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object maker  作者: 舞崎柚樹
2:色のない空
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返り咲く葛藤と卵バズーカ

「はぁ……。」

 散歩の割に長時間外に出ていたが、決して息が切れたわけではない。

 ため息だ。

「意固地、だったかな……。」

 デオルダは近くの木の幹に寄りかかった。

 自分でも、少し反省はしていた。

 あそこまで意地を張らなくてもよかっただろうと。

「はあ。」

 ため息が出る。

 ルギに怒っているわけではないのだ。

 ただ、自分にも何か……手伝えることがあれば、と思っていた。

 何度同じことを考えたところで、答えは変わらない。

 できることを探しても、結局……限界というものは存在するのだ。

 嫉妬ではない。才能を欲しているわけではない。

 ただ、支えられるための何かが自分は欲しかった。

 当たり前の話だが、そんなものが既に自分にあったとしたら、こんな悩みはなかったのだろうと思った。

 もどかしい。

 自分が無力であると実感することが、悔しいだけ。

 本当に、それだけの話なのだ。

 だから、ルギに話したこともない。自分の中の葛藤。

 あいつは、俺のことをどう思っているんだろう。

 昔はそれを考えるだけで怖かった。

 ルギ・ナバンギは人を拒むようなやつではない。

 知っている。

 それでも、どこかで足を引っ張っているのではないかと、本当は迷惑だと思われているのではないかと、どこか顔色を窺ったりもした。

 でも、それも二年前までの話だった。

 だから今、昔と同じような感情が自分の中に芽生えている。

 気づいている。

 だから一人で考えるために外に来た。

 出したくない答えを探すために。

 草木を揺らす静かな風を感じながら、デオルダ何度目かわからないため息をついた。


 一方。こちらは大いに騒がしかった。

「おい!! こんなことしてたら日が暮れるぞ!?」

「うるさいな。わかってるから慌ててるんじゃないか。」

「お前の喋り方は何も焦りを感じないんだが。」

 ノッシュが言う通り、ルギは壁に寄りかかって腕を組んでいる。まったく慌てた様子には見えない。

「しかし、困った。」

「最後まで考えてからやれよ。」

 ノッシュは言うまでもなく、ルギが無計画であることを言っていた。

「うるさいな。今日はこれを相談しようとしてこうなってんだよ。」

「……これを相談するつもりだったの?」

「あん? 悪いか。」

「お前、これをデオルダに相談してどうするつもりだったんだよ。」

「え?」

「あいつが兵器開発なんかできるわけねえだろ。」

「そんなの知ってるけど。」

「じゃあ、なんで相談?」

 「知ってるのに、なんで相談なんかするんだよ。」とルギに聞く。

「なんで?」

「答えなんて帰ってくるわけねえだろ。」

「……そう言われると。」

 ルギの返答には数秒かかった。

「わからなかったのか?」

「……あれ?」

 ルギが瞬きを繰り返した。

「ルギ・ナバンギ。」

 ノッシュがルギの肩に手を置く。

「??」

「やっぱり、お前が悪いわ。」

「なにぃ!?」

 ルギが驚いていた。

 「ある意味鈍感だよ。」と言いかけてやめた。

「いいから、それどうにかしろよ。日が暮れるぞ。」

「やっぱ土下座しよう。」

「そうなるのか。」

 ルギには土下座一択らしい。


 空が橙色に染まり始めた頃。

「帰れるかな……。」

 呟くデオルダ。

 道に迷ったわけではない。

 気持ちの問題だ。

「晩飯の用意、なーんにもしてねえなぁ……。せっかくノッシュも来てたのに。冷蔵庫に何あったかな……。」

 帰りたいのか、帰りたくないのか、延々と独り言を呟いていた。

「俺、何してんだろうな。」

 空を見上げた。鳥が飛んでいる。

 草むらで何か物音がしたので、ふと首を動かした。

「……。」

 目があった。

 ただし、デオルダが見上げる形だ。

「熊、だな。」

 デオルダが来たのは森の入口付近。山から降りてきた熊と遭遇しても何もおかしくはないのだが……。

 ここまで動揺しないとは……。どうやら自分は相当疲れているらしい。

 この前は、ウサギに殺されるかと思ったくらいだ。

 熊なら、瞬殺されるかもしれない。

「って、何考えてんだ俺は。」

 我に返った。だが、現実に戻ってきたところで、丸腰である。

 熊と睨み合いをする羽目になってしまった。

 一歩、そして一歩。かなりのスロースピードで後ろに下がってはいるものの、完全に日が暮れてしまってはデオルダが不利になる。それだけは避けたいのだが……。

 熊がのっそり動いた。デオルダは止まる。

 まずい。この距離で走ったとして、熊に敵うわけがない。

 それでも、この状況をどうにかしようと必死に考えていた。

 乾いた破裂音が聞こえるまでは。

 それは連続して聞こえた。数は四回。

 熊の後方から放たれた何かは熊の背中に衝撃としてぶつかる。

 それに反応するように熊が振り返る。

 これがただ一つの誤算。

 熊が動いたことで一つが熊に当たらなかった。

 つまり、熊の後ろにいるデオルダめがけて飛んできたのだ。

 熊が動いた。開けた視界に映る何かは自分にめがけて、飛んできていることにも気づいた。

 それでも、避けることができるかどうかは、別だ。

 「無理だろ。」と、心の中で呟く余裕はデオルダにはあったわけだが。

「伏せろっ!!」

「っ!?」

 声と共に左腕を引っ張られた。突然の出来事にバランスを崩しかける。だが、おかげで助かったようだ。熊も山の方へ逃げていた。

「大丈夫か?」

「ノ、ノッシュ……!?」

 自分の腕を引っ張って助けてくれたのがノッシュであると気づくのに少しかかった。

 そして、熊のいた草むらから現れたルギ。

「馬鹿!! もう少しでデオルダに当たっただろ!!」

 そのルギに対して文句を言いに行くノッシュ。

 確かに当たるところだったが、熊を狙っていたということは聞かずともわかる。

「いや、すまん。」

「ヘタクソ!! ノーコン!!」

「わかったっての。」

「……何してるんだ。」

「いや、それはこっちのセリ、痛い!!」

 「こっちのセリフだ。」と言いかけたルギの後頭部を全力でノッシュが殴った。

「……。」

 デオルダは自分もルギを殴ったことがあるが、ノッシュも容赦がないなと感じた。

「ええと、何と言いますか……。」

 殴られた頭を抱えて、よろけながら一歩前に出たのはルギだ。

「?」

「この度は誠に申し訳なく思っておりましてですね……。」

「は?」

 言葉遣いはこの際どうでもいいと思うほど、スムーズに土下座体勢に移行するルギを止める間もなかった。

「すみませんでした!! お許し下さい!!」

 勢いよく地面に向かって頭を打ち付けた。

 おそらく、打ち付けるつもりはなかったのだろう。

 微かにルギの呻き声がデオルダには聞こえた。

 だが、デオルダにとってみればわけのわからないことでしかない。

「ちょ、ちょっと待て!! 何の茶番だ?!」

「え。」

 地面から顔を上げたルギと、後ろに立っていたノッシュがデオルダを見る。

「茶番でこんな痛い思いをするわけないだろ。」

 ルギは、涙目だった。額を抑えているところを見ると、かなり痛かったのだろう。

「だって、お前が帰ってこないから、ルギが悪いんだろうって。」

「いや、確かに長時間出歩いてはいたけど。散歩行くって言ったじゃねえか。」

「いや、聞いたけど。」

「わからないものは考えてもわからなかった。」

 視線は外して立ち上がるルギの、その少年らしい態度が逆に可笑しくなってきた。

「そんなに気になるのか?」

「違う。反省してるんだ。」

 ふてくされているようにしか見えない。

「何を?」

「……何を? ……正直わかってないけど。」

 笑わせる気がないのが余計にデオルダには可笑しかった。

「馬鹿だな、お前は。」

「笑うなよ。これでも反省してるって。」

「さてと、帰るか。晩飯の準備もしてないし。ノッシュ、食べてくだろ?」

 ノッシュに笑いながら話しかけるデオルダはいつもと何も変わらなかった。

「喜んで食べる。」

 笑顔で答えるノッシュと未だに額を抑えるルギに感謝を覚えながら、三人は歩き出した。

 日は七割ほど隠れていた。


「さてと、どうするかなー……。」

 キッチンに立ったのはいいが、デオルダは何も考えていなかった。すると、そこに興味本位でノッシュがやってきた。

「何作るんだ?」

「そうだな……。」

 冷蔵庫の中身を確認するデオルダ。

「あれ?」

 足りない。あったはずなのに。

「どうした?」

 後ろでノッシュが尋ねる。その後ろにルギもいた。

「なあ、ゆで卵知らないか?」

 振り返り尋ねるデオルダ。

「……。」

「……。」

 硬直する二人。なぜかノッシュは笑い出していた。

「?」

 ゆで卵を知らないかどうかを聞いただけなのだが、返事がない。

 わけがわからない。食べたのならそれはそれでいいのだが。

「ルギ?」

 ノッシュが笑ってごまかし始めたので、その後ろのルギに聞くことにした。

「いや、食べたわけじゃないんだけど。」

「食べてないなら……どこに? 四個くらいあったと思うが……。」

「え、お前そこまで覚えてんの?」

「いや、作ったの俺だし。」

「っ……くくく……。」

 ノッシュの限界が来たらしく、壁際で笑っている。

「え、何?」

「いや、ほら。さっきの熊。」

 諦めたのか、ため息混じりにルギが説明を始めた。

「ああ、あれは助かったけど。」

 熊と卵の接点がない。

「悪い。ノーコンで。」

「は?」

「一発で追い返せれば良かったんだけど。四発全部使っちゃった。」

「……卵で追い返したのかよ。」

「ええと、そういうことになります。」

 やることが斬新というか……無謀だ。

「まあ、いいけど……なんで卵?」

 それでデオルダが助かったのは事実なので、疑問だけをぶつけることにした。

「それは……。」

 だが、ルギは言葉に詰まった。

「?」

「察してやれ。天才は馬鹿だった。それだけのことなんだ。」

「はあ?」

 いつの間にか隣にいたノッシュがデオルダに囁いた。


 結局、晩御飯はパスタにした。時間的にも早いと判断したためだった。

 食べ終わり、コーヒーを飲み始めたところで、デオルダが口を開いた。

「で? さっきの続きは聞かせてくれるのか?」

「簡単に言うとだな。肝心な部分を考えてなかったんだと。」

「?」

「ほら、ウサギ人形。」

「ああ、人形爆弾。」

「いや、爆弾は仕掛けてないから。」

「で、そのウサギが?」

「いや、ウサギの方じゃなくて、人形。」

「口から武器出すビックリ芸か。」

「それそれ。」

「でも、次バズーカ作るって……。」

「作ったんだよ。一応。」

「早。」

「ここにあるけど。」

 そして、ルギがソファの陰から出したのは紛れもなく、バズーカだった。

「バズーカ、だな。」

「そう。それでも少し小さめに作った。」

「なんで?」

 デオルダにはなんとなく答えがわかったが、聞いた。

「人形に隠すために決まってんだろ。」

「そこまでして隠す意味あるか?」

「……気持ちの問題かな。」

 予想通りの答えが返ってきた。

「でも、どこに卵が関係してるんだよ。」

「小さくできたとこまでは順調だったんだけど。」

「?」

「銃口も小さい。」

「ああ、なるほど。弾がないって?」

「そ。で、探してた。」

「もしかして、昼間のは……。」

 デオルダは昼間のバズーカに悩むルギの姿を思い出した。

「お前に意見聞くつもりだったんだよ。」

「俺がそんなことわかるかよ。」

「……だよな。ノッシュに言われた。」

「ノッシュ?」

「それまで気づかなかったんだと。」

「いつものことじゃねえか。」

 デオルダは「そんなことか。」とでも言うかのような視線をルギに向けた。

「ん?」

「だから、毎度毎度言ってんだろ。俺にそんな知識はねえから、聞くだけ聞くって。」

「う、わかったって。」

 ルギがマグカップから口を離そうとしないのを見て、本当に忘れていたようだとデオルダは思った。

 自分の悩みが本当は馬鹿馬鹿しいのではないかと少し思ったが、その考えをすぐ棄てた。

「解決したな。」

 デオルダの横でノッシュが楽しそうに笑っていた。

「銃口が小さいから、卵入れたって?」

「まったくもってその通りだ。」

「よく入れる気になったよ。」

「切羽詰まってたんだよ。こっちは。」

「そりゃ、ご迷惑をおかけしました。」

 俺のせいか、と文句を言いたくもなったデオルダだが、ここは素直に謝っておくことにした。ただし、棒読みで。

 それがわかっているからなのか、ルギも笑っていた。

 返り咲いた葛藤は、いつの間にか卵バズーカに粉々にされていたようだ。

 今はそう思っていたかった。


読んでいただきありがとうございます。

卵で熊を撃退させていただきました。

次話はノッシュの依頼……みたいな感じで書くつもりです。

断言はできませんが。

また読んでいただけるとうれしいです。

よろしくお願いします。

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