第53話 ポイズンは天使の癒しを招くか
寒い。
怠い。
辛い。
苦の三位が一体となって苦しませてくる。これは完全に病気だ。
気分が悪い。悪寒が這っている。ダルくて動きたくない。
どうしてこんな事に……。
謎の体調不良に侵されながらも頭をなんとか働かせ、思い当たる出来事がほわんほわんと浮かぶ。
悪夢にうなされ、気分を変えに食べられる物を探し、その先に見つけた……。
あ、あの果実……!
原因はアレだ。アレを食べてからおかしくなった。
きっとあれは毒が入っていたんだ。食べちゃいけないものだったんだ。
こりゃ笑えない話だ。神が毒入った物食べて死ぬとか面白くもない。
早くもこんなトラブルに遭うとは悲しい。
うぅ……辛い、苦しい……っ。
節々が痛い。顔が痛い、喉も痛い。身体中が悲鳴を上げている。
こんなに辛い時は他人が恋しくなる。誰かに傍に居てほしい。
天使のような子に「大丈夫?」って心配されて看病してもらいたい。
「大丈夫ですか?」
そうそう、こんな感じ。こういうシチュエーションを求めていたんだ。
暖かいベッドで眠って、額に当てた布を替えてもらってさ……。
あ、やばっ。汗をかいたから喉が渇いてきた。
水が飲みたいぃ~……。
「み、水ぅ……水をくれ……」
「お水ですね。待ってください」
女の子の声が投じられる。少女らしき人物が水を求めた俺に応じた。
幻聴か? 誰かに看病してほしい願いが形になったのか。それとも病が進行してとうとう幻覚が現れ始めたか?
だがこの声、どこかで……。
少し経って何かが口に挿入し液体が侵入してくる。
流れ込んでるのは水だ。水が渇いた喉を潤して浸透していく。
「ゆっくり飲んでくださいね」
熱を帯びた身体に水が巡る。不毛の大地に訪れて渇きを取り除くように。
「ふぅ……」
楽になったあ……。
ありがてえ、ありがてえ。水をくれた誰かさんのおかげで助かった。君はまさに天使だ。
…………………………で。
「だれ、だ……?」
どなた? 看病してくれるのは……?
「――あ、おはようございます。シンジさん」
ぱっと目に入ったのは、見慣れない空間の中に存在する少女の俯瞰顔。
気が付いた俺に対し少女は表情を咲かせる。意識を取り戻したことへの安堵だ。
春の花のように芽吹くその顔には見覚えがあった。
暗い地下の底で倒れていて、誰かの為にモンスターのいる場所で薬草を探して、再会の約束を交わした――
「テレサ……?」
そうだ、テレサだ。マルタナ・テレーゼって名前の女の子。
テレサの姿がある。病で幻覚を見ているんじゃない。確かに存在している。
だからこそ目の前に居る理由を聞きたかった。
「なんでテレサが……うっ……」
「ダメですよ、起きてちゃ。まだ治ってないですから」
「ああ……でもどうしてテレサがいるんだ?」
「それはシンジさんが私のお家に居るからですよ」
「はいぃ?」
無理して起きたせいでクラクラしている頭では彼女の言ってる事がなかなか入らなかった。
テレサの家? ここが?
どういう経緯でテレサの家にいるんだ?
「お外に出て歩いていたらシンジさんを見つけたんです」
「キュッ」
そこでようやくレトが現れた。その様子だと無事だな。
話を詳しく聞くと、村の近くで意識を失っている俺と引っ張ってるレトの光景を見かけたんだとか。
それで村の人を呼んでテレサの家に運んだそうだ。
どおりで顔が痛いのはレトが無理やり引っ張ったせいか。擦りむいてやがる。
「テレサの家ってことは……ここって、もしかして……」
「はい、ココルですよ」
そうか。ココルの村か。
なるほど……俺達はココルの近くまで来ていたんだ。
なんて展開だ。毒を喰らった不幸の次にこんな事が起こるとは。
そして俺の前には……少女がいる。約束を結んだ少女と会うとはなんという偶然だ。
「テレサにまた会えたんだなあ」
「約束、果たせましたね。シンジさんとレトさんに会えて嬉しいです」
「あ……お、俺も嬉しい。あ、あはは……っ」
小さな感動を覚えている傍で、春の光が生まれる。
再会を心から喜んでいるテレサ。キラキラのエフェクトが見える見える。
ただちょっとだけ恥ずかしさもある。できれば良い形で会いたかった。
褪せぬ眼差しが眩しく、滲み出てくる照れをうまく砕くことができない。
できないが……悪くないな、こういうの。いやあ、堪らないなあ。
目を線にしてほわわ~んとしてるであろう俺にテレサは笑顔のまま「?」と首を傾げてる。その仕草と後ろ髪がちょこっと揺れるのがこれまた可愛らしい。
そんな状態が続き……と思ったら、テレサが思い出したような声を上げた。
「ちょうどシンジさんのためにご飯を作ってるんです。もうすぐできるので待ってくださいね」
「おおっ、そいつは楽しみだ。じゃあ寝て待ってるよ」
ご飯かあ。わざわざ作ってくれるとは、テレサは家庭的で優しい子だなあ。
台所で調理してる背中を見てるだけで病気が飛んでしまいそうだ。
おい、レト。テレサへの好感度は既にお前の何十倍にも跳ね上がってるぞ。これが他人に気を配れる人間と噛み付くことしかできない畜生の差だ。
貴様がココル村に運んだ事など霞んでいる。実際に確かめてないからな。
「キュイィィ……ッ」
怒ってるのか? 病人に手を上げる気かお前は。するわけないよなあ?
よしよし、いい子だ。俺は聞き分けの良いペットは好きだ。悔しかったら別の形で株を上げるんだな。
それにしても楽しみだなー。
テレサの手料理か。どんな料理が来るのやら。
「ん……?」
期待と暖かいものを胸に抱きながら寝ていると、ふと良い匂いが漂う。匂いはベッドに沁み付いてるもののようだ。
そういやこのベッド、誰のベッドなんだ?
この家はどうやらワンルームみたいだし、辺りを見回しても俺が使ってるもの以外にベッドは無い。
テレサは毎日どこで寝てるんだ……?
「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「なんでしょうか?」
「このベッド、普段は誰が使っているんだ?」
「それは私のベッドですよ」
「な……!?」
マジかよ~……テレサが使ってるベッドだったのか。やけに良い匂いがすると思ったら……!
俺、テレサのベッドで寝てるぅー!
「どうかしましたか?」
あっ、ああぁ。なんて体験をしてるんだっ!
やべーよ、女の子のベッドで寝ちまってるよっ。こんな秘密の花園のような場所で寝てるよっ!
汗を掻いた。枕に頭付けちまった。
肉体から迸る物質でテレサの私物を穢している!
病人とは言え、こんなこと……レト、噛んでくれ! この罪深き俺に罰を与えてくれー!
「キュッ」
こ、断りやがったぁ……!
無駄にご親切なことを……余計な気遣いはいいから噛んでくれっ。さっきのは撤回するからっ。
「できましたー」
煩悶してるうちにテレサが料理を運んで来た。
持ってきた料理は見たところお粥に近い。穀物に何かを混ぜて煮込んだようだ。
これはまた美味しそうな……。
食欲の低下した胃袋が欲する。このうまそうな料理を平らげたいと。
テレサが作ってくれたものだ。美味しくないはずがないのだ。
美少女の手料理ってだけで国や世界の境界線を越えて食べたくなるなるぅー!
「熱いので少し冷ましておきますね」
テレサがスプーンで掬ったものを息で冷まそうとする。
おおぉ、女の子のフーフー。独り身の男にとっては最高のスパイスだ。それを添加するだけで早く治れる気がする。いや、確実に治る(断言)。
「はい、どうぞ」
心中察してジト目を送るレトなど放って、テレサの手料理を口に転がす。
幸せな味わいが来る――はずだった。
(ふぐぅっっっ!!?)
口の中で人間が感じてはいけない刺激が踊り出す。
ぐががっ! な、なんじゃこりゃあ!?
ま、まずい……!
全て不味いのではなく、味の一部が酷い。なにか入っちゃいけないものが一緒に入ってる感じだ。
な、なんだこの料理。良くないものが入ってるような気がする……!
「て、テレサっ、これはどんな食べ物なんだ?」
「これはニラ味のコンシールを混ぜて煮込んだものです。風邪を引いた時に食べると治りが良くなりますよ」
コンシールの……ニラ味!? バリエーションが存在したのか。
ニラ味ってだけでも相当ヤバそうなのに混ぜるとは……これはもう料理の形をした劇物だ。
「味はいかがです?」
「い、いやぁ~……」
「え……?」
はっきり言って美味しくない。食べたくない。
テレサの腕が悪いんじゃない。普段はきっと美味しいはずなんだ。
だがそれもコンシールを混ぜては味が台無し。恐るべしコンシール……!
これ以上食べると病気じゃなくて命がパァンと弾けそうだ。
残すのは悪いけど、これは――
「もしかして……お口に合わなかったですか……?」
「あ……」
テレサが悲しげな雰囲気に包まれる。明らかに冷え込んだのがわかった。
しゅんと落ち込んでいて、がっくりと肩を落としている。
この料理で少しでも治ってほしいと想いを込めたであろう彼女の姿を見て自分の愚かさに気付いた。
……つまらないな、俺は。
一人の女の子が看病して、その上料理を作ってくれてるんだ。
残したら男として廃る。だからここは覚悟しよう。
「いいや! そんな事ないとも! こんなに美味しいものを食べてとぉっっっても感動していたんだ!」
漢字の漢と書いてオトコ。
そうだ。漢には引き下がれない事がある……今がその時だ――!!
「だからもっと食べさせてくれ!」
漢シンジ、いっきまーす!!
「うまいっ、うまいっ、うまいっ!」
奪い取った料理を無理やり体内に掻っ込む。
まずい、まずい、まずいっ。コンシールの成分が牙を剥く。
じ、地獄だあ。地獄が体内で起こっている。
すぐにでも吐きたい。だが全部食ってやるぅ……!!
「ごちそうさまでしたっ!!」
「は、はあ……」
味覚が無くなり、病気も相まって正常な思考が失われかけてもなんとか完食。
空になった食器を返して即座に眠りに入った。
(ぐががが……っ!)
体内でコンシールがポップなリズムを刻んでダンスしている。
銃弾の火薬が炸裂したような刺激に音を上げそうになってもテレサには絶対に悟らせない。今日は辛くなりそうだ。
「キュー」
呆れるような鳴き声が飛んできた気もする中、俺は寝オチするまでコンシールとストリートファイトを繰り広げた……。




