愛しさと切なさとオタクらしさと
剛毛のザンギエフにわき毛が無いのがどうしてなのか気になって夜も眠れない。
…
こんばんは。早良和輝といいます。そろそろ自己紹介が面倒になってきたのは内緒です。
現在、僕ら新撰部は部員の黒崎健吾くんの部屋にお邪魔しています。彼の家は僕らの町に昔からあるマンションの三階。間取りは3LDKで広々です。黒崎くんの自室は殺風景というか…見事なほどに何もありません。パイプベッド。小さいテレビ。以上です。あんまり部屋にいないのか、生活感がまったく無いなぁ…
「ふぅ、すっきりした」
トイレから部屋の主が戻ってきました。
「あ、おかえり。お邪魔して大丈夫だったの?」
「誰もいねーからな」
ホッ…世紀末覇者こと、黒崎くんのお兄様にも会わなくてイイのか。良かった。
「で、景子の話だったか?」
黒崎くんの亡くなった元カノの話。彼に想いを寄せる久留米さんにはキツそうだが、案外彼女は興味津々な様子だ。
「話せる範囲でいいよ」
「隠すようなことじゃねーから全部話してやるよ。その前に、アイスでも買ってくるか。俺の奢りだ」
黒崎くんが財布を取り出した。むむっ!?ピンク色でまん丸のキャラクターが描かれた可愛らしい財布だ!これは、言わずと知れた任天堂の!?
「財布…かわいいくまぁ」
久留米理沙さんがくまっておられますね。
「さすがりさっくま!お目が高い!コイツは雲の上のカービィだ」
ちょっと名前が違うよ!?カービィはそんなお高くとまった偉そうなキャラクターでしたかね!?
「和輝」
「はいはい。ブラックモンブランね」
僕がパシらされるのは予測してたさ!ふんっ!
…
「まぁ、俺が黒霧島工業を辞めたのはアイツが死んだからだったんだ」
アイスクリームを片手に、黒崎くんの昔話が始まった。
…
「だいたい予想できるとは思うが、俺は向こうにいた頃、相当な悪さばかり繰り返してきた」
名残はありますよね。最初はとんでもない転校生が来たものだと思ったものです。
「その頃に付き合ってたのが春日景子だ。別にヤンキーってわけでもなく、普通の高校生だった。クロキリ工業に通う同級生でな」
僕らが在籍する二階堂高校のような普通科ほど多くはないが、工業高校に通う女子もいる。
「当時、俺は暴走族にも所属していた。一応、総長。つまり頭を張らせてもらってな。聖飢魔Ⅱ(せいきまつ)ってチームだ」
ダメじゃないそのチーム名!?閣下に蝋人形にされちゃうよ!?
「ちなみに俺は四代目。初代総長はウチの兄者だ」
世紀末覇者…なんか色々つながりすぎてて逆に納得。
「当然、よそとのゴタゴタは日常茶飯事だ。だが、俺は常勝無敗。そんな俺の弱みを握る為、つまらねーチンピラ連中が景子をさらったのさ」
「…大丈夫?黒崎くん」
「気にすんな。続けるぞ」
確かにどこか割り切っているような、そんな表情だ。悲しくないわけなんてないはずなんだけどな…
「まぁ、敵の女を連れ去るってのは、どういう結末になるか、分かるよな?俺達はチーム総出で景子の居場所を探し回り、ようやく敵の根城に踏み込んだ。もちろんソイツらは再起不能になるくらいボコボコに叩き潰してやったんだが、景子は心にデカい傷を負って、結局ひと月も経たない内に線路に飛び込んだんだよ」
「もういいよ…黒崎くん…」
久留米さんとうきはの目からはポタポタと涙が溢れ出ている。大牟田くんはパソコンを閉じ、腕を組んでうつむいていた。
「景子を殺したのは俺だ。俺の弱さだ。いくらケンカが強くても、大事な女一人守ってやれなかった。…だから、俺は逃げ出した。あの、思い出の詰まったクロキリ工業を。そして気づいたんだ。本当に強い奴は、周りを傷つける荒くれ者じゃない。教室の隅で縮こまっているようなオタクにも、力に物を言わせてイキがってるかつての俺みたいな不良にも、平等に接することのできる器のデカい人間なんだってな。景子はそういう女だった。俺みたいに煙たがられちゃいなかった。誰からも好かれて、慕われてた。俺みたいなどうしようもない男にも差別的な目を向けたりしなかった。だから、惚れた。…あんなイイ女が死ぬのは間違ってる。今でも俺が代わってやりたいくらいだ。だが、それは出来ない。だから俺は不良の道を捨て、真逆のオタクの世界に触れてみたのさ。それが、アイツへの報いだ。不良は辞めたぞ!ってチャリで墓に駆けつけるくらいしかできねーがよ」
涙が止まらないです。そんなの、僕からは何にも言えないよ…
「でも、お前らの顔を見てアイツも安心したかもしれねーな!不良とは違う新しい友達と楽しくやってんだな!ってよ!」
カタカタ…
何を思ってか、大牟田くんがパソコンを再び動かし始めました。
「黒崎先輩…これを…見てください」
「ん…?うおっ!エロサイト!?俺ぁ別にヘコんじゃいねーっての!のわっ!?なにやら股間が膨らんで…!」
「強制的に元気になります…」
はは…違った意味でね!でも、人付き合いが苦手な君が、黒崎くんを励まそうとしてくれてるんだな!大牟田くん!
「健吾サイテー」
「なんでだよ!?」
女子達の視線は冷たいですがね。
「ちょっと感動してたのに…黒崎先輩…サイテー」
「うきはまで!?翔平のせいだからな!」
その通りですね。
「わが輩は何も…」
「健吾サイテー」
「黒崎先輩サイテー」
何か知んないけどそのイジメやめてあげて!?黒崎くんのHPはもうゼロよっ!?
「オーバーキル!オーバーキル!」
僕のささやかな抗議は、誰の耳にもとまりませんでした。
…
結局、僕の学ランのポケットに入っていたクッキーをみんなに分け与えることでその場は収まりましたが…あれ、何でクッキーなんか持ってたんだっけ僕…まあいいや。景子さんからの贈り物だな!きっと!
黒崎くんに別れを告げ、僕らは一旦部室へ戻ります。カバンとか置きっぱなしだからね。
「なぁんか…あたしじゃ、役不足な気がしてきたなぁ。あんなに素敵な彼女がいたなんて…はぁ」
久留米さん、独り言が大きいっす。自分、気ぃつかうっす。
「大丈夫ですよ、久留米先輩!黒崎先輩が好きなんですか?私、応援します!」
「わが輩も応援する…頑張って下さい、久留米先輩」
「ひゃっ!?べ、べべ別にあたしは健吾なんて狙ってないんだからねっ!」
顔を真っ赤にした久留米さんが両手の平を目の前で左右に振って否定する。それ突き通すのは無茶すぎるでしょ…バレバレだし。
「ま、まあ!とにかく、転校生である黒崎くんの過去に少しでも触れられて感謝だよね!それだけ僕らを信頼してくれてるんだと思う!彼は学内でもすごく目立つから、色んなところで角が立つとは思うけど、何があっても僕たち新撰部だけは味方でいてあげられるんじゃないかな!?」
取り繕ったように乱雑に並べ立てた言葉だけど、これは僕の本心だ。やっぱり他人なんだし、自分の事を話そうという時に、この人にはここまで、あの人にはここまで、っていう線引きは誰しも無意識の内にしちゃってると思う。黒崎くんが辛い過去を話してくれたのは、彼の中に僕らが少しだけ入り込めたからって事だよね?僕は友達が少ないから、うまく表現できませんが…
「和輝くん、つまり…あたしは健吾の大切な存在になったって事!?」
あの、語弊しか出てきませんよその言葉。
「そうですよ!ファイトです、先輩っ!」
僕より先に、うきはがそう返事をした。
「うきは…ちゃん。好きぃぃぃ!」
「きゃっ!?久留米先輩!?」
はぅあっ!?また飛びついてるぞ!むほほ、やはり何度見ても美少女同士の絡みはたまりませんなぁ…はぁはぁ…
「いやぁ、やはり若い娘の身体は格別ですなぁ!くまぁ…」
たっぷりとうきはを堪能したロリ娘が手を放します。いや、実はおっさんかな?
「もぅ!油断も隙もないんだからぁっ!私は先輩のおもちゃじゃありませんよぉ!」
「えへへ…ごめんごめん。許してちょんまげ」
古っ!初めてリアルで聞いたぞ、そのセリフ!
…
「では、わが輩は失礼する…」
校門に着くと、大牟田くんは部室へは行かず、直接駐輪場へと向かった。あぁ、パソコンしか荷物がないのね。これでようやくハーレムタイムだ!まぁ…もう帰るだけなんですがね。
部室から戻り、僕と久留米さんは自転車を押しながら校門を出る。うきはは徒歩か電車なのかな?歩いて僕らについてきました。
ブロロロ…
おっと…なんだ、銀色の車が…って、長っ!
なんだか、異常に胴体の長い、ダックスフントみたいな乗用車が校門前に待機してますけど!リムジンって奴ではないのかこれは!
「早良先輩、久留米先輩、私はここで失礼しますね。基本的にはバスなんですが、今日は遅くなってしまったのでお迎えを呼んでおいたんです」
はいぃ!?うきはってお嬢様だったのかい!?
「はわぁー!なんか、大きい車だねぇ!うきはちゃんが運転するの?」
んなわけあるかっ!
「うふふ、まさか。運転は専属の運転手さんですよ。でも…そうですね。来年、ロンドンに行く機会があったら免許を取ってこようかしら」
「海外は高二で取れるんだっ!?いいなぁー!ドライブいこう、ドライブぅ!」
「もちろん!それでは、お疲れ様です」
後部座席のドアを開け、うきはが中に乗り込むと、ダックスフントが走り去っていきました。
久留米さんともその場で別れ、僕は一人で帰路につきます。ただ、少し遠回りをして黒崎くんの家の前を通過する事にしました。また「ウチに来い」って言われても、一度行ったきりじゃ道を覚えられませんからね。
ウォン!ウォン!
「…ん?」
この音は…黒崎くん、今度はバイクでお出かけかな?忙しいなぁ。
ウォン!ウォン!ウォン!
ブォン!
いや、多いな!?黒崎くんじゃないぞ、これ!?
マンション近くに到達。しかし、目の前を通るのが怖くなって、僕は物陰に隠れてそっと覗き込みます。
「うっ…!」
黒崎くんの家の前に、数台のゾッキー車両を確認!これより迎撃体勢に入りま…せん!
「健吾ぉ!いんだろぉ!」
ややっ、赤い特攻服をお召しになったゾッキーのお一人が、叫んでいらっしゃいますな!近所迷惑、反対!
「健吾ぉ!」
ガラガラ!
「うるせー!なんだ!」
黒崎くんの顔が三階の窓から登場だ!知り合いって事は、あれが噂の聖飢魔Ⅱか。黒崎くんが四代目だから、今は五代目になるよね。あ、旗とか特攻服の背面にそう刺繍してあるな。黒崎くんとしゃべってるリーゼントの人が今の総長さんかな。
「ちょっと面を見にきただけだ!元気にしてるかと思ってよ!」
「いらっしゃいませ!」
「じゃあ、ラーメン八杯!」
「やだ!」
ホッ…仲違いしてるわけではなさそうですね。黒崎くんもそうは言ってなかったし。会話は変だけど。
「たまには一緒にどうだ!?」
「いや、行かねー!お前らには迷惑かけちまったが、景子と約束したからな!悪さはもうやらねーってよ!」
エラいぞ!黒崎くん!
「そうか!こっちは相変わらずスリルのある毎日だぜ!ケンカも尽きねぇ!新しい学校はどうだ!?」
「スリルのある毎日だ!満点合格!」
スリルスリルうるさいですな。
「はっ!そりゃ良かったじゃねーか!また来る!」
「来んな!バカ!ボケナス!オサム!」
ウォン!ウォン!ブォォ…!
ああ、行っちゃいました。オサムは悪口じゃなくてあの人の名前呼んだだけですよね、絶対。
彼らが視界の彼方に消えたのを確認すると、ようやく僕はマンションの前へ躍り出た。もちろん、黒崎くんも窓を閉めてしまったので僕に気づく事はない。と、思っていたけれど…
「あん?和輝?」
「あ…」
なんか、ちょうど出て来ちゃいましたね。
「見てたのか?」
「うん…」
「まったく、こそこそすんなって言ったのによ。…見りゃ分かるだろうが、アイツらは俺が昔つるんでた暴走族の連中だ。今は大してつながっちゃいないから、お前は何も心配しなくてイイぞ」
そう言いながらヘルメットを被り、バイクを起こす黒崎くん。
「メシ、コンビニに買いに行こうと思ってたけど、お前も食うならラーメン屋でも行くか?」
「いや、大丈夫」
「そうか、早く帰れよ」
ウォン!
黒崎くんの背中を見送る。なんとなく嫌な予感が僕を襲っていました。理由は分かりません。
ゴゴゴゴ…
ひっ!?背後から殺気!?
「健吾…また僕のブラックモンブラン食ったな…」
こ…この太い声は…
振り返ることなく、僕がその場から退散したのは言うまでもない。