アッパーリミット
友達の話だ。
退屈はこいつの周りには存在しなかった。平坦に続く幸せも短い命で生まれては死を繰り返していた。小さな不幸せはぽつぽつと面皰のように増えたり減ったりを行き来していた。だから隣で俺は楽しかったのかもしれない。今までの知り合いの中にこんな奴はいなかった。無垢な表情の1パーセントが見えなかった。多分それは俺なんかが理解できないような透明で圧迫された、窒息してしまいそうなくらい密度の高い無色の心なんだと思う。
それが珍しくて、今までに見たことないくらい歪でカラフルに見えた。傷口をじっと見ていたくなるような、息を吹いてちょっかいを掛けたくなるようないじらしさをお前が持っていた。羨ましかったし、憎たらしかった。傷を覆う必要なんてない。ばんそうこうで隠してしまう必要なんてない。それを一番分かっていたのはお前自身だったと思う。
光を全部吸い込んでしまいそうな程の黒目はいったい何を受けていた。それが細くなる度に安心を覚えた。時間が引き延ばされたんだと実感できた。
アッパーリミット。ほろほろと編まれた言葉は今も残っている。幸福に耐えることができる上限、明るさになれることのできない人もいる。顔をそむけるか、立つ場所を変えるか。
最近は良いことが続いているんだ。幸せ達の寿命がやっと延び始めたらしい。
冗談めかして笑う表情がかたく閉ざされていたような気がした。ただの嫉妬だと結論付けるには俺はお前を知り過ぎていた。そう簡単に終わればよかったと思っている。思い通りにいかないものだと嬉しそうな顔がまだよみがえる。枕に頭を沈めてもその声は浮かび上がってくるのが恨めしい。一言で救える一言があるのなら、そう考えない日もなかった。それじゃ満足できないと、例え満足させたとしても物足りなさそうにきっと下を向くんだろう。
話をしてしまおうか。でもそんな勇気は持ち合わせていなかった。お互いにまっすぐだからぶつからないで済んだと一歩引いて言われたことは、成長できない子供にどんな罰よりも痛く跡が付く。
秒針が進めば確実に消えていく。二人のことだからなおのこと。どれだけ聞いても話してなんかくれなかっただろう。下手にごまかしていれば気が済むと思って。
でもせめて教えてほしかった。最後に正直な自分を。嘘は付き飽きたなんて嘘もやめてほしかった。椅子を蹴飛ばした瞬間はどんな顔をしていたのか。体が宙に浮いた時、怖くなかったのか。
幸せでした、なんて嘘なんだろう。ありがとう、なんて思ってもないくせに。
俺のことなんてこれっぽっちも頭になかったんだ。答えても、答えてもかえってこなかった。追うしかなかった。
だから。
もう、行くから。
もう、一人にさせないから。