第5話 大精神の誕生2
ソールとアンブラが生まれ、はや数日が経つ。
神様からこの小さな二人の面倒を見るようにと課せられ、ここ最近は小さな精霊との奇妙な共同生活が続いている。
まあ自分が創ったんだし、親のようなもんだから見るのは当たり前か。
面倒を見れと言われても、大精神は人間や動物と違い食べ物も睡眠も必要なかったりする。世話をする必要はほとんど無いと言ってもいい。
特にあるとすれば、ソールの質問に答えてやる程度だ。
ソールは現実世界のあらゆる物に興味を示し、俺が読んでいない本にも日夜目を通している。どうやら彼女は勤勉な性格で、自身が大精神であることに使命を感じているようだ。
一方でアンブラは異常なまでに寡黙で、仮面を付けていることもあって何を考えているのかわからない。
全然口を開かないし、声を掛けても「……」とほぼシカト状態だ。
そんなアンブラは、昼間はいつも姿を隠し何処かに潜んでいる。彼曰く、昼は「眩しい」からだそうだ。
逆に闇の多い夜はゆらりと姿を出していることがある。
ある日の夜、トイレへ向かって真っ暗な部屋を歩いていると、暗闇からぬぅーっと仮面を覗かせてきた。
あの時はマジでちびりそうになった……。
色んな意味で不気味なアンブラ。最近は夜な夜なトールキンを前にして何かぶつぶつ呟いている。
『……己が深潭の扉を開いてみせよ』
その光景が心霊的でホント怖いから止めてほしいもんだ。
そして――
「さあ、今日も天地創造の時間が来たぞい」
一般人と全知全能さんが卓袱台を囲み、胡坐をかく――傍らにソールもいる――光景がすっかりお馴染みの光景になり、今夜もトールキンの森羅万象を創る為の時間が始まる。
ああ、眠い。欠伸が止まらない。
最近バイトの時間が多くて、疲れがあまり取れていない。
「して進児よ。今日はどのような精霊を創るのじゃ?」
「ふあぁー……あ、おう。今日は色々な大精神を何体か創ろうと思うんだ」
「うむ。お主の意のままに創造するがよい」
「主オリジン。このソールめもここで見届けます」
若干の睡魔と疲れに襲われつつ、作業を始める……のだが、実はどの大精神を創るかまだ決まってなかったりする。
んーっと、今いるのが……光と闇か。あと創りたいのは……炎、水、風、海、地、雷の六つ。
この中だと……地だ。次は地の大精神を創ろう。
「――よしっ、出来た!」
地のイメージを想像しドネルを捏ねると、やがてある形に変わった。
んん? なんだこれ? 手にごつごつと固い感触が当たっているな。
しかも、ソールやアンブラと違って大きく人型の形ではない。触ってみる限りではでこぼこしている。
なんだなんだ? この大精神はどんな姿をしているんだ?
触覚だけでは予想がつかず、どんな大精神が生まれたのかと手をどけてみる。
そこには――
「ワシを喚んだのはお前さんかな?」
「こ、コイツ亀だッ!?」
意外! それは人外ッ!
三番目にして初の人外。地の大精神は亀だった!
見間違いではない。どこからどう見てもモノホンの亀だ。
数十センチもある体長に象のような足が四本。山脈のように隆起した甲羅を背負ったリクガメがにょーんと長い首を上げている。
か、亀のクセに言葉を喋っている……。
人語を発する亀とは驚いた。この姿でも精霊ということか。亀にするつもりはなかったんだけどなあ。
「アクーパーラ君がわずかにイメージに入っていたのかの。この精霊には何と名を与える?」
俺の反応とは対照的に神様が何か呟き、名前を付けるように促す。
「そ、そうだな。えー……」
亀……もとい、亀の姿をした精霊に与える名前を考える。亀が相手だとペットに名前を与えるみたいで何だか変な感じだ。
地の大精神だから、大陸の名前がいいかな。
大陸の名前……そうだ、良い名前が思い付いた。
「お前の名はパンゲア。地の大精神パンゲアだ!」
「承知した。このパンゲアは地の大精神として顕在するとも」
かつて世界中の大陸が一繋ぎだった頃の名前を与えた。地の大精神としては十分に相応しいだろう。
パンゲアと名付けられた亀はその長い首で頷き、のっしのっしと歩き始めた。
「よしっ、次は……海の大精神だ!」
海の大精神は、パンゲアを創ろうとした時から次に創ろうと決めていた。
大地と海。相対するこの二つの物質は、生命にとって無くてはならない一括りの環境だ。当然、トールキンにも生命が生きていく為に海は必要だ。
地の大精神と相対する、海を司る大精神をドネルを使って形作る。
……おっ、ドネルが変わり始めてきた。
海の大精神が誕生するぞ!
「ひゃ~、びっくりした~っ」
「人魚だッ! 人魚が出たぞッ!?」
か、亀の次は人魚か……。
人魚――。
伝説上の未確認生物あり、童話にも出てくる半人半魚だ。
卓袱台でピチピチと踊り跳ねている海の大精神は、魚のヒレに似た細長い耳、豊満な胸を覆い隠す貝殻とヒトデ、胸の下にエラと思われる切れ込みがある。
下半身は魚の尾が脚の代わりに伸び、鱗が照明の光を受け散りばめられた宝石のように輝いていた。
人と魚、その両方の特徴を持った姿はまさにマーメイドそのものだった。
「お前にも名前を与えないとな。海の大精神だから……ティアマト。海の大精神ティアマトだ」
「わかりました~。でもこのままじゃ動きにくいので泳げる場所をくださ~い。お水でもいいから~」
脚の無い身体を引きずっているティアマトが困った様子で水を要求してきた。
与える名前を考えていたのに気を取られ、失念していた俺はすぐさま水を入れる容器を探した。
部屋に水槽は無い。とりあえず棚に置いてあったフィギュア用のディスプレイケースを逆さにして水を張り、そこにティアマトを入れた。
水に浸かったティアマトはほっと息をつき、ケースの縁に掴まりながら「ありがとうございます~」と微笑んだ。
海の大精神なのに、水道水でいけるとは……さすが精霊というべきだろうか。
「よし、次ぃ!」
次は……風の大精神を創るか。
「んー、一人じゃ面白くないな」
だからこの際、暖かい風と冷たい風それぞれに分けて大精神を創ろう。
温風と冷風、二人で一柱の大精神だ。
ソール達の時とはやり方を変えて、一つのドネルを二つに分け、右手と左手それぞれで捏ねる。
やがて、新しい感触が両手とも生まれた。
「出来たっ!」
風の大精神の誕生だ!
「……まあ、すごい。とってもとっても大きな生き物がいるわ。これは巨人ね?」
「違うよ。この人は僕達を生み出した主だよ」
風の大精神は、男の子と女の子の精霊だった。
しかも、二人で一柱という事もあってか、顔のよく似通った双子のようだ。
幼い見た目に、背中には花弁のような形の透き通った翅が二対生えている。その容姿は、西洋の伝説や昨今の二次元作品に出てくる妖精と相違ない。
二人の妖精は翅をゆっくり羽ばたかせ――てはいるが、虫や鳥の飛び方ではなく、ほとんど浮遊に近い――周辺を飛び回っている。
「貴方が私たちの主なの?」
興味津々に観察していた女の子が、鼻先で羽ばたきながら尋ねてきた。
「そうだ。我はオリジン。そして、お前らは風の大精神……えっと、そっちのお前がラシルで、こっちのお前はレシルな」
女の子の方にラシルという名を、男の子の方にはレシルという名を与えた。
「二人で一柱の大精神だ」
「わかったわ。私はラシル。風の大精神の片割れ。名前を与えてくれてありがとう」
「僕はレシル。同じく風の大精神の片割れ。いまこの時より主オリジンの下に顕在します」
名前を与えられた風の大精神は、特にラシルが新しいおもちゃを与えられた時の子供のような無邪気さではしゃぎ、宙を舞うように飛び回った。