第32話 少女テレサ
コンシールに地獄にあってから一転。新たな力を手に入れた俺は、レトと一緒にモンスター討伐に出掛ける事にした。
今回のクエストの討伐対象は『ダルクハンガー』。
大きな身体を持ち、積極的に襲い掛かるほど獰猛――というか大半のモンスターが普通の動物よりも獰猛なのだが――なコウモリのモンスターだ。今日はコイツを六体討伐しに行く。
なお案内所の人から聞いた情報によると、最近リージュ周辺で妙に強く体格も通常より大きい変異体のモンスターが出没するようになったらしい。これは気を引き締めていかないと。
「今日も一日頑張るぞいっ!(限界まで可愛くした声)」
「キュオ……ッ」
スキルの書を手に入れたせいか、気分が浮ついてる。レトが「きも……っ」と引き気味に鳴いたのは気のせいだ。
討伐対象が主に出現するのは、街から離れた場所に佇む遺跡。霊峰ビフレストとは反対の、街道から少し外れた場所にある。地下空間や屋内は暗い場所があるからソーラダイトが必要だ。
スキルの書を詰めたバックパックとアイテムの入った袋を身に付け、リージュから伸びる街道を進んでいく。
街道は王都まで続いてるようで、途中にはミーミルもあるらしい。
このままミーミルに行きたいが、そこはぐっと堪える。遺跡があると思われる方角へ進んでいくと、長い時で朽ち果てた構造物の集まりを見つけた。
「これが例のモンスターがいる場所か」
長い間放置されたせいか殺風景で、人が住んでたとは思えない。所々崩れている石造りの建物以外に当時の文化や生活を知れる物は見当たらなかった。
遺跡がどの時代の物か窺い知れる術は無く、朽ちた建物群を転々と移る。
「お、これは通路か?」
一層大きい遺跡に、先の暗い通路を見つけた。
ダルクハンガーは暗い場所によく居ると聞く。少し怖いがモンスターはこの先に居るかもしれない。皆本探検隊(隊員一匹)はこのまま遺跡の内部へ進む事にした。
ソーラダイトの光が照らす屋内は、一人と一匹の足音だけが占める。今のところダルクハンガーの気配は無い。
しかし闇の中はモンスターの方が有利で、いつ襲撃が来ても不思議じゃない。
慎重と緊張を要するこの状況だが、今のところ変わった事は無いのでタメになりそうな事を一つ。
松明代わりに使用しているこのソーラダイトは、大きさによって蓄積量ひいては光を放つ時間が変わる。
が、この際大きさや蓄積量など関係無い。俺には光の魔法がある。
光の魔法を当てればソーラダイトは無限に輝き続ける事が可能だ。魔法は連続で輝くことは出来ないが、意外にもソーラダイトと相性が良い。
「キュー?」
フィーリとの模擬戦で一度披露したが、魔術とは仕様が違う魔法を再び目の当たりにしてレトが首を傾げる。
魔法が珍しいんだろう。詠唱が必要無いのだから当然だ。
「……ん? あれ……?」
おかしいな? さっきから前に進んでない気が……。
「キュッ」
「ん? どうしたんだ、レト?」
「キュッ、キュッ」
レトは下を見ろと言ってるようだ。
下だって……?
「…………わーお」
何という事でしょう。足の下は真っ暗な穴があるではありませんか。
どうやら穴の上に立ってるらしい。だからおかしいと感じたんだねえー。あっはっはー。
まあとりあえず、この状況で言えることは一つ……。
「落ちるああああぁぁぁぁっ!!」
大口を開けた闇に、足場を踏み損ねた身体が引きずり込まれる。
アホか俺ぇっ! こんな間抜けな落ち方、漫画かっ!!
また落ちる羽目に……この感覚は全然慣れないぃぃぃぃ――っ!!
「痛ってえ……」
穴底への片道切符は、幸いにも即死への直行とはならなかった。墜落死は何とか避けたようだ。
鈍痛が身体を蝕むが大した怪我はどこも負っていない。
落ちてから大して時間は経ってなかったようだが、上は真っ暗だ。これは一体どれだけの高さから落ちたか分かんないな……。
「おーい。聞こえるかー?」
「キュー……」
あ、返ってきた。意外とそこまで深くはないみたいだ。
深くはないが、穴の横壁はよじ登れそうな状態じゃない。梯子代わりになれそうなものも落ちておらず、脱出に苦労しそうだ。
ここから出るには……あれで試してみるか。
「ん……?」
穴から脱出しようとした矢先、ソーラダイトの光が奇妙なシルエットを映してることに気付いた。
シルエットがあるのは穴の端。そこに横たわる物体がある。
目を凝らし、物体の正体を観察すると……それは、泥だらけの人形だった。
「おわあぁっ!?」
心臓がヒヤッと凍り付く。
倒れている人形に、情けない声を上げて後ずさる。壁に打った背中が痛い。
やけに精巧な人形に慄き、鼓動と震えが暴走し出す……が、次第に違和感が募る。
心臓がエンストしそうになりながらもよく観察すると、それが人形ではないことに気付いた。
「人、か……?」
これは人形じゃない。人間だ。
しかも女の子――よく見ると可愛い――だ。少女が倒れているっ!
どうしてこんな所に? 死体なんて事は無いよな?
死んでないのなら無事かどうか確かめないと。
呼吸は…………してる!
「生きてる……!」
払い切れない恐怖と戦いながらも少女の容体を確かめると、まだ生きているのが確認できた。
身体は泥だらけだが、目立った傷は特に見当たらない。
傷は無くとも何処か強く打ってる可能性はある。反応を確かめなきゃ。
「おい、大丈夫か? おーい?」
力なく地面に身を委ねた少女の傍で、暗転したままの意識に呼び掛ける。
わずかだが身動きをしてくれた。
「…………ぅ、あ……?」
苦悶を浮かべた顔が瞼を剥き、ぼんやりと暗闇の世界を無垢な瞳に焼き付かせる。
「ここ、は……?」
「残念ながら穴の下だ。ここでずっと気絶してたらしい」
「そうでした……私、穴に落ちて……」
「その様子じゃ大した怪我は無さそうだ。とりあえず応急処置してやらなくちゃ。確かライフポーションが……うわっ」
割れてる……落ちた時に運悪く割れてしまったんだ。
逆にコンシールは無事だ。憎らしいなあ。
そうだ。この最後のコンシールを彼女に食べさせよう。俺はコンシールを食わずに済むし、女の子も回復して一石二鳥だ。
「これしか無かったんだけど、食える?」
「コンシールですね? 頂いてもいいんですか?」
「いいよ。よくお食べ」
コンシールを食べたくない想いから、健やかな笑顔でコンシールを渡す。
少女は瞳を輝かせ、渡されたコンシールを美味しそうに頬張る。なんでコンシールをそんな美味しそうに食べるんだ……。
「助けてくださってありがとうございます。あの、お名前を聞いてもいいですか?」
長い後ろ髪をポニーテールで纏めた少女は元気を取り戻し、名を尋ねる。自身を助けてくれた恩人と気を許してるのか、警戒心の無い双眸は感謝と信頼に満ちていた。
何と言うか……素直そうで可愛いっ。見た目はもう雪国に住んでそうな美少女だ。いや妖精だな。
「俺は進児。皆本進児だ。シンジと呼んでくれ」
「ミナモト・シンジさんですか? 変わった名前ですね。でも素敵な名前だと思います」
嬉しい事言うねえ。お世辞を言ってるようには見えないなあ。
「私はマルタナ・テレーゼ。テレサと呼んでください」
「お化けみたいな可愛らしい名前だあ」
よくマリ●で使う使う~。テレ●って可愛いよねー。
「テレサはリージュの住民なのか?」
「いえ、ココル村から来ました。街道を南に進んだところにあります」
ココル村……初めて聞いた場所だ。位置的にはミーミルへの道程の途中辺りか?
「テレサはどうしてこんな場所に居たんだ? モンスターがいるのに……」
「実は……村長さんが重い病気に罹っているんです。治すにはある薬草が必要なのですが、手に入らなくて……」
「病気の人を治す為に探し続けたのか? ここまで?」
「はいぃ……暗い場所に生えているので、もしかしたら建物の中に生えているかもしれないと思って入っちゃったんです」
健気だあ……。
他人の病気を治したくて、モンスターの居る場所で探すなんて真似できないかも。
「でも穴に落ちたらどうしようもないですね。薬草もありませんし、救助も来てくれるかどうか……」
どうやっても出られそうにない穴の底で、失意に侵されつつあるテレサ。その様子は諦めムードが漂っている。
だ・け・ど。俺はまだそのムードに浸るつもりはない。
「その話なんだけど、何とか穴から出る方法があるぞ」
「本当ですかっ?」
脱出できる方法があると知り、テレサの表情に希望が漲る。
この穴の底から脱出する方法。それは――
「しっかり掴まれよ」
背中に担いだテレサに落ちないよう念を押す。
テレサを背負った状態のままハイジャンプで二人一緒に穴から跳び出る算段だ。
人を背負った状態でもスキルが上手く発揮してくれるか分からないが、他に脱出する方法が無い以上これに賭けてみるしかない。
「はい……!」
背中に負ぶさったテレサは軽くて良い匂いがする。ぎゅっと掴まってるのが何だか可愛い。
それに……柔らかいものが当たってる気がする。控えめだけど良い感触だあ。
「あの、シンジさん?」
おっとっと。鼻の下を伸ばしてる状況じゃなかった。
「行くぞ……!」
端から駆け、ホップステップを繰り出す。ハイジャンプのスキルは人一人分背負っても支障なく発揮してくれた。
「きゃあっ!」
穴の底がぐんと離れていく。跳び弾んだ身体は空中を駆け抜け、上で待っていたレトの驚く姿を前にして着地っ。見事に脱出――今回は足首を挫かなかった――することが出来た。
「で、出れましたあ。シンジさんは跳ぶのがお上手なんですね。あんなに高く跳ぶなんて驚いちゃいました」
「いやあーそれほどでもぉー」
照れるなあ。
これもアピス族から貰ったスキルの書のおかげだ。案外すぐに役立ったな。
「キュー……?」
俺の他に初めて顔を見た人間が居る事に気付いたレトが、テレサに興味を寄せる。テレサもレトの存在に気付いた。
「わあ、可愛らしい動物が居ます。シンジさんのお友達ですか?」
「そいつはレト。何かあった時の非常食だ」
「キュアッ!」
「痛い痛いっ!」
「シンジさんっ!?」
非常食と紹介され、瞬く間にレトが噛み付く。俺を食そうとすんのやめろぉっ!
「こんにちは、レトさん。私はマルタナ・テレーゼです。テレサとも呼ばれています。覚えてくださいね」
「キュッ」
噛み付くレトを引き離した後、テレサが丁寧に挨拶する。律儀だなあ。
レトもオッスと言わんばかりに前脚を上げる。その仕草にテレサはくすっと微笑んだ。
「賢いんですね、レトさんは。この子は何の動物なんですか?」
「えっ」
その質問は妙に奥深い気がする。
「そいつの飼い主は犬って言うから犬……かなあ?」
「犬ですか? 犬には見えませんが……」
「だろー? でもご主人様は犬って言い張るんだよなあ」
やはり俺の目は正しかった。
フィーリは犬と言い張り、街の人間は彼女の主張をあっさり受け入れてるもんだから最近は俺も犬と受け入れ始めている……。
「キュウッ」
「ひゃっ! ど、どうしたんですかレトさんっ?」
レトがいきなり飛びつき、小さな脚でテレサの顔をこしこし擦る。泥を取ってあげてるようだ。
「あはっ、くすぐったいですぅ~」
「おお……」
これはいいかも……女の子と動物がじゃれ合う光景は心が洗われるなー。グッジョブだ、レト。
「一旦ここから出よう。この建物は色々と危ない」
「えっ……あの、でも……薬草を見つけないと……」
「できればそうしてやりたいがな。屋内はモンスターが潜んでるかもしれないし、足場も危ないからなあ」
「ですけど……」
しゅん、とテレサが落ち込んでいく。どうしても薬草が欲しいんだ。
落ち込む姿は心痛いが、この暗くて脆い地面がある屋内に長いこと居続けるのは良くない。
せめて効率の良い探索方法があればなー……あっ。
「良い方法を思い付いた。レトが探せばいいじゃん。匂いを嗅いでいけば薬草が見つかるかもよ」
誰かさんが犬って言うくらいだし、嗅覚が鋭そうだ。
「それは本当ですか?」
「うんうん。薬草の匂いが分かれば時間を掛けずに済むぞ。薬草が生えていれば、な」
というわけで、レトには薬草探しに頑張ってもらおう。
「キュ~……」
「おいおい、嫌そうな顔すんな。これは人助けなんだぞ」
「レトさん、お願いです。薬草がどうしても欲しいんです。一緒に探してくれませんか?」
「キュッ」
「…………」
最初は渋っていたレトだが、あっさりとテレサの頼みを聞き入れやがった。
コイツ、思いっきり膝蹴りしてやろうか?




