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異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。  作者: ヨルベス
第2章 その魂、奮い立つ

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第75話 ロザリーヌ邸潜入


 世界がオレンジから紫紺へ色を移す。

 星の燐光は強くなり、冷たくなりゆく空気。一日の終わりを迎えようとし、夜に支配される村は静けさが強調する。


 そんな時、影が闇に乗じて動く。

 草木をかき分けてそそくさと忍び寄り、音を出さぬよう目的地へ這い寄り──そして、



「待たせたなっ!!(限界まで似せた声)」



 と、決めポーズ。


「……少し寂しいもんだな」


 カッコよく決めても観客はおらず、自分以外誰も居ない場が静黙で応える。ま、単独行動だから当然だけどな。


 さて、しょうもない茶番は置き……俺はココル村のある場所に立っている。視線の先には大きな建物が構えていた。

 主の性格を表すように堂々と建つは、ロザリーヌの邸宅。フィオーレ・ヴェネティッタ・ロザリーヌが住んでいる家だ。


 いつ見ても違和感が付き纏って離れない。村の家々と比較して広く大きい建物は、観光指定区域に外観の著しく異なる建物が建てられたようなもの。


 同調を跳ね除け、絢爛を強調し、自分という存在が如何なるものかを顕示する。なるほど、長閑で純粋なココル村の景観を損ねている。

 主の名から取り、通称ロザリーヌ邸と命名しよう。


 ロザリーヌ邸にやって来たのは、ある物を手に入れるためだ。

 俺が求めているのは、ある書類。それはロザリーヌとテレサの間で成立した損害賠償請求の約定書だ。


 あいつの私物を壊してしまった際、テレサはそれに拇印を押すことになり、令嬢からの呪縛を受けている。期限までに金を返さなければならない生活を強いられているってことだ。


 それを盗めば、期限が延びるかもしれない。そうなればテレサを助けられる。シュヴェルタルを助けられる糸口も見つかる……はず。

 といった甘い考えでリスクの高い行動を働こうとしている。心の天秤は正常に働いていないようだ。


 盗んだところで意味は無いのかもしれないし、バレてしまえばテレサを追い詰めてしまう。自分がやろうとしている事はハイリスクを孕んでいるのだと再認識する。


 と言っても、この身は引く気などない。二言の余地など無く、前に進むだけ。

 それじゃあ作戦を始めるとしよう。


「こちら●ネーク。潜入ミッションを開始する」


 大佐も●オミも●イ・リンも●クドネルも居ないので無線は不可。●リトンレーダーなんてものは、このトールキンには無いから不利な潜入ではある。音を極力殺して掛かろう。


「……ん? 見張りか」


 敷地内に人影を確認。使用人とはかけ離れ、武装した人物が数人いる。

 見張りとは用意周到だ。モンスターだけでなく、不審者の侵入にも気を割いている。


 制式ではない武器、装備を見る限りは私兵というより雇われた傭兵。おそらく討伐者なのだろうが……なぜか全員女だ。

 警戒するなら屈強な男を雇ってもいいだろうに、なんでわざわざ女がやってんだ?


「ああ、眠い。ちょっと休んでいい?」

「まだ仕事中よ? 怒られても知らないからね」

「ここのお嬢様、金払いは良いんだけどムカつくんだよねえ。人使い荒いし」


 侵入を実行するその近くで、見張り達のサボタージュなり不満なりを混ざった会話が耳に入る。ロザリーヌ邸の警備は待遇良くとも気持ちの良い仕事じゃないようだ。人気の悪さはあのお嬢様らしい。


 やはり全員とも女。男は一人も確認できない。女しか居ないのは気になるが、本題をクリアするのと比べたらどうでもいい事か。


 仕事振りの悪い見張り共を掻い潜り、家に大接近。入れそうなところを探していたら、ちょうどよく鍵の開いた窓を発見した。


 人を雇ってまで防犯してるくせに、まあ用心の悪いこと悪いこと。おかげで玄関から侵入せずに済んで有り難い。


「うわっ……」


 窓を越えた途端、空気が別の物に変わる感覚。中は見慣れない世界があった。


「すっげぇ。なんじゃこりゃ」


 部屋の床は赤い絨毯が万遍なく敷かれ、壁はじっと見ていたくなる絵画が飾られてある。隅に配置した家具や調度品もアンティークみたく美術が凝っている。

 天井と壁に配置されたソーラダイトは大振りで、電灯にも勝るとも劣らない明るさだ。


 これが貴族の家かぁ。内装のレベルが違う。宝石箱の中か此処は。


 派手で()を放っているが、慎ましさというものを考慮していない。

 ココルでは見かけない様式美。生活に余裕があるからこそ自己主張が強い。


 貴族に縁の無い、1Kの部屋を借りて生活している俺には、この部屋がどういう用途で使われているのか見当がつかない。

 目を奪ってくれるが呑気に見学していくつもりはないんで、さっさと部屋を出てい──


「おっと……!」


 ドアを静かに開けると、廊下を歩く者が一人。慌ててドアを閉め、隙間から観察する。気付かれていなくてほっとした。


 あれはロザリーヌのメイドか。仕事の途中か?

 居なくなるまで隠れてやり過ごすのも手だが、この後にロザリーヌ邸中を探るのを考慮すると、このまま野放しにしてはおけない。


 廊下のいたる方向を確認。新たに人は出てこないみたいだ。

 一人なら対処できる。人が来ない今のうちに処理(、、)だ。メイドよ、君にはちょっとした(いとま)を与えよう。


 メイドが歩いて行く。後を追い、部屋に入る背中に近づいて近づいて──


「ぁぐっ!?」


 一手入刀。

 背後から首に手刀を当て、メイドは気絶して倒れ込む。うーむ、絵面的に犯罪的ぃ。


 こんなところを見られてしまったら弁解の余地も無しで牢屋行き。こいつは何処かに隠してと……隠れて居眠りした(てい)にするのが怪しまれないか。


「しっかり休んでいけよ」


 物置にメイドを隠し、周りを確認。ここはどうやらメイド達の部屋のようだ。

 特に用もないんで部屋を出ていくことにしたが、ふと不安要素が頭をよぎった。


 この後、邸宅の中を探索するのを考えると、この服装のままで行くのはリスクが高い。ずっとコソコソ隠れて行くより、見つかっても場を凌げる方法が得策だろう。


「お、これは……」


 部屋の中を物色すると、クローゼットの中に服を発見。

 メイド服か。邸宅の中を行来するには相応しい服装と言える。ちょっと借りていこう。


「んん? どうやって着けるんだ?」


 メイド服なぞ身に着けたことがなく、本物となれば着込むのに時間が掛かる。


 これは……こうか? ぐっ、上手く着けられん。あれ、ガーターの付け方が変だな?


 着慣れない衣服に悪戦苦闘。もたもたとした着替えタイムを終えて、その時はやって来た。




「まさか本物のメイド服を着るなんて……」


 メイドシンジ(女)爆誕。しゃららーん。

 この後の事を考えて着たとはいえ、これは……肉体が男のままだったら変態になっていた。


 びったり合うサイズが無く、少しキツい。スカートってこんなにスースーするのか。

 変な心地だが、まあ良いだろう。これで中を歩いてもすぐには警戒されまい。疑われたところで手刀が舞ってストン、だ。


「さてと、これからどうするか……」


 侵入は果たした。変装だってした。

 しかし、肝心の誓約書の在処はどこに──



『こりゃ面白いのう。見事な変装じゃ』



 声が突然聞こえた。

 だが、おかしな事に周りに人はいない。さっき気絶させたばかりのメイドはまだ気絶している。


 ということは、もう一人誰かがこの場に居る!

 マズい! 早く見つけて気絶させねば家の者を呼ばれる。捕まれば終わりだ!


『そう慌てんでもええ。ここじゃよ』


 しかし、姿の見えない人物は誰を呼ぶこともなく、自分の存在を教えてくれた。


「……え?」


 声の主は人間ではなかった。

 なにせ視線の先には……一枚の()が浮いていたからだ。


 何を言ってるのか分からない人の為にもう一回言おう。


 紙が浮いている(、、、、、、、)


「な……!?」


 か、紙が空中に浮いてるっ! しかも喋ったああああぁぁぁぁ!!

 超常現象か!? ポルターガイストか!? どっちにしても異常な事が起きている!


「なんだこれ!?」

『落ち着け。我じゃ。トゥールじゃよ』

「へ? トゥール?」


 怪奇な状況に反し、冷静になれと訴える紙から一度は耳にした名前が出される。

 該当するのは、あの不思議なロリっ娘。木の上で助けを待っていた上に変な円陣を調べていた、逆年齢詐称少女(?)だ。


 確かに話し掛ける声色はトゥールそのもの。紙をよく見たら、あの時彼女から貰った(ふだ)そのものだった。


「お前、本当にあのトゥールなのか?」


 答え合わせするように訊くと、札は「そうとも」と返して一回転した。


『身体は小さくとも包容力は満点。大人のお姉さんなトゥールじゃ。久しぶりじゃのう』

「なんだ、びっくりしたぁ……」


 怪しい紙の正体がトゥールであったことに胸を撫でおろす。

 知り合いで良かった。家の者だったら潜入失敗だった。


『変装しておるが、ミナモト・シンジでよいな?』 


 トゥールの札は重力を無視して近付く。出来栄えを評するような声が聞こえた。


『どう見ても男とは見えんのう』

「これはまあ、スキルってやつで……それよりも近くにいるのか? お前もここに?」

『いいや、別の場所じゃ。(これ)を通してお主を見ておる。それは離れたところから操作して見聞きすることが出来るんじゃ』

「なんて便利な……」


 札は目と耳とかが描いている。あれがカメラやマイクとして機能しているんだ。

 早い話がドローンみたいに動かして見れるってことか。いや、ちょっと待てや。


 前に見たことがあるが、違いの無い同じ物品に見える。あの時、俺は要らないと判断して捨てたから札があるはずがないんだ。

 ……あ、さてはこのロリっ娘。捨てたものを拾って油断してるうちに服に入れたな。


「まさか、そいつを使って俺たちをずっと監視してたんじゃないだろうな?」

『常にではない。常に監視するほど暇を持て余してはおらぬ。ポケットの中じゃ何も見えないしの』

「なんだ、良かった。イマドキ男子の秘密を見られたかと思ったぜえ」

『じゃが、この前の晩に何かしおったのは拝聴しておった』

「うっ!?」


 拝聴したって……アレか!? テレサを夜這いしようとした時の事を言ってるんじゃないか?


「聞いていたのか?」

『全ては耳に届いておらぬが、もしやあれは──』


 さっと手を伸ばす。掴もうとしたが、ひらりと避けられた。

 手の届かない高所に逃げた札が見下ろす。何とも言えない沈黙の間を、小悪魔の笑みが破った。


「破り捨てようとしてもダメじゃぞ?」

「お願いします。何でもするので秘密にしてください」

『なんじゃ、その体勢は?』

「我が故郷に伝わる誠意の表れにございまする。究極の謝罪の形でもありまする」


 平身低頭。つまり土下座なのだが、トールキンに土下座の文化は定着していない。やったところでトゥールにはあまり通じてないようだ。ところでこの絨毯、質感良いですね。


『まあ、その話は放っておいても良い。それよりも不法侵入とは感心せんな』

「あ、いや、これは……」

『見逃せぬものではある。どうしようかのう?』


 後半の言葉は、脅しとしての効果があった。


 場は完全にトゥールに制されている。俺の運命がロリっ娘次第でどうにでもできる状況だ。

 あいつの言ってる事は正しい。尤もな事だが、事情が事情なだけに正論を曲げてもらいたい。


「そこを何とかっ。包容力ある大人の余裕で見逃してくれ、ロリっ娘」

『人に媚びへつらう態度か? 馬鹿にしておるじゃろ』

「見逃してくれたらお兄さんが美味いもの食べさせてばいんばいんにしてやるからな?」

『やはり馬鹿にしておるじゃろっ!? 自前の胸を揺らすでない!』


 ちなみに、女体となったこの肉体にぶらさがる胸はある程度の大きさがある。トゥールには言わずもがな、テレサにも勝っている……うん。

 二人に勝っているのはどうでもいい。この場はなんとか説得せねば。


「どうしても必要な事なんだ。そうしないと困る奴がいる。終わったら何でもしてやるから頼むっ」


 優勢な立場のトゥールは黙る。札は目に相当する紋があるが、一枚の紙からは彼女がどうしているのか読み取れない。


 メイドに変装した侵入者が、喋る紙に主導権を握られている。そんな珍妙な光景が邸宅の一部屋で起こっているとは誰も思うまい。


 発する、思案に耽けた声。それはトゥールの理非が傾いた証で、緊張が高まった。


『ならば……じっくり調べてもらおうかの』

「え? え?」


 意外な反応が返る。調査を言いだしたのは理由があって、


『実はこの邸宅に怪しい噂を聞いたもんでの』

「怪しい噂?」

『そうじゃ。気になってはおったが、どうやって調べようか迷っておったんじゃ。大雑把な手段でも良かったんじゃが、そんな時にお主が何やら面白いことをしおってからに』

「はあ。で、それを調べろって?」

『丁度いい機会じゃ。しっかり働いてもらうぞい』


 拒否権を主張すれば大声を出すぞ、との脅迫を追加してきた。トゥールの方が悪どい気がする。

 断れる余地は与えられていないらしい。得もは無いが不利も無いようで、


『我も手助けはする。安心して出発するのじゃ。泥舟からボロ舟に乗り換えた気分での』

「もっといい舟に乗せてくれよ……」


 全然グレードアップしてないんじゃ安心できねーよ。


「まあいいや。お前の言う怪しい噂ってやつを調べてやる。無線の周波数は一四〇.八五……いや、一四〇.九六に合わせておけ。セーブができる」

むせん(、、、)とはなんじゃ』


 疑問符を添えたトゥールを連れて、場を後にした。


 やれやれ。仕事は増えてしまったが、潜入のサポートも得られた。

 さあ、潜入の続きといきますか。


 



『あのウブな小娘、そのような事になっていたとはのう』


 部屋を出て、絶えず警戒を行いながら通路を進む。その横では、テレサの事情を聞いたトゥールが初めて出会った時の偶然へ至ることに納得を打っていた。


『約定書か。それなら大方、私室に収められているのではないか?』

「そこにあれば良いんだが……」

『なにか問題があるかの?』

「何処にその部屋があるのか分からん」

『じゃろうなあ。案内図でもあれば良いんじゃが』


 シラミ潰しに部屋を探索するより目的のブツのある部屋が分かれば早く済むが、マップなど都合の良いものも無い。


 家の者を尋問すればゲロってくれるかもしれんが、この潜入作戦はできるだけ尻尾を捕まれないよう気を付けなきゃいけない。余計な行動は慎み、証拠を残さないのが望ましい。


「というか、お前単独で調べりゃいいんじゃね? その紙を使ってさあ。何でも出来そうじゃん」

『これにも限界はある。動き、見聞きし、我の言葉を伝達する程度のお粗末なものじゃ』

「そうか? かなり高度なものに思えるんだが? 一つ手ほどきを受けたいくらいだし」

『お前さんに動いてもらうのがいいんじゃ。我の足が付かんしの』

「ちぇっ。そういう事かよ」


 調べさせておいて、いざとなったら捨ててオサラバか。

 小悪魔め。その強かさは小娘とは思えん。


『そういうことじゃ。お主の探している物はそのうち見つかるじゃろ。ほれ、気を引き締めんかっ』


 パンッ、という音は、札が俺の尻を叩いた音だ。


「痛っ! 尻を叩くんじゃあないっ」

すきる(、、、)とやら面妖な術は知らぬが、肉体の反転とは驚いたの。肉つきまで女じゃ』

「お前……」



「──あら?」



 突然、通路の曲がり角で会った人物に、心臓が止まりそうだった。それくらいヤバい事態が起きてしまった。

 だってそれは他の誰でもなく、この邸宅の主……ロザリーヌだったからだ。


「げ……っ」



 んなああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ───っ!!!!



 ろ、ロザリーヌぅ……!! なんで会いたくない時にばったり会っちゃうのぉ!?


「貴方、見ない顔ですわね? 何方ですの?」

「あ、あ……」


 なんてこった。最悪なタイミングだ。いきなり主と鉢合わせかよっ。

 退散するか? ダメだ。かなーり怪しまれて人を呼ばれてしまう。外にいる見張りが追いかけて捕まえに来るかも……。


 あたふたしてる間にもロザリーヌが歩み寄る。疑わしさを抱えて。

 手刀を当てて気絶させるのは容易いが、それはそれで後に厄介な事になりかねん。ここは穏便に済まさなければっ。


「あ、あ、あのぉ……」

『芝居を打て。上手くやって切り抜けるのじゃ』


 後ろ髪に潜んだトゥールの札が囁く。

 狼狽えてる俺にアドバイスをくれたのは助かった。悪くない提案だが、急にそんな事を言われてもぉ……!


「わ、私は今日配属されました、え、えー……」

『エルトゥール』

「あっ、な、名前はエルトゥールと申します。紹介が遅れて申し訳ありません」

「新任? はて、そのような話は聞いておりませんが?」

「そ、そうでしたか。臨時のお呼びが掛かりまして、お耳に入れているものと……不行き届きの無礼をお許しください」


 苦しい誤魔化しを聞き、ロザリーヌは麗しい瞳を細める。

 思ったより不審がられてはいないのだが、テレサに嫌がらせする黒い心中は如何に……?


「な、なにか顔に付いていますでしょうか?」

「……背丈が高いのですね。顔も醜くくはありませんが、美しくもありませんわね。それに何処かで見たことがあるようなないような……」

「な、な、ないですわお嬢様っ! ご尊顔を拝見させてもらうのは今回が初めてですっ。お美しいお嬢様の記憶に残ってもらえると思ったら胸が張り裂けそうですわっ。お、おほほほっ」

「……そうですわね。下々の顔なんて覚えていられませんもの」


 あ、あぶね〜。

 偏りのある記憶力では思い出せなかったようだが心臓に悪い……。


「ほら、そこ! 服が乱れていますわよ!」

「あ、ああっ、も、申し訳ありませぇんっ」

「まったくっ。ワタクシの使用人であるのなら気をつけてくださいまし。正せないのであれば即解雇ですわよっ」


 慣れず着こなせないメイド服を慌てて正し、ニコッ。

 わざとらしく笑って場を濁すも、ロザリーヌはまたもじっと見つめてきた。


「お嬢様……?」


 今度は何が気になるのかと思ったら……片方の腕が伸びて、双丘(むね)を掴んできたのだった。


「はわっ! お、お嬢様っ、何をっ?」


 指を這わせ、俺の胸の形を変える。ただ触ってるのではなく、具合を確かめ吟味するような手付きだ。

 まさか触られるとは思わなかった。女の子に胸を揉まれるのは初めての経験だ。


 一体何がしたいのやら……んっ。

 ちょ、クソお嬢様やめてくれませんかね。それ以上触られると変な気分に……なるっ。んん、んふぅっ!


「……うふっ。良しとしましょう」


 手が胸から離れる。一頻りに揉みまくった上でなにやら認めたようだ。

 なんだこいつ。人の身体触ってきて「うふっ」て。ちょっと怖いですわぁ。


 庶民の生活とは違い、不満の少なく華やかな生活を送っているイメージのある令嬢だが、こうくると変人だ。まあ、貴族って変人多いからな(偏見)。


「精を尽くして、このワタクシに尽くすのですよ」

「あ、あのっ、お嬢様っ」

「はい? なにか?」

「あのぉ、見目麗しいお嬢様のお部屋を拝見させてもよろしいでしょうか?」

「突然何を……新参の分際で気安いものですわ。身を弁えなさい」


 くっ、ダメか。だが、ここで引き下がれるものか。


「失礼を承知の上でお願いしますっ、お嬢様。どぉ~しても拝見したいのです。お美しいお嬢様のお美し〜い部屋をっ」


 ゴマをすり、しつこく食い下がる。

 部屋に楽に入れるチャンスだ。逃しはできん。何度でも褒めて上機嫌にするんだ。


 最初こそ部屋に招き入れる理由など無く、嫌そうな顔をするお嬢様だが、


「よろしいでしょう。そこまで言うのなら連れて行ってあげます。」


 ベタ褒めが功を奏したらしく、ロザリーヌは心を入れ替えてくれた。


 やった、という興奮が、胸の中で小さく騒ぐ。

 くっくっく……おだてた程度で初見の人間を部屋に招いてくれるとはチョロい奴め。お前のような奴は嫌いじゃないよ。


「さあ、行きますわよ」


 と声が飛び、その足がすたすたと無遠慮気味に歩み始める。ロザリーヌ以外の誰かと遭遇しないことを祈りつつ、彼女の後を追った。


 さてさて、ありがたくお嬢様の部屋に入らせてもらいますよ。


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