ツァルカーンの街
前話 修正しました2017_05_07
天を見上げれば無数の大木がアーチを描き、さながら鳥籠の様相を呈していた。
葉は青々と繁りその隙間からは木漏れ日が光りの線となり降り注いでいる。
「すごい! 見てよあれ! バカでかい木の鳥籠みたい!」
そういってアナは一人で先に走り出して行ってしまった。
そのはしゃぐ姿はまさに年相応でそれを見たクロガネは。
「アナちゃんさぁ。
バカは付けちゃだめだって。
もっとお淑やかにさぁ…。
───でもその無邪気さが今は良いのかもしれないな」
走っていったアナの背中を目で追いながらクロガネは、言葉遣いの教育が必要だと感じつつ一人で自己完結してニコニコしだした。
アナには母と父がおらず大体はアイマン博士とクロガネの二人と行動しており、多少男勝りになるのは仕方ないことだった。
先頭を歩いていたギロシェは追い越していったアナの背中を少しの間、微笑ましげに眺めると振り返り。
『見えてきましたね。
あれがツァルカーンの街です。
この辺りではもっとも栄えている場所で、様々なひと々や店が集まっています。
まずは旅の宿へ行きましょう。
今回の事を報告して助力を得られるなら貰いたい』
と、今後のプランを説明した。
今回の事はこちらの不手際であり、何らかの譲歩を引き出せるだろうというギロシェの算段だった。
それからしばらく歩くと、やがて走っていったアナに追いついた。
アナはしゃがみ込み地面にある何かをじっと見つめているようで、眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。
その表情は懐疑に満ちていて。
その様子を見たアイマン博士は何をしているのか聞こうとした時、アナの目の前から一本の木がまるでせき止められていた濁流の様に爆発的に伸び出し、十秒後には直径数メートル、長さは10階建てのビルディングほどにもなり、ギリギリと軋む音を上げながらアーチを描きツァルカーンの街の一部となった。
呆気にとられ、成長しきった木の頂を見つめるアイマン博士とクロガネ。
しかしアナは未だ大木となった木の根本を見つめている。
そこにはまるで豆のような何かが幾つも蠢いており。
じっと見ると二足歩行する人のようであったが、光加減で色を変える艷やかな甲殻で全身覆われており、関節は節足動物じみて、手足は鉤爪。
丸々としたそれは見た目、二足歩行するアルマジロに近かった。
『そんなに見つめてはいけない。
彼らはツァルカーンに名を連ねる方々だ。
失礼はいけないよ』
そう言ってギロシェはアナの首根っこを掴んで持ち上げると胸元で何かの印を切り敬意を二足歩行のアルマジロ達に示した。
ギロシェ曰く、あの小さなひと達の多くは木々と心を通わせ操ることのできる''生い茂るツァルカーン''に奉仕する一族で、星の主の名を冠したこの街は彼らの祭壇も兼ねていること。
そして''生い茂るツァルカーン''が求めるものは繁栄と永続であり、この街が栄えることが主への対価と信仰心の証になるらしい。
彼らはその為にツァルカーンの加護を使い、永遠にこの街を拡張、修復してさらに繁栄させるのだ。
歩きながらそう説明したギロシェ。
その間、アナは首根っこを捕まれ振り子のようにぷらぷらとし不服そうに頬を膨らませた。
その説明にアイマン博士はううむと呻いて。
『私達の様な、なんだ、適合するような言葉がみつからないが…。
とにかく君達はその神の様な存在が実在すると考えているのだね』
『考えている、とは違い実際に星の主は存在しています。
その証拠と言っては何ですが、私達は有る一定の年齢になり信奉する主を決めると、心のみで主の住まう星へ旅立ち契を交わして来るのです』
と全く荒唐無稽な話をしだした。
神の類が実際に存在しており、さらに空に浮かぶ星々まで会いに行くなどと。
この機械文明真っ只中のこの世界で、神の存在は既に否定されている。
神の姿、いや、奇跡ですら見たことが有る者がいようか。
それは数式で証明されている。
機構で証明されているのだ。
しかし。
『なるほど、実に興味深い。
私でもその主に会うことができるのかな?』
『おそらくできるでしょうね。
天上のに座す主達は獣相手にすらその扉を開いています。
彼らは寂しがりやなのですよ。
皆に忘れ去られたら消えてなくなってしまう程に…』
そう言ってギロシェは空を見上げた。
今はまだ日が昇り、澄んだ青空が見えるばかりだが、きっと彼が敬うものもその先にいるのだろう。
そうこうしている内に、一行はツァルカーンを守るように覆う大木のアーチを抜け、一本の大通りに出た。
様々なひとが行き来するこのメインストリートは円形のこの街の反対側まで続いており、ちょうど中心部にある広場でもう一本の大通りと交差して十字路となり。
メインストリートからは蜘蛛の巣のように小道が作られ、木々をくり抜いた様な建物がいくつも並んで見えた。
また、上を見上げると大木が複雑にうねって絡まり、その大木の上をひとが行き来しているのが見える
その中央部分には大仰な建物があり、この街を見下ろしていた。
街の中は子供(身長が低いためそう思われる)が細い木の枝を持って剣戟の真似事をして遊んでいたり、道端に生えてきた様なオープンカフェで談笑するひと。
ガラス張りのショーウィンドウの中の商品を眺める二人連れや道端で露店を開いているひとなど、平和で穏やかな空気が流れており想像以上に文明的で、一体どんな未開文明の中で数日間を過ごすんだと身構えていたクロガネとアナは、その様子を見て少しは胸をなでおろしたようだった。
ほっとしたところで、木の枝でチャンバラをしていた子供の一人が一行に気づくとじっと遠目にこちらを見て固まり、その隙にぴしゃりと頭に小枝の一撃が決まった。
子供だけではない。
道を往くひとびとが博士達に視線を向けていた。
あからさまひともいれば、さり気なく見てくるひとも居る。
原因はクロガネが乗るシュラウドだ。
このアラハバキは日本では割りとポピュラーなもので、設計は古いが信頼性は高くカスタムパーツも数多に販売され|ハックアンドスラッシュ《荒事》で多く見られる。
それこそそこらのヤクザだのマフィアが倉庫に隠し持っていたり、民間の治安維持組織がお古を直し直し使っていることも。
だがそれはそれ。
ここでは星の光を遮る金属は忌避されており、金属の塊と言えるアラハバキはどう考えても異物であり、好奇の視線に晒されることは仕方ないことで。
「博士のやつ絶対心の中で笑ってやがる」
クロガネは呟いた。
未知と未知が出会う時、はじめのインパクトが大きいほど面白い。
博士はそう思っているに違いなく、クロガネが博士の方へ視線を向けると分かっているよとばかりに口の端を釣り上げた。
しぶしぶと言った感じでクロガネは見世物小屋の猿にになる事を受け入れて、サービス精神旺盛にも圧縮されたエアーをパージして空気が放たれる音を出してみたり、目をちかちかと光らせたりすると周りがざわざわとざわついて更に視線が集まり。
それを見たギロシェは平静を装ってはいるが内心はドキドキであり、何事も無く旅の館に着ける様にと遥か彼方に住まう星の主へと祈った。
ギロシェが常夕闇の森に入ってここへ戻ってくるまでで最大の緊張である。
その祈りが通じたかは定かではないが未だ好奇の視線は向けられるものの、無事に旅の館まで辿り着いた一行。
珍しさに何人かのひとが遠巻きに後ろを付いてきているが。
アラハバキの胸部が割れるように開きクロガネが出てくると、その遠巻きに付いてきたひと達からおぉーと歓声が漏れ。
『獣の口の中からひとがでてきたぞ』
とか。
『とーちゃん!頼んだらあれに乗せてもらえるかな?』
『よーし!お父さんがんばって頼んじゃうぞ!』
とか。
『爺。あれを御者ごと買い付けてきなさい。
わたくし、あれをセレブリティ溢れる金色に染め上げて次のパーティ会場へ乗り付けたくてよ』
とか。
そして注目を浴び続け歓声の中、少し天狗になったクロガネは何時もより何割かスタイリッシュにアラハバキから降り。
ギロシェとアイマン博士は他人のふりをして外巻きにその様子を見て。
アナは調子に乗ったクロガネを蔑んだ目で見つめた。
***
『アシャルカ。ヌ・ドゥリ家から出された依頼は偽りだった。
本部に陳情して今出されている依頼の取りやめと、詰問を行って欲しい』
ギロシェは旅の館へ来て直ぐ、アシャルカへ今までの経緯をつらつらと説明してそう申し出た。
話を聞いてアシャルカはさして驚きもせずに自分のつめをヤスリで丁寧に磨きながら気だるそうに。
『あぁー。
やっぱり?
本部からは似たような依頼に行ったひと達の消息が不明になってるって話が来たばっかりなのよ。
―――もちろんアナタが出ていった後にね。
怒らないでよ?』
そう言って、どうでも良さそうにぎしりと椅子を軋ませてこれよみがしにすらりと長い足を組み直した。
『これは四足の鷹に対する冒涜だろう!
その天秤に従って裁定が下されるべきだ!』
そう言って語気を荒らげるギロシェ。
だがアシャルカは気圧される様な事もなくのらりくらりと。
何か問題が起こる度に天井を仰ぐため、目をつぶっても脳裏に焼き付いている天井の木目を見ながら。
『わかった。その話は本部に届けておくわ。
それでアナタが連れてきた光無きひと?だけど。
後ろでウチのアンポンタンに絡まれてるけど、いいの?』
そう言いながらギロシェの背後で大男とギャンギャン言い合う小娘と、あたふたする男を指差した。
その解いにギロシェはちらりと後ろを振り返ると。
『問題ない。彼らもまた戦士だ』
『あっそう。じゃあこの書類に記入して。
本部に対する申し出とヌ・ドゥリ家への詰問の件ね。
あんまり意味ないだろうけど…』
そう言って気だるげに差し出された書類にギロシェはその大柄な身体からは想像も出来ないほど几帳面な文字で記入し始めた。
***
『おいおい。お嬢チャン。
入る建物を間違えちゃったのかな?
ここにはお嬢チャンのママは居ないぞぉ?
もっと育ってからここに来るんだなぁ?』
下品に笑いながら牡牛のようなひと―――まさにその見た目は神話のミノタウロスである―――がアナを見下しながら小馬鹿にしている。
周りの外野もそのやり取りを面白そうに見て指を指しながら笑っており、助けに入るようなひとは誰一人と居ない。
「くっそ。
コイツの言葉わかんないけど何言ってるか解るわ。
大体ワンパターンなのよこういうヤツは!
知能レベルがコイツと同一になったみたいですごいムカつくわ!」
ぐぎぎとアナが2メートルほどの男を睨みつけながら呻いた。
クロガネは男を引き剥がそうと胴を掴み引っ張っているが、まるで根がはった大木の様にびくともしていない。
『なんだぁ?
何言ってるかわかんねぇなぁ。
ひょっとしてママじゃなくてパパを探しに来たのか?
ならここに来たのは正解だったなぁ』
牡牛のひとが口から涎を垂らしながらアナに手を伸ばし―――手が届く寸前でクロガネが立ちはだかり。
「テメッ!このロリコン野郎!ウチのむわっぱ!?」
あっけなく顔面に鉄拳を貰い、そのまま壁に激突して倒れた。
それにこれ幸い。
先に手を出したのはあんたよと、僅かな時間差で牡牛のひとの顎にアナの全身のバネを使った拳が突き刺さり、百キロを超えるだろう男はきりもみ回転をしながら食堂の机に突っ込み昏倒した。
ひと時の間の後に外野から歓声が上がる。
外野はどちらがどうなっても面白ければいいのである。
今度はリザードマンの様な蛇のひとが近づき。
両手を広げながらアナの素晴らしいパンチを讃え始めた。
『素晴らしいパンチだ!
まるで月めがけ水面から飛び上がる魚の如きっぱ!』
蛇のひとは昂ぶったアナの鉄拳を顔面に受け、またもきりもみ回転しながら窓ガラスを突き破り建物の外へと飛び出した。
どうやらギロシェの祈りが通じたのは旅の館までの道のりまでのようで。
スイッチが切り替わったアナは既にバーサーカーに成りはて。
堰が切れる様に踊りかかってきた蛇のひとや牡牛のひとの仲間を尽く戦闘不能にさせた後、やっとギロシェが羽交い締めにして止まったのだった。
ひと暴れの後、少々風通しの良くなった旅の館の別室。
アイマン博士とクロガネ、アナは応接間の様なその部屋でソファに座って待つようにアシャルカから促された。
アイマン博士は、アシャルカから出された木のカップに入れられたお茶の香りを嗅いでみたり、慎重に、僅かだけお茶を口に含み味を確かめてみたり。
クロガネはぐいっとカップをあおると、甘すぎると文句をたれた。
その濁ったそのお茶はコップの底が見えないほどで、甘い花の蜜の様な香りを立ち上らせており、どろりとした液体を飲み込むとまるでバニラアイスを溶かし、なにかハーブの様な香料を加えたような濃厚な味だ。
しばらく待つと扉が開き、全身が白い毛に覆われた狼男の様なひとが部屋に入ってきてアイマン博士達と机を挟んで反対側に座り。
『星の光あれ、光無きひと。
私はこの旅の館ツァルカーン支部の長をやっている。
名をアヴァタヴァールと言う』
と言いながらソファに座った三人を見回した。
それにアイマン博士は星の光あれと返し三人分の紹介を行い、片目が潰れたアヴァタヴァールの独眼をサングラス越しに見つめ。
『この二人はこちらの言葉を喋れませんので私が代弁させてもらいますが、このような場を設けた意図を教えていただきたい。
ある程度想像はつきますがね』
と、手振りを加えながら話した。
アヴァタヴァールの表情や語気は穏やかで、アナが破壊した旅の宿の賠償をしろだとか、ましてやアイマン博士たちを襲った刺客と裏で繋がっているようには到底見えない。
そして実際に。
『なに、そこで茶の水面に顔を写しているお嬢ちゃんが壊した館の修理費を払え。
などとは言わんよ』
と、自分のせいで難癖をつけられるのではないかとコップの中身を覗き込み置物の様になっているアナを見ながら、朗らかに言い、それを聞いたアイマン博士はポンポンとアナの頭を撫でた。
『それよりも光無きひとよ、どうだねシャルカーンの街は?』
『活気に溢れていい街ですね。
穏やかで、平和が保たれている。
それに文明的です。
想像以上にね。
私達より遥かに優れている所も多々見受けられる。』
問いかけられた質問にアイマン博士は街の中の光景を思い出し答えた。
おだてての言葉ではない。
実際にここに来るまで無数の、それこそ十桁ではくだらないほどの種族が居たのだ。
肌の色の差だけではない。
虫のようなひとが居た。
獣のようなひとが居た。
魚のようなひとが居た。
不定形のひとが居た。
それらが同じ場所で共存しているのだ。
アイマン博士には考えられない事だった。
表向きは。
かも知れないがねと、心の中で付け加えながら。
『はは、褒め言葉と受け取っておこう。
私は初めは光り無きひとなど。
どんなに恐ろしいひとかと思ったものだが、貴公らを見てその警戒も溶けた。
すまないな』
『問題ありません。
それはお互い様でしょうからね』
それにアヴァタヴァールは軽快に笑うと、少し空気が変わった面持ちで。
『正直は美徳だよ。
お互いにね。
では本題に入ろうか。
この度は我が同胞の不義により危険を負わせて申し訳なかった』
と言って手のひらをこちらに向けて差し出した。
アイマン博士は常夕闇の森のギロシェを思い出して差し出された手のひらに己の手のひらを重ねた。
ありがとうとアヴァタヴァールが感謝を述べると更に続けて。
『そこで私は旅人に対する不手際の始末を。
貴殿達の今後。
帰還までの支援を申し出たい』
その都合の良い話にアイマン博士は数秒間沈黙した。
今までの経験からこういった事には必ず裏があることを知っているのだ。
例えば、居もしない邪神への生贄にする為に拘束されるとか、貰った工芸品の中に違法物品が仕込まれていて知らぬ間に抗争に巻き込まれるだとか。
しかし今は見知らぬこの地で孤立無援の状態。
このような申し出は願ってもないことだった。
アイマン博士が逡巡している様子を見るやアヴァタヴァールは立ち上がり、返答は急いでいないという事としばらくツァルカーンの街を見てくると良いと言い。
『光無き''ひと''、と言えど言葉を持つ''ひと''だ。
そして''ひと''の旅人はもてなし、歓迎されなくてはならない。
これはこの地の''ひと''達の習わしでもある。
ぜひ私にそれをさせて欲しい。』
最後にそう言って部屋から出ていった。
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はるか上空。
空は青を通り越し、無限の漆黒へと色を変える頃。
そこに無数の何かが蠢く。
大小混在する深海魚のようなそれは白く輝く大きな身体をくねらせて宇宙ステーションを取り込み塩に変えた。
数多の衛星を塩に変えた。
これこそが地球を覆う檻である。
人類を守る殻である。
これこそが、御使いである。
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