第55話 ココル村
「いってて……」
見事な張り手を受け、ぷんすこ怒ったテレサ宅から逃げてレトと一緒にそこら辺をトボトボ歩いている。
ヒリヒリとした頬は漫画みたいに赤い手形が浮いている。痛い……。
嫌われたかなあ。確認したくてついあんな事言っちゃったけど、女の子に対して服を脱げってどう思い返しても最低のセリフだ。
あとで謝らなきゃな。と言っても許してもらえるかどうか……。
「キュッ? キュッ!」
足元の小さな獣を眺めながら目的も無く歩いてると、レトがひらりひらりと飛んできた蝶を追いかけて行った。
勝手な事をして……何処へ行くんだ、アイツは。
と思ってるのもほんの少しの間。新しい世界が風のように舞い込む。
レトが走り去った先には、のどかな風景が広がっていた。
これが、ココル……。
踏み締める道に石造りの舗装は無く、土そのものが晒されたまま。
住居は慎ましい造りで、敷き詰めることなくあちこちに建っている。
外周はモンスターの侵入を防ぐ外壁の代わりに頼りない木柵がある程度だが、人工的な構築物の少なさは自然を身近な存在として感じさせてくれる。
住民が多く都市的で賑やかなリージュのとは正反対。けど素朴な光景はリージュには見られない純粋さがある。
ノスタルジックって表現は正しくないが、長いことコンクリートジャングルに居た事、一度はこういう場所に来てみたい憧れもあったから心洗われる。
ただ、場違いのモノが一軒。
離れたところにデカくて村の風景に馴染めていない家がある。綺麗な田舎に観光してる気分が台無しだ。
ココルにはあまり似つかわしくない。家主の性格が表れてる。
あんな家に住んでる奴の顔が見てみたい。
「お客様ハ神様デスから!」
「おぉっ!?」
「ドウモ、今日も明日もアイテムをお届け。アピス商会デース」
鼓膜を揺るがす少女の声。その発生源はすぐ隣に存在していた。
びっくりした……なんだ、アピス商会の商人か。
また会ったなと思いきや、よく見たら特徴の異なる別人だった。
別人と言っても以前会った奴と外見や雰囲気がほとんど似ている。双子の姉妹か?
「お客様、アイテムをお買いになりマスカ? スキルの書もありマスヨ」
「ん? 俺のこと知ってんの?」
「モチのロン。アナタはアピス商会の顧客の中でも一番名が知れ渡ってマス。お客様はスキルの書をお使いになりマスので」
あっちから来たのはただアイテムを売りつけに来たんじゃなくて、スキルの書が売れる相手を知っていたからか。アピス商会で俺は有名人になってるらしい。
スキルの付け外しが出来るのは限られた人物だけ。スキルの書も限られた者しか売れない。
さっきの口振りじゃ他に行える者はいないとみた。商会側からすればスキルの書が売れる相手は良い商売相手だ。
「お客様の御目に適うスキルが揃ってマス。いざという時のお助けになりマスよ」
実を言うとAPはホクホク貯まっている。何冊か買える量だ。
この大量のポイントはネメオスライアーを倒し、ココルに着くまでに得たもの。
クエストの報酬は貰えなかったが、APはモンスターを倒すだけで貯まる。
ちなみにポイントの取得量はどうやらモンスターの強さで変わる。
弱いモンスターは少なく、強いモンスターは大量のポイントが手に入る。ネメオスライアーはかなりの強さだったから相当のAPが貯まった。
かなりの量のAPをここで使わないなんて選択はしない。
今後に備えて今のうちにスキルの書を買っていこう。
「お客様。アピス商会は買い取りも受け付けてオリマス。モンスターとの戦闘で必要のないアイテムが貯まっていましタラ我々にお売りクダサイ」
「おっ、マジで?」
リージュからココルに来るまで何度か交戦した。
何かに使えそうだから倒したモンスターの一部を切り取って保管していたが、これは良い。後で荷物を取りに行かなきゃ。
「お買い上げアリガトウゴザイマス。マタのご利用ヲお待ちしてオリマス」
力の抜けた変な動きを見せ、アピスの商人は踵を返していった。
あいつはココルを中心に活動していて、ココルに居る間いつでも利用してくれとの事だ。
貯まったAPでスキルの書が購入できた。
これらのスキルは効果を確認して使える時に装着しよう。
「――おや、これはこれは」
アイテムも売らなきゃとテレサの家に向かう前に、一人の老人が現れた。
見かけるなり声を掛け近寄ってきたが、誰だろ? このお爺さんも俺のことを知ってるみたいだ。
「ミナモト・シンジ様。お身体の方は治りましたかな?」
「えーと、貴方は……?」
「村長のミゲルです。先日はミナモト様のおかげで命を救われました」
骨の浮いた頬に笑みを重ねた老人は頭を下げる。この世にまだ生きていけるという感謝を込めて。
ココルの村長だったのか。
確かテレサの話に出てたな。重病になった村長を治すためにテレサがソカバ草を探しに行ってたんだった。
その人物が目の前に居る。見た感じ具合は良く後遺症も無さそうだ。
「テレサを助けてくれて私も一命を取り留めました」
「いえ、俺は偶然見つけただけですよ」
「詳しい話はテレサから聞きましたぞ。貴方は命の恩人です。ミナモト様が村の外れで倒れていると聞いた時は驚きましたぞ」
ああぁ……毒入ってた物を食べたって話、本当に驚くと思う。
その話を聞かせたら驚きのあまり村長が心臓発作を起こすかもしれん。
「診療所に運ぼうとしたのですが、テレサがミナモト様の看病をすると折れませんでしたからな」
「あの子が……?」
「ええ。ミナモト様のしっかりとしたお姿を見るに熱意が通じたのでしょう」
そんな事があったのか。それは嬉しいな。
村長の病も治ったし、テレサの話も聞けて気分が良い。
「そういや……テレサの家族って何処にいるんですかね? 家に居ないみたいなんですけど……」
昨夜目の当たりにした光景が浮かび、この際尋ねてみる。
村長ならテレサの家族のことについて詳しい話を知ってるだろう。
だが、ニコニコしていた村長が「おや?」と笑顔を薄めた。
「テレサは何もお話しませんでしたかな?」
「いや? 何も聞いてないですが」
家族は知らない。その事を話すと村長は「ふむ……」と呟き、口を閉ざす。
何か躊躇ってるようだが、意を決してか再び顔を向けた。
「貴方にご迷惑を掛けたくはなかったのでしょう。お時間を少々頂けますかな?」
思うところがあるようで、案内したい場所があるとのことだ。
特に急ぐ用事も無い。誘いを断れるような雰囲気じゃないし、猫背気味の背中について行く。
しかし、何処へ連れて行くんだ?
村長が連れてきた場所は墓地だった。
ココルに住み、命を落とした者達の眠る地。連なり立つ墓石を横に身を進める。
ある場所まで来て村長の足がようやく止まった。
「ここです」
案内した場所には二人分の墓がある。
墓はそれぞれ「ルイゼン」、「シェリー」と名前が刻まれていた。
この墓に書いてある名前、もしかして……?
「眠っているのはテレサの両親です。彼女の親はすでに息を引き取られました。気の毒なことです」
眼窩のくぼんだ眼で見据えたままの村長が詳しい話を語ってくれた。
父親はテレサが小さい頃に死に、母親もテレサが10年近くも前に病気で亡くなったらしい。
だから家族がいなかったんだ。
昨夜のあの光景は、あの時抱いたものはただの思い過ごしじゃなかった。
血の繋がった者はもういない。あの家は……テレサ一人だけなんだ……。
「彼女の両親はとてもできた人です。父は村の畑を手伝い、優れた剣の腕でモンスターを退治しました。母は珠のように美しい女性でしたな」
父親と同じ瞳を、母親の美しさをテレサは受け継いでいる……と、かつて生きていた頃を懐かしむように語る。
さぞ惜しい人物を亡くしてしまったという口振りで。
ココルの村人は皆テレサの父親に信頼を寄せたらしく、現在になってもテレサの生活を支えている。母親が亡くなって以降は村長が保護者となって育ててきたそうだ。
こうして立っていると思い出す。フィーリのことを。
長い人生を歩みきることなく終えた彼女を悼んだ時が幻として再現される。
フィーリもテレサも親がいなくて、それでも強く……どれだけ悲しい事があっても前向きに生きてきた。
その芯の頑強さは、彼女達が見せる曇りなき笑顔が教えてくれる。
「日課のように墓参りに来てはよくお話をしていました。この間はミナモト様のことを楽しそうに話していましたぞ」
両親の墓石はどの墓石よりも手入れが施されてるように見える。一片も苔が生えていない。
そして花がどちらも添えてある。よく訪れている証拠だ。
ただ墓の前に立ち尽くす。この地の下に眠る者達の墓標を見つめる。
悲しい運命を負っても凛と生きる少女の一面を知った。
この時の俺は……どんな表情をしていただろうか?




