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異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。  作者: ヨルベス
第2章 その魂、奮い立つ

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第77話 憂愁のテレサ


 夢を見ていた。在りし日の記憶を。

 心に傷を負った少女は、かつて唯一人の肉親が生きていた頃の思い出の中へ沈んでいた。


『ただいま』


 小さな少女が家に帰宅する。

 まだ幼き年のテレサは、ベッドで眠る女性のところへ寄り、元気な姿を見せる。


『お母さん、帰ったよ。今日ね──』


 そこに眠る者は、母のシェリー。

 血肉を分け、テレサをこの世に産み落とした女性。他に血の繋がった者を知らないテレサにとってはたった一人の家族だ。


 シェリーは身体が弱かった。

 健常的な行動を阻む虚弱な体質は後天性のもの。彼女もかつては健やかに過ごしていた時期があった。

 

 こうなった原因は、夫ルイゼンの死。無残な最期を迎えたあの日からシェリーは日毎に、生きる気力を死神に吸われるように弱っていった。


 弱く病に侵されがちで満足に行動できないシェリーは寝床に臥す日を過ごしている。それでもテレサは母と暮らすことを幸せとし、支え続けてきた。


『お母さん?』


 娘が帰ってきたのに反応無し。寝床の上の母親はまだ起きなかった。

 一切起きる素振りが見れない姿は眠り姫であり、テレサの首を傾げさせる。


『起きてお母さん。ねえ、起きて』


 いくら呼びかけても母親は起きない。まさか、と不安がよぎる。


 何度も母を揺らす。身体の弱い母を持つテレサにとって他者を喪う恐怖は身近なもの。ただ眠りが深いだけなのだと思い、だが焦りは濃くなる。


 どうにも反応が無く、やがてテレサの顔が曇り瞳が涙を含んだ頃、その身は跳ねるように起き上がった。


『わっ!』


 と驚かし、面白可笑しげな笑い声が後に続く。急なことにびっくりしたテレサは目を丸くする。


 シェリーは死んだふりをしていた。それは彼女のよくある癖だった。

 娘からも村長からも止めるようにと言われているのに、またしても行う。困った病人である。


『どう? びっくりした?』

『も、もぉー! またお母さんのばかぁ! ばかぁ! ばかぁ!』 

『ごめんなさい、ごめんなさいね。お母さんが悪かったわ』


 謝るも、幼きテレサの熱は鎮まらない。

 母の身体が弱いことを知っているからこその怒り。病人でありながら死んだふりなど、冗談では済まされない悪ふざけだ。


 小さな拳を振り、ポカポカと母親を叩く。痛みを伴わない、可愛らしくもある攻撃だ。

 反省してる半分、母はそんな娘を愛おしく感じて、腕で囲って抱き寄せる。抱擁され、テレサの成敗は止んでしまった。


『テレサは温かくて良いわ。春のようね』

『すりすりしてもだめです。テレサはとても怒っています』

『うふふ。本当にごめんなさいねえ』


 むぅーっと怒りの冷めきれていない娘に、シェリーは笑顔を寄せて微笑。

 頬と頬が触れ合い、娘の健やかさを分けて貰うように抱き締める。嫌がっていたはずのテレサは徹しきれず、母からの愛情に甘んじてしまう。


 可愛い我が娘。小さくて強いテレサ。

 家事を覚え、手伝いもしている。隣人や村長の有り難い支えがあれど、健やかに育ってきているテレサを嬉しく思う。出逢えたことに感謝すら覚えている。


 父親を失って数年。片親は既にこの世を去ったが、愛する者を失っていると感じさせない、温もりをもった家庭の形が此処にはある。


『お詫びにね、テレサにあげたいものがあるの』

『あげたいもの?』

『その引き出しを開けてごらんなさい。綺麗なものが入ってるわ』


 指差した場所──引き出しをテレサが開ける。その中に、一際目を引く物が入っていた。


 テレサの手に握られたそれは、ペンダントだった。


『わあー、きれー』

『そうでしょう? 貴方にあげるわ』

『貰ってもいいの?』

『ええ。テレサにとてもお似合いだもの。大事にしてね』

『うんっ! 大事にするっ!』


 ペンダントをいたく気に入り、はしゃぐテレサ。

 親からの贈り物に目を輝かせてる娘に、気に入れられて良かったと母は嬉しそうに見守る。


『テレサったら……ぐべばっ!?』


 そんな時、シェリーの口から血が弾ける。

 突発した吐血に悲鳴をあげる娘に、シェリーは咳き込みながらも「大丈夫よ」と宥めた。


 それもまた今に始まったことではない、いつもの光景だった。




『迷惑をかけちゃって、ごめんなさいねえ。お母さん、身体が弱くて……』


 夜。ベッドの上では横になっている母娘がお互いの温もりを与え、または相手のそれを受けるように身を寄せ合っていた。

 隣でシェリーが申し訳なさそうに自身の貧弱さを嘆く。しかしテレサは否に答えた。


『気にしないで。お母さんは病気と毎日たたかってるんだって知ってるよ』


 母の身体の弱さは承知。それは小さいころから見続けてきた。

 この強く優しい人には寧ろ尊敬を覚えている。……死んだふりをするのは、どうかと思うが。


『お母さんが居てくれるだけでテレサは幸せです』

『そう……ありがとう。お母さんもテレサが居てくれて幸せよ』

『どうしたの? いつもと変だよ?』


 心なしか違和感を覚える。いつもと違う雰囲気を感じ取った娘に、母は天井を見つめて、


『……お母さんね、もう死んだふりはしないと決めたの』

『ほんとう? ほんとうにもうしない?』

『ええ、誓うわ』


 柔らかな笑みをし、シェリーは指を出す。

 約束を交わす意味を既知していたテレサは、それに適当する仕草で応じた。


 細い指と小さな指がしっかりと組み合う。

 この誓いに保証や法的な力は無く、要は互いの意志の具現だ。


 ただそれだけで、しかしそれで良い。

 母娘の絆が堅いものにしてくれるのだから。


『でもテレサの驚いた顔が見れないのは残念だわ』

『それはいいんですっ。見なくていいんですっ』

『あら可愛い』


 ぷくーっ、と膨れた頬で感情を具現。それさえ母親には可愛らしく映る。


 小さなテレサ。健気なテレサ。まだ世界をよく知らない、愛しい娘。


 我が子は、世界をどう思うのだろう?

 この世は素晴らしいこともあって、残酷なこともあって。そんな中に人生を費やしていく娘は自分を取り巻く現実に何を見出していくのか。


 シェリーはあらゆる立場から見て、娘の未来に期待を覚え懸念も抱いた。


『テレサは……この世界が好き?』

『へぇ? どういう意味?』


 ふと振ってみた質問に、テレサはきょとんとする。

 小さい子には漠然として難しい質問だ。だからシェリーは少し考えて、


『毎日の生活は好き?』

『うーん……テレサはお母さんや村のひとたちがいてくれて幸せです。だから好きか嫌いでいえば、好きです』


 あどけない笑顔を咲かせてテレサは答えた。

 母親は耳朶を撫でた言葉を疑い、あくびの音をもって意識を戻す。


『ぁふ……』

『あらあら、眠たいのね。そろそろ寝ましょうか』

『おやすみなさい。明日も元気でいてね』

『ええ。テレサも』


 今度こそ眠ろうとして、ただしシェリーは目を瞑るテレサのひたすらに純粋な眠り顔を見つめていた。

 そして――



『お空から三つのお星さまがやって来ました。

 三つのお星さまは生まれたばかりの大地を眺めました。


 一つ目の星は喜びました。

 二つ目の星は怒りました。

 三つ目の星はどちらにも決まりませんでした。


 お星さまの意思は一つにならなかったので──』



 静かな夜に物語を混ぜる。母親の語りは途中で止まった。

 隣を見れば、睡魔に引かれたテレサがぐっすりと眠っている。


『……おやすみなさい』


 娘の額に唇を当て、シェリーは祈る。

 これからも平穏が続くことを明日はもっと素晴らしい日が訪れることを。そして、テレサにもっと幸せがもたされることを。


 親愛の口づけを最後に、母娘の温もりある一日はまた過ぎ去っていった。






 ……シェリーはもう二度と目覚めなかった。



 彼女は未来を悟っていた。

 自分の死期を。己の限界を知っていた。この先はもう生きられないと。


 微笑み眠り続ける母に、テレサは困惑する。

 昨日まで睦まじく言葉を交わした者の身体は、冷たかった。


 いつもの死んだふりとは考えられなかった。そう考えたほうが痛みは少ないのに、テレサはそうしなかった。


 約束したのだ。今後死んだふりはしないと。

 昨晩に交わした、絶対性の強い約束を思い出し、幼齢のテレサは残酷な真実を痛感する。


 母親の魂は、そこには無かった。その身体は生気の通わない亡骸と化してしまった。


 こうなるのなら嘘をついても良かった。嘘でありたかった。

 死んだふりをしてもいい、もう怒らないからと。


『お母……さ……っ』


 涙を溜めて、血の通わない骸に縋りつく。嫌だ、起きて、と何度も唱えて。


 大好きな母。唯一の家族であった人。

 病弱であっても健気に振る舞い、自分に愛情をくれた最愛の存在。


 それが今は……動かない。

 どんなに流しても涙は亡者を連れ戻してはくれなかった。


 この日、掛け替えのないものをテレサは喪失した。



 強い雨がココルの天上を通っていく──。





「あ……」


 夢は途切れる。テレサの意識は現実に返された。

 ソーラダイトの薄い光に照らされた自分の家。乱れた息だけが静寂をざわつかせる。


 辛い夢だった。苦しい過去だった。

 亡き母との記憶。大事な人を亡くしたがために、夢の残滓がまだ彼女を震わせる。また見てしまいそうで眠りを恐れてしまう。


 名残をどうにか払いのけて意識を現実に傾けると、気配が一つ。自分を見つめる監視者が、ベッドの端から見つめていた。


「レトさん……」


 獣は彼女が寝ている間、ずっと見守ってくれていた。

 長いこと居てくれたのだと思うと頼もしさを抱き、お返しに頭を撫でる。時折目を細めてくれるのが自分にも心地良い。

 レトの反応、手に伝わる体温と毛並みは、少女の心を癒してくれた。


 そこでテレサは気付く。妙に静かで、誰かが居ないことに。

 シンジが居なかった。時刻はもう夜なのに彼の姿は何処にも無かった。


「あの、シンジさんはどこに……」

「キュッ」


 なんとなくレトの言いたいことが理解できる。獣の仕草からして、彼は故あって出掛けているらしい。

 何処で何をしているのかは当然知らないが。


 黙考に時間を費やし、テレサはおもむろに立ち上がる。


「あの、頼み事をお願いしてもいいですか?」

「キュ?」

「シンジさんを探してほしいんです。どうしてるか気になって。レトさんなら見つけてくれるはずです」

「キュッ、キュー……」

「私は……もう少しだけ休んでいます。そしたらご飯の準備をしますので」


 テレサによって扉が開放する。その歩みに出た獣の足は迷いが残っていた。

 このまま彼女を一人にしてやってもいいのか、と。


 外に出ても不安げに振り返るレトだが、何度か繰り返した後、匂いを頼りに此処には居ない男のもとへ駆け出していった。



「──ごめんなさい」



 小さな背中に謝罪を送る。


 獣の姿が消えてから少し経ち、テレサは同じく家を発った。

 レトを追跡するのではなく、シンジを探すのではなく、村の何処にも行こうとしているのでもなく、ある地へ。


 行かなくては。どうしても。

 危険なのは理解している。でも、どうしても会いたい。


 あの人──シュヴェルタルのところへ。


 首元のペンダントの輪郭を指でなぞる。

 これは母親から贈られたもの。自分に似合うと言い、与えてくれたプレゼントだ。


 しかし、本来は父が用意してくれたものだとテレサは思う。でなければシュヴェルタルが苦しむこともなく、自分と母の名を言いこぼす偶然は起きなかった。


「お父さん……」


 赤の他人ではなく、あの人はまさしく自分の父親。何故亡くなった人が生き返っているのかは未だに不明であるが、これはただの当て推量じゃない。確信だ。


 激痛に悶えているような様は、記憶を思い出し自我を取り戻したと推測し、そして可能性にも辿り着く。

 もしかすれば、父親を取り戻せるのではないか。


 無謀にも近い、一縷の望み。だとしてもテレサは父親をその呪縛から解放させてあげたいのだ。


 首飾りを握り締め、足取りが少しだけ早くなる。

 シュヴェルタル(ちちおや)の居場所を目指して。





 洞窟までの道程は意外に容易だった。

 シンジの付加したスキルが上手く働き、モンスターとの遭遇を避けてくれた。


 だがそれも洞窟の中となると、話は別となる。

 道中をあのスケルトンが徘徊し、道を阻まれる。洞窟の中は隠れてやり過ごせる場所は少ないし、スキルに視覚に対するステルス効果までは含まれていない。


 といった事情でエンカウントは発生する。

 スケルトンは数体。目玉が無かったり腐敗してたり、視覚が機能しているのか謎だが、全員とも同時にテレサの存在に感づいていた。


 乾いた音を鳴らし、屍はぎこちない足取りで迫る。


「あ……!」


 武器になるものを持ってこなかったのが誤り。脆さがテレサも知るスケルトンの弱点だが、着の身着のままな上に単独では相手側に有利が傾く。


 スケルトンが骨を軋ませ、得物を振るう。肉付きの乏しい腕ではテレサも容易に避けられるのだが、数の多さは彼女を少しずつ追い詰めていく。動物の狩りのように。


 逃げることだって出来たが、シュヴェルタルの居場所を目指す彼女には選べなかった。

 愚かな判断が自分を追い込む。とうとうテレサは逃げ場を失った。


 スケルトンが得物を下ろそうとし、腕を出して己が身を守るテレサ。その時だった。


 何かがスイッチが入ったように脈動し、音が破裂する。

 音は強い発光を誘発し、テレサの目の前でスケルトンを吹き飛ばしていった。


 バラバラとなった残骸。残された少女は何が起こったのかと呆ける。

 どうしてと思った先、地面に落ちている紙に視線が止まった。


「これはトゥールさんの……」


 紙はただのゴミではなく奇妙な絵面の札だった。

 それは以前に出会った年上の少女(、、、、、)から貰ったもの。さっき尻餅をついた時にポケットから札が落ち、偶然にも手にくっ付いていたらしい。


 この札が自分を助けてくれたのかと疑問を抱く……が、答えを得る余裕は与えられず。新たな来訪者が気配を知らせる。


「あ? お前……」


 洞窟の奥から闇を排して現れたのは、生気の無い顔。

 ロギニ。そんな名前をシンジが憎らしげに呼んでたのを覚えている。


 シュヴェルタルとの戦いの後で初めて会った、人らしき何か。

 人ならざる雰囲気を持ち、シンジとは何かしらの因縁があるようで彼から酷く憎まれている。一体二人の間で何があったのかをテレサは知らない。


 だが、この男がモンスターとなった父親をさらに酷い姿にした。

 その記憶をふまえてテレサは眼光を鋭くさせる。


「アイツと一緒にいた女か。一人でどうやって此処へ来た? ――いや、言わなくていい。もう分かった」


 意味の分からないことを言うが、シンジを知っているのならロギニも自分の預かり知らない未知の能力を持っているはず。信じられないことではあるが、そういう不可思議には以前よりも慣れた。


「一人で此処へ来るとはなあ。どういう心境か知らねーが、死にに来たのなら歓迎してやんぜ」

「貴方は……何者なんです?」

「へッ、答えてやるつもりはねーがなあ。質問を質問で返すようだが、あの男とどういう関係なんだ?」

「あの男?」

「オリジンだよ。おっと、そう言っても分かんねえか。皆本進児ってクズ野郎さ」


 知っている者をクズと称され、テレサの顔の険しさが濃くなる。


「やめてください。あの人はクズではありません。私の大事な仲間です」

「おうおう、睨んじゃってよお。そうカッカすんなよ」


 微塵も正す気の無いロギニ。人外じみた色の親指が、ある方角を示した。


「──オメーの親父は奥にいるぜ」


 父はまだ洞窟の中に居た。というより何処にも行くつもりが無かっただけか。

 そこについては合ってて良かったとテレサは束の間の安堵を得た。


「来いよ」


 とロギニがいきなり迫る。案内をしてやるつもりなのか、テレサの腕を遠慮なく雑に掴む。


 走る悪寒。寒気に身震いするテレサは反射的に……いや本能的にロギニの手を叩いて払いのけた。


「あぁ……?」

「触らないでください」


 きっぱりと接触を拒む。まるで汚らしいものでも相対してるかのように。


 自分でもここまで強く拒んだのは初めてかもしれないとテレサは思う。

 理由はよく分からないが、とにかく不愉快。不愉快でしかないのだ。 


 シンジを馬鹿にした事や、父親を変貌させた事とは別。ロギニに対する気持ちの悪い何かが、拒否の姿勢を取らせる。


 拒絶された者の身はわなわなと震えだし、


「テメェ、テメェ……この女ァッ!!」

「あぁっ!」


 怒りの沸点に達したロギニに叩かれ、テレサは地面へ。膝を突き俯いたところで乱暴に髪を掴まれた。


 相手が女子であることもお構いなしにロギニは髪を掴み、テレサを洞窟の奥へ引きずりこむ。「やめて、やめて」という声を無視しながら。


「連れてきたぜ。テメーのガキを……よぉ!!」

「うっ……きゃっ!?」


 髪を強めに引っ張られ、テレサはロギニの前へ。

 さらに足が背中に置かれ、蹴とばされた。


「っ……う、あ……」


 地面を転がり、呻きながらテレサは見上げる。

 目前に人影があった。



 シュヴェルタルが、父親がそこに立っている。



「お父さん……!!」


 フシュー、フシューと痛みに耐えているような呼吸。息をこぼした口は砕けてしまいそうなまでに歯を食いしばり、口元から目元から血らしきものが流れ落ちている。


 酷い。なんとも酷い有様だ。前よりもさらに醜くなっている。これが自分のお父さんであると、胸の痛みが強くなる。

 しかし、ズキズキと疼くものを抑えて立ち上がったテレサは自分の父であろう人物に訴えた。


「私です! テレサですっ! 貴方の娘のテレーゼですっ!」


 声を大にして、父親に呼びかける。


 小さくて覚えていなくて、でも記憶がなくとも父親だって気付けた。相手も自我を取り戻し、自分を呼んだ。

 人の心がまだ残っているのならばチャンスはあると、テレサは家族の絆を信じる。


「ハッ!! バカがよぉ! 元に戻せると思ってんのか? ンなもんはノーだっ‼ それとも良い具合にイカレちまったかぁ?」


 父娘の間に差すはロギニの嘲笑。お前の声はヤツには届かないと、テレサの訴えを心底に笑いものにする。

 それでも彼女は諦めない。何度だって繰り返す。


 娘の呼び掛けか、ロギニの下衆な命令か。

 歪な呼吸は抑えられ、佇んでいたシュヴェルタルは動き出す。



 ……その手に長剣が握り締められた。



「あぁ……!!」


 運命は傾いた。

 シュヴェルタルは娘からの呼びかけを除け、ロギニからの命令に従った。

 テレサの行動は無駄に終わった。


「そんなっ、お父さん……!!」


 怖かった。悲しかった。死ぬことよりも父が自分を覚えてくれなかったのが。

 親子の絆ではシュヴェルタルに人の心を取り戻させられなかった。それが悔しくて堪らない。


 もはや父の心を取り戻すこと叶わず。シンジ達に何も言わずに、何もできずこの命が終わろうとしているのを無念に思う。この場に居ないあらゆる者達への詫言も次々に生まれた。


 シュヴェルタル(おとうさん)が歩み寄り、凶刃を振ろうと迫る──が、









「うおああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────っ!!」



 洞窟中にシンジの雄叫びが爆ぜた。


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