第16話 隻腕の女
「うあ……」
片方の腕が存在しない姿に驚きを隠せなかったのか、口にしてはならない声を零してしまう。慌ててすぐに口をつぐんだ。
ば、バカ! 俺はなんて事を……最低だろ……!
「あぁ、これが気になっちゃう?」
視線に気付いたらしく、金髪の女性は手の存在しない、極端に短い腕をわざと動かして見せつけた。
「い、いやっ、そんなことは……」
「大丈夫。私慣れてるから。腕のことは気になっちゃうかもしれないけど、気にしてないから」
「は、はあ……その、すまん……」
「いいよ、そんなに謝らなくても。今に始まったことじゃないし」
金髪の女性はそう言い、軽く笑って見せた。気遣ってくれたのだ。
その優しさが心に痛かった。
気遣うのは俺の方だ。だがそれが出来なかった。出来るはずもなかった。
あの右腕は……事故か何かで失ってしまったのか。きっと彼女はその件でかなり心の傷を抱えているに違いない。
そう考えると、さっきの自分が憎くなってくる。引っ叩きたくもなってきた。
場が気まずい空気になる。少なくとも俺はそれを肌で感じていた。
ど、どうしよ……こういう状況を変えるのって苦手なんだよな。それに無理に変えようとするとデリカシーが無い人間に思われるかもしれんし……って、既にデリカシーが無いも同然か。
「キュオォ……」
「んんっ?」
嫌な状況に耐えられず項垂れていると、動物の鳴き声らしき音が耳朶に触れた。
顔を上げると、いつの間にか見たことの無い生き物が傍に居た。
おお? なんだなんだ、この狼モドキみたいな動物は?
その生き物は小型犬くらいのサイズで、灰色、白、黒を基調とした変わった体の色をしている。
頭からは羽のような形をした長い耳が生えていて、時々モザイク画のタイルみたいな物が身体の色んなところに貼り付いている。あれは鱗か?
見た目は狼に似ているが、狐に見えるしリスにも見える。
よくわかんないから、とりあえず狼モドキという事にしよう。
「キュウ」
狼モドキがじろじろと見上げる。
こいつはトールキンに生息する動物なのか? 目がくりっとして愛嬌があるな。
俺はペットを飼っていなかったが、こいつを見ると傍に居て欲しくなる気持ちも理解できる。
「可愛いやつだなお前。君のペット?」
「ああ、その子はレ――」
「キャウッ!」
「痛っ!?」
いきなり頬を、パァンッ! と叩かれた。
狼モドキが飛び跳ねて、小さな前足でビンタしてきたのだ。
小さいくせに大人に殴られたような衝撃が伝わってくる。なんて腕力だ。
「レト!?」
「な、何をする――」
言い切るよりも早く、首に鋭い痛みが走った。
「いだっ! いったあぁぁぁぁ!!」
狼モドキが飛び付いて、首を噛んできやがったのだ。
あー痛あがががががぁ! 牙が肉に! 肉に刺さってるぅ! あがあぁぁぁぁっ!!
狼モドキは首に噛み付いたまま、宙ぶらりんの状態を崩さない。
すぐに引き離そうとしたが、小さい口して顎の力が強すぎてなかなか離れない。無理やり離そうとすると寧ろ傷が広がってしまう。
ぐ、ぐべえぇぇぇ……首が千切れるぅ……っ!
「どうしたのレト!? 敵意剥き出しじゃん!?」
金髪の女性が狼モドキを離すのを手伝い、時間を掛けた後にやっと離れた。
「うぅ……ありがとう、ありがとう。助かった……」
か、かなり痛かった……。
噛まれた首を触ってみると、小さな牙の跡が刻まれているのがわかった。
「キュウ! キャウゥ!」
「こらっ、静かにして!」
飼い主に離された狼モドキはまだ興奮していて威嚇を止めない。
くりっとして可愛らしいはずの小さな瞳が、仇のように睨んで威圧してくる。初対面なのに俺の何が気に入らないんだ?
「ごめんね。この子はレト。私の相棒なんだ。君を見つけてくれたのもレトのおかげなんだ。気に入らない相手には噛みついてくる事があるんだけど、こんなに積極的に噛んでくるのは初めてかも……」
「厚いスキンシップだな。で、こいつは一体何の動物だ?」
「その子は犬だよ」
は? 犬ぅ?
「いやいやいやいや、あれが犬のはずが無いだろ?」
「何言ってるの。他に何があるっていうの? 犬に決まってるじゃん」
「いやあの姿は犬に見えないって」
「犬だって」
「だから犬じゃ――」
「犬っ!!」
「そ、そうか……」
彼女がどうしても犬と言い張るので、とりあえず犬という事にした。
狼に似てるから犬にも見えなくはないが……犬かなあ、アレ……。
「噛まれたところ痛くない?」
「これぐらいは何とか……」
手当てしようかと心配してくれたが、そこまで酷い怪我じゃなかったし何とか耐えられるんで断っておいた。
あの狼モドキ……いや、レトか。急に襲ってくるとは余程気に食わないときた。
うわ、血が出てる……ちくしょうめ。この分はいつか返してやる……きっちりとなあ!
俺は慈悲深いから動物虐待と言われない程度に可愛がってやるからな。
「キュオ……!?」
悪意を感じ取ったのか、レトが警戒の構えを取る。ほう、鋭いな。
「ところで名前を聞いていなかったね。君の名前を教えてよ」
ふと金髪の女性がそんな事を尋ね、ハッとなる。
そういえば彼女の言う通り、お互いの名前を聞いていなかった。
俺の名前……ね。
ついにこの時が来たか……。
突然の話になるが、異世界に来て初めて会った人に名前を名乗る機会は特別なものにしないといけない。何十年経っても色褪せず、古ぼけても自然と思い出せるような特別な思い出に。
これに失敗すると、このお話が売れなくな……今後の異世界生活に影響が出てしまう。
それを踏まえ、しっかりと名乗ってやろう。
この異世界を創った創世主オリジンであると――!
「よかろう……うおっほん!」
「「 ? 」」
立ち上がり、わざと咳き込んで彼女(と一匹)の注目を十分に引く。
さあ機は熟した。
「我の真名は……『オリジン』。この世界を創った創世主であり創造主である――!」
自分がいかなる存在か相手にはっきりと知らせるため、そして感銘を覚えさせるために、堂々たる態度をもって名乗り出す。
「オリジン……!?」
これを聞いた金髪の女性は目を見張り、驚愕した。
「お、おぉっ?」
急に迫り、彼女は俺の姿をまじまじと観察してきた。おお、近い近い。
この様子は……もしかして信じ切っている? それなら話が早い。
いやー清々しいなあ。水戸黄門様にでもなった気分だ。こういう反応してくれると異世界を創った甲斐がある。
さぁて……この後はどんな反応を取ってくれるのか楽しみだな。「ははーっ」とひれ伏してくれるのかな?
「……ぷっ! あっはは! オリジン? 世界をつくった? なにそれ冗談のつもり? あはははっ!」
「んっっっ??」
予想は斜め上に裏切られた。
信じられない事に目の前に映ったのは、抱腹絶倒する姿だった。
あ、あれぇ……? なんでこの人笑ってるのぉ?
「あっはははは! いやーごめんごめん。あまりにも可笑しいことを言うもんだから笑っちゃった。でもふざけた言っちゃダメだよ。そんな居もしない神様を名乗って嘘を付くと、ソール様の罰が落ちちゃうよ」
「!?」
う、うそぉ……。
彼女はどうやら俺がオリジンだと信じていないらしい。
しかも彼女の口ぶりから察するに、オリジンの存在すら知らないようだ。
「ほ、本当なんだって! 信じてくれよ!」
「あっははは……! じゃあさ、君が神様だって言うのなら、私の右腕を生やしてくれる? 神様ならそれくらいの奇跡は簡単に出来るでしょ?」
「う……」
そ、それは……出来ない。俺は創造の神であるが、腕を生やすなんて奇跡は起こせそうにない。
「か、神様を試しちゃいかんよ……」
「あー、出来ないんだあ? この嘘つきめー」
「っ……今は出来ないってだけだ! いつかはやってやる……よぉ……」
「へえ、それは楽しみだねー」
ジト目で睨んでくる金髪の女性。
止めて! その視線は心にダイレクトアタック効くから!
「くっ! じゃ、じゃあ……そこの石を宙に浮かせてみせよう!」
そこの地面に転がっている石を指し、あからさまに無理難題な芸への挑戦を宣言する。
だがこれぐらいなら、もしかしたら出来るかもしれない。俺の、トールキンの神として力が目覚めるかも……?
「おー頑張れー」
心無い応援が飛んでくる中、石が浮くようしっかりと念じる。
よし……浮けぇっ!
「ふっ! はあぁ!」
石は浮かない。一ミリも動く気配がまるでない。
「…………」
「浮かないじゃん」
「まだまだ! まだこれからだあ!」
きっと集中力が足りていないだけなんだ。もっと集中力を込めればイケるはず!
出でよ、神の力ぁ!
「ふおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「………………」
石は……全然浮かない! 全力をかけてもだ!
「……きっと、この石がすごく重いんだと思う。かなりの質量があるんだろうなー、あはははー……」
「素直に認めちゃいなよ。出来ないって」
ニヤつきながら金髪の女性がその石を軽く拾い上げ、降伏宣言を提示してくる。
「はい……」
大人しく降伏を受け入れ、その場に力なく跪いた。
いわゆるorz状態というやつだ。
「まったく……オリジンとか神様だーとか、すぐにバレちゃう嘘をつかないでよ」
「嘘じゃないんだって。本当に俺はオリジンなんだって……」
悔しいが自分が神様だということを証明できない。
くそう、異世界を創った神なのに神様らしいことが出来ないとかなんて不甲斐ない神なんだ俺は。
せめてソール達のような、自分をオリジンだと証明できる奴が居ればなあ。
そういえばアイツらは今どこに居るんだろう?
「ふうん。オリジン、ねえ……」
「……?」
情けない自分に打ちひしがれていると……彼女の独り言らしき微かな声が耳朶に引っかかった。
小声で喋っていたせいで、何を言ったのかよく聞こえなかった。
聞いてみたかったが、金髪の女性は何事も無かったかのようにすぐに向き直る。
「さっきは笑ってごめんね。私は――フィーリ。君は?」
あぁっ、また聞かれちゃったっ。彼女は本当に俺を神と信じていないようだ。
神様なのにっ、マジもんの神様なのにっ!
「……し、シンジ。皆本進児……です……」
「ミナモト・シンジ? 変わった名前だね。ミナモト・シンジ……じゃあシンジって呼ぶね」
「あ、はい。フィーリ……さん」
「むっ、君にさん付けで呼ばれるのは何だか気持ち悪いな。足の裏がむず痒くなってくるから呼び捨てでいいよ」
「えぇ? それじゃあ……フィーリ」
若干の抵抗を覚えながら、彼女の名を呼び捨てで言う。
フィーリさ……じゃなくてフィーリは目を瞑り、その呼び名を耳で確かめていた。
「……うん、そっちの方がしっくりくる。さん付けしない方が良いや」
彼女は呼び捨てで呼ばれることに違和感の無さを覚えているようだ。
たぶん俺の方が彼女よりも年下だと思うんだけど、それで良いのか……?
「これからはそれで呼んでね。シンジ」
「お、おう。そうさせてもらうよ」




