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プロローグ

男の前で、それが捻じれ、泡立ち、膨張し、縮小した。

白い肌がゲル状のなにかに置き換わり脈動を始めブクブクと泡立ち振動する。

ずるりと長い黒髪が生えた頭部が地面に落ち、二人分の手足は逆立った。


およそ人間ではない配置だが目は見開きこちらを見据えて。

口からはコボゴボと音が漏れた。


ガタガタと震えながら男がそれに歩み寄る。


安い家族向けのアパートの個室の外からはこの世のものとは思えない叫び声。

何かが爆発する音が絶え間なく巻き起こっている。

男が何を言っているかは聞き取れない。


しかしその様子はそれを助けようとするように見える。

現に男はそのゲル状の何かを引き剥がそうと手を差し出した。

だがそれに触れた途端、焼きごてに当てたかのような音と刺激臭が立ちこめる。

咄嗟に男が手を引くと、その手は皮が溶けピンクの肉が露出していた。

魂が抜けたように尻もちをつく男。


追い打ちをかけるように一際大きく部屋が揺さぶられる。

あちらこちらで、柱のような黒曜石が部屋をぶち抜く。

薄っぺらい天井を、壁を、あらゆるものを貫き破壊していく。

 

テーブルがなぎ倒された。

まだ温かいスープが盛られた皿が壁にぶち当たり粉々になった。

樹脂製の棚ははやにえのようになり。

家族の様子を写した写真立ては床に落ちひび割れ、ゲルに飲み込まれた。


あまりの非現実感に呆然となる男。

視界には初めから存在していたかのようにブルブルと震える汚泥。

それが次々に顕現していく。


それは男の周りだけではなくこの街全体。

いや、あるいは全世界で起こっているようにも思えた。

あるものは壁に張り付き、あるものは天井から滴る。

そしてあるものは無数の触腕を無造作に伸ばす。


超過した非現実。

超過した理不尽。

超過した不可解。


人が理解の限界を超えたとき何が起こるか。

それは恐怖と拒絶だ。

異なる人種、文明、宗教。

嫌悪感をもたらすものならなおさら。


男が地震によろめきながら立ち上がり砕けた椅子の足を手に取った。

すでにその目に正気はなく狂った殺意が芽生えている。


殺してやる。


そうつぶやきながら壁に張り付いた汚泥に壊れた椅子を叩きつける

飛び散った汚泥が男の顔に飛び散るとシュウシュウと蒸気を出し始めた。


溶け落ちる様な、焼け落ちるようなその痛みが男を襲う。

普通なら悶え苦しむだろうが、既に男は正気を失っている。

何度も何度も狂乱して壊れた椅子を汚泥に叩きつけた。


何度もめちゃくちゃに叩き、汚泥を飛び散らせる。

男の持っていた椅子は半分以上が溶解し刺激臭を立ち上らせた。


次の標的を定めようと男が振り返る。

そこには更に数を増やした汚泥、汚濁の塊達。


男の口から笑い声が漏れる。

遅々として、じわじわと男に集まる汚泥達は更に恐怖を加速させた。


壁にもたれ掛かり、ズルズルと崩れ落ちる男。


「サチコ···トモエ···」


その呟きを最後に男の意識は途絶えた。



*



 そして七日後。

 企業連合の浄化作戦により核融合爆弾が投下された。


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