見つけられなくて、夏
シリアス!シリアス!圧倒的シリアス!
…
僕は早良和輝、十六歳。以下同文。…じゃなくて、今日は一学期の最後の日です。
泣いても笑っても最後の日。
始業のチャイム。
終わりの始まりを告げているかのようで、僕の耳にそれは嫌悪感を抱かせた。
「起立」「礼」「着席」
日直の男子が淡々と朝の挨拶を済ませ、担任の門司先生も一礼して出席簿を開く。
「おはよう、みんな。黒崎は…とうとう来なかったか。まぁ、二学期からはちゃんと出席するそうだから、みんな温かく迎えてやってくれよ」
違うんだ。
「それじゃ、この後のチャイムで全員体育館に移動するように」
違うんだ先生!
「門司先生っ!」
ガラガラッ!
たまらず立ち上がって僕が声を張ったのと同時に、教室の引き戸が開け放たれた。そして、廊下側から一人の男子生徒が室内に入ってくる。
「おっ!来たのか、黒崎!」
えっ!?
全員の視線を集める彼は、黒崎健吾くん。金髪のオールバックに大きな身体。いかにも不良生徒だが、内なる本性はオタクという変わった人物だ。僕と同じ新撰部に所属しているのだが、とある事件に巻き込まれて学校を辞めなければいけない窮地に立たされていた。その事実を知るのは僕ら新撰部だけ。しかし、こうして彼が登校してきたということは、その問題が解決したようだ!これで離ればなれにならなくて済むぞ!
パシッ。
「…?」
黒崎くんが、制服のポケットから出したクシャクシャの紙切れを門司先生の胸に押しつけた。そして、そのまま踵を返して退室してしまったのである。様子がおかしい。一体…
「先生、黒崎くんは…?」
「いや、分からん。どうやらこれは退学届のようだが…どういう事だ?」
何っ!?退学届!?じゃあ、問題は解決出来なかったのかっ!
ガタッ!
「和輝くん!?」
「おい、早良!どこに行く!」
クラスのマドンナ、久留米理沙さんや門司先生の声を無視して、僕は教室を飛び出してしまいました。黒崎くん!学校を辞めるなんて絶対に許さないぞ!…
ウォン!ウォン!ブォォ…!
校庭へ出たところで、黒崎くんの乗る中型バイクを発見!
「黒崎くん!待って!」
「和輝…?来るな!教室に戻れ!」
駆け寄る僕に気づいた黒崎くんがそう返します。
ブォォ…!
走り去る黒崎くん。
「はぁ…はぁ…!僕はあきらめないぞ!」
…だって、黒崎くんが涙を流していたのを見てしまったから。
駐輪場へと急ぎ、自転車にて出動!校門を出て県道に入ると、前方から軽トラに乗った二人組がやってきて僕を呼び止めました。
「和輝ー!」
「大尉殿!」
あれは…僕の父さんと、妹でミリタリーオタク兼中二病の彩名ではないか!さてはクライマックスが近いという空気を読み取って、無理やりこぎつけてきたな!?…よくやった。
「どうしたの、二人とも!」
「彩名の具合が悪くて学校を休ませてたからな。病院へ連れて行った帰りだ。それより、お前の友達がバイクで走って行ったぞ?事情は知らんが…荷台に乗れ!」
イケメンんんん!親指を立ててそんなセリフを吐けるあなたの息子であった事、誇りに思います!
「あ、ありがとう!急いで追いかけて!」
「ガッテン承知の助!息子の青春真っ盛り、不滅の友情を後押しだぜぇ!」
ギャギャギャ!
「うわぁぁ!?」
アクセルターン!?軽トラで!? そしてセリフださっ!前半かっこよかったのに!
タイヤを鳴かせて急発進した軽トラは、黒崎くんのバイクが走り去った方角を目指します。こ…怖い…!振り落とされそう…!なんて乱暴な運転だ!
うわ。ちょっとチビってますし、おすし。
…
ザァァ…
そして雨まで降ってきたんだが!踏んだり蹴ったりだな!しかしチビってるのを隠すカムフラージュには最適ですね。バレなければ有罪じゃないんですよ。
「和輝ー!青春だ青春!」
「大尉殿!雨天演習お疲れ様です!」
あなた方は屋根に守られて幸せでしょうね…
「見つけたぞ!さっきのバイクだ!」
「突撃であります!」
えっ!?本当に!?やったぞ!
軽トラがゆっくりと減速し、停車した。む、見覚えのある景色…ここは、少し前まで僕がバイクに乗る練習をしていた河川敷の駐車場だ。
ウォン!ウォン!
エンジン音。
駐車場に一部、高架下になっている場所があり、黒崎くんはそこで雨を凌いでいるらしい。
「行け!和輝!」
「大尉殿!」
「う、うん!ありがとう!」
軽トラの荷台から飛び降り、勇ましく登場!ヒーローは遅れてやってくるものなのだよ!
…って、あれ…?
ギロリ。
「あぁ?」
「なんだ、てめー?」
ひゃぁぁぁ!聖飢魔Ⅱのみなさんお揃いでっ!黒崎くんをお出迎えですかねっ!?
「和輝…来るなっつっただろうが…」
黒崎くん。ずぶ濡れなのは彼も同じで、もう涙は見えない。でも…
「黒崎くん!行かないで!」
「悪いな。コイツらとの約束なんだ。分かってくれ」
「だって、だって僕は…君のおかげで…!君がいなかったら僕は…僕はっ…!」
「…」
クソッ!こんなんで終わりだなんて嫌だ!
言わなきゃ!本当に大事な友達にかける言葉を…!その言葉を!
「僕は!君の事が大好きなんだぁぁぁぁっ!」
「…は?」
「…え?違った…かな?」
「えーと…ちょっとそれは…すまん」
いやぁぁぁ!何か変な空気になっちゃったぁぁぁ!
「え?コイツ、ホモなの?」
「健吾…ご愁傷様」
なんかメンバーの方々から慰められてる!?
「違うよ!?そういう意味じゃなくて、友達として君の事を大事に思ってるってことだからね!?」
「まずは友達としてよろしくお願いしますってよ、健吾」
「いや、だから無理だって」
違うからぁぁぁ!
「え、大尉殿!BLとかいうやつですか!」
「和輝ぃ!父さんは何だって応援するぞぉ!」
勘違いに拍車をかけるような援護射撃いらないんですけど!?
「なんだ?あのおっさんとガキ…」
「お、おお、お気になさらず!それよりも、黒崎くんを返して下さい!僕たち新撰部には、彼の存在が必要なんです!」
現在の総長であるオサムくんというリーゼント頭の人に向けて頭を下げ、懇願する。
「それはきけねー頼みだ」
「お願いします!」
「しつこいんだよ!」
バキッ!
オサムくんの拳が、僕の頬にめり込む。あぁ…意識が持って行かれそうになる凄まじい衝撃だ。
「ぶはっ…!」
濡れたアスファルトに倒れ込む。数人の笑い声と、彩名の短い悲鳴が耳に届いた。
「くっ…」
「おー?立ち上がるか」
「和輝、もういいから帰れ…!」
唇を噛み締める黒崎くん。
「黒崎くんを…返して…下さい…」
「黙れ!」
バキッ!
「ごっふぁ…!」
「和輝!」
再び倒れた僕のそばに黒崎くんが屈み、頭を持ち上げてくれました。
これが男女の仲なら…ポッ。なんて状況なんでしょうか。とりあえず痛いんで今はいいです。
「おい、健吾!何やってんだ!」
「お前もホモか!」
「ちげーよ!ホモはコイツだけだよ!」
違います。
「大尉!分隊に撤退命令です!車両にて帰還します!ご乗車下さい!」
彩名が僕を呼んでいる。だが退くわけにはいかない!だって、まだ何も出来てないじゃないか!
「黒崎くんを…返せ…」
「まだ言うか!この…!」
しかし、オサムくんの拳が僕のもとに届くことはなかった。
「黒崎くん…?」
「健吾、どういうつもりだ?」
黒崎くんの手のひらが、オサムくんの拳を受けてそれを制止してくれている。
「和輝…帰れ…!これ以上殴られたって、何も変わりゃしねーんだからよ」
「ううん、僕は帰らない。僕は知ってるんだ。君が涙を流すくらいに悔しがってる事…」
「…」
「君は大事なものを失いたくないって言ったよね。仲間を守るっていうのは、それから離れていく事じゃないよ。最後まで一緒にいて、笑ったり泣いたりラジバンダリする事だと思う。だから、僕は君のそばを離れない…!絶対!君は、初めての友達だから…っ!うぉぉぉ!」
オサムくんに渾身の力でタックル!どうにでもなれ!僕の身なんて!
「は、離せよ!ホモ!」
彼を地面に押し倒してしまおうする僕の背中に鈍痛が走る。
「はぅっ!ま…負けないぞ…!」
「気持ちわりぃよぉ!抱きついてくるよぉ!」
オサムくん涙声。これは違う意味で精神的苦痛を与える僕の作戦勝ちですね。
ブロロロ…
また別のエンジン音…誰か来たのかな?僕の視界にはアスファルトしか映っていないので分かりません。でも、新手が来ようと関係ないぞ!黒崎くんは渡さない!
「げっ…!」
「え?うわぁ!」
何を思ったのか、踏ん張っていた力をフッと抜いたオサムくんに覆い被さってしまいました。
「あ、わ、ごめんなさい!」
「一代目…」
「え?」
振り返る。
「「お疲れ様です!!」」
わわっ。聖飢魔Ⅱの人達がみんな頭を下げて挨拶している。その先には…
ゴゴゴゴ…!
「健吾…あんまり学校さぼっちゃダメだろ?」
世紀末覇者さんがログインしました。
「チッ…兄者には関係ねーだろ。もう辞めたんだからよ」
黒い外車で乗りつけた黒崎くんのお兄様は、黒崎くんと同じ金髪のオールバックなんですが、身体が一回り大きい。まさに巨人。壁を越えて人類に絶望を与えそうです。そして、露わになっている筋骨隆々の上半身は、胸板から手首までびっしりと刺青が施されています。
「…あぁ!?辞めただぁ!?」
バキッ!
なっ!?その巨体から繰り出された音速のパンチが黒崎くんを吹き飛ばした!
「ごはぁぁぁぁっ!!」
ゴロゴロゴロ…ボチャン!
えぇぇ!?黒崎くんがアニメ的に盛大に転がって川に落ちちゃいましたけど!?
「わっ!?健吾!?」
「大丈夫か!?」
数人のチームメイト達が川に飛び込んで、彼を救い出しました。はぁ、良かった。溺れなくて。
「大宰府!」
「はっ、はい!」
お兄様がオサムくんに怒号を飛ばし、オサムくんはバッと立ち上がりました。え、オサムくんの苗字って大宰府なの?すごく…知的なお名前ですね。
「てめぇ、ウチの健吾を引き戻したのか?あぁ?」
「い、いえ…その…」
オサムくんカチコチだ、ざまぁ。
「どうなんだ、こらぁ!」
「は、はい!俺がチームに戻るように言いました!」
「死ね、ボケ!」
バキッ!
「おわぁぁぁ!」
ゴロゴロゴロ…ボチャン!
デジャヴ!
お兄様が、川から引き上げられてぐったりしている黒崎くんのそばに歩み寄る。
「健吾」
「うるせー…」
「僕はな、お前に僕と同じ人生を歩んで欲しくないんだよ。まだ若いお前にはわからねーだろうがよ」
「だからうるせーんだよ…」
いつもなら、黒崎くんはお兄様に食ってかかっていくはずなのに、意気消沈している様子だ。それは彼の中で、学校を辞めたという判断が納得出来ていない事を表している。
「どうせ今のまま社会に出ても、仕事なんか板につきやしねー。お前は僕みたいなニートになんかなるな」
これは…お兄様の愛だ!美しい!
「仕事が出来なきゃ手を出すのは盗み、暴行、挙げ句の果てにクスリや殺しか?」
うんうん。ダメ!絶対!
「お前、僕の生活を知っているだろう。ギャンブルやネットワークビジネス、FXで儲けた金で、毎日キャバに通ってリンカーンに乗って…楽しいと思うのか?」
かなりイイ生活送ってませんかね、それ!?お兄様のニートな部分って、実家住まいなだけじゃないか!?むしろ、のらりくらりしてても稼いでるならニートではない!
「ちょっと楽しいけどね。でもダメ」
自分から楽しいって認めたぁぁ!
「そもそもなんで学校辞めようと思った?いくら大宰府が族に誘い戻したからって、あんなに楽しそうに部活の話してたじゃねーか」
うぅっ…!お兄様にそんな話をっ!泣かせるじゃないか、黒崎くん!
「千佳が…オサムの女がさらわれたんだ」
「知るか、んなもん。出来る範囲で協力するだけでも充分だろうが」
「今日までに見つからなかったら戻る。そう約束してたんだよ。じゃねぇと学校の仲間がコイツらにボコられるって言われてな」
ピキッ。
あ、お兄様のキレる音に相違ありませんです。はい。
「メガネくんは…健吾を連れ戻しに来たのか」
「え?あ、はい…!」
ガシッ!
うわぁ!掴まれた!肩が超絶痛いぃ!
「ありがとう」
お兄様は僕にそう告げて、オサムくんたち聖飢魔Ⅱ、かつてお兄様自らが作ったチームの後輩達を睨みつけました。指が半端ないくらいコキコキ言って…やる気ですね分かります。
「健吾、本当の仲間を間違えるな」
「チッ…」
黒崎くんが立ち上がり、お兄様と肩を並べました。誰が見ても分かります。この兄弟最強。
…
一分とかからなかったんじゃないでしょうか。聖飢魔Ⅱが壊滅状態になるのに。
千切っては投げ、また千切っては投げ、虐殺を見ているかのような光景に僕や父さん、彩名は茫然とするばかり。
「うぅ…」
「どうして…」
「初代、俺達の事なんてどうでもいいんですか…?女がさらわれてるのに…」
這いつくばったオサムくんがお兄様の脚にすがりつく。
「え?うん、別に」
うわぁ…
ピリリ!ピリリ!
携帯の着信音だ。オサムくんがごそごそしてる。耐水仕様なんだろうな。
「あ…千佳だ」
なんと…!彼女さん無事だったのか!
みんなからの視線が集まるので、スピーカーホンにしてオサムくんが電話を受けてくれました。
『あ!もしもーし!ただいま、オサム!』
あれ?拉致られてた割にはすごく明るい声だな。
「お、おう。千佳、無事なのか!」
『無事?何が?あぁ、飛行機が堕ちなかったかって?心配性だなー。お土産たくさん買ってきたから!』
飛行機?お土産?
「は?スマホの電源切れてたし、拉致られてたんじゃ…?」
『なにそれ?ホームステイで二週間ばっかりオーストラリアに行くって、話したよね?』
…こ、これは…オサムくん、やっちまいましたね。
『もしもーし!オサム?聞いてるのー?おーい!コアラのチョコレートだよー!』
ジリジリと彼に忍び寄るのは、黒崎くん、お兄様、そして聖飢魔Ⅱのメンバー全員。
「げ…ご、ごめんなさ…コアラぁぁぁっ!!」
オサムくんの顔が三倍くらいパンパンに膨れ上がったところで、一件落着?となりました。




