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異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。  作者: ヨルベス
第3章 水の街

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第101話 また明日はいつまでも……


 集中で張り詰めた空気が、原因である人物の吐息で糸を切られた。


「これでひとまずの段階は終わったわ」


 キャンバスとビィビィを交互ににらめっこする時間は終わった。

 白い面を滑らせていたフィンチの手が止まり、肩の荷が下ろされる。ビィビィを題材にしたデッサンはある程度まで進んだ。


「もう動いていいわよ。お疲れさま。後は一人で出来るわ」

「終わったの? えへへ、ビィビィ頑張れた?」

「とても頑張れましたよ。えらいです」

「お疲れ。へえ、これが……さすがは芸術家だな」


 キャンバスに描かれたのは、椅子に座っているビィビィだ。

 よく描けてる。下書きだからか色が付いていない。これはまだ未完成のもの。色付けはこれからだ。


「これがビィビィなの? ふしぎー。ビィビィがもう一人いるよ」

「どうかしら?」

「いいっ! この絵だいすきっ!」

「はっ、これが新しい絵ですの? 緻密に描けてますが素朴が過ぎませんこと?」


 と、お嬢様のイマイチといった横やり。物申したいところだが堪えた。眼は肥えているのだから間違いでもないのかも。

 実際、フィンチは同感を表していた。


「んー、そうよねー……」

「ダメなの? 絵できないの?」

「いいえ、できなくはないわ。ただね、このままじゃ……」


 これでは平凡止まりという事か。

 芸術の域に足を踏みこんだ者にしか分からない悩み。これからさらなる高みを目指せるのだろうが、雲を掴むようなものでフィンチがうんうんと唸っている。うーん、俺にはわからないっ。


「では色をたくさん塗ってみるのはどうでしょう?」


 漠然とした壁にぶつかったフィンチに助言を与えたのはテレサだ。

 彼女が出した提案に、パチンと指を鳴らした。


 ビィビィの体色そのままを再現するのは味気ない。なら多彩にしようという提案は意外にも良い名案かもしれない。

 同意はフィンチからも出た。


「斬新なアイディアね。試してみましょう」

「うれしい。ビィビィにいっぱい色を塗ってね」

「ええ、ふんだんにやるわ。これは新しい挑戦(こころみ)よ。やってみせるわ」


 フィンチがぐっと拳を作る。壁はあっさり破れたようだ。


「あ……お外がじきに夜になろうとしてます。ソーラダイトを家に運びますね」


 窓の外を見たテレサが夜の訪れを知らせる。見ているうちにそんな時刻になったのか。

 そろそろメシの用意をするか。お嬢様の口に合うものを作れる自信は無いが。


「ほんとだ……」


 日の沈みかけた頃と聞いて、ビィビィが何が言いたそうに裾を掴んだ。

 あまり浮かない顔だ。どうしたことか訊く前にビィビィから「あのね……」と口を開いた。


「ビィビィね、もう帰らなきゃいけないの」


 えっ、と声が自然に零れた。


「帰る? どこへ帰るんですか?」

「あの子()のところ……」


 意外な……いや、想定してなかっただけで、ビィビィの言っている事は至って普通だ。帰るべき場所は此処じゃない。オンディーヌ水鏡窟にある。

 あの子と聞いて思い付くのは、デカくて無形のモンスター。あのスライムの所か。でも帰るって……。


「まだ居てもいいのよ?」

「そ、そうですよ。私達と一緒にいましょうよっ」

「帰りを待ってる。まだ帰ってこないから心配してる。だから帰るの。ビィビィは元気だよって教えないと」


 各々が説得するが、気持ちは変わらなかった。


「大丈夫か? 一人で行くのは……」

「泳いでいけば怖いのに見つからずに行けるよ。それでね、あの子()にお兄ちゃん達のこと教えてあげるのっ!」

「ビィビィちゃん……」


 うんと迷って考えて……心配するテレサの肩に手を置く。まだ言いたげだったが、意を汲めたらしく諦めてくれた。


 不安はあった。俺だって引き止めたくはあったが、話を聞いて気は失せた。

 帰る場所がある。この子を待っている者がいる。友達が待っているのだから顔を見せてあげないと。


「わかった。今日は友達のところに帰ったほうがいい」

「シンジの言うとおりね。会えないことはないもの。無理強いはしないわ」

「それでさ、帰ったら俺達は敵じゃないってことをアイツに教えてくれ」 

「うんっ!」


 気持ちの良い返事だ。アイツに話がうまく通じることを祈ろう。






「ここまででいいのか?」

「うん……」


 アトリエを出て、ビィビィを水路のある場所まで送ってやった。

 これでひとまずはお別れ……だが、ビィビィはまだ水路には行かず、もじもじしている。何かを待っているようだった。


「ねえ、お兄ちゃん……ぎゅーしてくれる?」

「ぎゅー? ハグか?」

「ビィビィを止めてくれたときみたいにぎゅーしてほしいの。おねがい」


 ハグの感触をまた感じてみたかったのだ、ビィビィは。自分を包み込んでくれた感触をもう一度と。


「お安い御用さ」


 小さな身体を抱き締めてあげる。ビィビィもまた両手を背中に回した。

 温もりを確かめる静かなひと時。いつもより時間がゆるやかに過ぎているようだ。


 こういうのって、なんだか親子みたいだな。

 俺が親で、ビィビィが子供で……フッ、親ねえ。似合ってないなあ。


 自嘲気味に考えながらもハグする。やがてビィビィのほうから離れ、そして笑顔がそこにあった。


「もういいのか?」

「うん、ありがとう、お兄ちゃん。もう帰るね」


 踵を返した身を、名を呼ぶことで止める。ビィビィが目を丸くして振り返った。


「こういう時は『また明日』って言うんだ」

「また明日?」

「人ってのはそうやって次に会えるのを楽しみにするもんだ。俺はあまり言わなくなったが……」

「そうなんだ。じゃあね。また明日ねっ!」


 教わったことをすぐに唱える。良い笑顔で。


「ああ、また明日……」


 水路に飛び込み黒い水面を泳いでいくビィビィ。波の揺らめきも聞こえなくなり、残るのは俺だけとなった。

 ただ立って、ビィビィのいなくなった方向を見つめる。名残惜しさはすぐに掻き消えた。


 また明日、か……。


 良いことを教えたのに、後悔に見舞われる。

 その言葉をビィビィから聞くことは長くないというのに。



 明日はいつまでも、とはならない。





 窓の外を、夜闇に染められた湖を眺めていた。


「キュッ、キッキュッ……」


 意味もなくレトの足をガシガシ動かして弄びながら、水面に消えた少女の姿を脳裏に映す。テレサが言い放った言葉を伴って。


 ビィビィがモンスターで、巨大スライムもモンスターで友達で……。

 違う。問題はそこじゃないんだ。ビィビィとの接触はあと数日で終わらせなきゃならないんだ。


 終わらせる……本当にそんな事をしていいのか? あの子に?


 眩暈に似たものが蝕んだ。

 考えていなかったわけじゃない。けれど……いや、考えていたふりをしてたんだ。意思が通じ合えることを理由に後回しにしていた。


 テレサに言われてからも上手く考えが纏まらない。でも俺が一番どうにかしなくちゃいけない事なんだ。けど……。


 決めなくては、決めなくちゃ……。


 すぐに答えが見つけられることもなく、逸らしたくもあった。

 ただ時が過ぎて、レトで遊んで……焦点が合う。一緒に居てくれている者に。


「なあ、なんでお前はついてきたんだ?」

「キュッ?」

「リージュに残ってもよかったのに、俺についていくことを選んだ。こんな奴についていっても面白くないのにさ」


 この獣は自分の意思で此処にいる。紆余曲折あったが傍にいる。嫌だったら、あの時ついて行こうとはしなかった。


「なんで……ぅぶっ」


 顔を近づけた途端、肉球をダブルで押し付けられた。

 怯んだ隙に暴れ出して、手から離れる。俺のことを無視して毛繕いを始めた。


 くうぅ……わ、わかんねえ、この生き物は。もういいや、訊くのはやめよ。


『きゃあっ! やめて触らないでくださいっ!』


 悲鳴が聞こえた。テレサの声だ。


「えっ……!?」


 声は一階から聞こえた。

 尋常ではないものを感じる。下の階でテレサが大変な目に遭っている? フィンチもロザリーヌも下にいた。だとすれば……!


 仲間のピンチに駆られ、部屋を出て階段を急いで降りる。アトリエに繋がるドアをバーンと開けた。


「みんな大丈夫か!?」

「ああっ、待って! シンジ、来ないでっ!!」

「はっ?」

「きゃあっ!!」


 おかしな事に、次の悲鳴は俺に向けられたものだった。


「え──?」


 俺が見た光景は、予想してたものとは違った。


 皆は無事だ。テレサもロザリーヌもフィンチも特に変わりがなく危ない目に遭ってる様子は見られないのだが……テレサとロザリーヌは服が無く、生肌の大部分が晒されている。


 つまり、ほぼ裸ってことで……。


「あ、あれっ?」


 どういうことなんだ、これは?


「いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁ──っ!!」


 真っ赤な顔のロザリーヌが悲鳴を上げ、拳を作る。

 顔に吸い込まれ暗転。いつの間にか地面に転がってノビていた。

 ツンとした顔面の痛みに視界がはっきりして、フィンチが申し訳なさそうに見守っている。


「ご、ごめんなさい。でも今は目を瞑ってほしいの。二人に絵のモデルを頼んでいたから」

「いてて……悲鳴が聞こえたが?」

「フィオーレさんに身体を触られたんですっ」


 な、なるほど。さっきの悲鳴はロザリーヌにセクハラされたからか。紛らわしいが危ない目に遭ってなくてよかった。


「ううぅ、見られてしまいました。これでおあいこってことになるんでしょうか?」

「泣いているのか? 悪かった。俺が勘違いしていたよ。じゃ、さっさと退散させても──」

「このっ! どうしてくれるんですの!?」

「あだぁ!?」


 頭を踏んづけられた。


「ケダモノッ! お父様に言いつけて重罪を与えますわっ!」

「いでっ! でっ!」

「ちょっと! やめなさいったらっ!」


 ロザリーヌの御足が連続で踏みつけてくる。その踏みつけぶりは屈辱を受けたような怒りっぷり。そこまで裸を見られたのが嫌だったのか。


「このワタクシがっ! ブ男に裸を見られてしまいましたわっ!! 懐妊したではないですの!!」

「「「えっ?」」」」


 ロザリーヌを除き、この場に居た者全員が同じ反応を向ける。ロザリーヌは自分が誤ったことを言った自覚はない。


 懐妊……?


 はっ? はあっ? はあぁっ!? お前は何を言ってるんだっ!


「お母様が言ってましたわ。家族以外の殿方に裸を見られると子を授かってしまうと!」

「でーきるわけねえだろうがっ!! 見られたぐらいでっ!!」


 嘘に決まっている。この歳になってまで信じていたとは、貴族の育ちが故なのか?


「そうですよ。見られただけで妊娠はしません。赤ちゃんはソール様のお使いが運んでくるんですよ」

「無知がもう一人いた!!」


 こ、これは(おどれ)えた……。

 テレサも知らない。二人とも本当の知識を持っていないのか……。


「お前ら知らないのか。それは迷信だぞ。本当に運んでくれると思ってたのか?」

「迷信なのですか?」

「普通に考えておかしいだろ。子供は運ばれるものじゃないって。見られたら妊娠するってのもお前の貞操を守る方便だよ」

「方便? 嘘おっしゃいっ!」


 自分の誤った知識を疑わない。テレサと違い、ロザリーヌは道理を引っ込ませようとしてきた。


「どうせ貴方も知らないのでしょう? ええっ知らないはずですわっ!  そのブサイクな顔が語ってますものっ!」

「知ってるが?」

「し、ししし知っているんですか!? どうしてシンジさんが……」

「どうやって子供を授かるのです? 儀式? なんらかの契りを交わすのかしら?」

「あー、まあ……」

「言いなさいなっ!! さあっ! さあっ!」


 ぐっ……言わなきゃ収まらない事態になってきた。

 この無知ガールズに教えるしかねえのか。間違った知識を持っているよりマシだしな。ロザリーヌに知らないと言われるのも癪だし。


 言えばいいんだろ。言質は取ったからな。





 ……講義、終了。

 おしえてやったよ。子供を授かる方法、セのつくアレを。


 ()をできるだけ詳しく教えてやった。アトリエにある粘土を使って。

 テレサとロザリーヌが顔をトマトばりに真っ赤にして戸惑っている。頭の中で俺が教えてやったことが浮かんでいるだろうな。ビィビィがいなくてよかった。


「は、はわわっ。男の人のアレが女の人のアレでアレして……っ」

「勉強になったか?」

「は、はいぃ……」

「良いお勉強になりましたわ……これよりは貴方に近付かないことを心掛けておきますっ!」


 キッとロザリーヌに鋭く睨まれた。まるでケダモノ扱いだよ。いや、既にケダモノ扱いか。


「どうしてシンジさんは知っているんですか?」

「教えてもらったんだよ。俺は十歳ぐらいで学んだぜ」

「じゅ!? じゅじゅじゅ十歳で!? はっ、わわっ……!」


 すごい。機関車みたいに蒸気が出てる。なにもそこまで驚くことかなあ。


「早くないですか!? どどどっどうして見てきたように詳しいんですか?」

「それは教科書とか映像で……」

「もっ、もしかして、そういう経験が既に……!?」

「は?」

「女の人とあんなことをしたんですね。だから知っているんですよね!?」

「ねえよっ! 童貞ナメんなっ!」


 あ、童貞って言ってしまった。この際、経験アリと設定変更すれば良かった。


「うぎゃっ!?」


 涙目になったテレサに胸倉を掴まれた。

 少女の腕から予想つかなかった腕力が俺を押したり引いたりする。


「ひどいです……シンジさんがそういう人だなんて!」

「テレサ!? ねえっ! 聞いてる!? 聞いてる!?」

「シンジさんのヘンタイッ! 信じていたのにっ! 信じていたのにっ!」

「ぐえぇっ、おっげげえ……っ! テレサっ、離してぇ……!」


 聞く耳はなく、振る腕は止まらない。

 苦しっ……正しい知識を教えたはずなのに何を間違えたんだあぁぁぁぁ。


「──あ、なにか落としたわよ」


 フィンチが何かに気付いて拾う。

 落ちていたのは、さっきまでポケットにしまい込んでいた物だ。テレサに胸倉掴まれていた間に落としたようだ。


「あら? これ、どこで拾ったの?」

「街中だよ。ロザリーヌの弟に絡んだ男が落としたんだ」


 拾ったものを興味ありげに観察している。その落とし物には俺も気になっていたのだが、フィンチは知っているのか?


「これは……家紋じゃないかしら」

「か、家紋?」

「そう。ある一家のシンボルマークよ。フィオーレ家に存在するものよ。これはそのバッジね。でも、この悪趣味な造形はどの家なんでしょうね……」


 あ、悪趣味なんだ……。


「思い出したわ! これはバルガーネ家よっ!」


 なにっ、バルガーネ……!?


 聞いたことのある名前が出た。

 しかも割と身近。このミーミルにいる奴の名だ。


「バルガーネと言ったのか? あのロザリーヌと結婚するバルガーネ家か?」

「ひいいいいぃぃぃぃっ!!」


 尋ねた時に、大きな悲鳴。ロザリーヌが頭を抱えて蹲った。あれは今は放っておこう。


 このバッジ、バルガーネのものだったか。

 待ってよ……あー! 思い出した思い出した! あいつの服にもあったよこれー! なんで忘れてたんだっ!

 フィンチの言ってることは間違いじゃない。このバッジはバルガーネ家で合っている。


 これをあの男達が持っていたという事は……。


「そうか、バルガーネか……」

「これがどうしたんです? 何か分かったんですか?」

「ざっくり言うとビィビィの友達の居場所を突き止めたかもしれん」

「本当ですか!? まさか、そのバルガーネさんのところに?」

「察しが良いですな。といってもまだ確定してはいないがな」


 あの奇妙な荷車を運んでいた男達はバルガーネと通じている。繋がっている可能性はある。

 貴族なら運んできたものを隠す場所もあるだろうからな。あのいかにも何か企んでそうな悪い顔ならやっていそうと推測できる。若干、偏見込みだが。


 ビィビィの友達はそこに囚われているはず。明日はバルガーネを調べてみよう。まずはバルガーネの屋敷の調査だ。


 ただし、そのまま行っても追い払われるのがオチだ。

 相手は貴族だからな。権力という武器は本当に厄介なものだ


 あの男の隠し事を暴くには……。


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