リスタート
「……え? これ全部ですか?」
目の前に置かれたダンボールの箱を見て、ルギは目を丸く、少し呆れが混じった声で訪ねた。正面に向かい合うミルシェは笑いながら箱の中身を開けて見せる。
大きいサツマイモがゴロゴロと入っているダンボール二箱がそこには置かれていた。
「ああ。好きなだけ芋焼いてこい。」
「あはは……。」
「よっし、行くかー!」
仕事はどうしたのかと、聞くのも野暮なので聞かないでいたが、当然のようにそこにいたジェイズが腰を回して、ダンボールを持ち上げようとしたのをルギが止めた。
「あ、すみません。もう少し待ってもらってもいいですか?」
「ん? 何かあるのか?」
「待ち合わせです。」
「デオルダ……は確か……。」
自分で言っておきながら何かを思い出したようにミルシェが顎に手を当てて考える。
「ええ、デオルダはイオさん達の手伝いです。」
「だよな。じゃあルベルかクルーニャ?」
「あの二人は焼き芋の準備ですよ。」
「他に誰が……。」
「ルギさーん!! お待たせ!!」
「ジュアとエルじゃないか?」
手を振りながら走ってくる少女達を見つけ、ジェイズは首を傾げたままルギを見る。
「ええ。と言っても、足取りが重かったのはジュアではなくて……。」
「おはようございます!!」
「おはよう、元気だなジュア、エル。」
「お、おはようございます……!!」
「おはようレウファ。」
大きな声でミルシェ達に挨拶をするジュアとエルと比べると小さく聞こえるのだが、レウファも初めて会ったこいのぼりの時と比べると見違える気がする。
あの時はミルシェに手を引かれてきた子だったんだよなぁ……と、気付くまでにだいぶ時間がかかったことを思い出していた。
「待ち合わせはジュア達ってことでいいんだよな?」
「ええ。」
「んじゃ、行くか!」
ジェイズの掛け声に、子供達は大きく返事をした。
ルギの家の近くまでやって来たジェイズとミルシェはその焼き芋会場を見て呆れることとなる。
「お前がいるから安全だとは思っていたんだが。」
「まさかここら一帯に物体生成展開するとはな。さすが、創造神様はすることが違うよ。」
相当広い範囲に展開されたであろう物体生成を見上げて二人はルギに呆れた声をかけた。
「まあ、熊は昨日ルベルと山の反対側くらいまで蹴っ飛ばして来たんで大丈夫だとは思うんですけど。ま、迷子になられても困るんで安全策ってことで。」
「まあ、な。……って、熊どうしたって?」
「退治してきました。」
ルギの笑った一言に対し、「規格外だなぁ……」というミルシェの言葉でジェイズはこめかみを抑えた。
「ところでルギ。」
「はい?」
「こんなに広範囲に力使ってなんともないのか?」
「……特には何もないですけど。」
妙に真剣な視線をミルシェに向けられ、ルギは何を心配されているのかと困惑しながら答えると、何もないという言葉に安堵したようにミルシェが笑った。
「ならいいんだが。」
「歳とって心配性になったかミルシェ。」
歳をとったという事実を強調して笑うジェイズに睨み返し、ミルシェはルギを指差して口を開いた。
「あのなぁ……先日の貴族騒ぎの時のコイツを見たら誰だって心配性になるだろう?」
「あー……あれはヤバかった。」
「あ。あはは……すみません。」
そう言えば、とルギは思い出す。あの時はミルシェとジェイズは間近で見ていたのだ。最早誤魔化すことすらない状況なのだが、ミルシェにとっては不安要素にしかなっていないようでルギは少々申し訳なく思った。
「大丈夫ならいいんだ。ただし、無茶をするようなら……。」
「そうなりゃあ……。」
「だっ、大丈夫ですって!! 今日はこの前の半分も力使ってないんですから!!」
ミルシェだけではなくジェイズにも迫られ、ルギは力いっぱい手を振って大丈夫アピールをした。
「そうなのか?」
「そりゃあ……ここら辺を囲ってるだけですからね……。」
今日の物体生成は対物壁ではない。ただ単に、共感覚での状況把握をして子供達が遠くへ行かないように監視しているだけであって、本当に安全策のつもりなのである。
「この前も似たことしてなかったか?」
「あー……まあ、範囲がこの前の方が広かったし。あの時は途中で五重生成に切り替えたりしたんでー……あははー……。」
クリングルの街中全体と焼き芋会場とでは範囲が違うし、前回は無茶な使い方を連続でしたために死にかけた。それはもう十分に反省している。立て続けに無茶苦茶をしていたらルベルが怖い。
「笑い事じゃないだろ……。」
「う。すみません。」
「まあいい。これに関しては俺らよりもお前の方がわかってるだろうし。」
無言で頷いてみると、ジェイズが周りを見渡して言った。
「もう秋だと思ってはいたが……冬はすぐだな。」
「ああ。時間の経過は早いものだ。」
「それで? 創造神様は俺らでも使える兵器とか作ってくれるわけ?」
「え。」
唐突に言われて何の話かわからなかったルギはただジェイズを見返していた。
「あんぐりしてるぞ。」
「お前、審判どうすんだよ。」
「あ、ああ……考えてはいますけど、兵器はないでしょ。」
決して忘れていたわけではない。兵器と言い出したのは確かデオルダだったなと思い出しながら、その案をルギはもう一度却下した。
「じゃあ何か対策あるわけ?」
「簡単に言えば、神の遣いに勝てればいいわけです。」
「知ってるよ。っていうか、それができないから困ってんだ。」
当たり前だろ。というジェイズの視線に苦笑いを浮かべながら、ルギは状況を整理するために話を続けた。
「こちらに有利な点と言えば、地の利があることと、人数……ってとこですか。」
「そりゃあな。」
「だが人数がいたところで全員が戦えるわけじゃないぞ?」
「そりゃそうだ。そんな状況なら俺らいらねえし。」
「つまりは全員が同じ土俵で戦えるんならいいわけですよねー……。」
「難しい話だな。ま、今度ゆっくり話し合いでもするか!」
今は難しいことは嫌だと言いたげに、話を切り上げるジェイズ。
「だな。それがいい。」
「わかりました。」
確かに、これから話合って最善を見つけていけばいい。時間は残り少なったとは言え、終焉がそこに差し迫っているわけではないのだ。今日くらい平和に、楽しく過ごしたって罰はあたらないだろうと、ルギもミルシェとジェイズの言葉に頷いた。
「ル、ルギさんっ……!!」
「ん、どうしたのレウファ?」
さりげなく呼びながらルギの手を引っ張るのはレウファで、何か困ったような顔をしていた。
「そ、その……難しいお話は、終わった……?」
「え、あ。」
焼き芋会場に着いてからというもの、他をデオルダ達に任せたままミルシェ達と話していた。レウファの奥では何人かの子供達が手を振って呼んでいる姿も確認できて笑えてしまう。
「ルギ、オッサン共はほっといていいから子供達のとこ行ってやれ。きっと待ってるから。」
「あ、はい。」
ジェイズとミルシェに促され、ルギは子供達の方へと走っていく。
「楽しそうにしてやがるな。」
「いいことじゃないか。」
「ま、そうなんだけど。」
ジェイズは目を細めてルギの後ろ姿をずっと見つめながらため息をついた。
「なんだ?」
「なんでアイツはクリングルを助けてくれるんだろうなって。」
「確かに。ルベルが戻ってきた今、アイツに理由なんてないだろうに。」
「理由か……。」
ジェイズと同じようにルギを見つめるミルシェには、変わらずに楽しそうに笑うルギがいた。
「はぁ?」
焼けた芋を齧ったところで、デオルダに呼ばれたルギは話を聞き終えるなり不満一色の顔をデオルダに向けた。
「だから!!」
「木があっちで喧嘩してるんだってば!!」
「悪いジュア。全く意味がわからない。」
デオルダに向けた言葉に答えたのはジュア達なのだが、どっちにしろ意味がわからない。
「木の枝がウネウネしてて!! なんか喧嘩してるの!!」
「……どゆこと?」
一人で考えても埒が明かないと思い、デオルダ、クルーニャ、ルベルに尋ねるものの、全員が苦笑いという結果だった。
「俺がわからなかったからお前を呼んだんだ。聞き返すな。」
「同じく。」
「そゆこと。」
「うぅ……見に行くかぁ……。」
「私達も行くー。」
重い腰を上げたルギにルベルがクルーニャの腕を掴んで手を上げた。ルギとしてはもう勝手にしろ言うしかない。クルーニャに至ってはルベルに文句を言ってるが、全く届いていない。
「デオルダさんも行こー!」
ジュアはデオルダの腕を引っ張っている。デオルダも「まあ、いいか」などと言いながらどんどん様子見だけの団体が出来上がっていた。
「って、ジュア達も行くのか。」
「うん!」
「何だコレ……。」
いつの間にかルギの隣に立っていたレウファを含め十人近くになっていて、ルギは方を落とした。
「あそこだよ!」
ジュアが指差した木々の合間から覗くと、少し離れたあたりで、木の枝というよりは蔦同士の攻防戦が行われていた。
「木の枝っていうか……。」
「なんか、普通に言い争ってるぞ。」
ルギの言葉を打ち切ってデオルダがルギを見る。
「何?」
「……また黙って家出てきたのか、って言ってんのと……。大丈夫大丈夫って言ってる奴。」
「……心当たりがあるのは俺だけか?」
ルギは静かに視線を横にずらした。すると、ルベルも笑いながら口を開く。
「他に家出する人いないでしょ? ね、クルーニャ。」
「あははは……。何してるんだろうねぇ……。」
「止めてこいよ。」
「ええ?!」
どうやら全員の予想は一致したようで、ルギはクルーニャに後は任せると言って、ジュア達を連れて戻ろうとするものの、その腕をクルーニャが必死に掴んだ。
「無理無理無理!! 無理だってばああああ!!」
「じゃあ、ほっといてもよくないか?」
「ダメだろ……。」
デオルダの呆れ声にルギは仕方ないと、木々の合間を歩き出した。
包み紙をキレイに剥がして、真ん中から割って、片方を傍らに浮かぶ小さな生き物に渡す。そして湯気が絶え間なく上がる芋に齧り付く。
「うまー!」
満面の笑みでノッシュは焼き芋を頬張っていた。
「聖域にいたやつが何言ってんだよ。」
「あはは……。」
「そんで、さっきの植物はお前が操ってたんだって?」
「あ、そうです。」
「これで新たなる人外コレクションができたわけか。」
お前が第一号な。と指差すジェイズは何やら楽しそうに笑うが、差された側のルギとしては何も面白くない。
「コレクション……。」
「じ、人外……。」
人外仲間にされてしまったノッシュも困惑顔をジェイズに向けたが、本人は全く気にしていないだろう。
「ま、この調子で審判やろうぜ。」
「やるわよー!!」
ジェイズの言葉に、真っ先に声を上げたのはルベルで、笑顔のまま握り拳を突き上げた。
「こっからが本番なんだからね!!」
「それ、この前も言ってなかったか?」
クルーニャもルベルと同じように手を突き上げてみるものの、デオルダが控えめながら笑ったために「あれ?」と、手を一度下ろして瞬きしながらノッシュを見て口を開く。
「ノッシュのせいで回り道したってこと?」
「唐突すぎる……。」
項垂れたノッシュをデオルダが笑う。
これでいいのかと思いながらも、ルギも苦笑いを浮かべながらジェイズとミルシェに答えた。
「あ、えと……頑張ります。色々……。」
ルギ・ナバンギに残された時間はあと180日。
読んでいただきありがとうございます。
レウファとかいう女の子出てきました。
お忘れかと思いますが、鯉のぼりのときに一度、チラッと登場してました。名乗ってなかったんですけどね。まったく、誰だよ!って感じですね。
焼き芋、食べたい。
またよろしくお願いします。