白猫
1
僕の前の席の彼女を一言で表すなら、黒だ。伸びっぱなしになった黒髪、目の下のくま、そして何より彼女の誰ともかかわりたくないというオーラ。どこをどう切り取ってみても、彼女は黒であり、それはどこからか「黒魔術に詳しい」とか、「町のはずれのお化け屋敷に住んでいる」とか、そういう噂さえ誘ってくる。誰もが彼女を黒と認識し、いつの間にか彼女の名前を覚えている者も少なくなっていた。
2
「ちょっと買い物行ってきてくれない?」
そう姉に頼まれた僕は、ぶつくさと文句を言いながら、レジ袋を片手に帰路を目指す。時刻はまだ四時だというのに、空はオレンジ色に染まっていて、冬になったことを感じさせる。
「あれ?」
公園に、黒い影と猫の群れが見えた。目を凝らして見てみると、そこには黒い彼女。
「おい」
思わず声をかける。すると、くるり、と彼女は振り返る。
「何してんだよ」
「猫缶をあげているの」
よく見れば、彼女の足元にはカラになった猫缶がいくつか転がっている。どうやらここにいる猫たちが食べたようだ。
「猫って、かわいいよね」
意外だ。こいつに動物をかわいがるなんて感情があったのか……なんてことを考えると、一言。
「缶詰捨ててくるね」
なぜか一言断られ、「あ、ああ」なんて腑抜けた返事を出す。そうしてしばらく呆然として、やっと彼女の暗黙の「一緒に猫を愛でよう」という誘いだということに気づく。
「まあ、いいか」
姉には怒られるだろうが、それよりも面白そうである。彼女がどれだけ黒いか、調べてみるのも面白い。そうしてどこかのゴミ箱へ缶詰を捨てに行った彼女の帰りを待った。
3
「お待たせ」
なんて声と共に、息を切らして帰ってきた彼女に気づく。
「走らなくてもよかったのに」
「帰っちゃったらどうしようかと思って」
「そ」
一言……というより、一文字言うと、足元に群がる猫に目線を下した。
「きゃあ」
びゅう、と暴風が吹き、――なぜだかその時僕は彼女の足元の黒猫を見ていた――黒いニーハイと黒いスカートの間から、肌色と共に覗かせた色。
「……白」
思わずつぶやいた。漫画のヒーローがたまたま見てしまうとき、ありがちな白。純白。「私をあなた色に染めて」という意味のある白。
「…え?」
彼女はきょとん、としてこちらを見た。
「何か、言った?」
「いや、何も」
面白い。今までの噂のどれよりも面白い。まさかこんなことがあるとは。にやりと口角が上がる。そしてそれを隠すように、口元を隠す。
気づけば辺りは暗く染まり、街灯がぱっと灯り始める。まるで、闇色が黒を飲み込まないように。
街灯よ、君がそんな風に守らなくたって、彼女はそれほどそうでもないぞ。
「そろそろ帰るよ」
「そっか、私も帰ろうかな」
「それじゃ。」
そうして、僕はその場を後にし、家に帰って姉に怒られる覚悟をした。
4
僕は教室の扉をばっと開けると、まっすぐにあの席へ行く。
「おはよう」
初めて彼女に挨拶をする。彼女は驚いて、たじろぎながら「おはよう」を返す。
目の前の彼女は、今日も白い。