第43話 奇跡刺し消す凶刃
「ぐ……っ」
シンジとネメオスライアーが戦いを繰り広げている――シンジが叩きのめしている一方ではあるが――光景を、ロギニだけが見届けていた。
既に彼は見抜いていた。非力のはずのシンジがあれほど善戦する理由を。
スキル『ライズアップ』。これが彼のパラメーターを極限に引き上げていた。
あのスキルがある限りシンジは最強だ。ネメオスライアーを倒すのも至難ではなかろう。
また一撃、シンジが痛烈な攻撃を繰り出す。
稚拙な害を通さないネメオスライアーの体表は血まみれで、疲労が見える。
面白くも何ともない。ビビってた奴が抵抗してくるとは生意気だ。
しかし、ロギニはこの不利な状況に危惧を抱かない。
ちょうどいい、と笑みさえ浮かべてみせた。
(試してみるか……)
ロギニは企む。手駒の情けない有様を目前にしても異様な笑みを崩さない彼の手には、何処から取り出したのか一本の杭があった。
杭の先はアイスピックのように鋭く、どこか拷問道具のように禍々しい。
鉄灰色の鏡面は夕闇の色を映し、シンジの姿に尖端を重ねる。
(お前がその手で行くんなら、俺は……)
不気味な雰囲気を放つ杭を握り締め、ロギニは足元から闇に溶けていった。
「ああああぁぁぁぁっ!!」
何もかもがおそろしく冴えている。全身が自由自在に駆っている。
膂力は熊のように、駆足は馬のように、跳躍は鳥のように。
全ての身体能力が自分のものとは思えないほどに急激な進化を果たしている。
反応も驚くほど速く、ヤツの動きがゆっくり見える。まるでスローモーションが掛かっているように。
飛び回る蝿さえ簡単に見捉える事が出来てしまいそうだ。
ヤツの凶爪が迫る。遅い。
以前の自分なら避けるのは難しかったろう。だが今は弾丸ほどの速さでもなければ簡単に回避できる。
スキル『ライズアップ』――。
いつの間にこんなスキルを覚えたのか。しかし同時に溢れ出る力の正体を、シンジは驚愕混じりに理解することが出来た。
超人のような能力を発揮できたのはこのスキルの影響か。
そういえばネメオスライアーを殴り飛ばしたのも……あの時はフィーリ達を救出する事に気が行っていた。思い返すと不思議な現象だが、合点がいった。
改めてスキルの効果を見て感心、いや感動すらも覚える。
ただ、ただひたすらに凄いとしか言いようがない。
加えて『ハイジャンプ』の効果も助長し、通常では真似できない躍動を披露している。
モンスターを蹂躪しながら、シンジは確信する。
今ならどんな敵だって、この刃が敵う相手ならば勝てる――と。
『ガッ……ググッ!!』
ネメオスライアーが現況を認識するよりも前に反撃を行う。
殴る、蹴る、斬る。一切の手加減をせず、モンスターに攻撃を加える。抵抗の一度だって与えさせない。
胸に宿る熱は一つ。
モンスターを必ず倒し、フィーリ達を救ってみせる。
「うああああぁぁぁぁっ!!」
枝を足場にネメオスライアーの頭上に急降下。大きな背中に刺突を喰らわせる。
四肢が一撃の重みに耐えきれず、腹部を地面に伏した。
隙が生まれた。鋭い認識と反射を持ったシンジには大きすぎる隙だ。
ダガーを握る手により一層の力が加わる。
好機――と思った瞬間だった。
地を得た足にぐんと力を込めた時、それは起きた。
疾走するはずだった身体が枷でも付けられたように鈍くなる。
「――捕まえた」
「!?」
重枷の後に続き、ねっとりとして気味の悪い声音が背後を突く。
身動きを封じられたのは、何者かがしがみ付いていたせいだ。
しがみ付いた犯人は死人のような顔を近付け、鼓膜を震わせた。
「チートスキル使うとは見下げ果てた奴だなぁ」
背後から掴んできたのは、ロギニだ。
足元の闇を通じて地面から伸びており、シンジの行動を背面から封じていた。
「お前……!」
「そんなんじゃ嫌われるぜ?」
「くっ……離れろ!」
狡猾と大胆さを併せ持った行動に、嫌な予感を覚えたシンジが抵抗する。それを現実にさせまいと暴れ出す。
「そうは、させねえよ――!!」
引き剥がすよりも前に、怪しい物体――杭を握り締めた手が早く、シンジの首元に落ちた。
「ぅ…………!?」
刺さっている? 攻撃を受けている?
最初は確かに刺さった感触が生まれた。
だがそれはすぐに無くなり、シンジの中で違和感が生ずる。
刺されているはずなのに、痛みが全く無い。
代わりに何か異物が侵入してくるような感触が這って心地悪い。
内側へ侵入するものに困惑を覚える中――――パキリッ、と。
何かが砕け散る感覚が襲った。
「な……何をっ、した……!?」
振り解き、距離を取るシンジ。
ロギニは大地に背中を打ち寝そべっているが、間もなくして笑い声が上がる。カラスが笑っているような耳障りな声音だ。
不吉な笑いを溢す様子に不気味さを抱くシンジは、奇妙なことが起こっているのを感じた。
(おかしい……)
身体が少し重い。はっきりとはしていないが五感が鈍くなった気がする。
この現象は一体何だ? 先程のロギニの行動に関係しているのか?
やってみせた、という空気を漂わすロギニはなおも笑い、やっと抑えたところで答えた。
「お前のスキルをぶっ壊したんだよ」
愉快そうな声を上げていた口端がさらに裂き、濁った瞳がぎょろりと覗く。
「こいつは殺傷力がほとんど無いが、刺した相手のスキルをランダムで消失させる効果がある」
「スキルを……消すだと?」
「どんなスキルも確率次第で消せるんだ。どんだけヤバいチートスキルもな。無効にすることは不可能だ。――創ったヤツ以外はな」
優越か、慢心か。
身を起こしたロギニは嘲るように、杭に秘められた効果を明かす。
「チートスキルを使って無双してるお調子者には有利な物だ。ま、ただし一回使えば壊れるし、用意するのも手間が掛かるけどな」
形を失い、バラバラに散っていく杭。金属の質感を持っていたそれは砂のように呆気なく崩壊する。
役目を果たした消えゆく道具を、ロギニは満足げな表情で称えた。
一方、シンジはスキルが消えた事実を未だ認めようとしなかった。
「ふざけるな……っ! そんな事が……出来るはずがない!」
または受け入れる事が出来ないか。
違和感の正体を知っても否定するシンジに、蔑むような笑みが崩れることはなかった。
「信じないか? なら自分の目で確かめてみろ」
言われるまでもない。
嘘か真か。無論、嘘に決まっている。
奴の言っている事はハッタリだと、シンジは自分のステータスを確認した。
〔皆本 進児〕
《スキル》
『擬似・神核』
・あらゆる傷を完全に癒し、死亡しても復活する。
[着脱不可]
『擬似・神性』
・神の特性が備わる(文字や言葉が解る、など)。
[着脱不可]
『神眼(ステータス)』
・自身や他人のステータスを閲覧できる。
[着脱不可]
『育成』
・ボーナスポイントを使用し、自身を除くパーティメンバーの《パラメーター1》の能力値を増やす。
・自身や他人の保有スキルの着脱を行える(着脱不可のスキル有り)。
[着脱不可]
『絆の加護』
・パーティメンバーとの親密度を上げる事で、自身の《パラメーター1》の能力値がアップする。
[着脱不可]
『神素環紋・日光』
・日光の魔法を発動できる。
[着脱不可]
『APハーヴェスター』
・モンスターを倒した時、APが手に入る。
異変の痕跡をシンジは目撃した。
(スキルが……消えている!?)
いくつかのスキルが初めから無かったように消えている。ネメオスライアーを蹂躪しめた『ライズアップ』も消失していた。
あらゆる感覚が鈍っているように感じるのは『ライズアップ』のスキルが消えたからだ。
最悪な状況、としか言いようがなかった。
果たしてこれは現実か? この双眸は現実を捉えているのか?
ステータスを確認した自分を疑う。しかし何度確認しても失ったスキルが項目に表示する事は無かった。
スキルの消失。それを可能にするとは……。
出る言葉が無い。心臓が騒ぎ肌が嫌な汗を滲ませている。
「ほぉら、消えてるだろ?」
不測の事態に絶句するシンジの前方で、血の気の無い肢体が立ち上がる。
「どうだ、気分は? 最高だろ?」
「ッ……!」
「良いねえ、その目。まさに絶望って感じじゃん」
睨み据えた視線に対し、ロギニは愉快げに応える。「これから先は俺達が痛め付けてやる」と言わんばかりに。
「ハイ、活躍タイム終了~。じゃあ死ねッ」
『ァグァルァアァァァァ――ッ!!』
無情な宣告に呼応し、重い一撃から立ち直ったネメオスライアーが再動する。
雄叫びの直後、ヒト型の手がメキメキと嫌な音を鳴らして迫った。
「がっ……!!」
直撃。
振り払う凶手によってシンジの身が風となり、樹に衝突する。
全身を襲う鈍痛。肉体が耐えられなかったようで、口からは血が飛び散る。
遠のきそうな意識。危なげにも取り戻したシンジは吐血や痛みに割く間も殺し、次に備えてダガーを構えようと動く。
……が、得物を握り締めていたはずの手はいつの間にか空気を掴んでいた。
吹き飛ばされた際、盾代わりに構えていたダガーは彼の手から離れ、今は接近するネメオスライアーの足元に落ちていた。
得物の存在に気付いたネメオスライアーは太い前脚を出し、力強く踏みつける。
短い地響きともに打ちついた足跡。脚を退けた跡からは、粉砕されたダガーらしき残骸が見えた。
消失したスキルに続きダガーまでもが犠牲となった。
こうしてシンジに抵抗する術は無くなった。それは実質の敗北であり、ロギニに命を狙われているこの状況では死が迫っている事を意味した。
再び舞い戻った恐怖により凶悪さが増して見えた獅子面はなおも近付き、シンジはその場を離れようと行動を起こす。
痛みで足取りは不安定。そのせいで転倒してしまうも、這いずってまで必死に離れようとする。
だがそれも無駄に終わり、遂に追い付かれ片脚を押さえ付けられた。
「ぐうぅっ、ああぁ、あぁぁぁ……!!」
体重を掛けられ、みしみしと悲鳴を上げるシンジの脚。
背中越しにネメオスライアーを見上げると――もう一方の脚が上がっていた。
「はっはあ! おしまいだなあっ!!」
潰される――。
軋む脚は抜けず、脱出は不可能。
死を確信したシンジは悔しさを交えつつ目を閉じてしまった。
『グッ……!?』
身を潰そうとした最後の一撃はまだ来ない。鳴き声だけが上がる。
閉じた瞼が闇の色から血の赤みを帯びる。強い光が照らしてきたらしい。
何が起こっているのか目を開くと、ネメオスライアーが怯む仕草を見せていた。
抑え付けていた前脚が離れ、あともう少しで殺される状況から解放された。
あの光は魔術か? 誰かが救援に駆けつけてくれたのだろうか?
「シンジ!」
耳朶に飛んできたのは女性の声。あともう少しで殺されるところを救ってくれた人物は、彼の名を口にする。
(まさか……!?)
驚愕という電気がシンジの身を走る。
聞き間違いでありたかった。気のせいであってほしかった。
自分の名を呼ぶあの声に、此処に居てはいけない人物の姿を想像してしまう。
そしてそれは、風になびいた金糸によって現実となる。
よりにもよって現れた者は、避難させていたはずのフィーリとレトだった。
こんな所に、どうして――?
スキルを使ってまで身を隠しておいてきたのに、姿を見せては水の泡だ。
貴重なスキルを失った。ダガーも壊れた。片脚もやられた。
もう自分には守れる力はほとんど無いのだ。逃げないと殺されてしまう。
――しかし。
驚愕はフィーリの姿によって再び生まれる。
「フィーリ……?」
「女……面白いもの持ってんな。面白くはねえが」
幻視かと思って焦点を合わせたシンジの瞳に、あり得ないはずのものが確実に映った。
(右腕が…………ある?)




