第104話 いざバルガーネ邸へ
欲しい情報はフランヴェオから貰った。
バルガーネの家は貴族街の内部には無い。成り上がり貴族という歴史の浅さがあってなのか、貴族街とは異なる場所に所在していた。
「あれがアイツの……」
展望できる場所から水路に彩られた街の一画にあるそれを目にして真偽が決まる。フランヴェオに教えてもらったとおり、バルガーネの屋敷はあった。
貴族に成り上がった者の威容を存分に見せつける目的地を遠くから灼きつける。
俺達のいる場所からでも見分けられる程のでっかい家。貴族に成り上がった者の住処は立派ではあるんだが、どうにもフィオーレより格下の感が否めない。これが高潔な血筋との差なのか?
「あの、シンジさん?」
顔を覗く者が一人。呑気に評価を述べているんじゃなかったな。
「あそこにあるのがバルガーネさんのお家なのですね?」
尋ねるテレサに「そうだ」と言い返す。すると険しい片鱗が垣間見えた。
屋敷を遠目に、静かに手を拳に。火を帯びたような空気。内に怒りを秘めているのだろうか。抱かんとしている理由は分からんでもないが。
推測じゃビィビィの仲間があの屋敷に……。
異形の生物と言えどビィビィの仲間。意思の疎通していた仲間が捕らえられてるのなら、多少は胸に抱える感情もあろう。
一見なんともなさそうな、一生働いても手に入らない豪邸。バルガーネを主とし本来であればロザリーヌを嫁として迎えていたはずの屋敷は、衆目を欺きモンスターを隠し捕らえておくには十分な敷地だし、その為の設備も揃っている。当て推量の域を出ないが、これまでの事もあって疑う余地は大いにある。
遠くに佇む建物を見据え思考に集中を配分する。この後するべき事を。
どうやってバルガーネの隠し事を暴いていこうか。
夜になるのを待ってからスキルを駆使して不法侵入をする? うーん、そこまでは待てないか。バルガーネがどう動くか分からないのに呑気にしてはいられない。
悩みに悩む。さっきカッコつけた手前モタモタしていられないが、準備が足りないのも事実だ。
あの屋敷で不祥事を起こして外部の……つまりフランヴェオ達が付け入れる隙を生み出す。そこへ至るにはバルガーネの油断を誘う手段が必要だ。
それには──
「テレサ、一旦帰るぞ」
「戻るのですか?」
静かな熱を持っているからこそ意外そうに驚いていた。
「今は……なっ」
宥めるように含み笑い。楽しみは後に取っておく、とね。
屋敷には向かわず一先ずは退散。この場は下見だけにして帰ろう。
そして、すぐに舞い戻る。首を長くして待っていろよバルガーネさんよ。
「さーて、バルガーネの隠し事を暴く方法だが……」
主のいないアトリエに議題を投じる。フィンチは買い物に出掛けていて、三人と一匹が同室に集っていた。
相も変わらずロザリーヌが貼り付き、テレサが懲りないセクハラに抵抗する。
この令嬢にゃ期待はしていないが、大事な話には少しでも耳を傾けてほしい。テレサが議論に集中できないし。
「まず最初の問題はどうやってバルガーネさんのお家に入るか、ですね。どうしましょう?」
「ココルの時みたいに潜入する手でも良いが、あれは主が主だから上手くいったもんだし」
「ん? 潜入……ココルの時……?」
耳に流れてきた話に何か引っ掛かったらしく、ロザリーヌの頭に疑問符が一つ。思い当たること、あるでしょうね。
「ああ、そうだよ。ココルにあったお前ん家に入った時みたいにな」
「ぐっ……!」
思い出させてやると、苦い記憶を掘り返したのか「くききぃ……!」と白い歯が軋んだ。
セクハラを一旦中断し、憎々しげに睨んでくる。おー怖(笑)。
「貴方のせいで……貴方が邪魔をしなければ嫁ぐことはなかったんですのよ!!」
「吐き違えんな。こうなったのはお前の自業自得だ……と言っても、その男と結婚取り消しになる好機は来たがな」
「では直ちに実行に移してどうにでもなさい。ワタクシは絶対にあの殿方の妻にはなりませんわよっ!!」
ぎゃーぎゃーと機嫌悪く喚き散らかす。他力本願でうるさいお嬢様だ。
ムカついて物申してやろうとしたが、すぐに霧散する。ふいに脳裏に何かが浮かんだからだ。
「な、なんですっ、忽然口を閉ざして……美しいワタクシを凝視するのは止めなさいっ!」
……………………あー。
良いこと、思い付いたわあ。
「バルガーネをどうにかできる方法あったかもな」
「思いついたのですかっ! それは何でしょうかっ!」
「餌を用意するんだよ」
とは言ってみたものの、それだけでは各々の納得は得られない。
「とびきりの良い餌があるじゃないか。バルガーネが食い付きそうな餌がさあ」
そこでチラリ、じーっと鍵となる人物を見やる。それが餌だ。
テレサもレトも一点に集中し、視線を集める本人は「は、はい?」と戸惑いの連続。それに構わず眼差しを送る。
やがて、ロザリーヌはハッと瞠目した。この後、己が担う役割に気付いて。
「まさか……ワタクシっ!?」
お、理解が追いついたか。
そう、そのまさか。彼女がバルガーネの悪事を暴く良い餌だ。このお嬢様を上手く使えば隠された秘密を暴き出せるはずだ。
「おう、お前だよ。お前が要として必要なんだよ」
「戯けたことをおっしゃいっ! このワタクシをどうすると言うんですの!?」
「具体的には……ロザリーヌを人質にしたふりをして狂言誘拐でバルガーネを脅すんだよ。『従わないとブッ殺すぞ〜!』てな」
悪い顔で脅かす。そのつもりは一切無いのだが婚約者の命に危機があるなら従ってくれるのは容易い。あの野郎、嫁にゾッコンだったしな。
成り行きで預かることになったが漸く大いに役に立つ時が来た。
「名案です、賛成です。上手くいきますよ、私もお手伝いさせていただきます」
「テレーゼ!?」
「ほら、テレサもこう言ってる」
擁護を入れることもなくテレサが賛成。レトを除けば過半数が賛成意見だ。
レトは賛成も反対のどちらでもない。誰もロザリーヌの粗略な扱いに異を唱えてはこず、同意者を求めるお嬢様の慌てようが涙を禁じ得ないこともない。
おおかた賛成で可決。この案は採用ってことでえ、お嬢様には一肌脱いでもらおっかなあ~。
「ひっ……!?」
早速と行動に出る。本気で自分を利用すると察したロザリーヌの表情が焦りに歪んだ。
「みみ認めませんっ! 斯様な横暴を……ワタクシは認めませんわよっ!」
「結婚したくないんだろ? だったら手伝ったほうがいいぜ」
「ひっ!? まま待ちなさいっ! その手は何をするつもりですの!?」
「ちょいと寝てもらうだけさあ。なーに、悪いようにはしねえよ」
暫くは気絶してもらう。次に目が覚めた瞬間、何もかも解決さ。
「ち、近付かないでっ!!」
右手をチョップの形に構えて捕獲に掛かる。
最初は凛として不服を訴えたお嬢様が椅子から転落し、尻餅をついて後退する。フィンチの私物を投げてはきたが当たらない、避けられるの二択だ。
隅に追い込まれ、背中が壁にびたーんと打つ。デカい乳に掛かるディレイが素晴らしっ、げふんげふん。
「助けてラトナリアーノッ! このブ男に噛みついてしまいなさいっ!」
「キュ? キュシャー」
「うひゃあ、やめてくれえっ……と言うと思ったか?」
やる気のないレトにやる気のない威嚇をされても怖くねえぞ。
「こ、こうなったらっ……舌を噛み切りますわっ!」
手段も逃げ場も失い、縋るものが無いロザリーヌは自決を選ぶ。
特に焦る必要はない。そこまでの度胸は無いと分かりきっている。ほーら、噛むのを躊躇してらあ。
「んじゃ気絶してもらうよー」
「は、はひっ……!」
万事休すとなった絶望のロザリーヌに上げた手を定めて振り下ろす──その直前、
バアンッ!! と衝撃音が表の方から響いた。
「な、なんですか……!?」
明らかに破壊の域。突然来た訪問者は随分と穏やかじゃない。少なくともフィンチの友人にこんな物騒な事をする奴はいないだろう。
ということは──
「まあまあ、落ち着け。ここで言わなきゃいけないことがあるんだが……」
「はい?」
「実はな、後を尾けられてたんだよ俺達。フランヴェオと話をし終えた後からな」
「へえ!? 尾けられていたのですか……!?」
そう、何者かが家の近くまで後を追跡していた。最初に気が付いていたのはレトだ。
「フランヴェオさんが送り込んできたのでしょうか?」
「どうだろうな。あいつが差し向けてきた奴らなら荒っぽいことはしねえだろ」
「兄様の使いでないのであれば何者なのですっ!」
「んー……誰だろうな?」
緊迫している中、おどけてみせる。
少なくとも追跡者はファンではないらしい。何者かと言っても、こんな時に来る奴らといえば何となく心当たりはあるのだが──
「っ──!!」
目の前のドアが破られ、訪問客が遠慮なく乱雑になだれ込む。どいつもこいつも見覚えのある面々だった。
「──どうだね? 貴様らが目撃した、私の妻に似ている女は連れてきたのかね?」
よく手入れのしているヒゲ。それを指で弄る男が目の前に立っている。
身形を正してはいるものの清廉さは無く、贅を蓄え限りを愉しんでいる典型的でありでっぷりとした中年程の男は、ロザリーヌの新郎になるはずだった人物──バルガーネだ。
場所は先ほど見てきた屋敷……の内部。俺達は家に侵入してきた男達──バルガーネの手先に捕らえられ、此処まで連行された。
こっちから暴きに行くつもりが相手の方から来るとは予想外だった。
だがバルガーネと繋がっていたことはこれで明白となった。そのうえ屋敷まで来たのだから却って都合がいい。
後はバルガーネに捕らえられたモンスターを見つければいいのだが──
「はっ、このとおりに……」
「いやあぁぁぁぁっ!!」
「ほっほう!! これは……間違いなく我が妻だ!! よくやったぞ!!」
献上されたロザリーヌを拝顔。本物と認めたバルガーネが喜色満面に咲いた。
迎え入れ損ね行方不明になっていた妻を取り戻したのだからあんな気色の悪い顔にもなろう。
「おおぉ、会いたかったぞ妻よ。胸が張り裂けそうだったぞ。幾度も枕を濡らし身を案じたことか……!!」
歓喜し感涙し、これからの夫婦生活がさぞかし胸を高鳴らせているだろう。ロザリーヌの方は嫌悪を顕わにして悲鳴を散らかしているが。
幻想でも見ているのか、バルガーネは嫌がられている事には盲目だ。怖いなあ。
「怖かっただろうに……もう怯えることはない。ささっ、明日にでも婚儀の祝祭を上げようぞっ。いや、もう待てぬっ。今宵は初夜を共に……」
「嫌ああああああああぁぁぁぁ──っ!!」
興奮の舌なめずりが気持ち悪いこと極まりない。今すぐにでもルパンダイブして襲いそうだ。
結婚前に初夜を迎えるとは気が早いな。このままじゃロザリーヌの操がおっさんに奪われてしまうなあ。
「あ、あの……」
「ぬ? 貴様らは下がっていいぞ。褒美は弾ませておく。疾くと去るがいい」
「あの者らの処遇は如何なさいますか?」
「んん? 何者だ?」
「夫人の潜伏先にいた者です。おそらくはこれらが匿っていたかと。放っては面倒になるので連れてきたのですが……」
ふむ、とバルガーネの関心が移った。
ヒゲを撫で、嫁を匿った相手をどう処分するか考えているのだろう。それにしてはテレサを眺めている時間が妙に長い気がするが……。
「ほげえっ!!」
口端が裂き、バルガーネは拳で顔面に一発お見舞いする──宝石の付いた指輪がメリケンサックとなって威力が増している──と、
「娘は気に入った。我がバルガーネの妾にしよう。そちの男は……どうにでもせい。外に漏れなければどうでもよい」
ついでにテレサを第二の女として貰っていこうと告げたのである。
なんという扱いの差だ。嫌になっちゃうね。テレサにとってもだが。
「バルガーネ様。名案があるのですが、ここは一つ……この男をモンスターの餌食にでもしてみませんか?」
「うむ? そうだな……楽しみが一つ増えた。その不届き者はしばらく牢に入れておけ」
「はっ」
ロザリーヌとテレサを残し、俺だけが連れ出される。閉まる扉の向こう側で悲鳴がまた響いた。
…………ふう。
「お前はもう用済みだから」
「はぐっ!?」
首元にチョップを入れる。手刀を入れられた偽者の俺が気絶して頭を垂れた。
「よし、と……」
この捕まっている俺は偽者。本物はバルガーネの手下に変装している方だ。
侵入してきた奴らの視覚を魔法で潰して気絶させた後、家にあった美術の材料──フィンチには申し訳ない──を、新しく手に入れたスキル『特殊メイク』を使って変装させておいた。
そうやって入れ替わり、バルガーネの家に潜入できたってわけだ。
後ろに部屋に取り残されたテレサも偽者此処にはいない。今頃フランヴェオを捜しているはずだ。
今のところは上手くいっている。この作戦で体を張っているとも言っていいロザリーヌはまだまだキャーキャー悲鳴を上げているが。
『のおっ!? なんだ、この生き物はっ! うぐぁっ、我の美しいヒゲがあ……っ!!』
『キュキュッ!』
後ろでバルガーネの取り乱す様が聞き取れる。ロザリーヌの服の中に潜ませておいたレトが暴れているからだろう。
いざとなったらレトが出てきてロザリーヌを守る算段だが、もうその時が来たようだ。
レトよ、そのお嬢様を守ってやれよ。あと時間稼ぎもな。
言質は取れた。バルガーネがうっかり口を滑らせていた。
ビィビィの友達は絶対にいる。どこかに閉じ込められている。変装がバレる前にこの趣味の悪い美術品で飾られた──バルガーネの像、絵画が時折あった──屋敷の内部を調べさせてもらいますか。




