ライアーラヴァー
「それにしても賑わってんな。」
「お祭りだからな。」
ルギとデオルダが右左を忙しなく見て進む商店街通りは、いつもと違う。
並んでゆっくり歩くどころの話ではない。どこを見ても人。祭り一日目の午前中ということもあってか、通りは溢れんばかりの人々でごった返していた。
街まで来て、ようやくノッシュとクルーニャに合流したルギとデオルダは人々の合間を抜けて商店街の外れへと向かっていた。
「ところで、ヴィエルは?」
「サンドイッチもらった人の手伝いに行ってくるって。」
「サンドイッチ?」
ノッシュが不思議そうに聞き返すと、ルギは何かを見つけて振り返る。
「ほら、あそこ。」
「いいのか? 神の遣いが惣菜売ってんぞ。」
ルギが指差す方には、惣菜店の店先で笑顔を振りまくヴィエル。
「本人がいいって言うんだからいいんじゃないか?」
ルギの呆れた言葉に三人がじっと見ていると、その視線に気づいたヴィエルが手を振って呼び寄せる。
「お!? お前らようやく来たな!!」
「楽しそうだな。」
「まあな!!」
接客と同じ声の大きさなので、ルギはうるさいと言いたげに耳を塞ぐ。
「そりゃあ、何より?」
「俺だってお祭り楽しんでるんだよ。」
「ああ、そう。」
「じゃあ、また後でな!」
「お、おう。」
「何、この温度差は。」
ヴィエルが笑顔で接客を再開する様子を見て、クルーニャがため息をついた。
「あいつのテンションが高すぎるんだろ?」
「そういうことにして、俺らも何か食うか?」
「そうね。朝ごはん食べてないし。」
「イカがいいです!!」
突然、ルギの腕の中から顔を出したライオ。街の入口あたりまでは自分で歩いてきたのだが、人が多すぎて踏まれてしまう危険性があるので、ルギの腕の中にいたのだ。
「お前な……。」
「じゃ、イカ焼き買いに行くか、ライオ。」
突然耳をピンと立てたライオに、ルギが呆れていると、ノッシュがライオに声をかけた。
「はい!!」
「ちょっとイカ買ってくる。食べるか?」
ライオはルギからノッシュの腕に移動し、ノッシュは三人の方を振り返る。
「俺はいらん。」
「私も先にイカはいらないかな。」
「イカ不人気だな。」
デオルダも首を横に振っていたので、ノッシュはライオと共に人ごみに潜り込んだ。
「んー、目移りするわね。」
ノッシュがイカを買いに行っている間、近くの屋台で何か買おうかと探しているのだが、まだ何も買っていないクルーニャ。
「ならこの焼き菓子おすすめだが?」
悩んでいるクルーニャの後ろからかけられた声。ルギとデオルダも声に反応して振り返ると、そこには男女が同じ焼き菓子をかじっていた。
「スティス!!」
「よっ。久しぶり。」
「クルーニャじゃーん、元気そうね。」
「アモリアも!! ホント久しぶりね。」
男女二人、スティスとアモリアに近づいて喜ぶクルーニャ。
「賢者か?」
「ああ。」
デオルダがあまり考える必要もないほどにわかりやすかった。雰囲気が何か普通の人とは違う。何が違うのかと言われると……言葉にしにくい。
クルーニャと再開の挨拶を交わしたスティスは、その後ろいたルギの姿を確認し、口元を緩めた。
「生きてたかルギ。」
「第一声がそれかよ。」
「いい男になってきたわねー。」
スティスの言葉に目線を逸らすルギの肩に、アモリアが手を回す。異様に顔と声が近い。
「やめろ変態。」
その顔を真正面から睨みつけると、アモリアは笑いながら腕を解いて口を尖らせた。
「あら、ひどいわね。私だって……ルベルに負けないはずなんだけどなぁ……。」
「アモリア……。」
クルーニャは全然変わらないその二人を何も言わずに眺めていた。
「お待たせー。」
「美味しいイカです!!」
ノッシュがスティスとアモリアの後ろから戻ってくる。その腕の中でスルメほどのイカに噛み付くライオは満足気である。
「ん? あれ、お前……。」
スティスがノッシュを見て首を傾げた。
「え?」
「スティス? どうかした?」
クルーニャがスティスの横から顔を出してノッシュを見ようとした瞬間、ノッシュの驚愕した声が響く。
「ス、スティス?! な、なんで……お前がここに?」
「ノッシュ、スティスのこと知ってたの?」
驚きと焦りが声に現れていたことに、少し疑問を感じたクルーニャがノッシュを落ち着かせるように声をかけたが……クルーニャの言葉に反応したのはすぐ隣のスティスだった。
「ノッシュ……? まあ、いい。お前この国にいたのか。」
「お、お前こそ……賢者だったのか……。」
スティスとノッシュの二人がぎこちない挨拶をした。圧倒的にぎこちないのはノッシュであったのは誰が見ても明らかだった。
「知り合い?」
「まーな。」
「う……。」
アモリアがスティスに確認すると、笑いながら肯定する。その向かいでは言葉に詰まらせたノッシュがいることを承知の上で。
「久しぶり、よろしくな……ノッシュ。」
「嫌味か。」
「べっつにー。」
“ノッシュ”の部分だけ強調したスティスに、ノッシュは視線を落として答えた。
「??」
ルギ達はその二人の様子をわけもわからず見ていたわけだが、ノッシュの様子が変だということは少なからずわかっていた。
「で? あのうるさいのはどこに捨ててきたんだ?」
「知らないわよ。勝手にいなくなったから、どこかで隙を狙ってるんじゃないの?」
「ま、俺らは眼中にないだろうし。」
ルギはそういえばと話題を変えたものの、アモリアとスティスもその話題に関しては興味がなさそうに素っ気ない。
「誰だ?」
「えっ?! えーと、いや……。」
デオルダの疑問に、明らかに動揺するクルーニャ。何かを警戒するように頻りに首を動かして周りを確認している。
「ユーシィだよ。前に話したことあっただろ?」
「ああ、爆発マフィン食べた人か。」
「そう。」
デオルダが思い出したように頷くと、ルギもそれを肯定するが、クルーニャはどうにも認めたくないようで、勢いよく振り返る。
「違う!!」
「どこが?」
「う。」
ルギが薄笑いを浮かべながら聞いてくる。クルーニャとしては爆発マフィンを否定したい気持ちが勝っているハズなのだ。普段なら。
だが今は、ユーシィのことを話題にしているということ、そのものを否定したかった。
その感情も直後には砕け散ることとなったのだが。
「クルーニャー!!」
「お、来たぞ。」
叫び声にも似たその声を聞くなり、クルーニャ以外の三人はため息。当のクルーニャは顔を真っ青にして声のする方を向く。
「クルーニャ!! 会いたかったよ!! My Sweet……。」
「うるっさい!!」
ものすごい勢いで目の前にやってきて跪くその頭部をクルーニャは力の限り、あわよくばどこかへ飛んでいけとさえ思いながら、蹴り飛ばした。
「ぐふっ!!」
鈍い音と共に仰け反るように倒れたユーシィ。
「あーあ。」
「一発とは。」
「強くなったわね、クルーニャ。」
だが、誰もユーシィを気遣おうとはしなかった。
「あ。」
クルーニャが賢者三人の言葉を聞き、ハッとした瞬間に、目の前にそれは戻ってきた。
「今やりすぎたとか思ってくれたのかい?!」
「きゃあ?!」
何事もなかったかのように目の前に現れたユーシィに驚き後退る。
「こいつもしつこいな。」
「なんという優しさ!! 君は俺の天使だ!!」
「死んだほうがいいんじゃない?」
蹴り飛ばしただけでは足りなかったと、反省するクルーニャ。
「クルーニャ……目が死んでるよ。」
「ん? あ、血でてきたか。」
跪くユーシィの額には数センチの傷ができ、そこから一筋、血が流れていた。
「放っておけば?」
「そうもいかないだろ。見た目これ以上悪くしてどうするんだ。」
「確かに。」
「お、久しぶりだなルギ。」
スティスとアモリアの会話に参加していたルギの声を聞き、ユーシィは立ち上がってルギに不敵な笑みを浮かべた。
「そうだな。」
「お前との決着も大事だが、今はクルーニャだ。」
ユーシィがルギに向かって笑う。その表情は今にも殺し合いを開始したいと言いたげで、一種の狂気を感じさせる。額から流れる血筋もその雰囲気を怪しげなものにしていたと言っていい。
「知るかよ。」
ルギは目を細めてその顔を見ていたが、答えは簡潔だった。
「とりあえず、医者いないかな。」
「……え?」
一部始終を見ていたノッシュとしては、あまりユーシィとは関わりたくないというのが正直なところで、突然のことに顔が引き攣る。
「この街に医者は一人しかいねえよ?」
「何? どこに?」
「あ、俺……。」
顔の引き攣りが治ったわけではなく、頬のあたりが痙攣しているのを感じながら笑って手を上げたノッシュ。
「簡単でいいからこの流血止めてくれ。」
「あ、ああ。じゃあ俺の家近いし、そこで。」
「おう、悪いな。」
ユーシィはノッシュの顔に目もくれていないようだったので、ノッシュは歩きだそうとする。
「ノッシュ!! 放っておいていいから!!」
クルーニャはノッシュを引きとめようとするものの、ノッシュはため息をつくだけだった。
「そうもいかないだろ。俺としては。」
「ううう。」
自分がやってしまった後始末をノッシュだけに押し付けるわけにもいかず、クルーニャは不本意ながら、ノッシュの後をついていくことに決めた。もちろん、ユーシィを視界に入れないように。
改めてユーシィの額に出来た傷を診るノッシュ。
「こりゃパックリいったな。」
「小石で綺麗にスパッとな。」
笑いながら説明するユーシィに、医者として何か許せないものを感じたノッシュは声を低くする。
「笑い事じゃないから。」
「む。」
「少し染みるかも。」
言い終わらないあたりでノッシュは消毒液が染み込んだガーゼを傷口に当てる。
「いだだ!! おい医者!! 優しくしろよ!!」
「いや、今染みるかもって……。」
「……そういや言ってたな。」
どうやら自分の非を認めたらしく、それ以上は何も言われなかったため、ノッシュもそれ以上は何も言おうとしなかった。
傷はユーシィの言うように、綺麗にスパッとできていたが、それほど深いものでもなく、その後血が流れることもほとんどなかった。
「よし、まあ、これでいいか。」
「おう、悪いな。」
少し大きめの絆創膏を貼り終わると、ユーシィは立ち上がって手を上げた。
「どういたしまして。」
「ノッシュー、終わった?」
処置中は部屋の外にいたクルーニャが顔を覗かせている。
「ああ、終わった。……っていうか、もう怪我人作るなよクルーニャ。」
「ごめんって。ね、終わったなら行こ。」
謝ってはいるのだが、その笑いには“ユーシィは別!!”と言いたげだから笑ってしまう。
「ああ、今行く。」
ノッシュの声を聞くなり、クルーニャは先に外へ出ていったようだ。ノッシュは使い終わった道具を元に戻そうと戸棚に手を伸ばす。
「……なあ、医者。」
「ん?」
静かに、ユーシィはノッシュをまっすぐ見ていた。
「一つ、聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「お前さ、クルーニャとはどんな関係?」
「へ?」
真顔で静かに問うユーシィの様子は先程外で見た人物とは思えなかった。
「恋人か?! 恋人なのか?!」
焦ったように聞いてくるユーシィ。
当然の如く、ノッシュも慌てる。
「な?!」
いつもなら、顔が火照っていくのを感じて、言葉がうまく出せなくて、それでも、自分の気持ちに嘘は……つきたくないから、正直でいたいと思った。
まだ伝えられていないこの想いを、いつかは……なんて思っていたのに。
体温が下がっていく。
「何を言ってるんだか……。俺とクルーニャが釣り合うわけないだろ。」
笑って、呆れたように。ノッシュはユーシィに言っていた。
「じゃあ何だ。」
「何って、友人だったらダメなのか?」
表情なんて、隠してしまえ。変に仮面を被る必要なんてない。
これが、本心だったんだって……思えばいいんだから。
「……そう、真顔で言われると俺が悪いみたいになってしまうだろ。」
「あ、すまん。」
「いや、いいんだ。」
「ああ……。」
ノッシュがそう言うと、ユーシィもそれ以上は言い争う素振りも見せず、再度手当の礼を述べて出て行った。
ドアが閉まる音がして、ノッシュは戸棚に背を預けて座り込んだ。
「俺だって、夢くらいは見るさ。夢、くらい見たって……いいだろ。」
このまま、冷め切って……いっそのこと、嫌われてしまえば楽なのに。
昨日まで現実だったハズの目の前が、一瞬で夢だったと気づく。
不意に疼く左肩を力尽くで押さえ込んで蹲る。
「この、嘘つき……。」
呟く独り言の声さえも掠れて消えそうで、今の自分そのものだと思うと悔しくて仕方なく、ノッシュは数秒間をとてつもなく長く感じていた。
読んでいただきありがとうございます。
ようやくといっていいほど、お待たせいたしましたお祭りです。
それにしても賢者全員揃うとこうも騒がしいとは……。
そんなわけで、騒がしい感じでお祭りやっていきますので、どうぞよろしくお願いします。




