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object maker  作者: 舞崎柚樹
8:秋風と共に
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噂話と医者

「焼き芋でもしようかな……。」

「焼けたら呼んでくれ。」

 デオルダは玉葱を手に取りながら、隣で屈んでさつまいもを眺めているルギに言う。

焼いたら食うのかよ、とルギからは文句しか飛んでは来なかったが、あの目は芋を焼くに違いない。

 デオルダは玉葱など野菜を選んで代金を渡していると、どこからか念仏のような声が聞こえてきた。もちろん、ルギはそんな音を気にしてはいなかったが。

「デオルダー?」

「ん?」

「なんかあったか?」

 自分が立ち上がったことにすら気付いていなかったデオルダの様子を不思議に感じたルギが声をかけると、デオルダは妙に困った顔を向けた。

「何か、と言われると……念仏が聞こえた?」

「は? 念仏?」

「いや、別に南無阿弥陀仏とか言ってるわけじゃないんだけど……。」

 ルギの驚きがどうにも大きすぎる気がしたデオルダは慌てて否定するものの、自分もこの商店街のざわつきの中で何を言っているのかまでは聞いていなかった。

「じゃあ、何て言ってるんだよ。」

 デオルダは先程の念仏の音がする方へ耳を傾ける。そして、聞こえた言葉をそのまま口に出した。

「……似てる、似てる、似てないかもしれない。でもやっぱりどう見ても、そうだよなぁ……創造神(クリエーター)にしか見えないよなぁ……あれ?」

「おいおい、次はなんの厄介事だよ……。」

 ルギがため息をつきながら、帰りたいと呟く。デオルダとしては念仏の主が何かを決意したようにこちらに近づいている足音の方が気になっていた。

「あー!! やっぱりルギさんじゃないっすか!!」

「え、ソルディ?」

 大きな声で名前を呼ばれた割に、ルギが嫌な顔をしていなかった。それだけでこのソルディと呼ばれた男は悪い知り合いではないのだろうとデオルダが判断する。

 斜めにかけた鞄は腰から膝近くまでの大きさがある。かなり大きなものを運んでいるのだろうか。

「覚えててくれて感激っす!! お久しぶりですね!」

「そうだな。で、何してんだ?」

 人懐っこい様子のソルディが深々とルギにお辞儀をすると、ルギは前会ってから結構経つんだったな、と思い返している。

「もちろん、仕事ですよ。」

「この国に顧客がいたとはな。」

「お得意様ですよ。」

「ほー。」

 お得意様という言葉にルギが少し意外そうな顔をしていた。そして少し考えこんでいたルギは思い出したようにデオルダに向き直ると、ソルディを指差した。

「あ、こいつな、アルズっていう商会の人間だ。」

「デオルダだ。よろしく……ソルディ?」

 一応は名前を確認するようにデオルダが言うと、ソルディは満面の笑みで握手をデオルダに求めてきた。

「はい! ソルディ・ゼニックっす! ところで、お二人はここで何を?」

「晩飯の買い出し。」

「そうでしたか! って、ご一緒に住んでらっしゃるんですか?!」

 ルギとデオルダの声が重なり、ソルディが驚きの声をあげる。

「あ、コイツな、俺の助手。」

「ほあ!! それはそれは失礼いたしました。」

 ルギの助手という事実を知ったソルディは飛び上がるように驚き、デオルダに深々と頭を下げた。

「いや、別になんもしてないけど……。」

 デオルダとしては、助手というだけでそこまでされると対応に困る。

「で? 今日は商談か?」

「それが、返品対応でして。」

「わざわざ引取りに来たのか?」

 ルギに不思議な顔をされたソルディも、少し困った顔をした。

「まあ、お得意様ですし、状況を確認しないと早急に対応できませんからね。」

「状況?」

「えっとですね、ルギさんとデオルダさんだから教えちゃいますけど……今回の商品は消毒液だったんですよ。」

 口元に手を添えて話す素振りからして、どうやら一応の守秘義務があるようだ。

「消毒液……って返品されることあるの?」

「まあ、その疑問が我々も抱いたわけです。」

 ソルディが肩を落としてため息をつく。デオルダも、ソルディの言うことは間違っていないと思う。一方のルギはじゃあ、聞きに行くかと言い出した。

「消毒液を扱うやつなんて限られるよな。」

「なるほど……ノッシュか。」

「おや、お知り合いでしたか。まあ、この国にはお医者さん一人ですからね。」

 デオルダが納得してその名前を出すと、ソルディが肯定する。

「あいつもよくやってるよな。」

「まったくですよ。あの人なら全然大病院で働いても問題ないのに。」

「え、そうなの?」

 初めて聞く事に、ルギとデオルダが驚いてソルディに説明を求めた。

「ええ。結構なお誘いが来てるはずですよ。それだけあの人は医者として若いのに力があるって認められてるんですから。」

「若い、って確か前にも聞いたような……。」

「現代の医師は聖域で研修を積んで評価されるシステムっす。そこでちゃんとした評価が得られないと、医者としては働くことができないっす。」

「そのシステムから行くならば、二十代で医者なんてなれっこないってのが、一般的なわけだ。」

「でも、アイツは……。」

 ノッシュはルギとクルーニャと、同い年。

「二十六。しかも、数年前に医者になったわけじゃないだろ? 雰囲気的に。」

「確かに。」

「サバ読んでる?」

「見た目的にそうは思えないだろ。」

「まあな。」

 ルギの冗談を軽く流していると、ソルディが時計を見て少し慌てた。

「おっと、こんな時間っすか。それでは私は……。」

「ノッシュの家に行くんだろ? 俺らも行くよ。」

「了解っす。」

 ルギはデオルダに了承を得ると、ソルディに同行してノッシュの家を目指した。


「ノッシュー?」

「ん、どうした二人して。」

 出迎えたノッシュは、ルギとデオルダが揃って訪ねてきたことに、何かあったのかと心配していた。

「買い出しに来たんだけど、お前に客。」

「客?」

 買い出しに来たということに、安心したが、客の話は聞いていない。

「どうもー、ソルディっす。」

 ルギとデオルダの後ろからソルディが顔を出す。

「あ、わざわざ来てくれたのか。悪いな。」

「いえいえ。これも仕事っすから。それで悪いんすけど……。」

「ああ、消毒液がなんで返品されるんだって話だろ?」

「お話が早くて助かります。お願いしてよろしいですか?」

「ああ。とりあえず上がってくれ。」

「お邪魔いたします。」

 ノッシュの言葉に一礼したソルディに続いてルギ達もノッシュの家の中へと入っていった。


「ルベルは?」

 奥の部屋で合流したクルーニャが一人足りないことに気づいて聞く。

「山を踏破するとか言ってライオと冒険にでかけた。」

「あ、そう……。」

 さすがルベルね、とクルーニャも少し呆れた声を返す。

 三人が食卓用のテーブルを囲む中、応接用のソファで対面するノッシュとソルディ。その間のテーブルには問題の消毒液が置かれた。

「これが、それだ。」

「拝見するっす。」

「消毒液?」

 ソルディが手にとって確認する様子を見たクルーニャがルギに尋ねると、ルギは曖昧ながらも肯定する。

「見て何か気付くことは?」

「……申し訳ない、見当もつかないっす。」

 ノッシュの質問に、ソルディは困ってしまう。何もおかしなところがあるようには見えない。

「じゃあ、ラベルを見て気付くことは?」

「ラ、ラベルっすか?」

 ソルディはいよいよ困り果ててしまった。確かにこの消毒液のビンにはラベルしか貼ってない。中身に問題があるというなら道具を使って調べるしかない。だが、このビンは開封されていない。

 無論、ラベルしか貼っていないビンのラベルを最初に見ていないわけではないので、今一度見たところで、何がおかしいのかなどわかるわけもない。

「……すんません。」

「お前、それでよく仕事してるな。」

「す、すんません……。」

 ノッシュはため息をつくと、質問の内容を変えてきた。

「今回注文したこの消毒液の型番は?」

「そ、それは……CHⅡっすよね?」

「そ。じゃ、もう一つの型番であるALタイプとの違いは?」

「子供用に改良されてるってことっすか?」

「そうだ。まあ、厳密には子供用ってわけじゃないが。」

「どういうこと?」

 クルーニャがノッシュの言葉に対しての疑問をルギにぶつけるが、ルギとしてはなぜ自分に聞くのかと聞き返すしかない。それを見てノッシュがクルーニャに説明をし始める。

「子供用っていうよりは、肌が弱い人、敏感な人のために作られた改良版ってとこだな。」

「へえ。」

「……??」

 それについてはソルディは知っていた。だが、それがどうしたというのだろうか。

「なんだ、ここまで言ってもわからないのか?」

「え、えっと……ごめんなさい。」

「ALタイプとCHタイプで使われている成分の中で、一つだけ全く違うものがある。」

「成分?!」

 ソルディは立ち上がる勢いで声を出した。実際に立ち上がって驚いていたのだが。

「アホか。ラベルなんて品名と型番と成分くらいしか書いてねえだろ。」

「そ、そうっすけど……。」

「四行目、左から三つ目。ドルシア草って書いてあるだろ。」

「ええ。」

 ノッシュの指摘通りに目で追い、ドルシア草の名前を見つける。

「それはな、聖域近辺で取れる薬草の中でも安価なもので、量産も可能な薬草だ。そんで今はそれを使う消毒液が主流になった。だがな、CHタイプの消毒液に、この薬草は使われない。」

「なっ!!」

 二度目の驚き。ソルディも商人として自分の扱う商品については勉強をしてきたはずだ。だが、成分を一つ一つ覚えているわけではない。そもそも、そんなの覚えている人がいたなんて逆に驚くくらいだ。

「品名と型番は間違ってない。でも、ラベルにはこの中にドルシア草が含まれてるって書いてある。」

「ってことは、これと同様な商品を我々が流通させていた可能性が……。」

「あるだろうな。ま、その様子だと、この指摘をしたのは俺が最初みたいだが。」

「そ、そんな話は聞いていません。そもそも、そんな商品を流通させていたと本部が知ったら自己回収を始めますよ!!」

 完全に自分達側に責任があると理解した。急いで本部に知らせねばなるまい。

「ま、医者側はどう反応するか、わからんがな。」

「ど、どういう意味です?」

 指摘をしておきながら、ノッシュの言いたいことがハッキリしないソルディは聞き返すしかない。

「どうも何も、成分だけで言うなら、これはALタイプの消毒液に間違いがないからな。」

 このビンの中身を調べたわけじゃないから断言はできないけど、とノッシュが付け足すと、クルーニャは説明に納得したように頷く。

「あ、そっか。消毒液としては間違いじゃないんだ。」

「そういうこと。」

「そ、それにしても……よくお気づきになりましたね。」

 ソルディは先程から感じていた疑問を、褒め言葉として口にした。

「あのなぁ……自分の目で確認してない薬を他人に使えるわけないだろ。」

「ご、ごもっとも……って確認!? 全部ですか!?」

「し、しないのか……?」

 ソルディの驚きに、逆にノッシュが押されてしまう。

「先程も思いましたけど、成分表暗記でもしてるんすか?」

「暗記って、普通わかるだろ。」

「わ、わかりませんよ……普通。」

「そう、なのか。」

 ノッシュはなんだかよくわからないといった様子だったが、まあいいと話を終わらせた。


「いやあ、この度は申し訳なかったっす。商品は超特急で届けさせるんで。」

 再度頭を下げるソルディ。

「こっちこそ、わざわざどうも。」

「いえいえ。それと、本部も動くみたいです。まあ、先程レイドットさんに言われたような対応を医者側にされてますけどね。」

 ソルディは頭を掻きながら困った表情を浮かべていた。

「ま、そんなもんだろ。」

「あ、そうそう。余談ですが、知ってます? アーフェリークご当主の話。」

「ビンジェード・アーフェリーク、か?」

 ノッシュが目を細めてその名前を口にする。

「ええ。どうやら、もう長くはないらしいっす。」

「長くはないって、そんな高齢じゃないだろ。」

「ええ。周りはあと十年は……と考えていた矢先ですからね。結構ごった返してるみたいっすよ。」

 だろうな、とノッシュもソルディの言葉を肯定しながら考え込む。

「ねえ、そんなにアーフェリークって人がすごいの?」

 雰囲気を一掃するようなクルーニャの発言にソルディとノッシュは目を丸くした。当の本人はその二人の表情に困惑したわけだが。

「えっと、アーフェリークっていうのは、現代医療を築き上げた一族で、今の医療の中心と頂点にいるのが、その当主ってことになるんだ。」

「その当主が死ぬってことは、簡単にいえば……医療時代が一つ終わるってことですかね。」

「そ、そんなに!?」

 予想以上の事の大きさに、クルーニャも驚きを隠せない。

「そうっす。だから、今の聖域医療に必要なのは……力ある後継者。」

「それで聖域がてんやわんやになってんのか。」

 話の流れがようやく理解できたルギが納得したように声を出した。

「そうなんすよねえ……これがまた困った話ですから。」

「困った?」

「アーフェリーク家の長男は失踪中だ。」

「家出してんのかよ。」

 さすがに、デオルダも呆れた声を出す。クルーニャも開いた口が塞がらないようだ。

「次男は分家の養子で、本人が後継者を辞退してるっす。」

「辞退?」

「彼は相当兄貴を慕っていたようで……今必死に捜索してるんじゃないっすかね。一族総出で。」

「それで見つからない方が変な話だな。」

「そうっすね、時間の問題かもしれないっすけど。」

 ソルディがあの一族は底が見えないくらい大きいっすからねと笑う。

「当主が変われば時代も変わる。そしたら、俺らのやり方だって変わりかねないか。」

「ま、鶴の一声ですからね。あの一族は。」

「まったく、困ったもんだ。」

「ですね。」

 ソルディはノッシュのため息に苦笑いで応じた。

「そろそろお暇するっす。次の仕事があるっすから。」

「悪いな、仕事増やして。」

「いやあ、間違いを指摘してもらえて良かったっすよ。私もまだまだ勉強が足りないって実感したっすから。」

「そう言ってもらえるとありがたいけど。」

 ノッシュの言葉に、ソルディは大きく返事をして走って行った。


「元気な人だったわね。」

ソルディの姿が見えなくなってからクルーニャが笑う。

「まあ、ああいう性格だから商人やってるんだろうけど。」

「だな。」

「アーフェリーク、か。」

 ノッシュはまだ何かを考え込むように目を伏せていた。

「気になるのか?」

「何かが終わることは悪いことじゃないって思う。でも、次が始まらなければ意味がない気がするんだ。」

「ノッシュ……?」

「って、俺が気にすることじゃないけどさ。」

 クルーニャの心配する声に、ノッシュは考えすぎかな、と笑う。

 ノッシュがアーフェリークについて何か思うところがあるのと同じように、クルーニャは最近のノッシュについて少なからず思うところがあるのだろう。


 次の来訪者まで、あと10日。

読んでいただきありがとうございます。


今回は医者としてのノッシュの一部と、アーフェリークという一族についてでした。

次話から少しずつアーフェリークという一族にも触れていきたいと思います。


またよろしくお願いします。

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