第37話 凶兆
金糸の女――フィーリはリージュを目指しながら、自身の瞳より薄い天を仰いでいた。
我ながら奇妙な事だと彼女は思う。奇妙な事とはシンジの件だ。
討伐に出掛けた矢先、死人のように倒れていたシンジを見つけた。彼を街に案内した所まではいいが、自ら家に住まわせた上に面倒を見るとは。
自分を神だと名乗るわ、戦争がどうたらとおかしな事を言う変人を、普通なら迎え入れるはずは無い。
(まさか……ね……)
自身の、己の半生を苛ませた右腕を見下ろす。
内に秘める想いは燻りつけたままだ。どうして燻っているのかは解らない。紡いだ線は既に繋がっているというのに。
どうしていいのか分からなくて、横でトコトコ歩く小さな相棒に視線を移す。
「レトは……どう思う?」
「キュ?」
「シンジのこと、レトはどう思う?」
「キュー……キュッ、キュッ、キュッ!」
質問を受け取ったレトは、脚で突いたり爪で引っ掻いたり歯を剥き出して噛む振りを見せる。著しい煮え繰り返ようだ。
しかし愉快にも思えた光景を目にして、フィーリは笑みを溢した。
珍しい事もある。レトが人間に対してこんなにも怒りを見せたのは初めてだ。
シンジに会っていきなり噛み付いた時は驚いたが、彼の何が気に食わない? 一体彼の何がレトをそうさせるのか。
「レトはシンジが嫌いなの?」
「キュッ!」
即答、か。
獣ゆえに――言いたい事が伝わることはあれど――理由を聞くことが出来ない。
もしかしたら過去に何かあったのだろうか。例えば……何処かで会ってるとか、顔の似た人に酷い仕打ちを受けたとか。
推論に推論を重ね、気付けば人の賑わいが辺りを包む。
街の入り口に差し掛かった――その時だった。
「た、助かった……!」
「ヤベーよっ、あんなのよぉ!」
背後から男三人が死に物狂いで走り抜ける。リージュの入り口に到達した途端、緊張が緩んだのか力尽きるようにへたり込んでしまった。
男達の顔は見覚えがある。優れた力がありながらも、高額で割りの良いクエストしか受けないあの三馬鹿だ。
酷く青ざめた表情は空気をただ貪り、尋常ではない程の恐怖を落ち着かそうとする。肌に浮く冷や汗、無我夢中で逃げたのか所々付いた傷が、不穏な雰囲気を十分に伝えてくれた。
「あれー、三馬鹿じゃん。どうしたの?」
「お、お前っ、カタウデか……って三馬鹿ってなんだ!?」
「知らなーい。それも何かあったの?」
「アイツが出たんだっ!」
「アイツって?」
「ネメオスライアーだっ!! 前よりもデカくなってうろついていやがったんだ!
大きくなった? つまりモンスターが成長して体格が増大したと言うのか。
不可解な話だ。見間違いだとかホラ話だとか捨て置きたいが、いつもとは違う三人の態度とモンスターがネメオスライアーなだけに話を無視できない。
「もうアイツはバケモン以上のバケモンだっ! 俺達じゃ止められやしねえっ!」
「妙な人間が一緒に歩いてるのも見たぜ!」
「バカがっ! 人間がモンスターと散歩するワケねーだろうがよっ!」
三馬鹿の話を聞き、暗影が不安を誘う。
胸騒ぎを抑制しつつ、フィーリは静かに尋ねた。
「それで、そのモンスターはどこに?」
「あの方向だと……多分ビフレスト霊峰の方に行ってるだろうな……」
血の気が一気に引く。先程共に過ごした青年の姿が、脳裏に映し出された。
「シンジ……!」
ネメオスライアーは人里の近くには滅多に現れない事で見逃していたが、クエスト案内所が示す危険度の高さからも並の討伐者では敵わない。手練れの討伐者でも手こずる相手だ。今日まで討伐者の負傷程度で済んでいる――人知れず死亡者は出ているかもしれないが――のが奇跡なくらいだ。
シンジはビフレスト霊峰の麓でモンスターの討伐。そして危険極まりあるモンスターはその地を目指している……。
もし……ネメオスライアーとシンジが遭遇してしまったら……!
「レト! 行こうっ!!」
シンジの力では倒せない。危険なモンスターと遭遇した場合、彼に限られた選択はこの討伐者達のように逃げるか――死あるのみだ。
突き動かされるように、フィーリは彼が居るであろう地を目指して駆け出した。




