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異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。  作者: ヨルベス
第1章 出立

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第45話 地に芽吹く星花


 ()が散り、何もかもが静まって。

 夜闇に残ったのは、燐光が天井を支配する世界だった。


「しっかり気をしっかり持ってくれよ。もうすぐで街に着くからな……!」


 燐光の下、苦しげな息を繰り返すフィーリを背中に担いでリージュを目指す。

 霊峰の麓をようやく抜け出し、小石ほどの灯りがほんの少し見えた。


 フィーリの身体は軽い。もはや子供の体重だ。

 その軽さが、命が少しずつ削れてるように思えて焦燥が止まない。

 出来る限り速く向かってはいるが、ネメオスライアーにやられた脚がまさに足枷となっていた。


 疼く痛みと闘い、震える足を無理に動かす。

 耐えられそうになくて躓きそうになりながらも進み続ける。


 速く、もっと速く行けよ俺。

 背負ってるのは強風に煽られた小さな火だ。いつ消えてもおかしくはないんだ。


 だから、もっと速く進めよ……!


 既にレトが駆け足でリージュに向かってる。メアさんか誰かを呼んでこっちに来れば助かるかもしれない。それまでの辛抱だ。


 絶対に生かして帰してやる。絶対にフィーリを死なせやしない……!



「……強くなったね」



 脚の痛みと闘っていると、背後から声音が冷めゆく空気に投じられる。

 呼吸は苦しげなのにとても優しく、安心感に満ちていた。


「これなら、大丈夫……」


 淡く響いたそれは討伐者として労いを込め、熟練の程を認めた言葉。

 駆け出しからネメオスライアーとの戦いを経て、ついに受け入れたのだ。

 一端の討伐者として。


 突然で、ちょっと意外で。

 それどころじゃない状況なのに、心の底から褒め称えた言葉に嬉しさが湧く。


「どうだろうな……」


 所詮、たかが知れていたと思ってた。自分の実力というものは。パラメーターも低いし。

 変わりのない現実での生活(まいにち)を過ごしてきた俺には、何かを変えようなんて事は出来るどころか行動すらロクにしなかった。


「フィーリ達が来てくれなきゃあのモンスターに勝てなかった。俺はまだダメダメな討伐者さ」

「でもシンジがいなかったら……倒せなかったよ……」


 弱々しくも凛とした声が否定する。強い自分がいることを強調する。

 お前はダメダメじゃない、と。


 運命を変える事が出来た。誰かの命を守ったんだ。

 自分と思えないほどの意志を抱き、見事に果たした。


 その証明は、この背中に身を預けた命が告げている。


「あれは……あの光は、シンジの力だよ……」


 ネメオスライアーを消し炭にしたあの光……なんとなく出来たけど結局何だったのか、どうして出せたのかまでは分からない。


 ただ、出来る自信が何故かあっただけ。

 フィーリは俺のおかげと思っているけど、まだ腑に落ちない。



「…………人ってどうして、生きるんだろうね」



 モヤモヤしたものが頭の中で渦巻いてる矢先、新しい風が訪れる。

 質問の意外さに、間近に聞き捉えたはずなのに疑問しか返せなかった。


「どうして……生まれて、どうして生きるのかな……?」


 フィーリは訊ねる。世に生まれ落ちる者の存在の意義を。

 トールキンに生まれた者として。



 ――人は何故生まれ、何の為に生きるのか。



 オリジン(おれ)にとってそれは創造の意味を問うものでもあった。


 世界はなぜ創造され、そこに命が住まうのか。

 トールキンを創り、なぜそこに生命を根付かせたのか。果たしてそこに何の意味があろうか。


 答えは……まだ出てこない。静かな時が訪れてはゆっくりと過ぎていく。

 ただ痛みに耐えて歩き、フィーリを背に運び続ける。


 ふと顔を上げた時、暗い海原で存在感を放つ無数の輝石が目に焼き付いた。


 あの一点一点が恒星……過酷な環境の中で途轍もないエネルギーを消費し、長い時に渡って遥か彼方からこの星に自身の姿を届けているのだろう。

 そう思うと俺達の存在は小さ過ぎて、何とも脆い。


 意味は……存在の意義は無いのかもしれない。


 俺達は世界(ほし)に根を広げる矮小な存在。大きな存在の中に発生した産物。

 生まれて、生きる為の手段を行い続ける。喜怒哀楽という糧――生きる意味を得ながら。

 森羅万象と比べると、その行為はあまりに下らなくてつまらない事か。


 願いを聞き受けたあの神は……何を思って人を、命を創造したのか。

 創造に一体何を込めたのか。


 俺は……確か…………。


「……ある哀れな奴の話だ」

「?」

「そいつは世界を創造した。甘い理想を抱いてな」


 異世界に憧れて、ファンタジーに憧れて。

 現実にうんざりして、そこから逃げるように奇跡という名の偶然に縋った。


「軽い気持ちで世界を創って、生命を創造して……なのに、最後は見捨てたんだ。自分の創った世界を」


 助けられるはずのものを……見放した。自分の都合を優先して。


「呪ってもいたさ。鬱陶しく」


 最低な言葉だって吐いた。


 ――消えてしまえばいい、と。


 ソールの失望、トールキンの惨状は今でも記憶に残っている。

 トラウマのように強く。


「なんともバカな奴だよ。本当に……バカとしか言いようがない」


 反吐が出るくらい最低で最悪な神だ。できる事ならあの時の自分を殴りたい。

 あれは神の裁きじゃない。怠慢による放棄なんだ。


 人間の身勝手な行いに愛想を尽かすのは良い……が、身勝手な都合で創造物を見捨てるのは神としてどうかしている。いや、神でもやっちゃいけない禁忌だ。


「自分の事のように……言うんだね……」

「――っ。同族嫌悪みたいなものさ」


 なんであんな事しちゃったんだろうな……。

 願いを……望んだ事をやったのに、とんでもない過ちを犯した自分に嫌悪が湧いてくる。



 でも……俺はそんな未来(けっか)を迎える為にトールキンを創造してはいないんだ。



「けどさ、そいつは最初……願いを込めた。希望を込めたんだ」


 異世界を創りたい、とそう望んだから。


 結果的に何も考えてなくて無情な事をしてしまったけど、俺は……異世界を創った(かみ)としてトールキンに生きる全ての命に幸福に生きて欲しかった。

 少なくとも不幸や悲運に生きてほしいだなんて呪いは込めていない。


「だから……この世界に生きる者はさ、誰もが『幸せ』ってものの為に生まれると思うんだ」


 望まれるままに生まれ、健やかな生活を送って、新たな命を育み、最期は残したものに看取られて……。


 誰もが生まれ落ちた瞬間から生きる意味がある。祝福がある。


 たとえ……フィーリのような悲しい運命を背負った者でも、それは等しく与えられているから。


「……そう…………」


 頷いたのは納得か、それとも別の感情か。

 苦しげな息を混ぜた返答からは判断がつかない。



 これから……フィーリはどうやって生きていくんだ?


 右腕を失ってしまった今、討伐者を続けるのは不可能だ。

 以前の生活を続けるのは難しい。メアさんやレトに支えてもらうのもそれはそれで大変だろうし限界だってある。


 ここから先、フィーリには一生支え続けてもらえる存在が欠かせない。

 だったら――


「…………フィーリ」

「? なに……?」

「フィーリは……俺が支えるからっ。これから、ずっと……!」


 彼女を支える。俺はそう決心した。


 もっと強ければネメオスライアーにやられずに済んだはずだった。

 こんな状態にしたのは俺のせいでもある。だから彼女の傍に居て出来る限りの事を尽くしてやるんだ。


 自分(フィーリ)にも生きる意味があるって事を教えて。


「……どんな風に支えるの?」

「どんな風って、そりゃ討伐とかで金稼いだり、行きたい場所に運んだりー……」

「うんうん。それから?」

「ご飯を食わせたり、痒いところ掻いたり……と、とにかく色々だっ」

「それが……シンジの言ってた生き地獄?」

「覚えてたのかっ?」

「あれだけ血相変えて言われればね……」


 スマン、とちょっと落ち込む。

 あの時は自己犠牲を取ろうとするフィーリに怒ってしまった。

 十中八九殺されるだろうに自分仲間を優先する姿勢は態度は腹が立ったけど、怪我人にやることでもなかった。


 すごい表情だったよ、と咎められる。からかってるな……。


「ま、私って男っ気が無いからね。友達にも言われたんだ。だから、そういうのも良いかも……」


 苦しげな息が微笑し、あり得るかもしれない未来を語る。

 見えなかった選択肢の先に期待を馳せるフィーリ。生きる気力を含んだ様子に明るいものを感じ取れた。


 まだ元気がありそうだと楽観に傾いた途端、それはやってくる。



「でも……やっぱりダメ、かな……」



 静かに、フィーリは否定する。

 現実になるかもしれない未来を自ら拒んだのだ。


 言ってることは分かってるはずなのに時間経過と共に分からなくなってきそうで、絶句しかけた口元を何とか動かす。


「ダメだって……? どういう事だよ?」 

「だってシンジには……行かなきゃいけないところが……あるんでしょ……?」

「う……」

「じゃあ……行かなきゃ。やるべき事をやらなくちゃ……」


 何も言い返せなかった。

 ソールから課せられた事は簡単に放っておける程軽いものじゃなかったからだ。


 いつまでもリージュに居られない。そうだ、フィーリの言う通りだ。

 向かうべき場所が、やらなくちゃいけない事がいくつもある。どれも見過ごせないものだ。


 放っておけばトールキンは何らかの支障が生じるかもしれない。だから一人の事だけに構っていては滞ってしまう。


 でも……それでも後ろ髪が引かれる。


「私のことは……気にしなくていいから……」

「いいわけが無いだろっ!!」


 つい怒鳴り声を発してしまった。相手が怪我人であることを忘れて。 

 諦めてるようにも思えた。せっかく生き延びた命を軽んじてる気がして我慢ならなかった。


 抑えが効かず、昂った感情の中で生まれた想いが喉まで込み上げる。


「フィーリがいなきゃ俺は……何も出来なかった。変わりもしなかった……!」


 空から落ちた俺に会って、色々助けてくれて、モンスターから守ってくれて。

 そんな恩人(ひと)をあっさりと放って行くなんて真似はできない。


 神として、一人の人間として。


「だから俺にできる事を何でもやらせてくれよ……!」

「…………」


 何も……返ってこない。

 自分の足音と虫の鳴き声だけが聞こえる。が――


「……それじゃ、前に進んでほしい。温かいこの背中を……見届けたい、な……」


 やはり……ダメだった。


 なおもフィーリは拒否する。

 拒否するだけなく、羽ばたくことを強く望んで。

 今こそ飛ぶべきだと、フィーリは()を込めて耳朶を打つ。


「後ろばかり見てちゃダメだよ。それじゃ躓いちゃう。立つ事もできなくなっちゃう……」


 フィーリが溢した言葉は、かつて俺が口にしたものだった。

 不安を抱える彼女に対して、その重圧を取り除くように掛けた言葉。少しでもフィーリを元気付けたくて励ましたものが今度は自分に深く突き刺さる。


「そんな……俺はただフィーリを……」


 あまりに衝撃的で、そこに嵌っている自分を認めたくなかった。


 フィーリを助けたいのに、躓きかけているのか……。


 旅に行くべき自分と、他人を支えたい自分。

 分かってるのに、迷いは未だ付き纏ったまま。


 俺は……どうすればいいんだ……。


「あ……シンジ、あそこへ行ってくれない……?」


 何かを見つけたのか、フィーリが突然と行先を告げる。

 項垂れた頭を上げると、それは夜闇にありながらも星の灯りの下に黒い輪郭で威容を見せつけていた。


 フィーリの求めた場所――そこはクスノキだった。


「何を言ってるんだ。今はそれどころじゃ……」

「お願い……どうしても行きたいの。あそこで休みたい」


 寄り道をする訳には……モンスターが近辺に居ない保証は無いし、なにせフィーリは重傷を負ってる身なのだから。

 早くリージュへ行かなきゃならないのに、フィーリの頼みを受け入れたい気持ちもある。そのせいでリージュへ進んでいるはずの足が止まっていた。


 悩んだ末に……クスノキへ方向転換。

 根元に着き、身を預けるように休ませると……フィーリが一息ついた。


「ああ、やっぱり……此処は心地がいいな……」


 クスノキに腰掛けたフィーリの姿はさっきよりも酷い状態だ。

 なのに表情は安らいでいて、死にかけの人間が出せるとは思えなかった。


 心地良く休むフィーリの姿をただ黙って見つめる。


 強くて、優しくて。

 そして辛い過去を持っていて、神を……俺を憎んだ。


 早く会うべきだった。早く会っていればフィーリの運命は少しでも良い方へ変わったはずだ。


「……ごめん」


 ふと、そんな事を呟いてしまう。

 おそらくは不思議に思ったはずのフィーリを前に、俺は無力な自分を責めた。


「もっと早く……フィーリに会いたかった」

「どうして謝るの?」

「それは……俺は……その……」

「もう会ってくれてるのに?」


 オリジンだと、もう一度言おうとして上手く言えそうになかった矢先、それは割って入る。

 反射するように顔が上がった。


 どういう意味……だ……?


「あの時……あの場所でシンジに会えたの、偶然じゃないと思ってる」


 過去を顧みるフィーリの視線と重なる。

 闇夜の中でも彼女の瞳は瑞々しく、青空のように無濁で尊大だ。


「偶然じゃない……?」

「こういうのって運命というか……そう、奇跡(、、)なんだよ」


 奇跡……果たしてそうか?

 モンスターに一度殺された後に遭遇した人物がフィーリ達だっただけで……。


「だからね……ありがとう。私に会ってくれて……」

「ぁ……」


 まるでその感謝は、何億分の一の出会いのような――。

 それこそ星の数ほどの確率で。もっと言えば、時空の隔たりを越えた出会いを果たしているんだ。


 近くて果てしなく遠い世界から、フィーリに……。


 確かに……奇跡だ……。

 俺達が出会えた事を奇跡と言わず何と言えようか。


「やっと……辿り着いた……」


 ゆっくりと金糸の頭が俯く。とても眠たいらしい。

 顔は見えない。苦痛の中に心地良さげな息を織り交ぜては繰り返す。


 眠っちゃいけないと言おうとして、途端に諦める。

 これ以上の無理はさせたくない。しばらくは安静させようとも思った。


 というか、フィーリは……。


「フィーリ……」


 微かな息遣いが段々と小さくなる。

 静かに、ただ静かに。夜空の静けさと溶け合う。


 傍に居た俺は見守り、星の灯りを頼りにした闇の世界に身を浸す。


 一つ、小さくなり。

 二つ、またも小さくなる。

 三つ……どうしようもなく小さく。


 静黙の帳が少しずつ下りる。

 夜に潜む命達には目もくれず、フィーリだけに下りていく。





 風が鳴いた時のことだった――。




 ()が無くなり、小さな星が一つ。金の花弁を広げた。

 数多の光にも負けない、凛とした姿を咲かせて。


 人生で初めて見届けたその光景はとても穏やかで――あどけなかった。




 いつしか生き物の声が、人の声が近付くのを耳に捉える。











 ただ一人。熱を失い続ける抜け殻と共にしながら。


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