柳樹双舞
「そりゃ何より。」
一連の話を聞いていたルギが笑う。通信機の向こうではばつが悪そうに「他人事だと思って」と呟く声がした。
「まあ、お騒がせしましたって言っとくよ。一応な。」
「一応、ねぇ……。」
今回のことについて、ルギは半分しか関わっていないと思っていた。形式的にノッシュが言っているにしても、自分のそんな考えがバレているようにしか感じず、ルギとしては居心地が悪い。
「お前はもう慣れっこだろ、こういう修羅場とかハプニングとか。」
「お前は俺をなんだと思ってるんだノッシュ。」
「……トラブルメーカー?」
やや遅れた返事は心からそう思われているからなのだろうか。だとしても、ルギとしてはそれを認めたくはない。
「冗談じゃない。それに、今回のような修羅場はホントにゴメンだ。」
「今回のような?」
「いや、お前川に流されて殺されかけたんだろ……。」
本気で忘れているのではないかと思わせるノッシュの声に、ルギは呆れを隠せなかった。
「ああ、それか。そんなの俺だってもう嫌だからな。」
「誰だって嫌だろ……。」
「それにしてもお前、いつの間にヴィヴィアンと仲良しになってたんだ?」
「仲良し……じゃないけど。別に敵対はしてないかな……。」
ヴィヴィアンから聞いたのだろうか。だとしてもルギはヴィヴィアンに助言をしたわけでもなく、自分が何をしたわけでもない。
「この前は真正面から敵対してたじゃねえか。」
「そうだけど、あの人は別に俺に対して剣振り回したりとかしてねえからなぁ……。」
「それが理由になるのか、お前の場合。」
ヴィヴィアンを許した理由を聞いたノッシュがため息を漏らしているのが聞こえた。
「うーん……俺としてはいいんだけどな。」
「お前がそれでいいなら、俺は何も言わないけど。」
「うん。いいよ。」
「ああ、そう。」
ノッシュもこれ以上を聞くつもりはないようで、この話はここで終わりと雰囲気でわかった。
「そういや、クルーニャはそのうちクリングルに戻って来るって言ってたけど、お前は?」
「ああ、俺はもう少し残る予定だ。ロファスの手伝いしながら療養させてもらう。」
「なるほどな。」
確かに、いきなり頭首にしておいて、丸投げにしてしまうのはどうかとルギも思う。ましてノッシュの言葉からすれば体調も万全ではないようで、療養するには都合がいいのだろうとわかってルギも納得の声を出した。
「……なぁ、ルギ。」
「ん?」
ノッシュはゆっくりとルギに訪ねた。
「これで、良かったと……思うか?」
「……は?」
最初は驚きから声が出なかったルギだが、理解し終えた数秒後には明らかに呆れた声をノッシュに向けた。
「う……。その、なんていうか……。」
小さな声でもごもご喋るノッシュ。
ノッシュが問いたくなる気持ちも、不安を抱いていることも理解はできる。それでも、ルギからしてみれば“気にしたら負け”だった。
「お前、終わってからそれを言うか。しかも、現地にいない、状況を話でしか聞いていない俺に。」
「悪い。」
ノッシュが一言。きっと、本人もわかっているのだろう。ルギに聞いたって何にもならないことも。自分の選択が、あの状況の中では最適であったと信じなければならないということも。
「……お前がそれでよかったと思うなら、それでいいんじゃねえの? 知らねえけど。」
「……そういうことにしとく。」
「おう。」
自分でも最後の一言は余計だっただろうかと、口にしてからルギは考えたが、受け取った側のノッシュに気にしている素振りはなかった。
「ところでノッシュ。」
「何だ?」
ルギは五分程前から感じていた疑問をようやく口にした。
「お前の後ろからずっとクラシック音楽みたいなの流れてるんだけど、お前今何してんの?」
「ああ、今舞踏会やってて、抜け出してきたんだけどな。」
さらっと答えたノッシュに、ルギは少し戸惑う。
「いいのか、抜け出すなんてことして。」
新頭首にならなかったとは言え、継承式まで代理を務めた、ましてアーフェリーク本家のノルディオが会場を抜け出していいものかと不安になる。
「気にすんな。俺は踊らないことに定評があるから。」
「酷い貴族様だ。」
「はいはい。」
嫌味っぽくルギが言っても、踊ることに然程も興味がないらしく、ノッシュは適当に返事をするだけだった。
会場に戻ったノッシュに、ルギは唐突に切り出した。
「んで? うちの爆発マフィンの姫君か、貴族のじゃじゃ馬娘のどっちにするか決めたのか?」
「不意打ちすぎんぞ。」
一瞬、大声で文句を言いそうになって堪える。この大勢の前で、この話題について騒ぎにしたくはない。
「この前と同じことをユーシィに言えるなら別だぞ?」
「いや、あれはその……。」
笑ってクルーニャと結婚してこい。と言ったことに対してルギは指摘しているのだろう。だがまあ、ルギの予想通り、同じことをユーシィになんか言えるわけがないというか、言いたくなかった。
「その様子だと、やっぱりってことでいいかな?」
「意地悪だな。」
「拗ねるなよ、ノッシュ。」
「うるさい。」
くすくす笑う声に、誰も見ていないと知りながらもノッシュは顔を背けた。
すると、その顔を背けた方からユーシィとアモリア、その後ろにクルーニャがいた。
「やっと見つけたぞノルディオ。」
「ねえ、どう? 借り物だけど。」
「似合うな、アモリア。」
くるりと一回転しながら問いかける姿は、様になっているというか、まったく違和感がなかった。まるで普段から着ていてもおかしくないと感じるくらいだ。
「ありがと!」
喜びの声を出したアモリアがその後ろにいたクルーニャを自分の前に押し出す。
「……わ、私は……変?」
「って、なんでもう泣きそうになってんのクルーニャ?!」
「恥ずかしいんだって。」
アモリアは頬をかきながらノッシュに教えると、クルーニャをなだめるように頭を撫でる。
だが、ノッシュとしてはその心情がなかなか理解できず、心の声をそのまま口にしてしまった。
「な、なんで? 全然可愛いよ。」
「……ぇ?」
「サラッと言ったな。」
「あ。」
ユーシィの指摘で、自分が何を口走ったかようやくノッシュも理解する。
「あ、その……ありがとう。」
「あ、うん……。」
ぼそぼそとお互いに言葉を口にする。
すると、ノッシュの通信機からため息と呆れ声が聞こえた。
「俺、邪魔みたいだから切るわ。」
「うわああちょっと待てルギ?!」
なんとなくだったが、この状況でルギがいなくなることは避けたいノッシュの叫びが通信機を通してルギの耳に突き刺さる。
「……なんだよ。ご馳走様ですって言えばいいのか?」
「そんなわけないだろ!!」
わざと言っているであろうルギにノッシュは必死に呼びかけた。
「なになに? ルギと電話してんのー? 私も要件ないけど喋るー!!」
「え、あ、はい。」
「もしもしもしもし?」
「多いだろ、それは……。」
通信機を受け取って喋り出したアモリアにユーシィが呆れて声をかけるものの、アモリアに届いている様子はない。
「ノルディオは踊らないのか?」
「エイシェにあまり動くなって言われてんだよね。だから踊ったとして一曲が限界だよなー。」
「踊る気なさそうな言い方だな。」
ユーシィはノッシュの物言いに笑う。
会場の大半は今やダンスステージと化していて、男女のペアがあちこちで楽しげに踊っている。その気持ちが本心かはともかく、ロファスにいたってはおそらく仕事という意味合いで踊りっぱなしだ。
それに対して踊る気がないノッシュがいる。いいのだろうか。
「できれば。それに、一人踊るとその女性がその他大勢に攻撃されそうで。」
「怖いな、貴族社会。」
「そんなもんだけどなー。」
「……ね、ノッシュ。」
「ん、何?」
普通に返事をしただけなのだが、クルーニャは目を丸くして黙ってしまう。
そして、我に返ったのか、数秒後にスッと顔を背けてしまった。
「……なっ、なんでも、ない。」
「?」
「ちょ、ちょっと外の空気吸ってくる!!」
「あ、うん。」
小走りに会場を出て行くクルーニャの背中を横目で追った。ドアが閉じた音と同じくらいに、ユーシィがさりげなく口を開く。
「……独り言をこれから言うからな。」
「は?」
「女が可愛いとか言われて喜ばないわけ、ないと思うぞ?」
「??」
「まして、その、好きな奴に言われて。」
「ユーシィが言うと雰囲気台無しね。」
アモリアが笑ってお礼を言いながら通信機を手渡してくる。どうやらルギとの話は終わったらしい。
「悪かったな。」
「ノルディオ様は一曲踊るらしいけど、その相手は誰を選ぶのかしらねーって話。」
「……もしかして、今誘われてた感じ?」
「もしかしないぞ、今のは。」
「……申し訳ない。」
そういえば、こういう場所で明らかに誘ってくる女性しか見たことがなかったと、今更になって気付いて、ノッシュは首を竦めた。
恥ずかしさだけではなかったが、顔を合わせてられないと判断して、会場の少し離れたところにクルーニャはやってきていた。中央のダンスステージでは数多くの人が踊っている。
「やっぱり、ノッシュって貴族なんだなぁ……。」
「今更だな。」
「ひゃあ?! い、いたなら声かけてよ!!」
「いや、ゴメン。ホント、その、さっきもゴメン。」
クルーニャに半分怒られるように驚かれて、急いで追いかけてきたとは、なんとなく言い出せなかった。
「ま、はっきりしなかった私も私か。」
「貴族、か……。」
どこか困った顔をしたノッシュの顔を覗き込もうとしたところでノルディオとクルーニャの前に集団が押し寄せた。
「ノ、ノルディオ様! 失礼いたします!」
「お時間よろしいですか?!」
「私たちもお話に混ぜていただいても!?」
「わぁ……すごいね。」
突然現れたことよりも、ノルディオに食いかかる勢いにクルーニャは苦笑いを浮かべた。そして、その隣に立っているノルディオの顔には明らかに嫌そうな顔をしていた。
「もう少し静かにしろ……。」
「ノルディオ様!! 今夜はお踊りになられますか?!」
「でしたら私と!!」
「何を言っているのよ!! 私よ!!」
「ノッシュ凄い人気だね。」
クルーニャは口論になっている集団から目線を外しながら言うと、隣ではため息をついているノッシュが嫌そうな表情を変えずに口を開く。
「困った。」
どうするのだろう、とクルーニャが見ていると、口元を手で隠しながらボソッと呟いた。
「なあ、クルーニャ。」
「何?」
どう見ても、ノッシュは何か言いにくそうなことを今、言おうとしている。
ノルディオとしての立場を考えている時のノッシュの言葉はやはり貴族のイメージそのままで、強いものであったり、命令口調であったりするのだが、この姿を見ていると、やはり本質は変わらないのだと思えて安心した。
けれど、やっぱり少し可笑しかった。
「な、何……?」
「ノルディオでも、そういうとこはノッシュとおんなじなんだなって。」
「いや、同一人物だから……。」
自分で言って、そういや、自分でいいだけ否定していたのだと思い出す。
同一人物のくせに、片側の自分を否定しようとしていた。そんなことしたって、しなくたって何も変わらないのに。
「それで? 何? そんなに恥ずかしいこと言おうとしてるの?」
「す、鋭すぎる……。」
「いや、バレバレだからね?」
「そ、そんなに?」
「うん。」
「断言するほどかぁ……。」
別にノッシュは思ったことが全て顔にでてくるわけではない。そこまでわかりやすい表情をすることはあまりない。それでも、今ほどわかりやすいこともないと、クルーニャは思っていた。
ちょっとくらいイジワルしてもいいだろうと、思えてくる。
「あのね、元はと言えば私が先に誘おうと思ってたんだからね。」
「うん……。」
「断るわけ無いでしょ。普通に考えて。」
「……ちょっと待って。俺まだ何も……。」
慌てるような表情をしたノッシュに、クルーニャはしてやったりと思う一方で感じていたことを口にする。
「やっぱ、貴族は似合わないね、ノッシュ!」
「あははっ!! そうかもな!!」
一瞬目を丸くしていたノッシュだったが、笑い出すともう何もかも吹っ切れたようで、右手をクルーニャに差し伸べた。
「……行こう、クルーニャ!!」
「うん!!」
素直じゃないんだから。
そう言われ続けた。恥ずかしくって、そんな簡単に素直になんかなれるわけないって思ってた。まだホントの気持ちを素直に口にできていないけれど、それでいい。
駆け出した二人に、周囲はどよめいた。
それはノルディオが現れたからだろうか。
ノルディオが楽しげに笑うのを、初めて見たからだろうか。
「ありがと、クルーニャ。」
笑いながら、首を傾げたが、クルーニャはそのまま「どういたしまして」と一言だけ言った。
今だから思えることがあった。
今だから言えることもあった。
ただ、今は……彼女と笑えるこの時があることを、ただ感謝していたい。
読んでいただきありがとうございます。
前話から少し間があいてしまい、申し訳ないです。
今回で、一区切り。
また新たなドタバタ劇が始まるのをお待ちください。
またよろしくお願いします。




