第34話 善途
使途不明のコンシールの行方に懐疑を抱くフィーリから解放された後の帰途。怪我の治った足でリージュを目指す俺は、共に歩くフィーリの横顔を見つめる。
久し振りにまともに見たフィーリの姿。朝は既に出掛け、夜は遅い時間に帰るのが連日続いていた。
会うのは全く無かったとはいかなくも事情を明かしてくれず、一人で街の外へ行くフィーリの奇妙な行動に俺もメアさんも不安を隠し切れなかった。
こうして何事も無い様子を見てホッとしたが……何を思ってそんな事をしてるのか聞かずには居られなかった。
「そういやさ、最近どうしてたんだ? 様子が変だったけど……」
「んー……ちょっとね、考え事してたの。モンスターを討伐しながらね」
「考え事? どんな事だ?」
「それは内緒。シンジには教えなーい」
「っ……」
教えなーい、と軽いノリで返すフィーリに歯痒さを覚える。
内緒にする程の考え事が一体何なのか、フィーリに何が起こったのかを知りたい。もしや言えないような深刻な状況を隠してると思うとなおさらだ。
「悩みがあるんなら話してくれよ。俺に解決できる保証は……無いけど」
「あっはは、そうかもねー」
そうかもねーって……はっきり言うか。ちょっと落ち込むな……。
頑固に明かさないフィーリに、半ば諦めムード。また機会を見るか、そのうち自ら話してくれるのを期待して待とうか。
「…………むむむ。むぅー」
何を思ったのか、いきなりフィーリが見つめてくる。
「フィーリ……?」
「むむむぅー」
くまなく観察するフィーリの謎の行動に答えを得る事が出来ず、どうしていいのか戸惑ってしまう。
じーっと。ただひたすらにじーっと、頭から爪先までもれなく曇りない空色の瞳が食い入るように見つめてくる。外国人ばりの綺麗な顔が迫り、緊張が度を上げていくのを感じた。
「な、なにっ? どうしたんだいきなり」
むむむぅー、と唸る声を織り交ぜ、入念な観察タイムが続く。
どう対応していいのか分からないが、何となくフィーリの行動には改めて確認の意思が潜んでいた気がした。
「……ううん、何でもない。ちょっと確認してみただけ」
「確認? 何の確認だ?」
「それも教えてあげませーん。残念でしたー」
「はあ……」
意図が掴めない奇妙な行動に、返してやれる言葉が思い付かない。呆れとも疑問とも言えない声が出るだけだ。もしかすると追求を躱すフィーリに対する不満も混じっているかも。
全く分からん……じっくり見つめてきて、フィーリはどうしたって言うんだ?
「…………」
陽気に断ってきた癖に、フィーリは歩を進めたまま押し黙る。
が、何歩か刻んで自ら招いた沈黙を破った。
「私ってさ、昔悪い事してたって言ったじゃん」
「前に話してくれたな。それがどうかしたか?」
「うん……『犯した罪は一生消えない』っていつか言ったじゃない?」
確か教会で不気味な絵を見た時にそんな事を言ってたな。
フィーリは今でも自身の犯した過去の行為は許されざるものとしている。さっきの『犯した罪は一生消えない』って言葉はその時フィーリが言ったものだ。
罪は一生消えない。その言葉はある意味正しい。けどまたその話を出して何を言う気だ?
「私にとってね、それは絶対であったの。何があっても揺らぐ事は無いと思ってたの。少し前はね」
「少し前? 何かあったのか?」
「ううん、何でも……」
少しだけ影を落としたフィーリの声が尻すぼむ。やはり何かあったな。
隠されると気になるが……まあ、また追求してもフィーリは言わんか……。
「でも…………それも終わりにしていいのかなって近頃思うようになったの」
「終わり……?」
それは……何があったらこの心境の変化が起きるんだ? この前は根本になってるくらい頑固だったのに。
「過去を忘れたいんじゃないの。ただ……捉われるのはもう止めて、先を見据えた事をしたいかなって……」
どことなく歯切れが悪そうなのは、昔の自分を思い出しているからだろうか。兎にも角もフィーリは口を閉ざし、それ以上言わなかった。
過去に捉われるのを止める。それは現在のフィーリの根幹になってるものを崩すという行為だ。
それは思ってる以上にフィーリにとっては難しく、重く……だから意外な告白に俺は返してやれる言葉を紡ぐことが出来なかった。
――どれだけの善行を重ねてきても消えることはないの。
頭の中に甦るは、またも教会の絵を見た時に言い放った言葉。
自分の犯した行いはいつまで経っても払拭する事はできない。もしかしたらフィーリの事をいつまでも憎い人が居るかもしれない。そう思えば思う程フィーリの言葉が重く圧し掛かる。
フィーリは今こそより善い歩みへ切り替わろうとしている。だけど自身に課した呪いを解き放てず迷っているはずだ。
そんな彼女に、自分はどうしてやれようか……。
(フィーリの過去を見た事は無い…………けど)
あの時、彼女はこうも言っていた。罪を赦してくれる存在が来るまで自分の罪の重みに苛まれ続ける、と。
ならば。創世主である俺が赦してやればいい。俺がその存在になればいい。
たとえどれだけフィーリの過去の行動が誰かにとって赦されざるものだとしても……せめて、せめて俺だけはフィーリの罪を赦そう。
偉そうでも余計なお世話でもいい。俺は言おう。
「フィーリ。話を聞いてくれ」
「へ? あ、うん。急にどうしたの?」
呼び掛けられ、引き締まった雰囲気が伝わったのか、フィーリは流されるままに相対する。
面と向かって他人にアドバイスするのは緊張するが……新しい一歩を踏み締めれるよう、背中を押してやるんだ。
「俺は……昔のフィーリを見たことがないけどさ、今は何と言うか……輝いてる。それも眩しいくらいにだ」
「輝いてる? 私が?」
「ああ。それくらい凄いというか……つまりだな、フィーリはもう既に清算出来ているんだよ」
強くて、凛々しくて、誇り高くて。それで――灯光のように煌めいて。
でも過去の自分に悔いている弱々しい一面があって、それでもより善い生き方を望んでいる。そんな彼女を、一個人として、神として赦そう。
「どんな過去があったって、今のフィーリの姿を見てそう思う。もし誰かがひどく憎んでも……俺は赦すよ。フィーリが抱えてる想いを離さない限りな」
意外と自分が喋ってるとは思えない程すんなりと言葉が出ていく。
フィーリの、晴空のような双眸が揺らいでる気がする。もう一押しにこの言葉を贈ろう。
「だから――――前を見て歩け。後ろばっかり見て進むと躓くぞ」
「…………??」
「キュー?」
気まずい静寂を唯一破ったのは、レトだった。
あ、あれ……?
「「………………」」
フィーリは目をぱちくりさせてこっちを見てるが、何も言わない。これは突然の事に処理落ちしてるかも……。
あ、あのですね……良いこと言ったつもりなんだけど、凄くすっごく恥ずかしいっ。
「歩いてるよ? シンジの方見てるけど前もちゃんと見て歩いてるよ?」
そ、そうだけどっ、俺が言いたいのはそういう意味じゃなくてさあっ!
「私って輝いてるんだ? シンジって詩的なこと言うんだねー」
あああぁ……っ! 追い打ちかっ!? 追い打ちだよなっ!? ガラスなハートがひび割れてきてるのぉっ!
あーもぉーうっ、誰か俺を殺してくれえぇぇぇいっ!
「…………ありがとね、シンジ」
しおらしく、けど確かに凛と張った声音がフィーリから響き放たれる。耳朶にやってきたその言葉を、聞き間違いかと疑った俺はフィーリを見やった。
「気遣ってくれたんだよね。私の為にさ……シンジにそう言ってもらえて気分がスッとしたかも」
「あ、お、おうっ。それはどういたしまして……」
しこりが無くなったように綻ばせたフィーリの表情は温かく、何処か安らぎを得たようだった。
よ、良かった……俺の言いたい事が届いて。フィーリの行動次第だが、あの様子なら何とかなりそうだ。フィーリならほんの少しでも良い先へ行き着きそうだ。
心なしかさっきは色褪せて見えた金糸も、輝くばかりの色を取り戻したように見える。
というか、よく調子の良い事を言えたな。俺は……自分の言った通りには出来ないのが多いのに……。
「キュー」
「どうしたの、レト?」
そんな時、足元にいるレトが何か言いたそうに見上げる。フィーリの肩に飛び移った後、耳元で語りかけるように鳴いた。
「キュ……」
「ふんふん……えっ!? シンジが女の子にスケベしてたぁ!?」
「はっ!?」
ちょっと! ちょっとちょっとぉ!?
相棒の告発に、フィーリがウッソーと言わんばかりに驚愕する。それはすぐさま俺に混乱をもたらした。
この生き物何変な事伝えてんの!? スケベしてたってアレか! モンスター倒した後の抱擁か! それ語弊有るからぁっ!
「ねぇー、シンジぃー……」
「は、はい、何でしょう?」
「兵士さんのところに行こっか♪」
がしりっ、と腕を拘束するフィーリの手。ぱあっと笑顔は満面に咲いているのに、何故か目は笑っていなかった。
か、完全に誤解してるうぅぅぅーっ!
「してませんっ! スケベな事してませんからぁ! あぁっ! 連れて行こうとしないでぇ!」
「今までお世話になったねー、シンジ」
「お願い許して下さい! 何でもしますからっ!」
「ぷふっ、冗談だよ冗談」
じゃあなんでまだ腕を掴んでいるんだ。痛いほど握ってて離れないぞ……。
「――あっ」
愉快なやり取りを交わしてると、顔に冷たい粒が。
貼り付いた粒は水滴らしい。仰げば空一面はほとんど雲に覆われていた。
水滴が次々に落ち、地面を打ち鳴らす。雨が降り始めたようだ。
「急いで帰ろう。早くしないと風邪引いちゃう」
「やっべー……!」
勢力を強めていく雨にこれ以上打たれまいと、フィーリ共々走って帰った。
不快な気分に浸す雨雲に占められつつあった空の下を駆ける中、今は彼方に去っている少女の存在に思慮を落とす。
テレサは今頃……ココル村に着いたかな?




