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黒崎健吾 襲来

どしゃ降りの火曜日。彼はやってきた。


 始業のチャイム。日直の号令。起立する一同。


 僕も例外なく、それに従った。


 気温は19度。天候は雨。5月だというのに、相変わらず肌寒い日が続いている。


 福崗県立、二階堂(にかいどう)高校。通称ふた高。九州地方の長閑な田舎町に佇む学校だ。

 僕、早良和輝(さわらかずき)の所属する二年三組の教室には机と椅子だけが整然と並び、教卓がそれを見下すかのように一段高い位置に置かれている。


「ちゃくせーき」


 日直の女子が気だるそうにそう言い、生徒たちは腰を下ろした。

 窓の外は大雨。窓際の僕の席からは、グラウンドに叩きつけるそれが、土をえぐっているように強く感じた。


「おはようみんな。今日も一日、怪我のないようにな」


 ホームルームの教壇に立つのは担任の男性教諭、門司(もじ)先生だ。勤続二十五年のベテランの彼は生徒たちからの信頼も厚い。

 いつもの日常、いつもの学校。僕は帰宅部であるということもあり、学校にはこれといって特別な感情は抱いていない。高校生活というものは、単に進学か就職までのワンステップ。切磋琢磨しあう部活メイトや、愛をささやき合うようなガールフレンドなど、生まれてこのかた出来た試しがない。僕はクラスでも地味な存在で、時折男子にからかわれたり、女子から気持ち悪いと蔑まれたりする事はあっても、友達と呼べる存在は誰一人としていなかった。

 趣味は、テレビゲームに、マンガやアニメを少々。丸メガネに坊ちゃん刈り、洒落っ気も何もないクラスメートAの完成だ。卒業してしまえば誰の記憶にも残らない。


 だがこの日はいつもと違った。


「今日は、転校生が来る予定なんだ」


 その一言で、全員の視線が先生に集まる。


「転校生…?」


 僕もそうつぶやく。


「ただ、このホームルームには出て来る予定だったんだが、遅れているみたいでね。この雨のせいだろうか、少し心配だよ」


 転校初日から遅刻とは、なかなか肝の座った人物のようだ。連絡がつかないらしく、しばらくは折り返しの連絡か、直接の到着を待つしかないらしい。


「先生!男ですか、女ですか!」


 誰かがそう言うと、教室内がガヤガヤと騒がしくなり始めた。


「ははは、それは来てからのお楽しみ…ん?」


 ウォン!ウォン!


 かん高いエンジン音。一台のバイクだ。

 雨が打ちつける校庭内に侵入し、グルグルとその中を回っている。クラスのヤンキー連中が窓際に押し寄せて指をさしながらはやし立てた。多感なお年頃である。誰もが悪に憧れるというのも、理解出来ないではない。


「またどこぞの暴走族くずれか…おい!みんな席について!すぐに生活指導の先生が追い払ってくれるから!」


 門司先生が彼らを強制的に席へと戻し、さあ授業に入ろうかという時。バイクのエンジン音が停止した。そして、男の声で…


「すいませーん!二年三組の教室はどこでしょうか!」


 …え?今、なんて。そんなことを考えていると、もう一度。


「二年三組はどこでしょうか!転校生の黒崎と言います!」


 うわぁ…なんかすごいの来たんですけど。生徒はおろか、門司先生も口をあんぐりと開けてしまったのは言うまでもない。


「あらためまして、黒崎健吾(くろさきけんご)くんだ。えーっと、みんな仲良くしてあげてね」


 いや、出来ないでしょ…


 びしょびしょの学ランからジャージ姿に着替えさせられた転校生は、やはり超がつくほどのヤンキーだった。金髪の長髪をオールバックにセットし、両耳にはキラキラと輝くピアスだらけ、あけ広げられた緑色の校内規定のジャージから見える文字入りの真っ赤なシャツ。細いまゆに鋭い眼で教室中をジロジロと睨みつける彼は、誰の目から見ても筋金入りの不良少年である。


「黒崎くんは、放課後職員室に来るようにね。あと、みんなに何かあるかな?」


「えっ!?速攻で呼び出しっすか!?何で!?」


 そりゃそうでしょ。


「ウチはバイク通学はOKだけど、50ccの原付バイクだけ!知ってるよね?」


「あ…あれ、原付なんで…」


 えぇ!嘘とかそういうレベルじゃないんですけど!前も後ろもなんか色々改造されてるし、うるさいし、明らかに暴走族が使う中型バイクじゃん、あれ!


「なんてバイク?」


「XJR400っす」


「…」


 400って言ってるし!それ排気量だろ!謝れ!ヤマハ発動機に謝れ!


「じゃあ…えーっと、あの席ね。早良、仲良くしてやれよ」


「えっ…」


 なんか不自然に僕の隣に空席が設置してあると思ってはいたが、まさかこうなってしまうとは。


「よろしくな。メガネくん」


「は、はい…」


 なぜ敬語、と心の中でつぶやきつつ、僕は深いため息を吐いた。



 昼休み。


 友達もいない僕は、教室でひっそりと弁当を食べるのが日課だ。


「メガネくん」


 …昨日までは。


「は、はい…?」


「黒崎健吾だ。よろ」


 よろ、って…


 仕方なく出された右手を握る。ゴツゴツしていて固い。よく見るとその手は傷やタコだらけである。どうしてそうなったのかは想像に難しくない。視線を上げると、僕を睨みつける黒崎くんの眼。ヤバい!殺される!


「ひっ!?」


 慌てて手を離して両手で顔を覆い隠す。


「何してんの?てか名前は?」


 クラスの連中は食堂に出払っていて二人きりだ!かなりマズいんだが!


「えっ…あ、名乗るほどの者ではございませんので」


「なんでだよ!」


「ひぃぃ…!」


「チッ、なんなんだよ…」


 ジャージを脱いで椅子にかける黒崎くん。何か文字が書いてある赤いシャツだと思っていたが…


『だが断る』


 なんてシャツ着てるんですかそれ。


「友達いねーの?」


「えっ?あはは、まぁ」


 クソっ!早く鳴れよチャイム!こんなに授業時間が来るのを待ち遠しいと思ったことはないぞ!


「俺もいないから、おんなじだな」


「クラスにはほら、ヤンキーっぽい男子も多いし、きっと黒崎くんなら大丈夫だよ…だから僕となんかじゃなく…」


「俺は…」


 えっ?なんか地雷踏んだかしら。すごいプルプルしてるんですけど。プルーかな?


「俺は!ヤンキーなんかじゃねぇぇぇ!!」


 バキッ!


「ぐほぁ!」


 …えぇぇ!?ガッツリ殴っといてその発言なに!?


 席から転げ落ちて悶絶する僕に、黒崎くんはさらにまくし立てる。


「俺は、健全な高校生だ!ヤンキーなんて言うな!分かったな、メガネ!」


「は、はぁ…ごめん…」


「で、名前は?」


「早良…早良和輝」


「じゃああだ名は『のび太くん』な」


 ぴったりのあだ名をつけていただきました。本当にありがとうございます。


「ん?おい、お前のカバンから出てるのって」


 黒崎くんにそう言われ、僕は机にかけてある自分の手提げカバンを見た。…げっ!


 ぼ、ぼ、僕の命の次に大事なポータブルゲーム機、PS VITAちゃんが顔を出しているではないか!絶対貸せって言われる、絶対貸せって言われるぅぅ!


 『貸せ』は『よこせ』と同意である。これまでの人生で、ガラの悪い同級生にそう言われてしまったら最期なのは分かりきっている!しかも、中に入っているのはお気に入りの恋愛SLG(いわゆるギャルゲー)だ!小馬鹿にされて、クラス中の話題にされてしまう!


「ちょっと見してくれよ」


 キターーー!!


 終わった。さようなら、僕のヒロイン、渚ちゃん…


「ど、どうぞ…」


 黒光りを放つイカしたボディが、僕の手から黒崎くんに。


「へー。ゲームやんのか」


「ま、まぁね…好きなの?」


 そう訊く僕の心は遥か彼方である。


「好きだぜ。ガキの頃はゲーム神と謳われた逸材だからな」


「へ、へぇー…そうなんだ」


「ディスクは何が入ってんの?」


 ギクリ。まぁ、そうなりますよね…


「えーと、ギャルゲーなんだけど…」


 さあ笑うがイイ!リアル世界の穢れた女子どもに愛想をつかし、清純な二次元世界の彼女を愛でる事に到達した、僕の崇高なる趣味を!さあ笑うがイイ!


「…」


 …あれ?黒崎くん?ノーリアクションですか?もしもーし。

 黒崎くんはピタリと固まったまま、何も映っていないゲーム画面に視線を落としている。そうか、ギャルゲーなんてやる奴いるのか!という衝撃を受けたんだな!?ははっ!理解できまい!君と僕との間には、決して埋められない差があるのだからな!これが十六年間かけて境地に達した僕と、リア充ヤンキー君との違いなのだよ!


ガシッ!


「え?」


 肩を掴まれた。しっかりと。


「ど、どうしたの?黒崎くん」


 痛い痛い。力が強いよ。肩壊れてマウンドに上がれなくなっちゃう。野球部じゃないけど。


戦友(とも)よ…」


 黒崎くんが口を開く。そして、キラリと光りながら流れ落ちる一筋の涙。なんですかこの状況。


「は?」


「戦友よ…!」


 ちょっと!マジで何なのこの人!恍惚とした表情が死ぬほど怖いんですけど!


「と、智代(ともよ)…?いや、僕はこのゲームでは彼女よりも渚ちゃん派で…って違うよね!?どうしたの!?泣くほど欲しいの!?あ、あげるから!」


 あぁ、何言ってるんだろう僕。勢いであげるとか言っちゃってるし。


「違う!俺は決めたぞ!お前を友達第一号にする!」


「はいぃ!?」


 黒崎くんはPS VITAを僕のカバンに戻すと、何を思ったのか僕の腕を無理やり引っ張って教室を飛び出した。どしゃ降りの雨は少し落ち着き、小雨がパラつく程度になっている。校舎から出た僕達は、雨にうたれながら校庭を横切り、学生用の駐輪場へとやってきた。


「はぁ…はぁ…なに!?僕、何か悪いことしたかな!?」


 息も絶え絶え、声を絞り出す。屋根付きの駐輪場には生徒たちの自転車や原付バイクが駐めてある。


「コイツを見てくれないか」


 その中でも一際目立つバイク。朝、黒崎くんが乗ってきた暴走族仕様の中型バイクだ。確か、XJR400だっけ?


「黒崎くんのバイクだよね」


「そうだ。よく見ろ」


 そう言われましても、やたら高い位置まで延長されたヘッドライト、これまた高く盛り上がった三段シート…僕の目には恐ろしいゾッキー車にしか見えませんが…そしてまた全体的にギラギラに塗装されたオレンジ色というか山吹色というか、そりゃあ目に眩しくて、股下の燃料タンクの部分も…ん?


「え?…あれ?」


 ゴシゴシ。目をこする。タンク部分に…見慣れた顔が描かれている。


「綾波…?」


 バキッ!


「ぐほぁ!?」


 本日二度目の鉄拳制裁を下されました。本当にありがとうございます。


「げほっ!げほっ!」


「綾波じゃねー!綾波レイちゃんだ、バカ野郎!」


 黒崎くんのバイクのタンクに、アニメ新世紀エヴァンゲリオンのヒロイン、水色のショートヘアに真っ白なプラグスーツを着た綾波レイのイラストが描かれているではないか!これはどういうことだ。よく見ると、前輪を覆うフェンダーには彼女が所属する団体『ネルフ』のエンブレム。車体後部には漢字で『零号機』の文字が。


「黒崎くん…まさか」


「こいつの名は零号機。俺とのシンクロ率は120を超えている」


 嘘だろ!この人、見かけによらず、趣味がアニメなのか!?


「お前、痛車って知ってるか?」


「もちろん、知ってるけど…」


 痛車。イタリア製のイタ車ではない。車好きなオタクの諸先輩方が愛用するカスタムカーの総称だ。ベースは国産のスポーツカーやワゴン車などだが、特筆すべき点は、そのボディに萌え萌えなアニメキャラクターが描かれている事である。あまりに痛々しい勇姿に『痛い車』…『痛車(いたしゃ)』となったのだ。しかしこのバイクは…


痛単車(いたんしゃ)だ。誰よりもイカしてんだろ!」


 い、異端者!?なんて素敵なネーミングだ!痛単車と異端者をかけているのか!ジャパニーズカルチャー万歳!


「た…確かに、かっこいいね…」


 思わず見惚れてしまった。そんな僕の様子に気づき、ニヤリと笑う黒崎くん。


「改造バイクなんて暴走族の特権だと思ってたけど、これには本当に驚いたよ」


「だろ?少しは俺がヤンキーとは違うと分かってくれたか?」


「…うん。君は、えーと…言うなれば『ヤンヲタ』だね」






 それが、僕と彼との出会いだった。



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