第56話 麗しき訪問者
あの後は村長と別れ、墓地を後にした。
テレサの親の事が頭から離れないが、それとは別に足取りがだんだんと重くなってくる。見たことのある家が存在を大きくしているからだ。
テレサの家。
近づくごとにそれはより確実に顕現する。
……気まずい。
ああ、マジで気まずい。歩くのも辛くなってきた。
一歩の間隔が短い。こんなに足が重く感じるだろうか。
この重みは罪への意識。未だ新鮮で強烈な出来事の罪悪感が齧り付いている。
テレサの奴、まだ怒ってるかな? いや、まだ怒ってるだろうな。
あんな風に迫られりゃ怖いよな。気がいってテレサのことを考えてなかった。
謝ろう。きちんと謝って仲直りしよう。このままにしておいてテレサに嫌われるのは辛い。
戻ったら全力で額を擦ってでも謝らないと……。
「――そんな。以前はいつでもと……」
「確かにワタクシは言いました。ですが、亀の如く遅きこと……貴方の姿勢には不誠実さを覚えましたので……」
近くまで来ると声が聞こえ、妙な光景が映った。
家の前に人が立っている。
身なりの良い美少女がメイドらしき女性を二人連れ、テレサと会話している。
なんだなんだ? 来客か?
美少女は煌びやかな衣装を身に付け、途中から先端にかけて螺旋状にクルクルした長髪を垂らしている。いかにもお嬢様って感じの見た目だ。
慎ましいテレサが野に咲く花なら、彼女は人工庭園の薔薇のイメージが似合う。
さてその薔薇の美少女はテレサの友人だろうか?
友人との会話にしては雰囲気が良いと思えない。怪しい雲さえ掛かってる。
テレサは困ってる様子だし、美少女の妖しい微笑は獲物を追い詰めてるような雰囲気がある。
「支払いの目途がつかないようでしたらワタクシの……」
ただの雑談をしてるようには見えないな。
藪蛇かもしれんが俺も話に加わって何があったのか聞こう。
「おい」
「? まあっ。なんてブサイクな顔。ブ男ですわね」
「失礼なあぁ……!」
ガラスの心にヒビが付いた。
開口一言目がそれかよ。ブサイクって言うな。
どっちかと言えば俺はイケてる方だ…………たぶん。
「シンジさん……」
「どなたですの? ブ男の観賞は目が穢れますわ」
「こっちはハートが割れかけてんだけどな……で、お前何をしてるんだよ? テレサが困ってるだろ」
「おっほほ! ブ男がなにを。これは正当な督促ですわ」
督促だと……?
「不幸な事にこのテレーゼが起こした損害の補償を速やかに済ませるようにお願いしているだけですの」
怪しい雰囲気が一気に濃度を増す。
槌を落とされたような衝撃が俺の中で波を広げていった。
それはつまり弁償しろってことだよな?
どういうことだ? テレサがどうしてこんな奴に……?
「そんなのウソだろ。適当な事を言うな」
「見た目も悪ければ頭も悪いのね。残念ながらこれは真実ですわ」
「っ……本当なのか? こいつの言ってることは?」
「は、はい……」
なんと、テレサが否定することはなかった。
困ってはいるが、脅しや恐怖で言わされてるようでなさそうだ。
間違いでありたかったが、頬をつねっても悲しきかな幻になることはない。
それでも幻に変わらなかった現実を信じたくはなかった。
歯痒いが何も言い返せない。音に換り損ねた言葉は喉に引っ掛かったまま。
気のせいかあの女が大きく見える。「ああ、哀れ」と嘲笑する晶面が身を石にするように止め、テレサを援護することが出来なかった。
「赤の他人が関わっていい話ではありませんわ。さあ、さっさと失せなさい」
しっしっと、華奢な手が振られる。優雅な仕草が癪に障る。
けれどその振る舞いは生まれた家の身分が高いことを示している。それも、こんな面倒な要求をするくらいには。
関係は無い……か。
間に入ってどうにかなるほど簡単な問題じゃないんだろう。
相手の言ってることに間違いは無いのだが……。
「帰れと言ってもなあ。テレサとは赤の他人ってほどでもないし……」
「はい?」
ただムカついて反発しただけか、このまま流すのを許せなかったか。
どっちでもいい。この状況を見過ごせない。放っておけるものか。
やってやれシンジ。首を突っ込んじまえ。
余計なおせっかいでも、手を差し伸べないよりかは断然良いに決まってる。
「よく聞け女。実は俺はテレサのベッドで寝てたんだ。この意味が分かるか?」
圧を破り、対峙するように言い放つ。
突然の主張に分かるはずもなく、しーんと空気が沈黙に落ちた。
静かな空気が漂い、誰もがポカーンとなった状態となった中、ただ一人。美少女だけ反応が違った。
彼女は睫毛の長い瞼をぱちくりと繰り返す。
「ね、て、た……ですって?」
無理矢理にでも思考を働かせ、自ら言い聞かせるように唱える。
そこまでしてやっと理解が追い付いたのか美少女の尊顔が歪んだ。
「ま、まさか貴方、テレーゼと……!」
「そうだ。テレサのベッドで寝てたんだぜ。いやー昨日は最高の気分だった」
「嘘に決まっていますわ! テレーゼ! このブ男の言ってることは本当なのですか!?」
「その……はい……」
言ってることに間違いはなく、ぎこちな~く頷くテレサ。
「ふ、ふふふざけないでっ! なぜこのようなブサイクとテレーゼが……!」
テレサの返答に美少女の優雅な仕草が、優美な雰囲気が失われていく。
簡単に騙されてる。こいつアホだろ。
テレサのベッドで寝たって言っただけなのにナニを考えてんのかなあ?
声を荒げていた美少女は俺、テレサ、また俺、またテレサと見比べ……わなわなと震えだした。
「むきいいいいぃぃぃぃっ‼」
大噴火である。
かなり不満らしく、取り出した布にガブリと噛みつく。哀れにも布が理不尽な怒りの犠牲となって散っていった。
「美しくないっ! 美しくないっ!」
あげく癇癪を起こす始末。
美しくないってなんだ。この女は何に怒ってんだ?
「テレーゼの身内と仰るのなら……貴方も一緒ですわ! 十と四日以内に五万カンドを用意してくださいましっ!」
「五万カンドぉ!?」
た、高ぁっ!
五万カンドって高額だぞ。小さい家なら買えるんじゃないか?
そんな額、高額のモンスター討伐を何回も繰り返さないと貯まらないぞ。この駆け出しの腕じゃそこまで貯めるのにどのくらいの時間が掛かるか……。
そんな無茶苦茶な額、二週間以内に返せるのか? いや、だが……!
「……や、やるさっ。その日までに金を用意して返してやらあ!」
「脚が震えていますが……」
いやいや、これは武者震いですよ。金を貯めて返す爽快劇を想像したら震えちゃったんですよ。
楽しみだなー。あはは、あはは……は……。
「まさかなあ……」
美少女が悔しさを滲ませながらも去っていった後のこと。家の中の空気はどんよりと沈んでいた。
テレサは椅子に腰かけて俯瞰したまま。眉を下げた表情は不安の色が見える。
困ってるとこ悪いが、啖呵を切った以上は詳しい話を聞かなくては。
「何故あんなことになったんだ?」
「きっかけは私がフィオーレさんの私物を壊してしまいまいして……高価な物だそうで、それで費用を払うことに……」
テレサにそこまでの所持金は無い。即刻払うのは難しく、村長と一緒に話をつけてきたらしい。
満額まで少しずつ払う形だが、滅茶苦茶な事に期限はあの女が自由に変更できるという不利な条件を付けられたとテレサは語る。
あの女の名はフィオーレ・ヴェネティッタ・ロザリーヌ。
ミーミルに住む貴族の娘だがココルに家を建ててまで引っ越してきたらしく、場違いの大きな家は彼女の家だという。
典型的なお嬢様というか何と言うか、面倒な奴に絡まれたもんだな……。
教養はあるのに自由かつ可愛がられてきたであろう性格は、ココルの住民とのいざこざを起こすのにそう時間を掛けなかったそうな。
「その日から不吉な事が起こったんです。村長さんが重い病気に罹って身体が少しずつ弱って……治療したくてもソカバ草が売り切れちゃって……」
テレサの話を聞いて初めて会った時の事を思い出す。
ああ……だからあんな危険な場所に来てまで探していたのか。
村長の病、ソカバ草の売り切れ……なんだか胡散臭いな。都合よくそんな不吉な事が起こるか?
陰謀めいたものを感じる。これは推測だが、あの女がテレサを嵌める為に仕組んでる可能性がある。
たった二週間で五万カンド……いつ考えても多い。運命的な力が働いて無くなってほしい。
これでも村長や住民がテレサの為に金を集め払ってきたそうだ。
期限内に返せる見込みは薄い。でも金を返せなかったらテレサが何されるか想像つかん。いや、つかないのは考えたくないからか。
「私、フィオーレさんが苦手です。あの目が怖くて……」
重い溜息が出る。テレサのイメージからは遠い、ストレスのこもった溜息だ。
気が付けば彼女の目は鬱陶しそうで輝きの無い、死んだ魚に似た目をしていた。
テレサってこんな表情するんだ。よほど苦手なんだな。
そういえばテレサを見てる時のロザリーヌの目つきがおかしかった。
込められていたのは執拗なまでの感情……そう、情熱のようなものを感じる。
ロザリーヌの奴は金を返せなかったテレサをどうする気だ……?
目的は分からないが、ろくな事になりそうな気がしないと勘が告げる。
短期間で五万カンドも稼げる見込みは無いが、何とかしてやる。
改めて決する。俺はテレサを助ける、と。
胸に抱えた意志の赴くままにテレサの肩に手を乗せた。
「テレサ、俺はやるぞ。必ずやってみせる」
「え……?」
「金を集めて絶対に返してやる。俺は討伐者だ。モンスター討伐でもやってすぐにでも集めるよ」
「お気持ちは嬉しいですけど……ごめんなさい。お断りします。シンジさんにご迷惑を掛けたくありませんから」
「迷惑なんて気にしないさ。そのぐらい掛けたっていいんだよ」
「シンジさん達は旅の途中なんですよね? 長居するのは良くないと思います」
一理言われて「む……」と言葉に詰まった。
行かなきゃいけない場所が確かにある。まずはミーミルへ行かなくては。
この旅路は観光旅行じゃない。だからココルに留まるのは良い考えじゃない…………が。
「それもそうだけどさ、テレサが困ってるのを放っておけないんだ。このまま何もしないでいるのは気分が悪い」
「シンジさん……」
「なに、たった数日だ。その間で済ますよ」
安心しなよ、と笑ってみせる。
それがカギとなったのか、溜め込めていたものが解放されるようにテレサの表情がくしゃっと崩れた。
「……お願いします、シンジさん。助けてください。頼らせてください……っ」
堪えてはいるが、テレサの抱えた不安は小さくない。その証拠に、時折覗いた眼はさっきよりも水分を帯びている。
テレサは不安を掻き消す温もりを求めるように身を寄せる。俺も彼女が落ち着くまで状況に身を任せた。
『――キュッ、キュッ』
時の流れを忘れそうな頃、外から物音が。誰かいるのだろうか?
来訪者はドアを叩いたりカリカリ引っ掻いてる。どうも人と思えない行動だ。
テレサの代わりに出たが、外には誰もおらず……いや、足元に居た。
「……お前か」
「キュッ」
返事するように鳴いたのは、レトだった。
勝手な行動を取って姿を消してたが、どこで何をしてきたのやら……。
「ん? それは……何を拾ってきたんだ?」
レトは何処かで拾ってきたのか紙のようなものを咥えている。
取って広げてみると、ある事が書かれた文面が映った。
「クエストの案内か?」
「案内所があるんです。そこで拾ってきたのでは?」
背後から落ちつきつつあるテレサの声が飛んでくる。
おっ、ココルにもクエスト案内所があるのか。
だったらここでモンスターの討伐をして金を貯めていけるな。
「えー、なになに……」
紙は新種のモンスター出現情報が書かれてあった。
モンスターの名前は『シュヴェルタル』。数日前にココル付近の地で出現したモンスターだ。
これまでにないタイプで……人間に似た人型だと?
初めてだ。かつて遭遇したモンスターに人型は無い。スケルトンやソンビのようなモンスターが居てもおかしくなさそうなものだが、どれも人間以外の生物が変異したようなものばかりだ。
端には目撃情報を元にしたシュヴェルタルの絵がある。
まるで墨を頭から被ってるように真っ黒で、白い目――情報によると暗い場所では猫の目のように光ってると書いてある――が不気味だ。
シュヴェルタルは行動も珍しく、剣を巧みに振るって攻撃する。その腕前も恐ろしく優れているとか。
とても手強く、既に八名の死傷者が出ていると書かれていた。
知る度に違和感が強まっていく。これはモンスターなのか……?
不自然なものを抱きつつも、情報の続きに目を通す。
期限は討伐報告の確認が取れるまで。報酬は――――六万カンド!
「なんですと!?」
報酬の金額に瞼がくわっと開くのを自覚した。
ろ、六万……だと……!?
額の多さに見舞違いではないかと疑い、一字一字凝視する。
何も間違いはないと確認できた時、短い笑い声を溢してしまった。
これは渡りに舟だ。
シュヴェルタルを討伐したら期限内に五万カンド払える。お釣りだって出る。何とかなりそうかも。
「テレサ、金を返せる方法が見つかったぞ」
「本当ですかっ?」
「ああ。クエスト案内所の場所を知りたいんだが何処か分かるか?」
先の見えた希望がほのかな暖かさを放つ。
場所を聞くや「出かけてくる」とだけ返し、クエスト案内所へ向かった。




