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常夕闇の森 1

十分な量の薬と食料、小道具を買い込んだギロシェは宿で1日宿泊した後、依頼の光無きひとと合流するためにツァルカーンの街から西へ二日ほど進んだ所にある常夕闇の森へ向かった。


常夕闇の森はエメラルドの大量産出地であるシャル·シャラの平原の途中から突然切り取った様に始まっており、生い茂る広葉樹が日光を遮り発光する植物が常に夕暮れの光を放っている。

 

そんな森の中をギロシェは右手に持ったナタで邪魔なツルを切りながら進んでいる。


数十メートルにも伸びた木々の上からは得体の知れない鳴き声が絶え間なくするし。

周囲にも有象無象の気配が無数に感じられた。


まさに生命のるつぼといった所だ。


勿論、それだけの生物が居て無害なものだけな訳がなく。


木々の枝から落下して来る細長い獣をナタで切り伏せたり。

葉の裏に潜む毒虫を警戒しながら進むルートを決めたり。


動物の糞や足跡などの痕跡から危険を察知しながらギロシェは進む。


自然な立ち振舞いではあるが、無意識にそういった行動を行う男からは熟練のそれが感じられた。


『しかし、この森の中で空が開けている場所を探すなど……』


男の口から愚痴が溢れる。

実はギロシェには光無きひととの合流地点を知らされていないのだ。


森の奥まった場所で木々が開け、空が見える場所で狼煙を上げろ。

というのが依頼の一部に書いてあっただけで。


さらに森の浅い場所ならば情報もあるだろうが。

深く進んだ場所となるとなかなかに困難を極めた。


実際はるか先を見ても空から明かりが溢れるような場所はなく。


何処までも暗い木々の葉と時間感覚を狂わせる夕暮れの光がぼんやりと周りを照らしていた。


そんな中、ギロシェは何か見つけたのかしゃがみ込む。

土を掘り返し何かを取り上げた様だ。

それをザックの中にしまった。


男は少しニコニコしながら視界の片隅に捉えた影へ無意識にナタを振るった。

それは予想外にも金属音と火花が弾け、男の腕に確かな手応えを与えた。


一瞬で男の顔が戦いの時のそれになる。


男の斬撃を受け止めたそれは後方に一回転して着地した。

白い影は生まれたての赤子ほどの大きさで長い耳、赤い瞳。

鋭い2本の前歯を剥き出しにしてこちらを威嚇している。


「言葉無きものか……」


素早くギロシェがナタを右手で斜めに構え戦闘態勢を取った。


言葉無きもの。

本来、星の主から加護を受ける場合は信奉者の真なる言葉を以て星の主への敬いを示し、その加護を拝領する。

だが、狂気に侵された言葉無きものは無制限に―――限界はあるが―――加護を強奪するのだ。


言葉無きものはその体に無理矢理に力を詰め込み、肉体の限界を超えた力を発揮するため、只の獣の類には及ばない能力を持つ。


例えば鉄を噛み砕いたり、大木を投げ飛ばしたりだの、常軌を逸する。


睨み合うギロシェと言葉無きもの。

唐突に、動作の溜めもなく白い言葉無きものが跳ねた。


その速度は小柄ながら正に弾丸にも匹敵。

正面からぶつかり合った両者の間でまたしても火花が散った。


正確に言葉無きものの頭を捉えたナタ。

それから金属を引き裂くような歪な音が鳴った。


悪態をつきながらギロシェはナタを力任せに、手近にあった大木に叩きつける。


衝撃に大木が揺れ木の葉がはらはらと舞い落ちた。

素早く飛び下がった白い言葉無きもの。

そして大木に突き刺さったナタを引き抜くギロシェ。


ナタの状態を確かめるように、刃の背を左手でトントンと叩く。

言葉無きものを受け止めたナタの一部が欠けていた。

鉄でできた頑丈なナタの歯をかじり取ったのだ!


恐るべきはその小躯から弾丸の如き突進を繰り出し。

鉄すら二本の前歯で食い千切る言葉無きものか。

それともそのスピードを見切り的確に急所を狙うギロシェか。


両者の間に二度目の静が訪れた。

さわさわ、キイキイと森の音が蘇る。


足元では蟻が虫をせっせと列を作りながら運んで。

頭上では鳥が羽ばたき何処かへ飛んでいった。


体感にして数秒。

ギロシェが 僅かにナタの先端を揺らすと言葉無きものが爆ぜるように跳ねた。


今度は直進ではない。

前後左右さらに上下方向まで組み込まれた必殺の機動だ。

単純な突進ですら通常のひとでは目で追えるはずもない。


例えば旅人の館にいたアシャルカであれば、最初の一撃で首が飛んでいたであろう。


恐るべき身体能力。

しかしこの白き言葉無きものは自らを破壊しながらこの動きを行っている。


その証拠に飛び跳ねるために足場にした木々の表皮には赤い足跡が無数に付き始めた。


それに対して微動だにしないギロシェ。

はたから見れば諦めたように、その視線は正面を見据えている。

だがその全神経は機を伺っているのだ。


言葉無きものの飛び跳ねる音が水気を帯びてきた頃。

ついに必殺の一撃が繰り出された。


ギロシェの背後、首筋に向かって吸い込まれる様にそれが飛びかかる!


三度行われた両者の衝突はまたしても火花が飛び散り金属音が鳴り響いた!

必殺の一撃をギロシェは背後すら見ずにナタで受け止めたのだ。


ちょうどナタを担ぐような体制で受け止められた言葉無きもの。

鋭い二本の牙に力が入りミリミリと金属が悲鳴を上げ始める。


「捕まえた」


だが途中で言葉無きものは気づいた。

己の首根っこが男の豪腕により、がっしりと掴まれていることに。


いつの間にか男の顔が、瞳が正面に有る。

己が食いついたのは背後からだったはずだと。


認識の差に戸惑いながらも、今度こそ刃が口から後頭部までを切り裂き光無きものの意識は途絶した。


確かに男が噛みつかれたのは背後からだった。


だが男は武器が破壊される前にやさしく、しかし素早く。

言葉無きものが認識できないほどの繊細さで武器を正面に運び相手を捉えたのだ。


想像してみてほしい。

完全に警戒しきっている獣の類を素手で掴み捉えるという事がどれ程困難であるか。


それは体長二メートルを越す、筋骨隆々の北極熊のような男が見せた達人の技だった。


「首にビリビリ来すぎなんだ。所詮獣は獣」


男は倒した言葉無きものの足を切り取り数回血を払うように振ると、血の円弧が地面や木々に描かれた。


その後、大きめの葉で死体を包み皮のザックに仕舞い込む。

男はこの耳長の獣が味は淡白で脂身がなく美味であることを知っている。

例え言葉を失うともそれは変わらないのだ。


そして、ここを歩いてきた途中で得た食料、そして街で買った香辛料。

まず初対面のひとに対して何をするかといえば、もてなしである。

それは大体の場合は食に関することだ。


うまいものを食べれば心が解ける。

たとえ光無きひとでもそれは同じだろうと男は考えたのだ。


ギロシェは心の中で初めての対面が成功することを一人確信した。


───それから数刻。


ギロシェは木々の切れ目を探すため常夕闇の森。

その深きを歩いた。

沢際を遡り、虫の声を聞きながら鳥の羽ばたきを追った。


コトコト。

コトコト。


鍋が煮立つ音がする。


焚かれた火が細い煙となり、開けた星空へゆらゆらと登っていった。

ギロシェは棒で鍋の中身をかき混ぜ、そのスープを僅かに舌へ垂らした。


鼻腔をはるか大海峡の、あの塩の香りが通り過ぎる。

さらに僅かにピリリとした辛さと蕩けた玉ねぎのような野菜の甘さが感じられた。


鍋の中に座するは先程倒した耳長の獣と拾い集めたきのこ類、野菜、細長い獣の肉。

そして鍋の周りでは串に刺された長細いものが満遍なくきつね色に焼かれていた。

そこに焦げ目は見えず、男の几帳面さが測り知れた。


完璧である。


だが、男は一つミスを犯した事に気づいた。

渾身の一作は招かれざる客も呼び込んでしまった事に。


二足歩行の巨人。

その大きさは巨体とも言えるギロシェをさらに凌ぐ。

手には折り取った太い枝を棍棒として持っており。

頭部は無く、大きな口がぱかりと開いている。


その構造は見るからに食欲と暴力を、常に求めていると感じられた。

首無の獣。


一般的な成人ならばひとのみに出来そうなその口からはよだれがボタボタと落ち。

木槌で地面を叩くような足音を響かせながらこちらへ向かってくる。


ギロシェの行きつけの食事処。

そのシェフから伝授された特製スープの香りは獣すら虜にするようだ。

 

ギロシェはゆっくりと首無の獣を刺激しないよう、横に寝かせておいた長剣の柄へ手をやる。


柄を掴んだと同時、首無の獣が叫び声を上げた!


一斉に飛び立つ鳥達が空にカーテンを作り出し、小動物は逃げ出した。


獣の口から出る涎が毒々しい斑模様に変化し、ぼたぼたとそれが落ちた地面からは煙が上がった。


毒の祝福だ。


星の主も加護を与えるものに分別を付けて欲しい。

そうギロシェはこんな時は思ってしまう。


ひとびとに災厄をもたらす獣であったり、不幸を撒き散らすひとであったり。


しかし今はそんなことを考えている場合ではない。


柄を握り剣を持ち上げた流れで、突進してきた首無しに鞘がついたままの剣を叩きつけた。


だが油と汚れにまみれた首無の毛皮が衝撃を受け流されてしまう。


首無を睨みつける。

打撃は得策ではない。


まずは間合いを離して剣を抜刀しなくてはいけない。

だがこの首無がそれを許すかというと、許さないだろう。


勿体無いが鞘を駄目にするか。

そうギロシェが考え始めた時。


聞いたこともない音がどこからとも無く聞こえてきた。


それはギロシェの戦闘思考時の集中力を破るほどの音で、首無もどこか怯んでいる。


徐々に大きくなる音は既に轟音へと代わり。

今こそ勝機とギロシェは剣の鞘を抜き去ろうと手を鞘にかけた瞬間。

まるで竜のひとが羽ばたくかのような風圧が男と首無を襲った。


次の瞬間、首無が断末魔を上げる暇も無く、一瞬で潰れ息絶えた。

黒い大質量が上空から振ってきたのである。


首無よりさらにひと周り、ふた周り、それ以上大きいそれを見上げるギロシェ。


巨大な威圧感をもつ黒い人型のそれは、つややかな体表に夕闇の光を反射させ、暗いベールの落ちた空に二つの赤い双眸を怪しげに灯らせた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

見たまえ、この甲虫を。

これは土食い虫という。

腐葉土ばかりを食べるからそう名付けられたそうだ。

この虫の肉はひどい味だが、殻を水で煮立てるとどうだ!

まるで深緑海峡の大甲殻から取ったようなダシが出るのだ!

まさに陸の海産物よ!


「空往く金の皿亭シェフ ギギィ・ダダ」

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