」
「気の迷いでしょう? あったとしても貴方に報せる謂れがありませんわ」
「そうかよ……」
気の迷いだとしても無駄に綺麗な通路を進む度に目に入ってしまう。不釣り合いで消しきれていない、何かが起こったらしい痕跡が。
あの小さな爪痕は……レトが残したものか?
俺が邸宅を脱出した後、ロザリーヌは侵入してきたレトと追いかけっこをしていたはずだ。
あれからどうなったのかは知らんが、レトは戻ってきていない。一度も姿を見かけないが……アイツは何処に居るんだ?
居ない奴の行方を考えてる間に、応接の部屋に到着。
ふかふかのソファに腰掛け、メイド二人をお嬢様の背後に足して場は五人。用意された茶をロザリーヌが一口優雅に飲み、外の風景を見やった。
「本日で一幕が終わり、新しい幕がじきに開かれる……心が躍りますわねぇ」
「さっぱり意味が分かんないが?」
「本日を境にそのブサイクな顔を見なくなるということですわっ」
「こんの……!」
とことんムカつくなあコイツ。
ま、もう顔を見せずに済むと言うのは、ある意味合っているのだから同意できなくもない。
「それで、用意はできたのでしょうね?」
カップを置いて、ロザリーヌは肝心なことを尋ねる。ようやく本題に入ったか。
残り七万カンドの金額を期日までに支払う。それがロザリーヌとテレサの、さらには俺を加えて交わされた取り決めだ。
「持ってきた、と言いたいが……」
この日までに俺達は金を集めてきたが、自分達の実力に適当なモンスターを狩り続けてもその額には届かず、ミリアムに襲われるトラブルもあった。
討てば高額の報酬が貰える筈のシュヴェルタルは人間に戻って消え、報酬金を受け取るのに必要な証拠も手に入らなかった。
そんな経緯でクエストは失敗。つまり結論は……
「無いっ。金は用意できなかった」
金は貯められず、この場に持ってこれなかった。
これが二週間に及んで奮闘した結果。どうやっても七万カンドを二週間で稼ぐのは無理だ。
それを聞いたロザリーヌが「ふっ……」と笑む。自分の勝ち、という確信を得て、綺麗な顔がニヤァと歪んだ。
「ふふ……あはははっ! あれだけ大仰な心掛けを仰っておきながらこれですかっ! 無様無様ぶーざーまっ♪」
高笑い、罵り、メイド達もロザリーヌの意に従ってクスクスと笑ってきやがる。とっても殴りたいデス。
「可笑しくて息ができませんこと! では約束どおりテレーゼには……どうして怒っているんですの?」
「……」
キツい双眸を見せるテレサに、ロザリーヌは怯む。
邸宅に来たところから機嫌が良くないんだが、それには理由があった。
……さてと。お嬢様よ、笑っていられるのもこれまでだ。まだ俺のフェイズは終了してないぜ。
「まあまあ。話はまだ終わっちゃいないんだ」
「はい?」
「金は用意できなかったが、何もないわけじゃない。代わりに価値がありそうなものを持ってきたんだ」
「価値のあるもの、ですって?」
「これなんだが……」
ある物を取り出し、机上に差し出す。
それは、たった数頁しかない薄い本だ。
「何ですの、これは?」
「こいつはある人物から譲り受けてな。大層面白いものが書かれているんだ」
「面白いもの?」
「そうだ。お前なら相当な値打ちがあると見出してくれるはずだ。これで何とかならないか?」
「はあ……」
「読めばお気に召すこと間違いなしっ! さあさあ、一度御目を通して頂いてくださいな」
あまり乗り気じゃない様子で本を手に取っていく。お嬢様の鑑定眼にあまり値打ちがあるように見えていないようだ。
本に高値が付かないのは分かりきっている。売買の目的など無いからな。
さあロザリーヌよ、せいぜい震えるがいい。
「これに価値など……えっ!!?」
目を通した途端、お嬢様に動揺が走った。
「あ……あ……な、なんです、の……!?」
綴られてるものを読み進め、所感を一身で表現する。漏れる声音が途切れてばかりで繋がっていない。
くくっ、良い反応だ。この本が何なのか理解したようだ。
お嬢様が読んでるのは、ただの本ではない。
これはロザリーヌの日記の内容が書いてある。つまりはテレサを我が物にせんと動いた行為の数々がこの本に記されている。
日記に書いたものが原文ママで写されてるとなれば、そんな風に驚くだろ。
怖くもあるが、なんでも日記に書く方が悪い。他人に見られたくない情報をきっちり書くバカが何処にいるよ? あ、此処にいたなあ。
実を言うとテレサもすでに日記の内容に目を通している。だからロザリーヌに対して憤りを抱えていた。
村長を間接的に毒殺しようとしてまで自分を欲した。それが自己欲求を満たすものだけとなれば、こうも怒気を纏うものだ。
「こんなもの、ど、どうして……!」
「おやおや、これは大変気に入ったようで。素晴らしいでしょう?」
「ふざけないでっ!!」
怒り、ロザリーヌは華奢な細腕で力任せに本をビリビリに細かく裂いた。
「あーあ、破りやがった……勿体ねえ」
「ワタクシを欺くのはおよしになって! こんな物、誰がお買いになるものですかっ!!」
「まあまあ、そうカッカしないで。安心してくださいよ。もう一冊あるんで!」
「はいぃ!?」
手元からもう一冊おかわりを提供する。
残念でした。こういう時のために何冊も作ってあるんだよなあ。
「ぐぬぬ……!!」
お、良い顔してるしてる。かなり追い詰められてるな。
「どうしますお嬢様? お買いになります? 気に入らないのでしたら、購入しなくても構いやせんが?」
「わかりましたわ。購入させて頂きます……」
「お買い上げ毎度っ! あ、金じゃなくて物々交換しちゃっても構わないですよ。ただし……」
「承知ですとも! すぐに用意致しますわっ!」
不本意ながらに応じたロザリーヌは一旦退席。戻ってきた後に書類が目の前に出される。
それは約定書。テレサが紛れもない本物であることを保証してくれた。
ふふんっ、とお嬢様が不満を露わにする。
「そんな物、もう要りません。貴方達の好きになさるといいですわ」
「やったな! これでもうテレサは自由だぞ!」
「はい。それは必要ないので破棄しておいてください」
「オッケー。それぇいっ!」
望みどおりに約定書を豪快に破く。本当は不正な書類だが、ロザリーヌの自分勝手な欲望にテレサが囚われることはなくなった。
いやぁー、悔しそうに唸るロザリーヌがたまんねえぜっ!
「良かったな、テレサ」
「シンジさんのおかげです。貴方に会えなかったら私はなにも出来ませんでした……ありがとうございます」
「ぐやじいですわ~! 覚えておぎなさ~いっ!」
「お、そう言や──」
『出てこいっ!!』
外から飛んできた怒号が、言いかけた言葉を遮る。
気付けば喧騒が聞こえてきた。
なんだ、この騒がしさは……。
「な……何事ですの?」
「失礼しますっ! お嬢様大変ですっ! 人が何人も……!」
「はい?」
応接室にもう一人メイドが駆けつけ、主に説明をする。
おそらく外から聞こえる騒ぎの原因だろう。それを聞いたロザリーヌが急に席を立った。
ここで待つようにと言われたが、気になって俺達も部屋を出た。
「沢山いるなあ……」
追ってみると、村長を筆頭に何人ものココルの村人が殺気立たせて玄関の前に集まっていた。
ちょうど村長が先頭に立って、ロザリーヌに用件を話しているところだった。
「貴女の指示で私に毒を盛ったのは事実ですかな?」
「なっ……何の事です? 毒を盛る? ワタクシが? 人聞きの悪いことを宣うのはお止めくださいな」
「嘘を仰らないでください。貴方が犯した数々の愚挙は既に皆知っています」
「なんですって?」
「証言も出ていますぞ。さあ、隠し事はせず潔く認めてくだされ」
その後に続き、怒りを孕んだ村人達による非難が弾幕となった。
「ど、どどうして知れ渡っているんですの……!?」
隠していた秘密がココルの住民に知られていると聞き、麗しい美顔が狼狽に歪む。
この騒ぎはロザリーヌの悪行が明るみになったことに起因する。
理由は簡単。それは……。
「一つ心当たりが。関係あるか分かりませんが、さっきの本を村の皆に差し上げましてね?」
「んなぁ!!?」
そう。日記の内容はテレサに留まらず村長や村人にも見せている。だからこうしてココルの村人がロザリーヌ邸を訪れていた。
相手は貴族。約定書を破棄したところで、どうせこのお嬢様は懲りずに別の手段でどうにかテレサを手に入れようと動くだろう。
だったら秘密をバラして手が出せないようにする。反省すらしなさそうなワガママ娘にゃ、そこまで徹底しないと慎まないだろう。
「よくもやってくれましたわね……!!」
「えー、いいじゃないですか。皆読んでるんだから一緒に感動を共有しましょうよ」
「お黙りなさいっ!!」
わあ、襟掴んできやがったぞコイツ。苦しいなあ。
「さあ、ソール様の御光の下に罪を明かしてもらいましょう」
「「「そうだそうだっ!!」」」
「うぅ……皆様、誤解ですわ! これは、その……!」
今にも村人が危害を加えそうな危ない雰囲気。不利なロザリーヌがどう言おうとも場は制しきれない
この先どうなるやらと思いきや……最後列で新しい展開が起きた。
身なりの良い男達とが村人の間を分けて進む。用があったのはココル村の人ではなく、ロザリーヌのようだ。
「次から次に……今度はなんですの?」
「フィオーレ・ヴェネティッタ・ロザリーヌだな? 我らは裁判所より告発を受けてやって来た。告発により貴女に容疑が掛かっている」
「は、はい? よ、容疑? ワタクシが?」
「内容は『【聖遺物】の不法所持』。【聖遺物】は正式な手続きを通した所有者だけが持つことを許される。正式な所有者以外の故意ある所持は如何なる者であれ罪に問われる」
「そのような事があるはずが……【聖遺物】は神聖なもの。その告発は虚偽にございます!」
「捜索の許可は下りている。これから室内を開放してもらい捜索を行う。【聖遺物】の不法所持が真実であった場合、然るべき判決を受けてもらう」
ロザリーヌの顔色が次第に青ざめ、この世の終わりといった悲壮な空気が漂い始めた。
家の中を調べられる。別の場所に保管するか巧妙に隠していない限り【聖遺物】はいずれ見つかる。
自分が【聖遺物】を持っていることを如何にして知られたのか、誰が告発したのか、これから自分はどうなるのかと懸念してるだろう。
「か、かか勝手なことを……! ワタクシは由緒正しきフィオーレ家の娘ですわよ! そんな事をすればお父様が許しませんわっ!」
狼狽を抑え、貴族の生まれらしい悪足掻きで抗議を唱える。
ロザリーヌは名家の生まれ。彼女の親は名家なりの権力を持っているんだろう。下手すりゃ家の権力で無罪なんてことも起こり得る。
権力で罪を揉み消されては堪らない。そろそろアレをお嬢様にもやってみるか。
「皆様、よくお聞きなさい! ワタクシは無実です! 潔白なのですっ!」
「ほっほう? じゃあお前がやった事と容疑もぜーんぶ嘘だって言うのか?」
「ええ。それらは全て……」
少し間を置き、ロザリーヌは無実を訴えようとした。
「ワタクシがやりました!! 全てワタクシが計画して行いましたのっ!」
「「「えっ?」」」
耳を傾けた誰もが言葉を疑い、反芻する。
何せそれは自白行為だったからだ。
「…………んっっっっっ!!?」
己の口から出た言葉に目を丸くするお嬢様。
意思とは真逆の言葉をゲロってしまい、場はまたも騒々しくなる。
「ななななななんで……!?」
「やはり、そうでしたか。嘆かわしいものですな。貴女のようなうら若き乙女が罪を犯すなど……」
「違いますわっ!!」
ロザリーヌがこうもあっさりと自白したのは、俺が装着しているスキル『尋問』の効果を受けたからだ。
このスキルを装着した状態で尋問をすると、相手はその内容について正直に話してしまう効果がある。意思に反してもだ。
ただし正確性に難があり、回数制限もある。使いどころに慎重を要するが、ロザリーヌの分を残してよかった。
「今のは誤りです! ワタクシは何も犯してはいませんわっ!」
「本当かあ? 俺を始末しようとした件も、村長の毒殺の件も、何もかもが自分に関係無いと?」
「え……ええ、そうですとも! ワタクシが指示しましたわ。邪魔立てする者には……いえいえ違いますっ、違いますのっ!」
どう否定しても遅い。自ら明かしてしまい、此処にいる人達全員が聞いた。
日記の内容も本当かどうか裏付ける為に怪しい奴らに尋問して証言だって取ってある。もはや逃げ場はない。
「フィオーレ・ヴェネティッタ・ロザリーヌ。貴女の身柄を拘束する! 貴女には問い質さねばならないことが他にあるようだな?」
「そんな!?」
新たな容疑が追加され、立場はさらに危ういものに。
否定するには、名家の令嬢という肩書きで切り抜くのは難しいんじゃないだろうか。
「観念するんだな。罪を認めちまえよ」
「お、お嬢様……!」
「うぅ……」
圧倒的不利に立たされ、窮するロザリーヌ。
捕まるのも間近……のはずが、お嬢さまは何故か吹っ切れたように向き直った。
「承知しましたわ。皆様、このフィオーレ・ヴェネティッタ・ロザリーヌは逃げも隠れもしませんわ。ソール様の威光の下には正しき裁きが行われるでしょう」
「無理すんなって。震えてんぞ」
「み、皆様、少々お待ちを。着替えてきますわ」
と、ロザリーヌは雅に礼をして身を翻し、
「お父様を頼って……」
妙な事を小さな声でボソボソ言って、家の中に閉じこもるのであった。
……その後、ロザリーヌは現れなかった。
いつまで経っても表に現れず、邸宅の裏から慌てて馬車に乗ってココルから逃げていった。
村に居辛くなり、実家のあるミーミルへ逃げ帰ったようだ。
お嬢様を捕まえる事は叶わなかった。
裁判所が動いているからには何処へ逃げても意味ないだろうが……ロザリーヌが逃げた今、テレサはもう狙われなくなった。
これにて一件は落着。いやー、良かった良かった。




