サー、イエス、サー!
ファミコンウォーズがでーるぞー!母ちゃん達には内緒だぞー!
…
「ただいまぁ…」
傘を閉じ、玄関のガラス戸を力無く開けた。
僕は早良和輝、高校二年生。学校から帰ってきたところだ。僕の住まいは実家で、両親が稲作の農業を営んでいる。見た目は昔ながらの日本家屋といった感じで、瓦屋根で木造の母屋は小さいが、農機具やトラックを入れておく為の茅葺き屋根の納屋が異様に大きい。幼い頃は、なぜ面積が逆じゃないのかと恨めしく思ったものだ。
家族は四人。共に四十代の両親と、二つ下で中学三年生の妹がいる。
「ややっ!おかえりなさいませ、大尉殿!」
「ただいま、彩名」
早速、迷彩柄のジャージ姿の妹が僕を出迎えてくれた。茶色く染めたショートカットが愛らしい妹なのだが、お察しの通り少々変わり者である。父親のミリタリー好きが影響したせいで、自分をどこぞの軍隊の兵士だという設定のもと生きている、いわゆる厨二病というやつだ。
「あーっ!ちょっと、お兄ちゃん!たまにはちゃんと彩名に付き合ってよぉ」
僕の対応に頬を膨らませて抗議されてしまった。うーむ、我が妹ながら厨二病にしておくのは勿体ないほどキレイな顔立ちだ。将来は美人自衛官だな!多分!
「はいはい。では早良二等兵!風呂の支度は出来ているかっ」
「はっ!準備万端であります、大尉!それから、お言葉ではありますが、わたくしは先日一等兵に昇進いたしました!」
パッと笑顔になった彩名が敬礼しながらそう言った。
「うむ、くるしゅうないぞ」
「えー、もう!お兄ちゃん、それじゃ戦国時代だよぉ。しっかりしてよねー」
あ、なんかダメだったらしい。軍隊って厳しいなぁ…
「そうなの?ごめんごめん」
「あとでゲーム付き合ってね」
「はいはい」
彼女の誘いはもちろん戦争ゲームだ。幸いな事にゲーム内での射撃の腕前は僕の方が高いため、上官として慕ってくれているらしい。
「荷物を置いたら風呂にするよ。少し身体が濡れちゃったからさ」
ぽん、と妹の頭に手を乗せ、僕はひとまず二階の自室に上がった。
…
「あ~生き返るんじゃぁ~」
やはり風呂は日本人の心ですな。
浴槽に浮かぶ黄色いアヒルのおもちゃ「高山さん」と少しばかり戯れた後、僕はリビングへと向かった。リビングと言えば聞こえは良いが、テーブルはちゃぶ台、床は畳なのでどちらかといえば茶の間である。
「メシだ!メシだ!母さん、メシだ!」
「そう何度も言わなくても聞こえてますよ」
両親がそんなやり取りをしている。短髪の父親は真っ黒に日焼けしていて、日々の農作業のおかげでがっしりとした筋肉質な体系。母親はふくよかな顔と身体で、お多福みたいなおばさんである。本人に言ったらすごい怒られるだろうけど。
「和輝!一番風呂か!」
缶ビールのプルタブを開けながら、父親が話しかけてきた。
「あ、うん。ダメだった?」
「貴様、この早良中佐をさしおいて!」
「はいはい」
あ、中佐なんだこの人。てか、何で階級制度なんですかねこの家庭は…
家族四人での食事を終え、母親は片付け、父親は風呂、僕ら兄妹はテレビを見ながらくつろいでいると、何やら外が騒がしくなってきた。
ウォン!ウォン!
「お兄ちゃん、テレビが聞こえなーい」
「あーうるさいなぁ。どこの暴走族だよ。早くどこか行かないかなぁ」
すぐに通り過ぎるだろうと思っていると…
「のーびーたー!」
「…!?」
なんか、聞き覚えのある声がするんですけど…
「のーびーたー!」
ウォン!ウォン!
「…嘘だろ!?」
「あっ!お兄ちゃん、どこ行くの!ゲーム始めるよー!」
彩名の声を無視して家を飛び出すと、やはりそこには派手なバイクにまたがった黒崎くんの姿があった。勘弁してくれよ。
「おう!ここであってたか!」
僕を見た黒崎くんが右手をあげる。
「黒崎くん!何してんのさ!」
「何って、遊びに行く約束してたろ?」
早すぎぃ!
ガチャ。
「なんだぁ?元気な小僧がいると思ったら」
「あ、父さん」
風呂上がりでトランクス一枚の父親がタバコをくわえて様子を見にくる。黒崎くんはエンジンを停止し、なんと深々と頭を下げて挨拶した。いい人なのか悪い人なのか、謎だなぁ。
「こんばんは!俺、クラスメートの黒崎って言います!」
「クラスメート?和輝、お前…」
パッと見で好印象なはずもない。明らかに父親の表情は険しい。
「ご、ごめんね!すぐ帰ってもらうから!」
「なに言ってるんだ!お前の友達がウチに来るなんて、明日は大雪か!?上がってもらえ!母さん!酒だ!酒を用意してくれ!」
父親が家の中に入る。…あれ?怒られるかと思ったけど、なんかちょっと嬉しそう。
「んじゃ、おじゃまするか」
「えっ!?ちょ、ちょっと!何をしようってのさ!」
「あぁ!?どういう意味だよ!おじゃましまーす!」
うわわ…最悪だよぉ…
…
数分後。再びリビング。
「わぁぁぁ!髪がキラキラ!外人さん!?」
彩名が目を丸くしている。父親と母親は僕の友人の来訪に気をつかって別の部屋に移動したようだ。
「ちげーよ。あ、こんばんは。俺、黒崎健吾です」
はは…否定した後に彩名にまでめっちゃ頭下げてるよ、黒崎くん。
「こんばんは、あたしは早良彩名です。所属は地球防衛軍、九州師団福崗大隊、第四中隊、第十三普通科小隊。階級は一等兵」
ビシッと敬礼。
しかし、そんな長い設定あったのね。いきなり女の子からこんなこと言われて、黒崎くんもびっくりしちゃうだろうな。
「なるほど。俺は同じく福崗大隊付だが、特務で二階堂地区に潜入作戦中だ」
返しただと!?
「く、黒崎さん!?特務!?」
「中尉でいいぞ、早良一等兵」
「はい、中尉!とととと…特務とはっ!?」
すげー食いつきだ…彩名がこんなに興奮してるの初めて見るよ。
「最重要の極秘事項につき、話せん」
「で、出過ぎた真似を申しました!すみません!」
ビシッ。
「早良大尉とは、お知り合いなのですか?」
「あ?大尉…?」
い、いや。何でお前が俺より上なんだ、みたいな目されてもですね…僕が考えた設定じゃないので。
「大尉とは士官学校時代の同期だ。彼はこちらに、そして俺は特殊部隊に進んだのさ」
「おぉーっ!」
チッ。元同期に逃げたか。階級が上なら融通利かせれると思ったのに。
「ところで早良一等兵。我々を大尉の自室へ案内したまえ。数年ぶりの再会だ。少し二人で話したいのだが」
「お安いご用であります!お二人とも、こちらへどうぞ!」
彩名がぴょんぴょんと跳ねながら僕と黒崎くんを僕の部屋まで先導した。
…
「ふぅ…すごいね、黒崎くん。彩名にあそこまで合わせるなんて」
「どうってこたねーよ。ケロロ軍曹みたいなもんだろ」
「あはは!そうかもしれないね!」
僕の部屋はというとゲーム機やマンガだらけで、壁にびっしりとアニメやゲームのポスター。うん、まさに夢の空間だ。
「すげーな。プレステ4もWii Uもあんじゃんか」
「へへ、ちょっと自慢なんだ。お年玉でね」
「ほー。ま、ゲームは今度な」
「でも本当にどうしたのさ?だいたい、ウチの場所もどうやって…」
黒崎くんには携帯番号すらも教えてないはずだ。
「あぁ。あの後すぐに学校から連絡があってよ」
「連絡?」
「既存の部活動と問題を起こしたんだから、何か学校に貢献出来るような活動を立ち上げなさい、とさ」
「あー…やっぱりキツくなっちゃったのか。停学も有り得ると思ってたから、少しはマシなのかな」
「そんで、何かやるならのび太とやりてーと思ってよ。もじぞーに住所を訊いた」
…生きてたのか。余計な真似をしてくれる。
「でも僕…」
「やろうぜ。俺は義理を果たす為、お前は友達を増やす為に」
「うー…」
「親父さん達も喜ぶんじゃねーの?お前、友達いねーんだろ?しかも、彼女なんか出来たら最高じゃんか!」
か…の…じょ…?
いやいやいや!渚ちゃん!助けておくれ!絶対面倒事になるから!
「問題は何をやるかだよなー」
勝手に話進めてるよね!?
「ま、待って!黒崎くんは友達とか彼女が欲しいの!?別に欲しくないなら掃除とか片付けをする部活動でもいいんじゃないかな!」
「掃除だぁ?」
「学校に貢献するんだよね!汚物は消毒だーってさ!ね!」
そのくらいなら帰りにパッと済ませて終わるから付き合ってもいい!これが僕の最大の譲歩だ!
「汚物は消毒…か。いいことを思いついたぜ」
そんなニヤニヤされても信用出来ません。
「ちょっとノートとペン貸せ」
「う、うん」
黒崎くんは紙を一枚ちぎり、左に『ヤンキー』右に『オタク』と書いた。
「なに、それ?」
「俺が思う、校内にはびこる『汚物』だ」
「えっ!ひどい言い様だね…ヤンキーは分からないでもないけど」
「バカ言え。ヤンキーとオタクは他の奴から見たら同じくらい煙たいものなんだよ」
「そうかなぁ」
オタク代表の僕は納得がいかない。
「理由は、ヤンキーは気が荒くて他人に迷惑をかけてるから。ケンカとか恐喝だな。逆にオタクは陰気で近寄りがたいオーラを出してるから。事実、お前はクラスメートから受け入れられてねーだろ」
「うっ…確かに」
「元気が有り余って強すぎるプラス人間と、元気が無くてどんよりしたマイナス人間。普通に学校生活送ってる中立の人間からは、どちらも一緒なんだ」
言わんとしている事はなんとなく分かった。しかし、それを掃除する…?出来上がった人格をいまさら矯正するというのか。やだやだ!僕は死んでもゲームとアニメを捨てはしないぞ!
「つまり、僕らは何をするのかな?」
「この、二大要因をくっつける」
「は?」
意味不明ですごめんなさい。
「だから、ヤンキー連中とオタクな奴らをくっつけるんだよ!仲良くさせんの!」
「何で!?」
「掃除するんだろ!」
マジで意味が分からないっす…
「まだわかんねーか?例えば、ヤンキーがゲームやらアニメを好きになったらどうなる。俺みたいに」
「僕みたいなのと、友達になろうとする…?」
「そうだ。なんだよ、案外キモいだけの世界じゃねーんだな、おもしれーんだな、ってなる!有り余ってる血の気は少なからずそっちにも向く!俺はお前の事をこれっぽっちも白い目で見ちゃいねーぞ!いじめたりもしねぇ!だからヤンキーじゃねーんだよ!」
…たまに殴るけどね。そこは目を瞑ってあげるとしよう。
「反対の場合は?」
「卑屈になって、リアルでは下向いてる奴らが、画面の外でも強くなれる!たまにはダチに気持ちぶつけて、ケンカして、バイクでも乗り回して、明るくバカやれるようになる!きっと、お前もなる!」
つぅ…っと僕の目から涙がこぼれ落ちた。なんだ、これ?
「あ…あれ?なんで…」
「嬉しいからだろ」
「なにが?」
「学校生活が楽しくなるのが!高校を社会に出るまでのただのワンステップじゃないようにするのが!」
「…!」
お、おかしいな。僕は…友達なんか、欲しくないんだ!
「卒業なんかしたくねぇ、みんなと別れたくねぇって思える奴らを一人でも多く増やすんだ。少なくとも俺とお前は来年そうなる!やろうぜ、のび太!」
「うぅ…うわぁぁぁ!」
なんでだ!なんでこんなに嬉しいんだよ、畜生!
「だっせぇ顔だな!やるだろ!?俺と!」
黒崎くんが満面の笑みで僕の顔を覗き込む。はぅぅ…あんま見ないで…
「…うぅ…うん。難しそうだけど…やるよ…」
言っちゃったよぉ…ふぇぇ…
「よっしゃ決まりだ!」
もう一枚、黒崎くんが紙をノートから引きちぎる。
「…どうしたの?」
「名前を考えねーと」
「あぁ、そっか。根本的には校内の貢献に携わるつもりで活動するわけだから…」
「奉仕部?」
ギリギリアウトですそれ。
「友達の輪を増やすわけだから…」
「隣人部?」
ツーアウトですけど。わざとだろ。
「んー…なんかねーか?」
「部員になる人達は、新しい考え方を選択するわけだから、新選部ってのはどう?新撰組みたいでカッコいいじゃん」
「それある!じゃあ『撰』は手偏の方の新撰部にしようぜ!」
「いいね!厨二心がくすぐられるよ!」
「よし、古い考えを捨てるぞー!つまり幕府を倒すぞー!明治維新じゃー!」
「本家本元の新撰組は幕府側なんですがそれは…」
こうして僕らの新撰部は誕生したのです。
…
「それじゃあ気をつけてね。雨はもう大丈夫みたいだけど」
「おうよ、明日から部員探しだな!最低三人必要らしいからよ!」
玄関から黒崎くんを見送る。…あれ?なんか見慣れない黒い車が停まってるな。大きいセダン。外車だろうか。
「げっ!リンカーン・コンチネンタル!まさか!」
あぁ、そういう名前なんだ。勉強になりました。
ガチャ。
車の左側のドアが開く。
「…!?」
なんかでっかい人出てきた!2mはあるぞ!
「あ…兄者…っ!」
「えっ?」
その大男、黒崎くんのお兄さんは黒崎くんと同じような金髪頭で、デニム地の短パンだけを履いて上半身は裸だった。あらやだー。ガッツリ刺青入ってますやん。
「健吾」
ドスのきいた重低音でお兄様がおっしゃいました。
「あ、兄者…なんでここが?」
「うぬの居場所など、携帯電話のGPS情報で一発だ」
二人が睨み合う。 黒崎くんも180センチ近くはあるはずだけど、お兄様の大迫力に僕は圧倒されるばかりです。マジこわ。
「健吾…」
「な、なんだよ」
「僕のブラックモンブラン…食ったろ?」
えーーーっ!?その世紀末覇者みたいな容姿で一人称は『僕』なの、お兄様!?逆にこえーよ!
ちなみに、ブラックモンブランとは主に九州地区で販売されている棒付きアイスクリーム。ミルク味のアイスの周りにたっぷりのチョコレートとクッキークランチがまぶしてあってマジうま。マジ神。
「そんなこと言いにわざわざ来たのかよ、暇人が!」
「黙れ!うぬの…ふごぉぉ!?」
ぎゃあぁぁ!!黒崎くんがお兄様のお顔に頭突きをお見舞いしちゃいましたけど!?
「右打ちだっ!オワタタタタタタァ!」
あぁぁぁ!ケンシロウさん、その百裂拳らめぇぇ!高校生がそういう意味で右打ちとか言っちゃダメだからぁ!
ドシャア!
吹き飛ぶお兄様。た…倒しちゃったの?世紀末覇者を?何なのこの兄弟…
「やったか…?」
「なにしてんの、黒崎くん!?」
「ラオウ、天に帰る時が来たのだ」
あぁもう、ラオウって言ってるし!
「効かん…効かんのだ…」
お兄様立ち上がったし!!化け物だよ!!
「ぬぅん!」
ゴッ!
お兄様の強烈なパンチが黒崎くんの顔面を捉えるぅ!
「のわっ!?」
ガクッ。
一撃!?黒崎くんのびちゃいましたけど…
「む?」
ガタガタと震える僕を見るお兄様。ちょっとちびっちゃいましたごめんなさい。
「ひっ…」
「左打ちに戻して下さい」
ガチャ。…ブォォン。
黒王号でお帰りになられました。
…
「…いっちち…」
「黒崎くん!」
「クソ…あのニート野郎…」
あのお兄様ニートなの!?個人で世界を滅ぼせそうですけど!?
「のび太、また明日な…いてて…」
「え、う、うん…」
ウォン!ウォン!
…ブラックモンブランには世界以上の価値があるのかもしれないです。