第62話 仲間と色気と綱引き
あえて言おう。
俺達のパーティは集まりが悪い。
「ダ~メだこりゃ」
だ、誰もいねえ……。
レト以外に集っている仲間は誰もいない。
テレサはお手伝いの用事があると言って行っちゃったし、カルドにいたっては何処にもいない。
全く……情けないパーティだ。俺達は余裕がないのになあ。もうすぐで一週間を切るぞ。
はてさて、どうしたものか。シュヴェルタルの行方もまだ掴めていないし……。
傍に居るのはレトだけ。外へ行けない事もないが……今日は大人しくするか。
「ミリアムよ。よろしく☆」
クエスト案内所に寄ると、受付からパーティに加入したい奴が来たと知らせを受けた。
席で待っていたその希望者は、テレサより少し歳上の女の子。身に付けた装備から、これまでに何体ものモンスターを狩ってきた経験者と察せた。
おおぉー、この子が……。
メンバー集めは軽いトラウマになるほどボロ負けしたから、まさか来るとは思わなかった。
こうして対面すると面接をしてるような気分。相手を選ぶ側なのにちょっと緊張しちゃう。
断る理由は無いんだけど、いろいろ話を聞いていきましょうか。
「おっほん。ではミリアムさんにお聞きしますが、我がパーティへの加入の動機を教えてください」
「堅苦しいこと訊かないでよ。アンタのトコの面白い貼り紙見かけて興味が湧いたの」
と、ミリアムは珍しそうにレトを見つめた。
面白い貼り紙……ああ、あの募集広告か。
レトの足跡がたくさん付いてるが、ミリアムが来るまで誰も入りたいと言う奴はいなかった。諦めかけてたが効果あったな。
それが原因なのか、レトが「おい、褒めろよ」と目で訴えている気がする。はいはい助かりましたよ、ありがとさん。
「どうして討伐者になろうと? 他の道を考えたことはないのか?」
「ないよ。モンスター狩りは誰でも稼げるからね。アンタもそうでしょ?」
「俺は……」
自分とレトは旅をしていること。ココル村に居るのは支払いに割くお金を稼ぐこと。その為にシュヴェルタルを討とうとしていることを説明した。
「へえ、それは大変ね」
話せば加入を撤回する可能性を恐れてたけど、どうやら杞憂で済んだようだ。
「アタシも似たようなものよ。割の良いクエストを探してあっちこっち行ってる」
「一人で? パーティには入らなかったのか?」
「あるよ。でも反りが合わなかったり、めんどくさーい決めつけがあってさ……」
だから以前、身を置いていたパーティを抜けたと語る。
別段おかしい事ではないか。入ることもあれば脱退することもあるんだし。
と言っても、安定した戦力が欲しい現況でいなくなっちゃ困るけど。どこぞの剣士みたいにな。
「このパーティは長いこと居られそうよね」
「そう言ってくれるとありがたい。ちなみに魔術は使える?」
「ううん。アタシはコレで蹴散らすのが得意なの」
魔術の扱いに不得手なミリアムは、立てかけてあった自身の得物を見せつける。
これはまた珍しい。柄の両側に刃が付いてる、いわゆる両剣だ。
ポジションは前衛か。天下無双なカルドと被るが一人より二人の方が良い。仲間は多い方が思わぬ時にも対処ができるからな。
「どう? 役に立てるでしょ? 不満なんて言わせない」
「不満も何も、俺としては断る理由が無い。ミリアムの入団を受け入れます」
「ホント? 良かった。アタシのことは気楽にミリアムって呼んでいいよ」
「キュッ」
ミリアムの意思は最後まで変わらなかった。
ほぼ決まっていたものだが、加入に漕ぎつくと改めて興奮が込み上げる。
また一人、仲間が増えた。
これで三人目。今はテレサもカルドもいないが、後で紹介しておこう。
「ああ。よろしく、ミリア……って、ひぇ……!?」
急にミリアムが自分の手を俺の手に重ねる。
な、何事でごわす?
「一緒に頑張ろ。ね?」
はにかみ、俺の手の感触を確かめる。これからの活動に期待をこめて。
そんな彼女の仕草に動揺しつつ、妙な感覚を抱いた。
なんか、変だな……?
〔ミリアム〕
《プロフィール》
クラス:両剣使い
年齢:18歳
身長:160cm
体重:47kg
《パラメーター1》
体力:41274/41274
筋力:3093/9999
耐久:2518/9999
魔力:365/9999
魔耐:736/9999
器用:3247/9999
敏捷:2902/9999
《パラメーター2》
技巧:238/999
移動:384/999
幸運:133/999
精神:108/999
《信頼度》
D(シンジの《パラメーター1》が0%増加)
《スキル》
『アンプリフィケイション(アイテム)』
・アイテムの効果が増幅する。
[着脱不可]
「はー、疲れたー」
討伐からの帰り道。ミリアムが消えゆく火のような夕暮れに声を落とす。疲れたとは思えない快調さだ。
カルドの無双祭りほどではないが、慣れた動きでこなす姿は頼もしかった。
ただ……やたらと彼女は俺にくっつく。ボディタッチが多いのだ。
手を重ねたり、腕を組んだり、抱き付いてきたり。時には彼女の胸が当たった事もあった。
防具を身に着けながらも動きやすさを重視したミリアムは肌の面積が多め。
だから接触してくると困る。男として。
たぶん異性との触れ合いに気を遣わないタチなのかも。さばさばとした性格だし、そういう事に恥ずかしさを覚えない子なんだ。
でも、なんだろう。変な感じがする。
触れている時、ミリアムは必ず見つめてくる。
まるで反応を確かめるように、観察してるようでもある。だからあの積極的な行動もわざとに思えた。
考え過ぎか? 実は俺の事を……なんてな。
「アンタもよくやる~。ただのペットだと思ってたけど、援護助かったわー」
「キュッ」
それにしても……今日もシュヴェルタルを見つけられなかった。
案内所で見た姿の一片はおろか、痕跡さえも掴むことができなかった。
この辺には居そうにないか……。
「どしたの? 考え事?」
「あ、ああ。ちょっとな……」
「大丈夫だって。そのシュヴェルタルって奴、ちゃんと倒すから」
心配しなくていいよ、とまた抱きつくミリアム。離すつもりはないらしく、その状態で歩く時間が続いた。
調子狂うな……。
まあ、嬉しくないことはないけどさ。むしろ女の子からグイグイ来て嬉しい。
「ねえ〜、シンジ。ちょいと話があるんだけど」
「どうした?」
「実はぁ……宿を取ってるの。シンジの分も払ってあげるから一緒に泊まっていかない?」
「なぬっ!?」
一緒に泊まる……だとぉ?
まさかの女の子からの泊まりのお誘い。幻聴でも妄想でもないらしい。
急にこんな……俺も捨てられたものじゃないな。
この機会、是非といきたいところだが……。
「いいよね?」
「えー、その……パーティ内でそういうのは良くないと……思う」
男として興味はある。断然あるとも。
誘いに乗りたいが、理性がダメと警告している。
仲間と不純な行動をするとトラブルが起こり得る。そしてパーティの活動に影響が出る。
だから男シンジはラッキーイベントをあえて断るんだ。悲しい事に。
パーティのリーダーとしてこの事態は避けるべきであるが、ミリアムは引き下がらなかった。
「えー? 仲間だから良いんじゃない。それともアタシとじゃイヤ?」
「そういう事じゃ……わっ!?」
むにゅっ、と柔らかいものが当たる。
胸だ。触れた肉体のうち女性らしい部分が抱擁する。
驚き傾けるも、その視線は襟の引っ張られた胸元に引かれた。
「な、ななな。ミリアム、なにを……?」
「リーダーなんだから夜の世話もしてくれなきゃ……そうでしょ?」
「んな……!」
マジでぇ!?
夜の世話とはつまり……アレだよな? セから始まるアレで合ってるんだよな?
女の子から誘ってくるとは……相当溜まってるというやつか。
こんな積極的に……テレサとは正反対だ。
異性に寝床へ誘われた事など一度もない。そんな寂しい人生を持った俺は上手い返しが思いつかなかった。
「あれ? もしかしてそういうの奥手?」
「い、いやぁ……」
「楽しい夜にしちゃおうよ。絆を深める為にも、アタシを抱いて……ね?」
唇が近距離で鼓膜を震わす。最後の「ね?」は明らかに艶の色を帯びていた。
艶めかしいその言葉は、フィルターを下ろすスイッチ。ミリアムがさっきより魅惑的に見えてしまう。
絆を深める。それ自体は良いことだ。良いことなんだけどぉ……!
「キュー」
レトが見上げる。どうするんだお前、と。
「行くの? 行かないの? 行くに決まってんでしょ」
正直言うと行きたい。だけど仲間と不純な行為を交わしたと知られれば、討伐どころじゃなくなる。
うぅ……身体が少し熱い。鼓動が音量を上げ煩くなる。
ミリアムの持つ色気が、理性を崩してやろうと魔の手を伸ばしてくる。
お……墜ちてしまいそうだ。これ以上続くとどうにかなってしまう。
どどどどうすれば! どうすればいいんだ!!
受け入れる? 断る? どうする……!?
「シンジさん……?」
苦悩の時はそこで終わった。
なぜ、という疑問を孕んだ少女の声が場に投じられる。馴染みある声音に身がぴくっと反射した。
テレサ……。
籠を背負ったテレサがいる。手伝いから帰ってきたんだろうが、明らかに様子がおかしい。
と言っても、おかしいのはこの状況のせい。さっきのやり取りを見られてしまったか?
「お、おう。テレサか。用事は終わったのか?」
「はい……お野菜をたくさん貰ったんですけど……あの、その人は……?」
「誰、この女?」
「ああ、紹介するよ。この子はテレサ。この村の住民でパーティの一員なんだ」
「ふうん。あっそう」
気まずいものを感じ、逃げるようにテレサを紹介するが、ミリアムの反応はひどくあっさりしていた。
えぇ……「あっそう」って。
共に過ごす仲間だってのに素っ気ない返事。すごく興味が無さそうだ。
「あはは……で、こっちはミリアム。今日入ったばかりのメンバーだ」
「は、はあ。新しい仲間なんですね。でもさっきのお話は……?」
「あれはぁ……だ、大丈夫っ、何でもないからっ」
聞かれていたのか……。
問い詰められると辛い。ここは早く解散しなきゃ。
「じゃあ一旦解散ということで、また明日……」
「とっとと行こう」
「ぐぇっ」
その場を離れようとした時、腕をがっちりと掴まれる。ぐいーっと引っ張られ、ミリアムに受け止められた。
「えっ、ちょっとちょっと!?」
「構わないでよ、あんな田舎娘。放っておきなよ」
「い、田舎娘……っ」
おいおいおいっ。テレサに向かって何を言って……!
「アイツじゃ満足できてないんでしょ? 貧相だし。あんな子ほっといてアタシと過ごそ?」
「どういうことです? シンジさんをどうするつもりですか?」
「言った通りよ。アタシと宿で寝るの。や・ど・で!」
「おい、お前ら。喧嘩は……ぉぶっ!?」
顔を上半身で抱えられ、見ることも喋ることもできなくなった。
あ、柔らかい。女の子特有の良い匂いが……って呑気か!
「さっさと帰りなさいよ。ションベン臭い子供が」
「なんですって……」
煽られ、テレサの様子が険しくなるのが見えなくとも分かる。
急にどうしたんだ? ミリアムはなんでテレサにひどい事を言うの? 俺たち仲間なんだぞ。
「シンジさん、いけません! その人についていっちゃダメです!」
片方の腕を何者かが掴む。この手はたぶんテレサのものだ。
「離しなさいよっ!」
「離しませんっ!」
ついに争いを始めてしまった二人。もはや揉みくちゃ状態だ。
ミリアムが罵り、テレサが対抗する。
喧嘩を止めたいが、どんな状況になってるか分からない。温かい二つクッションが顔を覆っているせいだ。息も苦しい。
そうこうしている内に、ミリアムから抱擁から解放される。
かと思いきや……ぐんっ! と両腕が限界まで伸ばされた。
「あだぁー!!」
まさに『大』。身体が大の字の形になっている。二人の手によって。
腕力はミリアムのほうが強いが、奪われまいとテレサも一生懸命に抵抗する。
「ちぎれるぅ……!」
テレサが引っ張る。ミリアムが引っ張る。
引き気味のレトを傍観者にして女同士の綱引きが始まる。両者とも力任せに綱を引く。え? 綱はどれかって? 俺だよっ!!
こんな奪い合いを自らの身をもって体験するとは。なんとか裁きってのにこういう状況あったよなあ。
漫画やドラマみたいな展開に憧れた事はあったが、良いもんじゃないな。だって痛いし、二人共怖いもん。
あっ、やべっ。そろそろ肩が……イカれる……!
「いで、いでででっ」
「あ……」
綱引きは唐突として終わる。テレサが手を離したのだ。
敗者の手からぱっと離れた戦利品は、勝利者に抱かれた。
「あーあ。自分から離すなんて、その程度のもんか」
違う。テレサが離したのは身を案じてのはず。痛がっているのを見て離してくれたんだ。
「さっ、行こう。あんなの無視無視」
「ま、待ってくれ……」
奪い合いに勝利したミリアムは仲間であるはずの少女を嘲けながら、俺を宿屋に連れて行こうとする。
残されたテレサはぷるぷると震え始め、膨れ上がったものが破裂したようにそっぽを向いた。
「もう知りませんっ!」
「ああぁっ!」
居られないとばかりにスタスタと離れていくテレサ。いつもより速い歩調は明らかに怒りが込められていた。
まずい。これじゃ溝が深くなって禍根に……追わなくちゃ!
「あっ! ちょっと待ちなさいよ!」
「ごめん、また明日な!」
突き放すようにミリアムを振り解いた俺は、遠くなったテレサのもとへ駆け出した。
「テレサ! テレサ! 待ってくれって……!」
ミリアムとレトを残し、呼び声に全然応じてくれない少女の背中に追い付く。
頑なに踵を返さなかったテレサがようやく足を止めた時、振り向いた瞳には雫が張り付いていた。
泣いてる……?
「……シンジさんって、異性の人に好まれるんですね」
「それは俺も意外だったと言うか……とにかく、ミリアムがあんな事を言ったのは本気じゃないはずだ。どうかしてたんだ」
「どうかしていた……?」
「ああ。ちゃんと話せば分かってくれるって。だからもう一度ミリアムと話を……」
「嫌です」
耳を疑った。何を言い出してきたのかすぐに理解できなかった。
突然で、きっぱりと。いつもとは違う様子で、あんなに強く否定してくるとは思わなかったからだ。
「私、あの人と話し合いたくありません」
「まあ仕方ないよな……あんな風にひどい事言われちゃな。俺の方から言っておくからさ。だから仲直りを……」
「そういう問題じゃないんです」
え……?
テレサは何に怒っているんだ? そういう問題じゃないって……?
「ど、どうしたんだよ? 何が問題なんだ?」
「シンジさん……私が貴方を預かっているのは、恩人という以上にシンジさんを慕っているからなんですよ。なのに、鼻の下を伸ばして……!」
否めない。俺はミリアムの甘い誘いに迷っていて、乗ろうともしていた。
けれど……!
「悔しいですけど……そうですよね。シンジさんも男の人ですし。ああいう人が好みですよね」
「落ち着けよ、テレサ。ちゃんと断ろうとしたんだ。良くないって言ったさ」
「嘘です! 嘘です!」
「ちょっと待ってくれ。俺の話を、うお……っ!?」
踏み出した爪先が地面に引っ掛かって変な方向に曲がってしまった。
バカ野郎ッ。こんな時に何もないところでコケて……!
「きゃっ!」
テレサを巻き込んで転倒。籠に入っていた物がばらばらと転がる。
「うぅ……大丈夫か……?」
「シンジさん……」
「ん? へ?」
身を起こした時、右手が柔らかい感触を得ている事に気付いた。
最初は辺りにゴロゴロ散らばった食べ物だと思っていた。でも、それは間違いだった。
食べ物の触り心地じゃない。この手が触れているものは……テレサの胸だった。
他のなんでもない、彼女だけの弾力が弱々しく抵抗している。
しかもただ当たっているだけじゃなく、ぐにぃ、と。指全てが胸を半ば掴んでいる形に。これじゃ痴漢だ。
「あ、あぁ……」
や、ヤバイ。ヒジョーにヤバイ。
「シンジさんは……女の人なら誰でもいいんですね……!」
「待ってくれっ。これは事故で――」
「このヘンタイっ!!」
釈明の余地は許されなかった。
彼女の手が突風と化し――顔面がばちんっと。突かれた鐘のように揺れた。
ふぬおおぉぉぉぉ……!
一瞬だけ宙を舞い、地面にバウンド。渾身のビンタは意識を気絶の世界へ誘おうとする。
「テレサ~……」
消えゆく姿に手を伸ばすも、その行為は全くの無駄に終わる。カンカンに怒った彼女は足を止めようともしなかった。
完全に嫌われた。仲直りするはずが却って悪い方向にいってしまった。
痛い……ぶたれた痛みよりもテレサに拒絶された方がずっと痛い。
「キュー、キュー」
顔を覗くのは、後から駆けつけたレト。「大丈夫か?」と心配してるような、そこまで心配してなさそうでもある。
「お前は……テレサのところに居てくれ。頼む」
「キュー……」
どうするか迷いながらもレトはテレサの去っていった方へ走って行った。
…………静かだ。
またも訪れる一日の終わりは、いつもより空気が沈んでいる。
誰もいない。テレサもレトもカルドもミリアムも傍にいない。完全に一人だ。
これからどうしよう……。
家には帰れそうにないよな。あの様子じゃ入れてくれなさそうだ。
でもミリアムのところへ戻るのも良くない。もっと状況が悪くなるって容易に想像がつく。
となれば……。
「野宿かあ」
誰とも聞かれることのない呟きは寂しく、そして夜闇を迎えようとする世界に溶き消されていく。
頬の熱は、まだ疼いたままだ。
《リザルト》
・ミリアムがパーティに入った。
・ミリアムを仲間にした。
・モンスターを倒した。
・モンスターと戦闘して全員生き残った。




