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異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。  作者: ヨルベス
第3章 水の街

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第107話 湖の激戦


 ジェリースクイドルが地を揺らした。


 脚のない巨体が、残骸と化した屋敷を後にして這う。

 小さな肉片が集合した巨大の軟体は移動だけで被害を与える。前方の建造物を意とも介さず、その柔らかい身体で押し退け新しい道を穿つ。


 壊し、崩し、潰し。目前目下の全てを呑み込む。

 ()の命を逐一厭うことはない。貴賤も大小も、それが生み出す意味も価値も判別できないのだから。


 飽くなき欲望が織り上げた偶然の産物は災害そのもの。少女を胎内(うちがわ)に内包し、阿鼻叫喚の園を進む。



 悲哀(かなしみ)は、私たちの悲哀(かなしみ)

 苦痛(いたみ)は、私たちの苦痛(いたみ)

 憤怒(いかり)は、私たちの憤怒(いかり)



 あの子は、この世界に絶望している。



 湖に降り、波が岸を打った。

 少しずつ被害の深度を深めるミーミル。破壊と殺戮が染み渡り、紡いできた華やかさは失せつつあった。


 幻ではなく、現実。この非日常があの華やかだったミーミルだ。


『ギアッ……!!』


 骸になりたての個体が舞い飛ぶ。

 渦中に湖岸に現れる男が一人。非常事態の中、緊張状態に反する歩調で来たのはカルドだ。


 黒血の厚塗られた剣を把持し、湖に鎮座するモンスターを眺望する。

 遠くても全体ははっきりと。近くに来れば来るほど圧倒的なスケールを知らしめられた。


 大きい。なんという大きさか。


 距離がありながらも視界を占めようとする巨大さ。記憶上これほどの巨大なモンスターは対峙したことがない。誰もがこの超大型に相当する敵に遭遇したことは無い筈だ。


 故に未知の脅威。未知の相手は如何なる危険が潜んでいることか。

 戦うにしては不利が多い。この剣ではアレに匹敵しないだろう。尤も、自分一人で倒せるなどと自惚れてもいないが。


 ミーミルの豊かさを示すものは塗り変えられた。

 絶望的なまでに凄惨に。


 しかし、その中に抵抗が芽吹きつつあった。


 湖に来た人間はカルドだけではなかった。

 新たな動きが見える。討伐者や自警の組織が街を闊歩するモンスターを退治し、巨大生物を討とうとする抗戦の流れがある。


 湖岸に来ている者で多いのは討伐者か。クエスト案内所から緊急クエストが発令しているのだろう。

 街に被害を与えた強大なモンスター。それだけで莫大な額が懸けられるのは易く、参加するだけでも恩賞が与えられる。


 暑苦しいまでの血気。意気揚々と巨大生物を討とうとする討伐者の勇姿は頼もしく見える。

 しかし、カルドは白眼視する。


 あれらに街を守ろうとする意思は薄い。大半の者はたんまりと弾む報酬金に突き動かされている。人命救助など二の次三の次だ。


 目に映るのは金になるモンスターだけ。駆除が良い面に働いているだけで、その腹に抱えているのは低俗なもの。自由である分、傭兵よりタチが悪い。それがこの職の世界だ。


 浅ましいまでの金欲に嫌気がこみ上げ、忌避するカルドも彼らの同職。ある目的の旅の日銭を稼ぐ手段として就いた自分に非難する権利は無い。


 ……なぜ此処に来ているのか。


 理由は判然としないままだ。

 金が欲しくて来た? 勿論違う。金欲に溢れてもいなければ戦闘狂でもない。全ての行動は合理的なものだ。


 では、自分をこの場まで来させたものは何だ?

 これが合理的な行動か? 熱でもあるのかと懐疑する。


「……」


 静かな問答に没頭するカルドの背後にモンスターが急接近する。

 油断をさらけ出している怖れをなさない命知らずは代償として、瞬く間に剣の餌食となった。


 ……なにも、ない。


 血を吸った剣を握る手に残るのは空虚だけだ。

 慣れた殺傷の感触は、カルドを導いた理由を教えてくれない。


 もしも、あの男がこの状況に遭遇しているのなら……どうする?


 ジェリースクイドルに大きな動きはない。いや、詳細不明の青白い光がほんの少し瞬いた気がするが。


 岸からは距離があり、遠隔攻撃には最適の魔術を各々が繰り出す。

 湖の中心に射出した七色の集中攻撃(まじゅつ)は、湖上を駆け巡りクリーンヒットする。やり過ぎ、という慈悲は巨大さには一片たりとも下されない。


 轟音が過ぎ去った後に、驚く声が聞こえた気がした。


 ジェリースクイドルは……健在だ。


 多勢の魔術群に、大き過ぎる図体は無反応。あれだけの人数が攻撃を行えば如何なるモンスターも倒れそうなものを、ジェリースクイドルにはダメージが通っているようには見えず佇立していた。


 ──足りない。


 これでは足りない。もっとだ。

 アレを倒すにはさらに強い魔術攻撃を喰らわせる必要がある。高等な魔術を持ち駆使できる者がいれば……。


『────────ッ!!!』


 遅れてジェリースクイドルに反応があった。

 街中に轟く悲鳴じみた咆哮の後、形状変化が起きる。


 ……巨体(ぜんしん)逆立っている(、、、、、、)


 体表にビチビチとうねる触手。木の幹のような太さ、蔓状に形を変えた触手が一斉に伸びる。

 無数の尖端が湖岸に立つ者達に襲い掛かった。


「「「うぎゃああああぁぁぁぁっ!!」」」


 地揺れの後、重なる断末魔の叫び。

 あれだけいた討伐者は一瞬で一変した。


 虫ケラの如く叩かれ貫かれ潰される。暑苦しいほどの屈強さが紙の如き脆さで散り、ミーミルにその血をもって惨劇を刻み付ける。

 また一人、また一人と命を落とし、仲間だった骸に戦意を喪失し敗走する者もいた。


 残っていたカルドもターゲットに含まれていた。


「っ……!!」


 ()が陽光を煌めかる。光を感じた時、触手は断絶された。


 斬る。斬る。斬る。

 次々と全方向から襲い掛かる触手を的確に、作業のように描いた軌跡で捌く。


 動きは単調。子供のように(、、、、、、)拙い。

 モンスターは総じて知能が低く、人間の高い知性を持つことは無い──テレーゼの父親は例外だが──が、それにしても幼稚だ。


 しかし──

 

 カルドに明確な攻撃は当たらないが……触手の数が多い。

 遮蔽物のない場所で雨粒を濡れずに叩き落とすようなもの。たった一振りの剣でそれらを薙ぎ落とす。


 ぼとっ、ぼとり、落ちる先端(てあし)だが、斬っただけでは終わらなかった。


 足元に落ちても……動いている。

 死後の痙攣とは異なる摂理(こうどう)。まだ動けるそれらは集合して……元の一つとなった。


 触手は斬られても変形と接合を行い修復する。多少のダメージはものともしないというのか。

 形を変え、切断されてもまだ活動する。厄介な敵だ。


 手強いことを感じ取ってか相手も手数を増やし、たった一人に集中させる。

 どれだけ襲ってきたところでカルドの斬撃に伏せられるが──


(これ程とはな……っ)


 恐るべき剣の腕を持っていたとしても所詮は人間だ。


 囲まれていた。押し込まれていた。


 前も右も左も後ろも触手の壁。時には足場さえ奪われる。

 数が多いだけなら捌ききれるが、場は触手に埋め尽くされようとしていた。


 巨大が故の利点。動きは単調だが、大きさは小さき者にとっての単純な脅威となる。


 地形と化する触手。地形が追い詰めようとする。

 壁が、地面が、天井が、周囲がアレの一部(からだ)。全方向に注意を割く。潰されそうとする毎、カルドは糸を縫うような正確無比な軌跡で脱してみせた。


 斬撃が反逆(たいこう)の牙。折れてしまえば……呑まれて挽き潰される。そんな結末が待っている。 

 握っているものが頼りなく感じる。ギィン、という音が悲鳴に聞こえる。


 剣が壊れるか触手が絶えるか。

 目まぐるしい攻防は肌に水滴を浮かせる。雫は一片の油断を許さぬ意識の埒外で散った。


 斬って、斬り続けて……触手が引き下がった。

 終わりが見えそうにない猛攻撃を耐えてみせたが、滂沱と迫った触手を相手にしては疲労の色も隠せない。


 ……こんなモノ、本当に倒せるのか?


 らしくないことを考えてしまった。

 倒せなければ街の被害が拡がる。足止めを行い、決定的に倒せる力で倒す必要があるが……これを相手にすると霞んでしまう。


 魔術の使い手は……ほぼ全滅か。

 退けるまでの火力を持つ者は期待できず、自分も巨大モンスターを倒せる魔術は習得していない。


 絶望の色が見えた観測だけが与えられる。

【閃傑】と二つ名を与えられたカルドも膝を付きかねない。そんな未来が脳裏に濃く映った。



「あちゃー。こっちもひどいわ」



 ひどく緊張感の無い呑気な感想が飛んだ。


 死にたがりがまた一人。新参者は建物の上に立ち、惨状を見渡していた。


 若い女だ。チャラチャラとした雰囲気があるが、負傷しているのか身体中を包帯で包んでいる。チラついて見えた傷が言動に矛盾して痛々しい。あれだけの傷、どこで負うのか。


 あれもまた討伐者。金欲から無謀な戦いに挑む者。カルドから見れば、それだけの印象。

 記憶に残すこともない、取らぬ足らないだけの女……そして、此処にはいないシンジ達にとって厄介事を与えた人物──


 その女はミリアムだった。


「よっ……と!」


 高所から跳び、着地。緊急事態に合わぬ浮いた足取りでカルドの方へ。


「ねーねー。アンタさ、【閃傑】なんでしょ?」

「……」

「あれ? 聞こえてるー? もしもーし」


 人懐っこく話しかけるミリアム。その馴れ馴れしさがカルドには耳煩い。ねえねえねえ、としつこく話し掛けられても無視する。


「あーあ、マジでツレないんだ。少しくらい口きいたっていいじゃん」

「……オレに何の用だ」

「ちょっとさ、人を捜してんの。シンジって男を追いかけてさあ。知ってる?」


 次はカルドの食指が顕著に動いた。


 シンジ──。


 聞き覚えのある名だ。少し前にその男に出くわしたことがある。

 ココルに立ち寄った時、その男にしつこく勧誘された。


 目に留めることも記憶に刻むこともない、ただの平凡な男……でもない。すごく平凡だが奇妙な男だった。


 ……本当に、あの男は奇妙だった。


 シュヴェルタル討伐の時、カルドは目撃した。

 奇跡と呼べるものを。


 あの女……テレーゼの家族はモンスターにされていた。

 それを何らかの魔術の類で浄化した。正体不明の力で血縁者(むすめ)を殺そうとした父親を救ってみせたのだ。


 信じられない光景だった。信じられないものを見た。

 堕ちてしまった家族を取り戻す。そんな事、到底できるはずがない。


 家族を、家族を……。


 あの日、あの時の出来事が記憶に強く焼き付いている。シンジという男は、冷めきった自分に衝撃(ねつ)を落としてくれたものだ。


「あのー? 聞いてる?」

「知らん」

「あれ? あいつと絡んでたんじゃないの? 違った?」


 質問に答えるつもりはなかった。

 素性の知れない相手にペラペラと喋る気はない。それは慣れ合う気のない性格を加えて殊更に強い。


 ミリアムはこれ以上訊いても無駄と諦め、話を変える事にした。


「人捜しにこの街に来たら大変なことになってんじゃん。超やばやば~ってね。緊急クエストも出てるみたいだし?」


 軽口を叩き、じっと湖の巨大モンスターを見やる。


 ジェリースクイドルの柔軟無形(からだ)は無傷のまま。多数の攻撃を受けていながら戦う前の状態と同じ。女もここで起きたことを多少は知っているだろう。


「うーん、こりゃ勝てる気がしないや」


 当然出る感想。軽い口調は絶望感を紛らわすには頼りないものだ。

 カルドが手を焼かせている相手に彼女が敵うはずもない。一見しただけだが魔術を使えないようでは猶更だ。


 ミリアムは長考の姿勢。撤退する様子はない。

 横顔は諦観の色が含まれてなく、金欲からくる無謀も見えなかった。


 つまり、それは。



 ──まさか、討つ気なのか?



 カルドは理解に苦しんだ。


 この女は……巨大モンスターを倒そうとしている。

 仲間らしき者は見当たらない。一人で相手取るつもりか?


 勝てる筈がない。考えるまでもない事だ。

 なのに、どうしても立ち向かおうとする?


 分からない。理解しがたい。

 無謀なことをする奴は何人も見てきた。それらは安くない代償を払うことが多かったが、この女にはあの男と似たものがある。


 シンジと関係があるようだが、あの男に影響されている? バカの病でもうつされたのか?


 ミリアムは考える。考えて……天秤が傾く。


「本当はやりたくなかったんだけど……アレ、使うしかないかあ。かなりの緊急事態だしぃ?」


 すっと指が胸中に忍ぶ。ミリアムの懐からアイテムが取り出された。

 他人の行動など些事と気にしなかったカルドは、ミリアムの手中のアイテム──『ヤクダマ』に目を瞠る。


「はぁーあ、すんごい強いんだけど後遺症(、、、)残るかもしれないんだよねえ」


 取り出したのに漏れる息。使わざるを得ないと言うも二の足を踏んでいた。


 そのアイテムは──


 躊躇う理由をカルドは知っている。彼女の手にあるものは店で売っているような普通のアイテムとは異なるもの。ある意味では格別(、、)と片隅に記憶していたからだ。


 普通ではないからこそ何故それがミリアムの手にあるのか問い、制止するべきではあるが……。


「お前、それは……」

「しかたないよね。使い時ってところなんだから」


 惨状を前に、ミリアムは耳を傾けずに腹を括る。

 ヤクダマが口に含まれ、噛み砕かれた。



 ドクン、と強い鼓動がミリアムを襲う。



「──うっ、くっ……はぁ、はぁっ。来た来た……!」


 肉体が、血管が、筋肉が、異常な脈動を駆け巡らせる。


 胸元に震えた手を添え、表情が歪む。

 苦しみ始め、よろめく。呼吸が荒くなり、脂汗が浮く。


 危うい兆候を見せているというのに、両眼を血走らせた顔は笑みを絶やさない。苦痛を制する素振りさえある。


 容態の急変したミリアムの肉体に著しい変化が起きた。


 傷跡が、シュヴェルタルに与えられた創傷が早送りするように消えていく。

 解かれた包帯に隠れていた肌は健康体そのもの。痛々しい姿は、一つの要素(デメリット)を除いて万全な状態へと回復していた。


「楽に、なってきた……!」


 これはミリアムが口にしたヤクダマの効果。爆発的に上昇した肉体の治癒力が傷を全て塞いだ。

 ただし、高い治癒力は副次的な影響に過ぎないもの。本当の効果は別にある。


 その本質は、《パラメーター1》の全てを一時的に急上昇させることだった。


 さらに、ヤクダマの効果はミリアムの持つスキルにより倍化する。

 良くも、悪く(、、)も。


 ミリアムが屈む。強化(ドープ)された筋肉に力を入れる。

 まるでスタートの体勢(かまえ)。前方には巨大生物がいる。


「さあて、行きますか」


 硬い地面を踏んで──トランポリンのように跳ねた。


 異常な跳躍力だった。

 裕に建物より高く、空に頭をぶつけてしまいそうなジャンプ。カルドの目に映る彼女の身は瞬く間に小さくなった。




 瓦礫と悲鳴の天上を、湖の上をミリアムが吹き抜ける。

 遠くにあったジェリースクイドルが大きく、輪郭を増大させる。


 ヤクダマの効果は順調に発揮。痛苦は最小限に抑えられている。

 これだけ底上げしてくれれば、あのデカブツも倒せる……かもしれない。


「バカ、やってんね」


 ふと、ぽつりと風に溶け消えそうな吐露。らしくないことをしてる自分への自嘲だ。


 このバケモノと戦うつもりは無かった。

 普通なら戦って勝てる筈がない。強いモンスターは他人に任せ、ある程度狩って様子見しておきたかった。

 この際になっても戦いたくないと思っている自分がいる。腹の内に流れた特別製(、、、)のヤクダマも口にしたくなかった。


 ……でも、どうしてか。シンジが自分を動かしている。

 あの男を考えると、どうでもよくなる。頑張れそうな気がする。普通じゃなくなっていられる。


 本当に、本当にバカな男だ。


 お姫様(、、、)に雇われたのに、騙すために近付いただけなのに。

 死にかけになったのに、ボロボロになってまで自分を助けた。空っぽの信頼を見せた裏切者の自分を。


 その理由ときたら、



『生きているのなら死なないでほしいって、あの人は懸命に守ってくれたんです』



 これはテレーゼが話したことだ。


 たった、それだけ。

 死んでほしくないだけで死にかけてまでココルに運んでくれたらしい。それはもう惨い姿だったとか。


 は? なにそれ?

 こんなの笑える。すっごく笑える。


 死んだはずの命は助かった。秘密を暴露して金も貰った。治療に払ってなお金は残った。

 ミリアムちゃん奇跡の大勝利。万々歳。サイコーに運が良い。


 ……そう処理できたなら、気が楽だったのに。


 やっぱり笑えない。調子が狂ってしまう。

 忘れてしまえばいいのに田舎女の言葉が後ろ髪を引く。


 ジクジクとする傷がある。全身にあったはずの傷のように。

 その消し方を求めて自分は追いかけてきた。


 シンジ達(あいつら)は街の何処かにいる。お嬢様を追いかけているとしたらミーミルだ。

 追い求めて来てみたら運の悪いことにご覧の有様。モンスターが跋扈し街はボロボロ。人はいっぱい死んでる。比較するものがないくらい人が死んでいるのを見た。


 シンジ達は生きているのか。生きているのなら見ているのだろうか。

 これから自分がすることを見てほしい。清算……とはいかなくとも自分の気が済まないのだから。


 それに──



「あんなこと言われたら、惚れちゃうじゃん──?」



 胸の奥にある感情(ねつ)が、ずっと騒いでいる。

 あの男(シンジ)に起因する火種が。


 その熱に応えよう。その熱をもって表現しよう。


 改めて気を張って。前方の巨大モンスターに向き直る。

 口端を吊り上げ、骸骨の面を睨んだ。


「ちょっとさあ、大人しくしなよ」



 ──さあ、楽しい時間の始まりだ。



 足が巨躯(あしば)に乗っかった。


「わわっ……とっ!」


 ぼよんぼよんとした反発が転倒を誘う。柔らかい感触はやはり歩きにくい。

 足を踏み外せば湖にドボン。なんという危険。こんなスリルは体験したことがないが面白くもなんともない。


 バランスが取れてしまえば、やる事は一つ。足元に狙いを付ける。


「うおりゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ──っ!!!」


 ミリアムが吠えた。

 頭上に振り上げた長柄の鈍器を……ジェリースクイドルに思いっきり叩き撃つ。



 ドオン、と衝撃が発散した。



 渾身の一撃が肉塊に響き渡る。打たれる鐘のように。

 超パワーの殴打を受け、ジェリースクイドルは弾む。内部で殺しきれないダメージが反射する。ミリアムの攻撃した地点が僅かの間に窪んだ。


「どう? かなり効いたでしょ?」


 ミリアムは手応えを覚える。


 人間で喩えるなら頭蓋骨を完全粉砕する打撃。巨大モンスターといえど、これを受けて平気で済むことはない。大地を穿つ一撃はこの肉塊の中で弾けているだろう。


 バケモノよ、しっかりと味わうがいい。

 これでくたばっていないのならば、くたばるまで何度も喰らわせてやるだけだ。


「お望みなら、いくらでもやってあげるよ~?」


 煽りに応じるように触手が逆立つ。

 効いたのか、ただの反撃なのか。ミリアムを排除しようと生える肉柱。その全てが身体に纏わりつく虫を潰そうと蠢く。


 それらを跳躍で離れてみせるミリアム。捕らえ損ねてばかりの触手は形を変えて執拗に追いかける。

 しつこく、しつこく追い詰めて──寸前で、ごしゃり。間合いに入った触手が手当たり次第に叩き潰される……のだが、


 ぐん、と身体が一時停止する。機動がゼロになる。

 手足に絡みつかれている。形勢が一転するのはあっという間だ。


 拘束された。

 触手が身体を裂かんとばかりに引っ張ってくる。筋肉や骨がミリミリと軋む。この程度ならまだ堪えていられる──が、


「がっ……!!」


 ドス、ドス、痛覚が突き抜ける。触手が身体を貫いたからだ。

 即死とはならずも常人の肉体なら軽傷で済まされない……常人ならば。


 唇から覗く歯がギリと鳴った。


 痛い。ただ痛いだけだ。


 深い痛みに怯まず、ミリアムの顔が上がる。

 血走った目は笑っていた。


 本当に運が良い。頭や心臓の位置じゃなければ動ける。

 力尽くでミリアムは抵抗する。剝きだした目は見るだけで殺そうとする剣幕がある。


「力比べならっ……アタシのほうが上だから!!」


 人間の力を超越する筈の触手が引っ張られる。拘束が解け、ミリアムは落下する。


 直下には本体がある。

 触手をすり抜け、蹴り避け──


「おりゃあぁぁぁぁ──っ!!」


 落下をエネルギーに加えて打ち込む。


 二度目の一撃。

 衝撃が奔る。風となり、波となって拡散した。


『ッ────────!!!』


 形が大いに歪み、甲高い叫びが耳を突いた。

 悶えている。痛みを実感している。


 隙は与えない。すかさず長柄を打ち付ける。


 打撃(うつ)打撃(うつ)打撃(うつ)

 先端が歪んでも一心不乱に、気鋭は憑りつかれたように。


「!?」


 ガクンと揺れる足場が意識を引いた。

 反撃かと推したが、おかしなものをミリアムは目撃した。


「なに……?」


 ジェリースクイドルが奇妙な動きを起こしていた。

 巨体がもぞもぞと形を変えている。不気味なその動きは痛みに反応しているのではなく。何らかの準備にも見えた。


 ぐにゃり。ぐにゃり。ごうん、ごうん、ごうん。


 模様が頻りに変化を起こしている。

 いや、アレの内部が蠢いている。そして──


 肉塊の至る場所から何かを放出した。


 それは避けたミリアムの肩をかすめ、血を咲かせる。


「はいぃ!?」


 殺傷したのは触手じゃない──水だ。


「そんなのありぃ!?」


 水の放出。しかもただの放水ではない。

 湖から汲み上げた水を高圧で圧し固めたもの。体内からの噴水攻撃だ。


 水の柱は槍そのもの。肌を切る鋭さがある。

 後方で破壊音が炸裂する。振り返ると建造物が瓦礫と化していた。


 ……建物が壊れるくらいには威力があるらしい。


 驚愕に奪われるミリアムの前で、肉塊がまた蠢いた。

 外からジェリースクイドルが水を汲み上げている。再び水を噴出しようとしているのか。


 違う。水は収束している。一点に集めている。

 集められた水を中心に身体の形状が変わっていく。その形は砲射(、、)に適した形だ。


 この攻撃は──


「やっば……!」


 咄嗟に構えるミリアム。ジェリースクイドルが、ぐんと肉塊を震わせた。

 二撃目(ごうおん)がミリアムに吸い込まれる。



 弾き飛ばされた。



 砲撃する水流に身体を持っていかれた。

 さっきとは比べものにならない、水害クラスの鉄砲水。それを真正面に受け、ミリアムは空に投げ出された。


 突風と化したミリアムは湖から退場し、緩やかな円弧で街中へ。

 いくらかの建物に衝突して一件の家にダストシュート。壁を砕き、何もかもをぐしゃぐしゃにして止まった。


「…………っつぅ」


 煙と埃の舞いから声が聞こえた。

 ミリアムはボロボロになっていながら五体満足だった。


「あいたぁー。痛いー痛いー」


 そればかりか痛みがあるようには感じられない。強化された肉体は負傷を控えめに済ませてくれた。

 身を起こそうとし、そこで己が容体を知る。


 動かせそうに……ない。


 まだ戦える気力はあるのに、肉体が言うことを聞かない。

 捩らせてみるも結論は覆せなかった。

 首から下は殆ど置物。脳からの指令が滞っている。


 ……退場(ここまで)、ということか。

 情けないことだが受け入れるしかなかった。


 身体は正直だ。頑張り過ぎた。

 アイテムの劇的な効果を受けていても酷使の代償はゼロにはできない。あれだけ戦えばこうもなる……もう一つの代償も、いつか訪れるだろう。


 はあ、と脱力する。起きるのは止めだ。

 今は休もう。巨大モンスターはまだ健在しているが、アレの相手は誰かにバトンタッチだ。動けないのだから任せても文句は言われまい。


「んー?」


 違和感を覚える。それは休息を始めてから強くなった。

 それは視線に似たもの。ミリアムを見るものがいる。


 人、ではない。像だ。

 像が自分を見ている。しかも見たことのある顔だ。


 シンジ……?


 あの男に似た像がある。

 よく似ている。形は一部崩れているが出来栄えはとても良い。


「あいつ、どうしてんのかなあ?」


 そこは奇しくもフィンチの自宅だった。

 運命的なものを感じると共にミリアムはシンジの安否を案じた。



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