ありす日常
瑠璃様主催、ヤンデレ増殖企画、カオス企画ストレス発散企画です。
ーーー がっしゃーーーーん
盛大に窓ガラスが割れる音がした。
条件反射のようにその音に背を向けてしまう。
振り向きたくない振り向きたくない。ていうか振り向くな。
ちょっと自分に言い聞かせてみる。
ていうかこの音聞くの何回目だし。
思わず涙がホロリとこぼれそうになる。
後ろには恐らく割れた窓から追い出された知り合いが。そして窓のところにもこれまた知り合いがいるんだろうなぁと思うと、切なくなる。
……そう、知り合いなのだ。
しかも知り合いなんてもんじゃない。
正確なことを言えば、あににあたる。
……窓の修繕、今月入って十一回目か……。
重たい溜息を吐いて、くるりと後ろを振り返った。
予想通りそこには……地面(道路。しかも公共の)に無数の硝子とともに転がった、上の兄。
……兄よ、百歩譲って地面に転がっていることには目を瞑ろう。だけどその恍惚とした顔、やめないか?変態にしか見えん。いや、元から変態だったか。
そして割れた窓の向こう側で、冷めた目で兄を見下す美少女……に見える下の義兄。
……だいたい予想はついた。
て言うか毎度毎度、何故こうも懲りないのか上の兄よ。下の義兄も下の義兄で少し自重して欲しい。窓ガラスを割るな。直すための金も無限じゃないんだぞ。
……しかも今回私の部屋じゃないか。なんでそんなところにいたんだ。
ていうか兄よ、いつも二階から硝子の破片とともに叩き落とされてる筈なのに怪我一つないのは何故だろうか。
頭痛くなってきた。
私はもう一度ため息をついて、家に入ろうと玄関に向かった。
……どうしてこんなことに……。
♢
さて、私には二人の あに がいる。
一人は血の繋がった兄であるのに対し、もう一人は父の再婚に伴い増えた、相手方の連れ子。所謂義兄、というやつ。
随分前のことなので今一覚えてはいないが確か母が死んだり父が仕事場で新たな恋をしたり、というようなことが重なって私たちは家族になった筈。
そこで何故か問題が起きた。
暫く一緒に、五人で暮らして行くうちになんだか兄の様子が可笑しくなり始めてしまったようで。
当時いくつだったか忘れたが義兄は当時も既に天使のような美少女っぷり(笑)……を、発揮していたのだが、どうやら兄はそれに
恋 を し て し ま っ た ようなのだ。
そして真剣に恋愛相談をされた。
当時は私も義兄を女の子だと思っていたから真剣にオンナゴコロ(笑)について語っていた気もする。
……今思うと恥ずかしくて死にたくもなる。
そして、私と兄はついに知ってしまったのだ。義兄の性別を。
あの時の衝撃は到底語り尽くせまい。
だって本気で女の子だと信じてたんだもん。
さて。兄の恋はここで冷めるかと思われた。しかしそうはいかなかったのだ、この愚兄は。
そう、更に好き好き攻撃を始めたのだ。
本人曰く
「だって女の子じゃないからあんまし遠慮いらなくね?」
……いや、可笑しいだろ!
思わず突っ込んでしまっても恐らく誰も文句を言わない筈だ!
それ以来彼の持ち物がなくなることは日常茶飯事。お風呂に入り込まれないよう風呂の扉には何重にも鍵がついてるし、寝てる間に横に来られていた、という経験より部屋にももちろん鍵がついている。
……恐らく我が家で一番安全な場所ではなかろうか、義兄の部屋は。
さて、そんな苦行を乗り越えた先に待っていたのは両親の新婚旅行という出来事。
いつになったら帰ってくるのか両親よ、もう新婚旅行に出てから五年ほど経つぞ。
両親がいなくなったことをきっかけに兄の変態さはエスカレート。
窓硝子が割れたり兄が叩き落とされたり義兄がどこで手に入れたのか大量のスタンガンを常に持ち歩く良くようになったのは恐らくその頃から。
そして義兄も何処かちょっと可笑しくなり始めたのはきっとその頃。
躊躇いなくスタンガンを振り回す義兄。
それを掻い潜っていく兄。
見ている分には面白いけど最近は私にも被害が及ぶから勘弁して欲しい。
て言うか後片付けするの私なんだよバカ!
今月に入って窓ガラスの修繕十一回。内三回は私の部屋の窓。
襖の張替え十回。
家の中だけど器物損壊……両手の指じゃあ足りない。
ちなみに今月はまだ十五日目。なかなかのハイペースだね、あにたちよ。
記録でも更新する気かな。
♢
さて、そんなこんなで玄関前。
その辺に転がってた兄は気にしない。気にしてたら一日が終わるに決まってるし。
……ドアはあんまし壊れたりしないんだよなぁ。たまに壊れるが。
いつでも油を差してすぐのように滑らかに開くドアって素晴らしい、とか変なこと考えだしてしまった。
……現実逃避はやめよう。
ドアを開けてすぐのところに義兄がいた。
「あ、おかえり」
義兄はふらふらー、とこちらに寄ってくるとがばと抱きついてきやがった。
そりゃもう、全体重こちらに預けるかのように、しなだれかかってきた。
ていうか何より重い。お前、私よりでかいし。くそう。
「邪魔。重い。離れて」
「有子遅いのがいけない」
「理不尽だよ有守にぃ」
これでも私はできる限り義兄の機嫌を損ねないために早く帰ってきたのだが義兄はそれでも家にいる。
ちなみに義兄は十八歳。高校生。所謂不登校。
ついでに有子というのは私の名前で、有守というのは義兄の名前。そして一番上の兄の名前は有朱。
更に名字は有栖川。どんだけありすが好きだったんだよ!とか密かに突っ込んでみたりもする。
……少し、変な方向に向かってた。いかんいかん。
「……重いんだけど」
「充電中だから暫く待って」
いや、充電ってなんだよ。どけよ。
ちょっと黙ってしまった私に、義兄は何処か伺うように言った。
「もしかして、有子の部屋の窓ぶち抜いちゃったこと怒ってる?」
そりゃねぇ。窓なおすの高いし。なおるまで時間かかるし。
「んー、取り敢えずなおるまで俺の部屋使ってれば?そうすれば別に良くない?」
いや、良くないし。
何で名案、みたいな感じで一人納得してるんだよ。
ーーーかしゃん
軽い、聞き慣れた。けれど確かに重たい音がした。
……所謂、手錠とかいうやつ。が、私の手にはまった音。
またかよ義兄。いい加減外すのが面倒臭いんだが……。
「有守にぃ。どうして私の部屋、入ったの?」
とりあえず、何よりこれが問題でしょう。
……くそ、うまく関節外れないし。
「え、だって有子いないから」
え、何それ私がいなかったら私の部屋にいるのかおまえ。何それ怖い。
「いや、普通に学校行ってるし。家にいたら逆に問題でしょ?」
「行かなければいいじゃん、俺みたいに」
いや、少しくらい学校行ってないことを恥じろ……とは言わないけれど、とにかく人に勧めたりするなよ。
第一、私は家でなにしてればいいんだっての。お前と違って私はただの凡人だっての。
……あ、そうだそうだ外し方思い出した。
「いや、駄目でしょ」
ちょっと遅くなったけどちゃんと突っ込んでおこう。
……あ、ドアの向こうで何か動いてる気がする。
「駄目じゃないよ。人付き合いなんてしなくたっていいでしょ。いい加減さ、そろそろ一緒に引き篭もろうよ」
横目でちらりと義兄の方を見てみた。義兄は微妙にうっとりとした顔つき。
ていうか、顔を急にこちらに向けるな!おまえ、私にくっついてること忘れたのか。
……あ、ドアをカリカリやってる音が聞こえた。
「ねぇ、義兄さん。頼みがあるんだ」
私は背中越しのドアの向こうで何やらドアに張り付いてるくさい何かの存在を感じつつ言った。
「何有子どうしたの、いきなり他人行儀にさ」
「いやね、邪魔だからどいて欲しいんだ。そして手錠。何でつけるのさ。いちいち外すの面倒なんだよね」
ひっついていた義兄をべり、と音がしそうな感じで引き剥がしてひらひらと彼の目の前で私の手についていた手錠を揺らして見せる。
義兄はどこか嬉しそうに笑った。
え、何で嬉しそうなの?
「あ、外しちゃったんだ。今度は外しにくいように作ったんだけど。……え、何でつけたのかって?有子がどっか行かないように?」
あー、はい、そうでしたね。うん。
……さて、
「というわけで私、夕飯作るから出てってくれない?」
「なんで?手伝うよ?」
「ありがと。でもさ、有朱にぃが入ってきて乱闘されたら困るんだよね。今日の夕食はシチューのつもりなんだけどさ。あんたたちの頭の上にぶちまけてもいい?」
……おう、義兄が黙っちゃったぜ。やっぱり胃袋の力は偉大だな。
「というわけで有守にぃ。外出ててね?」
義兄の胸倉掴み上げて顔を近づけてにっこりと笑う。
そしてそのままカリカリと音のしてる扉を開け放ち、そこにいた兄に向かって義兄を突き飛ばしてみた。
一瞬わけがわからないような顔をする兄と義兄。
私はもう一度にっこりと笑って見せた。
「それじゃ、夕飯できて、ついでに私の部屋片付け終わったら呼ぶね」
ーーーぱたん
と。あっけなく軽い音を立てて扉は閉じられた。
ふふふ。と、思わず笑いがこみ上げる。扉の向こうに二人がいなければ大笑いしてたところだろうね。
そんなこと思った。
♢
兄は義兄が大好きで、義兄はどうやら人自体が怖くなってしまったらしい。
……ま、しかたないともおもうけど。
だからと言って私にべったりするのはやめようぜ。
ついでに義兄は私の部屋にカメラとか盗聴器をしかけるのはやめて欲しい。私も一応乙女なんだ。
私は窓硝子の盛大に割れた自分の部屋を片付けながら思う。
……他でやれよ!て言うかなにしてたんだここで!ここ私の部屋だぞ!
窓の外で悲鳴と怒号が聞こえた気がした。
……なんか落としてやろうかなぁ。
殺しても死にそうにないし。一度くらい殺してやるのもありかもしれないな。
ああ、今日もまた私の一日は終わっちゃうらしい。これは何と無く日常になってしまっているけれど、さ。
ちょっと前に比べれば確かにとっても穏やかな日常だけどさ。
でも一日の疲れを取るべき場で逆に疲れるってどんな状況だか。
でもまぁ。私はこんな日がずっと続けばいいな、と。
不覚にもそう思っているのです。
……ところで私、今日どこで寝ればいいんだ?