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水曜日のおはよう

みんなの憧れその1。電車通学、その車内での運命的な出会い。発生率は激レア。


「おはよーっ!」


「んん…」


 僕の名前は早良和輝。高校二年生。弱点は、早起き。


「あれー?起きないなぁ。コホン…おはようございます!大尉!」


 妹、彩名の声が聞こえますが、ビシッと決めているだろう敬礼は、まだ僕の目には映りません。


「お兄ちゃん!遅刻しても知らないよ!せっかく中尉が迎えにいらっしゃってるのに!」


「はいっ!?」


 ガバッと布団を蹴り上げてメガネを取り、二階から窓の外を見下ろす。橙色の痛単車『零号機』に跨がってこちらを睨みつけるガラの悪い同級生が見えた。


 彼の名は黒崎健吾。ヤンキーとオタクのバイリンガル、言わばヤンヲタな変わり者だ。


「げっ!なんでいるのさ!」


「お友達なんでしょ?」


「行ってきます!」


 僕は急いで学ランに着替え、バタバタと階段を駆け下りた。そして、顔も洗わずに玄関から飛び出す。


「おっす!おせーぞ、のび太」


「黒崎くん…おはよう…」


「乗れよ。学校行こうぜ!」


 クイッと親指でバイクのシート後部を指す黒崎くん。


「えっ?僕、自転車通学だし…もちろんヘルメットもないし…」


「あ?ヘルメットなら被ってるじゃねーか」


「へっ?」


「ほら、お前のその頭。メットだろ、それ」


 いやいやいやいや!たしかに刈り上げてるし、マッシュルームっぽい坊ちゃん刈りだけどさ!ずっとヘルメット被って授業受けてると思われてたの!?


「違うよ!こういうヘアスタイルだからね!?」


「えっ!?マジで!?」


 うわぁ…ボケじゃなくてガチじゃん、その反応…


「ま、いいっしょ。周りから見たら被ってるから」


「よくないよくない!自転車で行くからさ!」


「ならこれ使えよ!めんどくせーな!」


 黒崎くんが自分の頭に乗せていたキャップ型のヘルメットを投げつけてきた。バイクのボディと同色にペイントされている。


「あ、ありがとう…」


 ステップに足をかけて黒崎くんの後ろに座る。バイクに乗るなんて初めてだ。ちょっと怖いな…


「んじゃ出すぜ!落ちんなよ!」


 ウォン!ウォン!


 慌てて黒崎くんの腰に両手を回す。…あれ?よく考えたら…前の人、ノーヘルですよね。



 ブォォ!


「うわぁぁぁ!死ぬ!死ぬぅ!」


 風圧で涙が真横に流れる。…と、飛ばしすぎじゃないですかね!?僕の家から学校までに高速道路を通るルートなんてありましたっけ!?


「あんだよ!?うるせーな!」


 走り始めてからずっとこの調子である。しかし…


 ウォン!


「はい到着」


「あ…うぅ…え、着いた?」


 バイクが走り出して五分と経っていないはず。恐る恐る辺りを見回すと、確かに見慣れた校門の前だ。あのぉ…車で来たとしても十五分、二十分はかかる距離なんですけど…


「あ、あれ昨日の転校生じゃない?」


「おーこわっ」


「関わりたくないなぁ…」


 そんな声が聞こえてくる。大勢の生徒が登校してくる時間なので、そこにいる僕たちはとんでもなく目立ってしまっていた。


「おうおう、耳が痛いねぇ」


「黒崎くん、早く零号機を駐輪して教室に行こう」


「あいよ」



「おはよー」


 誰にとでもなくそう言って教室に入る。数人から一瞥されるが、返答はない。いつものことだ。しかし、あくびをしながら黒崎くんが僕に続いて入室すると、皆が全身をピタリと強ばらせた。まぁ、まだ警戒されてるんだろうな。


 二時限目が終わり、休憩時間。


 黒崎くんがトイレに向かい、僕が一人になったのを見計らって、ヤンキーのクラスメート達が集まってきた。


「…えっ?な、なに?」


「早良ぁ、ずいぶん転校生と仲がイイみたいじゃんか。調子のってんの?」


「不良デビューでもする気なんか?あぁ?」


 あわわ…完全に囲まれちゃいましたけど。


「そんな…別に…僕は」


「うるせー!ちっと腕が立ちそうな奴に気に入られたからって、でけぇツラすんじゃねーぞ!?」


「ひぃぃ…」


 ガラガラ。


「ふー。スッキリ。おっ?のび太、絡まれてやんの」


 黒崎くん!?良かった、戻ってきた!どうかお助け下さい!


「よいしょ」


 あれ?普通に自分の席に座った。…あの?黒崎くん?


 ヤンキーの連中も一様に彼を見ている。


「え?俺?」


 いやそうでしょ!状況判断下手くそか!


「黒崎くん…僕、絡まれてるんだけど…」


 ぼそぼそと助けを求めてみた。


「見りゃ分かるだろ。何で絡まれてんの?」


「いや、僕が君と…仲良くしてるから…だそうです」


「ふーん」


 黒崎くんはそのままカバンの中からスマートフォンを取り出していじり始めた。様子をうかがっていたヤンキーの一人がそれを取り上げる。


「転校生。お前、何シカトしてんだよ!俺らはお前と早良が気に食わねーってんだ!」


 ガタッ。


 黒崎くんが立ち上がる。教室は異様な緊張感に包まれた。


「返せ」


「返さねーよ」


「それはお前の携帯か?」


「うるせー!いちゃもんつけられたくなけりゃ大人しくしてりゃイイんだよ!」


「大人しくしてたろ。いつ俺やコイツがお前らにケンカ売った?」


 筋は通っている言い分だが、出る杭は打たれてしまうのが世の常なのだ。多数派は正義、悲しい性である。


「うるせーって言ってんだろ!」


 バシッ!


 突き出された拳を手の平で受ける黒崎くん。きゃあ!かっこよ!


「うるさくねーよ。声のデカさの話なら、さっきからお前が一等賞だろうが?」


「くそ!離せ!」


 拳はしっかりと握られてしまい、逃げることが出来ない。黒崎くんの威圧感に、周りも下手に手助けできずにいた。


「まあ聞けよ」


「なんだよ!?」


「携帯返せ」


「はぁ!?ほ、ほらよ」


 スマートフォンが黒崎くんの手に戻る。すると、すぐにまた席に座ってそれをいじり始めた。


「はぁ!?なにしてんだよ、コイツ!?」


「あぁ、うるせーな!今、モンストのイベント期間中だろうが!やってねーのか、お前ら!?殺すぞ!」


 えぇぇぇ!?そんなとこでキレるの!?


「あぁ!?やってるよ!やってるけど今はそんな話じゃねーだろ!」


 やってるんだ…まぁ、人気のゲームアプリだもんね。


「だったらお前らもスマホ出せ!俺はこのイベントに命かけてんだよ!」


「はぁ!?」


「グズグズすんな!おら、お前ら全員、席こっちに寄せろ!のび太!お前もグズグズしてないで手伝えよ!」


「え!?…う、うん!」


 わけがわからず戸惑っていたヤンキー連中や僕は、黒崎くんに言われるがまま席を寄せて小さなグループを作った。



「おら!ストライクショット!」


「よっしゃああ!やったぜ!」


 気づけば人だかり。俺も私もとクラスメート達が押し寄せてきている。もちろん、スマホのゲームを持っていない生徒もだ。


 そしてこの日。放課後のチャイムが鳴る頃までに、僕はクラスメートの半数以上と番号交換を済ませてしまった。


 生徒達が部活動や帰宅でいなくなり、教室には僕達二人。一日に色んな人と話しすぎて、僕はどっと疲れてしまいました。でも、黒崎くんには感謝しなきゃ。みんなと仲良く出来て本当に良かった。


「さーて」


 背伸びをし、パキパキと身体を鳴らす黒崎くん。ここからが本番だ、とでも言いたげだ。


「部員探し?みんなが帰っちゃう前に訊いてみたらよかったね」


「うんにゃ、大事な初期メンバーだ。雑魚に用は無い」


 それ何気にひどくないかい!?一番楽しそうにしてたよね!?


「そ、そっか。誰か一緒にやりたい人がいるの?」


「んー…ボンキュッボンのキャバ嬢かな」


 絶対いません。


 ガラガラ。


 教室に誰かが入ってくる。


「あっ」


 おぉっ!セミロングの二つ結びヘア!ハッと驚いた表情を浮かべているりさっく…じゃなくて久留米理沙さんだ!学内のアイドルで学級委員長!やっぱり可愛いなぁ…


「二人?」


「うん。久留米さんは、部活いくとこ?」


「ううん、忘れ物」


「りーさーっくまぁぁぁぁ!」


 はい!?なんか黒崎くんがうるさい!


「なななな…なに!?」


 そりゃそうなるよね。そういえば久留米さんは黒崎くんに惚れてるんだっけ。昨日何があったのか知りたいような知りたくないような…


「りさっくまぁー!」


「く…くまぁ…」


 あーあ。また恍惚とした表情でふわふわになっちゃいましたよ。その顔、クッソかわ。


「呼んだだけだ」


「くまぁ…」


 えー…学内のアイドルつかまえといて完全に遊んでるよこの人…


「…はっ!じゃあ、あたし帰るから!」


「あっ、久留米さん!ちょっと待って!」


「は?なに?」


 そしてこの温度差である。死にたい。


「…えーと、僕達二人で部活を立ち上げるつもりなんだけどさ。誰か部活動探してる人を知ってるかな…と」


「部活動?どんな?」


「新撰部ってんだよ、りさっくま」


「くまぁ…」


 あぁもう!ちょっとあなた今はしゃべらないでくれませんかね!?


「はっ!なんだっけ!?」


「だから部活動を」


「りさっくま」


「くまぁ…」


「もういいです…」


 心がバッキバキに折れる音が聞こえました。



 十分後。

 黒崎くんが必死にスマホをいじる音が響く。


「…それで、転校生が学校にとどまる為に、その新撰部の設立が必要だって事ね?」


 ほっ。ようやく話が進んだよ。ありがとう、モンスト。


「そうなんだ。学級委員長ならクラスメートに詳しいだろうし、他のクラスにも知り合い多そうだからさ」


「あんまり部活を乗り換える人っていないからなぁ。帰宅部の子なら少しは期待できるかもだけど」


「そうだよね…なかなか難しいところなんだ」


「活動内容は?重要なところを訊いてなかったよ」


 すでに何回か言ったけどふわふわしてたもんね。


「学校内のヤンキーやオタクみたいな、はみ出し者に橋渡しするんだ」


「…?」


「分かんないよね。僕もそうだったし」


「俺が話す」


 いつの間にかスマホを片付けていた黒崎くんがそう言った。


「俺たち新撰部は、学内にはびこる汚物を消毒し、ひゃっはーする事を目的としている」


「ひゃっはー…?」


 ちょっとちょっと!何言ってんの!?


「ひゃっはーとはすなわち、みんなで作ろう友達の輪!作戦である」


「…??」


 久留米さんはますます混乱した!そのメダパニ発言やめたげてよぉ!


「今日の休み時間、見たろ?絡んできたヤンキーも、のび太みたいなオタク野郎も、みんな一丸となってモンストに興じていた」


「ゲームを推奨する部活動?」


「違う!手段は何でもイイ!互いの趣味や考え方を理解出来ない奴らがいがみ合ってたら、そこに俺たちが斬り込んでいくんだよ!」


「ケンカを仲裁する、みたいな事かな」


 まだ遠い。頑張れ!りさっく…久留米さん!


「仲裁のその先!仲直りしたら、そこでお互いにリスペクト出来る点を確認させるんだ。たとえば今日なら、のび太をホストにしてゲームをやらせる。すると、周りの連中はコイツの腕前を見て『おぉすげー』『今度から仲良くしようぜ』的な胸アツな展開につながる…ってすんぽーだねっ!」


 最後だけふざけましたね、あなた。


「なるほど!なんとなくわかったわ」


 久留米さんはレベルアップした!よくやったぞ、黒崎くん!


「もちろん簡単にできるはずもないけど、つまらない差別やケンカがなくなるかもしれないね。…あたし、手伝おうか?部活動やってないし、入部するよ!」


「えっ、本当に!?久留米さんがいれば百人力だよ!」


「いや、三人目はボンキュッボン…ふごぁ!?」


 あっ、思わずアッパー食らわしちゃった。テヘッ。


「け…健吾とも一緒にいれるし…さ…」


「えっ?久留米さん?今なんて…ふごぁ!?」


 久留米さんの肘うちにより、僕もK.O.です。



 職員室。担任の門司先生のデスク。


「ふぅむ…新撰部か」


「おう。三人揃えたぞ、もじぞー」


 僕ら三人、その一人一人の目をチラリと見る門司先生。そして、フッと肩の力を抜いて笑った。


「なに笑ってんだ、てめぇ!?あぁ!?」


「ちょっと!黒崎くん!?バカにされたわけじゃないよ!?」


「…まぁいいだろう。活動内容がイマイチ理解できんが、やってみろ!」


「「ありがとうございます!」」


 三人の声が揃った。頭はしっかり下げるんだね黒崎くん…


 日がすっかり沈んでしまった駐輪場。黒崎くんがバイクを、久留米さんが自転車をそこから出す。


 へぇ、久留米さん自転車通学なんだ。こんな小柄で自転車こぐとか、マジかわ。


「よーし、お前ら!明日からさっそく部活動開始すっぞ!な?部長!りさっくま!」


「そうだった…何で僕の名前が部長の欄に…うぅ…」


「くまぁ…がんばろぉ~!」


「手ぇ出せ!」


 みんなで円陣を組む。


「新撰部!出陣だぁぁぁぁ!!」


 ついに、大変な事になってまいりました!さようなら、僕のひそやかな高校生活…


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