第29話 クエスト
「ほふうぅぅぅぅ~……」
屍は再び地面へ舞い落ちる。ま、その屍は俺なんだけどさ。
つ、疲れた……すごく疲れた。今は動きたくない。
まだこれからクエストがあるのに大丈夫か俺……。
「頑張ったね、シンジ。私の勝ちだけどこれぐらいやれば十分。今回のクエストだって油断しなければ簡単にやれるよ」
「十分というか、もうヘトヘトなんだよなあ」
それはそうとフィーリのパラメーター高かったな。あれだけ高ければエッジボアと対等かそれ以上に戦えるのも頷ける。
なのに俺のパラメーターときたら、こんな有様で……。
〔皆本 進児〕
《パラメーター1》
体力:1074/5016
筋力:1001/9999
耐久:1003/9999
魔力:500/9999
魔耐:500/9999
器用:1007/9999
敏捷:1008/9999
《パラメーター2》
技巧:101/999
移動:106/999
幸運:100/999
精神:101/999
あ、パラメーターの上限が少し上がってる。
鍛えればパラメーターの値が上がるとは聞いてたが、特訓と模擬戦をやったおかげで上がったのか。
でもあんなキツい特訓をやってこれか。これは限界値に到達するまで苦労するな。最強への道程は長い……。
この程度しか上がらないならボーナスポイントを使って上げたいなー。そっちの方が簡単に強くなれるのに使えないのは勿体無い。
「はーぁ…………うっ」
前途多難な溜息を漏らすと、その後に続いて腹がグゥーと悲鳴を上げた。
今のは大きかったな。授業中とかで鳴るとかなり恥ずかしいやつだ。フィーリ達にも聞こえちゃったようだ。
「お腹空いてるの?」
「そうみたいだな。なにせさっき動きまくったし」
昼飯を食べたいところだが、あいにく食料を持っていない。
ここは一旦メアさんの家に帰って食べようか。クエストはその後で挑もう。
「だったら私の分を分けてあげる」
「マジで? 貰ってもいいのか?」
「何個か持ってるからね。ほら、手を出して」
フィーリが右脇のショルダーバッグを漁り、その中から何かを取り出す。
自分の手に置かれたそれは、液体が入った小さい瓶と……白い何かだった。
瓶の方は飲み物だと分かったが……こっちの食べ物はなんだ?
見た目は饅頭のようで、触った感じは柔らかい。肉まんに近いか?
「なあ、フィーリ。分けてくれてありがたいんだけどさ……これなに?」
「ライフポーションとコンシールだよ」
「コンシール?」
ライフポーションはわかる。飲めば体力を回復する定番のアイテムだろう。
だがこの饅頭みたいな食べ物は名前を聞いてもピンとこない。トールキン独自の食品ってことか。
「えぇっ? コンシール知らないの? すごく美味いのに。シンジってなんにも知らないんだね」
「知らなくて悪かったな。で、コンシールって何なんだよ?」
「コンシールはね、色んな食べ物が細かくなって生地の中に詰まってるの。安くて栄養が豊富だから食べてみなよ。とても美味しいから」
「へぇー。じゃ、厚意に甘えて……いっただきまーす」
さてフィーリのお墨付きのコンシールは……うっ!? うぅっ!?
「キュ?」
「ど、どうしたのシンジ?」
コンシールが舌を侵し、全身の毛が逆立つ。脂汗さえ一瞬で滲み出てきた。
こ、これは……!
ク、ソ、マ、ズ、い! クソマズい――っ!!
「マ、マズいいぃぃぃぃ! マズいぞおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
この世全てのマズいものを混ぜたような味が炸裂し、吐き気が込み上げてくる。
口に含んだコンシールを吐き出し、慌ててライフポーションを喉に流し込む。
ライフポーションは炭酸を抜いたエナジードリンクのような爽やかな味――冷たくすればもっと飲みやすそうだ――で吐き気を鎮めてくれた。
ふう……い、生き返った……。
なんという酷い味だ。美味いと思って食べてみたが、かなりマズいぞ……。
こんなのとても人の食べる物とは思えない。これは食べ物の姿を持った劇物だ。
「マズい……!? コンシールをマズいと言ったの!?」
「え? えっ!?」
フィーリ怒ってない? なんで睨んでんの?
「『パンがなければコンシールを食べればいいじゃない』が売りのコンシールをマズいと言ったね! それは許し難い行為だよ!」
えぇ……これって人気食品なのか? マズいのになあ……。
世界中の人間の味覚が違うように、トールキンでも味覚が違うのかもしれん。
「シンジは全世界の人間を敵にしたようだね!」
「へぁっ!?」
コンシールをマズいと言っただけそんなに!?
「ま、待て、俺が悪かった。慣れない味だったんでつい……でももうお腹がいっぱいだ。これは後でちゃんと食べるよ」
「いま食べるっ!」
「うげぇっ!?」
フィーリが見事な手際で食い掛けのコンシールを奪い取り、口の中へ投入する。
「おごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご」
劇物が口内でとろけ、喉を通っていく。
じ、地獄だあ……食道や胃の中が地獄と化してる。コンシールの強烈な味が身体の中でドゴドゴと暴れ回ってる。
すぐに吐き出したいがフィーリが口を塞いでいるせいで出来ないっ!
「ちゃんと全部食べるんだよ。コンシールを食べないなんて侮辱行為だから」
た、たじゅげてえぇぇぇぇ……!
あまりの味の酷さに身体が痙攣を起こして意識が時折途切れてしまう。
フィーリ達の姿がぼやけて、代わりに綺麗なお花畑と川が見えてきた……。
「よしっ、じゃあモンスターの討伐に行くぞー!」
「おおぉー……」
「ちょっと、今からクエスト行くのに元気無いじゃん。しっかりしてよ」
「そんな事言われてもな……」
劇物のせいでやる気が出ないんだが……なんでフィーリはあんなもの食べて平気なんだろ?
「クエストは期限があるから早いうちにやらないと。モンスターのいる場所に案内するから元気出して」
と、フィーリは北西の山岳を指す。なんでも山麓の林によく出現するそうだ。
そこまで徒歩で目指すも、天空まで届きそうな高山が視界の端で自身の存在を知らしめるように主張してくる。
「あの山大きいな」
「あれは『霊峰ビフレスト』。パニティアで一番高い山だよ。頂上には虹の橋があって、ソール様が居るソランジュが近付いた時に現れて渡れるんだって。あ、ソランジュってのは……」
ソランジュの説明をしてくれるフィーリだが、この辺はソールから聞かされたものとほぼ一緒だ。
「虹の橋なんて幻想的だな。誰か渡ったことあるのか?」
「まさか。そういう話があるだけだよ」
虹の橋なんてものは見た者がおらず、そもそもモンスターの脅威もあって四合目以上は登山禁止――たまに討伐者や物好きが勝手に登るらしいが――になってるという。
「ビフレストの山頂はね、ヘリオスフィアの初代王ルージ様が【聖骸返還】を行った場所でもあるんだ」
「セイガイヘンカン?」
「うん、大昔に居た『聖人』と呼ばれる人の遺体をソール様に返した出来事だよ」
あの山頂でそんな事が……マーニの件やパンゲア達の事といい、トールキンは色んな事が起こってるな。
だけどその『聖人』って呼ばれてる奴は何者なんだ?
「返還を果たした後、ルージ様はヘリオスフィアを建国してパニティアを平定したの」
「ヘリオスフィアの王様がねえ……その聖人って人はどんな人物だったんだ?」
「どういう人物だったかはあまり知られてないんだけど……死んでいるのに肉体が全然腐らなかったと聞いたよ。凄い話だよね」
ふむ、身体が腐らないとは確かに凄い。何かの奇跡が働いてるのかもしれん。
どんな人物だったかソールに聞いてみたいが、すぐに会える手段が無い。ソールにまた会えるだろうか?
「凄いと言えばさっきはびっくりしたなー。シンジって実は魔術が使えたんだね」
魔術……? あっ、魔法のことか。
「エッジボアに襲われた時はなんで使わなかったの?」
「なんでって……あの時はかなり動揺してたからなあ。しかも俺のは攻撃ができないんだよ。魔術ってそういうのもあるだろ?」
「攻撃ができない? えぇー? そんな魔術初めて聞いたんだけど?」
「え……?」
フィーリが漏らす言葉はまたも理解を遅れさせる。またまた新事実の展開か。
「それはつまり……どういうことだ?」
「説明が必要みたいだね。えっと……魔術は光、炎、水、風、治癒の五種類があるの。だから治癒以外で攻撃ができない魔術は聞いたことがないなーって」
ははあ、魔術ってそういうものなのか。じゃあ物を出したり浮かせたりする魔術ってのは無いんだ……。
「じゃあ俺のこの魔術って……かなり変わってるんだな」
「んー、そういう事になるのかな。攻撃が通らないと魔術なのって話になるし。でも魔術はそれ自体が不思議なものだからねー」
魔法だと説明すると話がややこしくなるんで魔術って事にしておく。
にしても……光、炎、水に風か。それらの魔術ってどんな感じなのか気になる。魔法だけじゃなく魔術も使ってみたいけど、どうやったら習得できるんだろ?
「フィーリはどうやって魔術を習得したんだ? できれば魔術を教えてくれない?」
もし魔術を手に入れたら戦闘の役に立つし、何よりそれを使える自分の姿を想像するとワクワクしちゃう。
「私? 私は魔術を学んだ事が無いから教えるのは無理かも」
「? 無理って……学んでないのに魔術を覚えられるもんなのか?」
「出来るには出来るよ。私はね、少しずつ頭の中にイメージが湧いてきて習得したの。素質があったのかもね」
レベルが上がったら新しい技覚えたって感じか。
「別段おかしくない話だよ。誰だって素質ある人は知識が無くてもバンバン魔術を習得できるし。まあコレ、魔術を一生懸命習得してきた人が聞くと舌打ちするからね」
「は、はあ……」
「私は治癒と光の魔法が使えるけど、詳しい事はわからないなあ。魔術を習得したいのなら専門的な人に聞いてみなよ。魔術士の討伐者とか」
「そうか……」
魔術の習得はダメか。ま、フィーリじゃなくても良いって事だし、機会があれば詳しい人に教わってもらおう。
「キュキュッ」
「……どうやら見つけたようだね」
歩いている間、先頭で黙々と進んでいたレトが鳴き声を上げる。この感じは……そう、エッジボアと遭遇した時のと似ている。
「いたいた。あそこにいるのがウィップトードだよ」
「あれが……」
視線の先には、灰色を中心にした体色――ライオン、エッジボアといい、モンスターは似たような体色をしてるな――をしたカエルがうろついている。
湿り気を感じない体表は逆に気味が悪いが、何よりも目立つのはその大きさ。ウィップトードのそれは中型犬くらいのサイズだ。
もともと小さい生き物が大きくなると不気味さが増すけど、ウィップトードもそうと言っていい。
「よし……っ」
ようやくお目当てのモンスターを見つけた。
今からモンスターと戦闘か。少し怖くもあるが、エッジボアの時とは状況が違う。相手はエッジボア程強くないし、買ったばかりの武器がある。
「いい? これはシンジ個人が受けたクエスト。シンジの力だけで倒すんだよ。私達はシンジが危なくなった時だけ助けるから気を引き締めて」
「わかった。じゃあ行ってくる」
腰のダガーを握りウィップトードに接近する。ヤツもこっちに気付いたようだが棒立ちのままだ。
襲う素振りは今のところ無い。肉迫してこのダガーの餌食にしてやろうっ!
「うおあぁぁぁぁっ!」
「あぁっ、シンジ危ないっ! 真っ直ぐ突っ込んだらやられるっ!」
「えっ?」
背中にフィーリの忠告が衝突したその時――ウィップトードが口を開けて、その中から肉の塊のような物が目にも留まらぬ速さで飛び出てきた。
「ぐえぇっ!?」
肉塊が眼前を占拠すると同時に顔面に鈍い痛みが襲う。硬いゴムのような物体が直撃したらしい。
痛ってて……な、何だ今のは……湿っていたぞ。気持ち悪い……。
「ウィップトードは舌を伸ばして攻撃するの! 伸びる舌に注意して!」
舌? 舌だって? あのカエル、舌が伸びるのか?
なるほど……舌を鞭のように使って攻撃するからウィップトードか。
エッジボアの時より危険度が少ないと言っても相手はモンスター。見た目も生態も変わってる。爪を隠し持ってるって事か。
「ん? んんっ!? うお……!?」
カエルの舌攻撃に怯んでいた隙に、違和感が足を襲った。
違和感の正体は……ウィップトードの舌だ。
しまった! 足を掴まれてる! 何を……!?
「うわわ……! わっ!」
足を引っ張られ、身体が地面から引き離される。
宙吊りになり、カエルの良いように振り回された。
「わあぁぁぁぁ!! ぐえっ……!」
投げ飛ばされ、茂みに突っ込んでしまう。
飛ばされた先が茂みでなかったら頭を強く打ってたかもしれない……。
さすがはモンスター……普通の生物とは違う。どんなヤツでも油断してたらあっという間にやられるぞ。
「早く起きて! ウィップトードが来る!」
痛みに呻いた意識をそちらに向けると、気味の悪い鳴き声を上げて迫るカエルの姿が目に焼き付く。動きは鈍いが、さっきよりも殺気を漲らせて近付いて来る様は恐怖を十分に湧き立たせる。
だが今の俺は討伐者。簡単にやられる自分ではない。
モンスターめ、これでも喰らえ――!
「●竹フラッシュ!」
迫ってきたカエルに左手をかざし、光魔法を発動する。強烈な光を受けたカエルは眩しがって怯んだ。
おー効いてる効いてるっ。こりゃあイケるぞ。
「からの……斬りぃっ!!」
カエルが混乱してる間にダガーで反撃に出る。隙だらけでバンバン攻撃が当たる。こんなに簡単に優勢になっていいのかと逆に不安になったくらいだ。
「●竹フラーッシュ!!」
魔法を何度も繰り出し、相手の目を眩ませてダガーで攻撃する。そのパターンを続けた後ウィップトードは体力が尽き果てたのか苦しそうな鳴き声を絞り出して倒れた。
倒したか……。
思い描いてたものとは遠い変な形になったが、やっつけたから良しとするか。
光で相手の視界を潰し攻撃する。この戦法は意外に使える。
フィーリには効かないけどモンスターには効いた。俺なりの戦法を見つけたぞ。
「…………シンジって変なの」
《リザルト》
・モンスターを倒した。
・ウィップトードを五体倒した。
・戦闘に勝利し生き残った。
・初クエストを達成した。
《アイテム》
『コンシール』
トールキンの食品。柔らかい生地に様々な食材を細かくした具が詰まっている。
栄養価が高く好評だが、なぜかシンジの口には合わない。




