ダブルサプライズ
「かくれんぼは、得意なんだよな。俺、こう見えて。」
その男は黒いローブに身を包み、笑いながら、鉄格子をノックする。
鉄の鈍い音が、無音の中に広がっていく。
お目当てが目の前で磔とは。なんとも可笑しくないサプライズだ。
「えっと、ガーゼと消毒液と包帯……。」
ノッシュが棚の中を手探りで探す。
「ノッシュー、これか?」
反対側ではデオルダがそれらしいものを見つけたのか、薬ビンを持ち上げていたが、全然関係ない。
「違う、それじゃない。」
「何が違うんだか全くわからん。」
首を傾げるデオルダに笑いながら、ノッシュはカバンに荷物をまとめた。
「よし、とりあえずこれがあればいいか。」
「ん、準備できたのか?」
「ああ。まあ、大怪我なんてするやついないだろうし。それよりも連日軽傷者が多すぎんだろ。」
「ああ、紙で指切ったって誰か言ってたな。」
「それだけで俺のとこに来られても困るんだけどな。」
笑いながらデオルダに答えるのだが、本当に困ったものである。
「来ちゃったらどうすんだよ。」
「もちろん絆創膏渡すだけだけど。」
「だよな。」
笑っていると、玄関のドアをノックする音と、声が聞こえた。
「すみませーん、ノッシュさんいらっしゃいます?」
「あ、はい! います!!」
走ってドアを開けると、そこには武装した人間が笑顔で立っていた。
「どうも。」
「え、騎士?」
「小隊長のジュレッグ・バルードと申します。お会いするのは初めてかと思います。」
「あ、はい。」
「ノッシュ・レイドットさんでお間違いないですか?」
「え、ええ。」
お辞儀をされて、ノッシュはオドオドしながら返事をした。すると、ジュレッグは部屋の中にいたデオルダに目を向けた。
「そちらは……デオルダ・ロウリスさんですね。」
「ああ。」
「えっと、ご用件をお伺いしても?」
「外の方でもよろしいですか?」
「あ、はい。」
「デオルダさんもお願いします。」
「俺も?」
デオルダが不思議そうに聞くと、小隊長は笑顔を崩さずに肯定し、先に外へと出て行く。
「あ、デオルダそれ取ってくれ。」
「これか。」
デオルダはノッシュが指差したカバンを持って玄関へ行く。
「ありがと。」
「気をつけろ、何かある。」
カバンをノッシュに渡しながら小声でデオルダが呟く。
「!?」
「顔に出すな。バレるから、お前の顔。」
声を出さないように口を手で押さえたノッシュの顔が全てを物語ってしまいそうだったので、笑いながらデオルダが言う。それを見て、ノッシュは目で何かを訴えようかと考えて諦めた。
外に出ると、ジュレッグが一人で立っていた。
「わざわざすみませんね。」
「いえ。それで、ご用というのは……?」
「その前に聞かせてもらいたいことがある。」
ノッシュが真意を聞き出そうとしたが、デオルダがそれを遮った。
「? なんでしょう。」
不思議そうにジュレッグは首を傾げた。
「一般人二人相手に騎士小隊で来るとは随分物騒じゃねえか。」
「!!」
ノッシュが驚いてジュレッグの顔を見る。
「まして、六人で狙撃体制とは……協力できねえ状況だと思うんだが?」
「そこまで……。」
「俺の言ったこと、間違ってないみたいだな。」
「……。」
笑うデオルダに黙るジュレッグ。
「おい、どういう……。」
「まあ、ここからが一般人の悲しいところでな。」
「へ?」
ノッシュが慌ててデオルダに質問をしようとしたところで、デオルダがため息をついた。
「俺らを人質にしてルギに何かさせたいみたいだな。」
「ええ!?」
「と、思ったが、その顔見る限り、ノッシュにも意味ありそうだな。」
「俺!?」
デオルダの言葉に、ジュレッグは何も言わなかった。それだけで、デオルダの予想が全て正解であるということを示している。
ノッシュは一人で驚いては落胆している。
「賢者二人が狙いか。」
「そこまでわかっていて、逃げないんですか?」
ここでようやく口を開いたジュレッグだが、もう笑顔を作る余裕はない。
「手荒にはされたくないんでな。逃げるって言ったって、俺らじゃせいぜい逃げれて数分だ。そんなことして狙撃されたらたまんねえからな。」
「あなた、騎士に向いてますよ。」
「そりゃありがたいが、ごめんだね。」
「あなたがたには危害を加える気はありません。」
逃げる気がないと聞いて少し安心したのか、ジュレッグが話し始めた。
「賢者なら危害を加えていいって言うのか。」
いきなり、デオルダに睨まれてジュレッグが固まる。何かまずいことを言ってしまったかと冷や汗が流れる。
「どうする、ノッシュ。ダメ元で逃げてみるか?」
「死んじゃうだろうが!!」
「だよな。」
「お前なぁ……。」
笑うデオルダを見る限り、からかわれているとわかるものの、ノッシュはもうパニック状態である。
「仕方ない。今回は言うことを聞くとしよう。」
「……あなたは敵にしたくないタイプですね。」
ジュレッグにはもう笑う余裕などない。抵抗されるのであればもっとマシだった。その時はこちらも力ずくで抑えることができたものを……。この目の前の男は、口だけで、確実に自分を追い込んだ。
だからこそ、ノッシュ・レイドットを一緒に人質にしていてよかったと、心から思う。デオルダ・ロウリスだけであったならば、逃げられていても……おかしくない。
「褒め言葉として受け取っておくよ小隊長さん。」
「……俺、本当に必要なのか?」
ノッシュは肩を落としながら手を縛られた。
「明日?」
広場で二人を待っていたルギとクルーニャ。
「ああ、一応この国の担当者と会うことになってる。」
「よく簡単に会えることになったわね。」
ルギの言葉にクルーニャが驚いて聞き返す。
「知らない仲じゃないから……会うのはまあ、簡単だったかな。」
「へえー。」
デオルダに言われた通り、クルーニャもルベル救出に関して多くをルギに言わないようにしていた。気になることは最低限聞く。多くを聞くと、ルギがいい顔をしないからだ。
クルーニャが納得しているところに、走り込んできたジェイズ。
「ルギ!! クルーニャ!!」
「あ、ジェイズさん。」
「悪い、俺が全然気付かなかったばかりに……。」
息を整えながら話すジェイズ。
「??」
「何の話です?」
よっぽど慌てて来たのだろうが、話の流れがわからず、ルギとクルーニャが顔を見合わせた。
「デオルダとノッシュが人質として捕まった。」
「……は?」
「ノッシュも?」
「ノッシュに関してはお前の人質だろ……。」
隣で考えたクルーニャに呆れるようにルギが呟く。
「わ、私!?」
「ジェイズ!! どういうことだ!!」
そこに、慌ててミルシェもやってきた。
「うおぉ、すまんすまん!!」
「お前らも今聞いたって顔してるな。」
必死に謝るジェイズを無視して、ミルシェはルギとクルーニャを見る。
「ええ。」
「もう、街中パニックだ。」
「やり方が汚いわね。気に入らないわ。」
クルーニャが腕を組んで言う。
「気に入らないからって最初から喧嘩腰で行くなよ。」
「わかってるわ。死ね以外なら八割くらい言うこと聞いてやろうじゃないの。」
クルーニャが歩き出す。その後ろをルギがため息をつきながらついていく。
悪い予感しかしないのは、いつものことだ。
商店街の通りには騒ぎを聞きつけた人が集まっていた。
「なんか悪いな。」
ルギの顔を見るなり、真顔でデオルダが言った。
「……緊張感ないな、あいつ。」
「人質ってわかってるのよね?」
「きっとな。」
ルギとクルーニャが呆れる。
「よろしいですか?」
「誰だ。」
「小隊長。」
「小隊長……ね。」
一歩前に出たジュレッグを避けてルギとデオルダで会話が成立する。
「お前らこの状況わかってて会話してんのかよ!! 俺もう死にそうだよ!!」
「落ち着けよノッシュ。死んだら化けてでればいいだろ。」
「そういう問題じゃねえ!!」
涙目で噛み付くように叫ぶノッシュに、デオルダはため息を返した。
「創造神、柳姫様。あなたがたにお願いがあってきたのです。」
「死ね以外なら八割言う事を聞くわよ。」
「そちらは?」
ジュレッグがルギを見る。
「言いなりになるのはいい気がしないが、人質をとられた時点で負けたようなものだからな。」
呆れたように返答はしているが、実質ルギも負けを認めて話を聞くと言っていた。
「では、お先に柳姫様。」
「何よ。」
クルーニャはもう既に喧嘩でもする勢いだ。
「どうかこれからも今まで同様にこの国にお手をお貸し願いたい。」
「は?」
「以上です。」
「何ソレ。」
クルーニャに頭を下げ、頼み込む姿勢のジュレッグに、クルーニャの顔は困惑一色だ。
「創造神。国王様はとても悲しまれておりますよ。」
「俺が釈放条件を無視して祭りの準備に力を入れてるからか?」
そして、そのままジュレッグの顔はルギの方を向き、淡々と話す。
「理解していたとは、哀れですね。」
「ま、気に食わなければ好きに殺れ。」
「覚悟はできていると?」
「解釈は任せる。」
ルギの受け答えに嘘もなければ驚いた様子もなく、ジュレッグはこれ以上の探り合いは無駄だと感じた。
「なるほど、よくわかりました。ですが、今回の私の仕事はあなたを裁くことではない。」
このとき初めてルギが微かに反応した。
「国王様がお会いしたいとのことですので。」
「ちょっと! そのためだけに人質を取ったとでも言うの!?」
クルーニャはジュレッグに怒り混じりの声を放つ。馬鹿馬鹿しいと思ったためだろう。
「ええ、やり方は少々無理がありましたが、こうでもしなければ、我々とて二の舞ですからね。」
「二の舞……?」
クルーニャは疑問の声を投げかけるが、ジュレッグは顔をルギに戻す。
「さて。ご同行願えますね? 創造神?」
「やめろルギ。きっとろくなことがない。」
ミルシェが怒りを顕にし、目はジュレッグを見たまま、ルギに告げた。
「わかってますよ。でも、そう俺が答えたらこの中の数人は死にますよ。」
「!!」
ルギの言葉に驚いたのはミルシェだけではなく、ジェイズを含めた大勢が一斉に息を呑む音が聞こえたほどだ。
「……いいだろう。」
ルギは目を伏せた。
抵抗する姿勢を見せるわけにもいかず、負けを認めるしかない状況に、また出会うことになるとは思っていなかった。自分の考えが甘かったのだと、今できることは被害を最小限に抑えることだけだと、そんな無力感に浸る。
「交渉成立です。」
ルギは騎士に促される前に歩き出す。それと同時にノッシュとデオルダは解放された。
誰も声を出すことはできなかった。ルギがここで返答を変えることがあるならば、その時点で自分が死ぬかもしれないと、知ってしまったからだ。
死にたくない、と思う気持ちが、ルギの歩みを止められずにいた。
理解する前は、ただ恐怖の象徴でしかなかった。色味を持たない瞳が創造神という人間を決めつけたあの頃だったなら。こんな気持ちになることはなかったのだろうか。ルギ・ナバンギを知ってしまったから、こんなにあの背中が遠く、悔しく感じているのだろうか。
商店街の角を曲がるまで、一行を目で追った。姿が見えなくなっても、少しの間は誰も動くことができなかった。
商店街を抜けたところでため息が出た。
勇者が捕まって魔王の城へ突入するなど、誰が想像するものか。
なんとも、面白くないサプライズだ。
読んでいただきありがとうございます。
お祭り直前に一波乱。
魔王の目的とは一体何か。
お祭りは、成功するのか……?
またよろしくお願いします。




